董香の心

12/16





 タツキくんは、他の男性と違った。  今まで私の周りにいた男性は、私を値踏みし近づき、モノにしようとしていた。  その視線が、その透けて見える思惑が、あの夜を思い出させて、私は怖かった。  だからどれ程の学歴を持つ人でも、どれだけ人気があるかっこいいと言われる人でも私は迷うことなく、拒絶していた。  友達が喜々として語る、デートとかスキンシップの話を聞いて、もちろん羨ましいと思わないこともなかったけれど、それが自分に起きるとは思えず、小説や映画を見るようなそんな気分で、話を聞いていた。  でも出会ってしまった。  気弱で、お世辞にもかっこ良いとはいえないけれど、私を値踏みしない人。  ぎこちない笑顔だけど、安心感を与えてくれる人。  口下手だけど、特別な話をしてくれるわけでもないけれど、一緒に話をしているととっても安心できる人。  だから気になった。好きという感情はわからないけど、気になってしまった。  彼との関係を維持したかった。離れていかれるのはとても寂しいと思った。  どうすれば、一緒にいることが出来るのか悩んだ。  好きとか愛してるという感情がなければ駄目なのだろうか、何度も自問自答した。  答えは出なかったけど、一緒にいたいという気持ちが止まらなかった。  だから私は告白した。そして彼はそれを聞いても優しく私を受け入れてくれた。  会う度にどんどん惹かれていった。夢中になった。  私にこんな感情が有ったなんて私自身知らなかった。  彼は優しいから他の人とも隔てなく接する人だから、時々女子からも頼まれごとをされていた。  そんな時、その子に微笑む彼の姿を見て私は胸の中に、何とも言えないもやもやしたものを感じた。  そしてそのもやもやがなんなのかを必死で考えた。  答えは出ていた。私は彼が好きなのだと。  あの安らげる優しい笑顔を自分一人のものにしたいと、嫉妬していたのだと。  だから私は正直になるようにした。  彼に好きだと伝えた。  彼は今まで見たことのないような、幸せそうな笑顔で私を好きだと言ってくれた。  幸せだった。  本当に幸せを感じていた。  彼の前ではもう身構えなくていい。  彼の前ではもう警戒することもなくて、自然と私として振る舞っていいと。  時を重ねて、少しづつ、少しづつ、彼と深くつながっていけると信じた。  だから私からキスを求めた。  初めてしたキスは、よく覚えていない。ただ体がフワフワと宙に浮くような感覚と心の底から満たされた気持ちだけが記憶に残っている。  そして私は、自分の中の見たくもない事実を思い知らされた。  初めてキスをした時に、私の体は……心ではなく体が、彼を求めてしまっていることに。  私の中の「女」が彼を求めて、その雫を溢れさせてしまっていることに。  本当は知っていた。  彼は私を好きであると同時に、憧れていること。そしてどこか崇拝にもにた感情を持っていることを。本当は肉をまとった、欲望も抱くただの人間で有るわたしをそんな欲とは一切無関係の存在に見ているところがあることを。  決して汚れることがない、永遠に純白なキャンバスであると思っていることを。  いや、それは少し違うかもしれない。  彼は私を純白のキャンバスだと思い込みそしてそれを自分の色で染め上げるということを、無意識に恐れている……そう感じる。  だから私は、彼に、自分の中の女の欲を悟られないように努力した。  本当は何度だって唇を重ねたかったけど、彼が求めてこない限り我慢した。  いつものエンドウトウカであろうと心がけた。  楽しくて、明るくて一緒に居たら安らげてでも自分から求めず、女としての欲を表に出さない存在であることを心がけた。  辛かった、苦しかった。一度目覚めてしまった女の部分は、常に彼を求めていた。  キスしたい、抱きしめてほしい。もっと近くで私を求めてほしい。  でもそれを悟られてはいけない。  そんな風に揺れ動く私の心が、最も女の方に揺れてしまったあの日、突然タツキに抱きしめられたズクンッと私の中の女が、鎌首をもたげた。  キスしてほしい、もっと強く抱きしめて欲しい。 【あなたが、ほしい】  抑えようのない強い思いが、心と体を支配する。  だめ、この思いだけは、彼に知られてはいけない。恐怖が私の心を支配した 「えっ……。ぃやっ」  つい口をついて出てしまった言葉。  自分の醜さを彼に知られたくない、そう言う気持ちから出た拒否の言葉  でもその言葉は、私の想像以上に、そして私の予想とは違う形で彼を傷つけた。  後悔。  やってしまったとどうすればいいのと、私はそれだけしか考えることが出来なかった。  なにか言い訳をしないと、どうすれば良い。  なんて言えば彼が傷つかずにすむ?  考えがまとまらない。涙が止まらない。  でも彼が離れていくことだけは認められない。  時間が欲しかった。彼を納得させ、彼に自分の醜さを悟られず、そしてこの関係を維持できる、そんな言い訳を考えるだけの時間が欲しかった。  だから私はズルをした。 「ね、タツキ。話すから。全部話すから。お願いだから……逃げないで。話を聞いて」  優しい彼が、この言葉を聞いて私を拒絶しないと分かっていて使った。  ズルい私の醜い言葉。  私は考える、なぜ私はこれ程までに男の人が怖かったのか、なぜこれほどまでに自分の中の女の部分を許せないのか。  そして思い出す。  意識して封印してきた絶対に思い出したくなかった、あの夏の夜のことを…………。  あの日、塾の帰り道、不幸な偶然が積み重なり起きたあの事件。  私を執拗に狙っていた男性に、不幸な条件が積み重なったゆえに起こった人気のない、暗がりで襲われかけたあの事件を。  後少しというところで、帰宅が遅いことを心配して探しに来てくれたお父さんに助けられたことを。 「お前が悪いんだ!おまえがそんな風に男を誘うから!お前が男を狂わせるんだ俺は悪くない、俺はお前に狂わされたせいでこんな事になってしまった被害者なんだ」  同じ塾に通っていた、私を襲おうとした人は、お父さんに組み敷かれてもがきながらそう叫んだ。  あぁ……そうなのか。  私は、だから私の中の男を狂わせてしまう女の部分を、汚い私を彼に見られたくなかったんだ。  あの蔑みの言葉を、彼の口から言われてしまうことが怖いんだ。  だって彼は私のことを汚れないキャンバスだと思っているのだから。  男を誘い、狂わせる汚い女なんて微塵も思っていないのだから。  私は彼と連絡を取ることが怖くなった。  今まで無意識に抑え込んでいられた女の私は、意識し始めた途端に制御不能になってしまっていたから。  彼に会えば、私の意志とは関係なく無条件に彼を求めてしまうことがわかったから。  彼に嫌われたくなかったから、彼に会いたくても会えなかった。  でもそんな我慢も長く続かなかった。  私は彼に会いたいという気持ちを止めることが出来る強い自制心など持っていなかった。  だから彼とデートすることを望んだ。  そして顔を合わせる度に、彼を求めていることを認識して、複雑な気持ちになる。  多分私の葛藤なんて知らない彼は、キスを拒絶したことで気まずい気持ちになっている私を想像しているのだろう。  楽しいデートのハズだったのに、会えば会うほど、私たちはぎこちなくなっていった。  会話が減り、無言の時間が増え、互いの視線が絡まり合うことが減り、別れ際にはぎこちなく、楽しかった、それじゃあまたねという空虚な挨拶を交わして。  私はもうそれが耐えられなくなった。  だから距離を置こうと思った。私は意図的に彼との連絡を止めた。  それから私は必死に考えた。  どうすれば醜い私を彼に受け入れてもらえるかを。どうすれば彼ともとに戻れるかを。  彼は優しい、そして臆病だ。だから彼の優しさに漬け込み、そして逃げ道を塞ぐしかないとそう思ってしまった。  私はあえて、遅めの時間帯に彼を夕食に誘った。  本当に久しぶりだった。  やはり彼は穏やかに、優しい時間を私にくれた。  彼に嫌われたくない、彼と離れたくない。  だから失敗する訳にはいかない。  想像していた以上に、あっさりと食事は終わってしまった。  でもここで席を立ってしまったら、二度とこんなチャンスは巡ってこないかもしれない。  時計を見る。まだ時間が有る。私が目的としている場所で彼の逃げ道を塞ぐにはまだ早い。  気になりすぎて何度も時計を見てしまう。彼が心配そうな顔で私を見てくる。  それがよりいっそう私の不安を煽り、私は不自然なほど噛み合わない会話をしてしまう。  後少し……やっと訪れた22時。  覚悟を決める。  もう行くしかない。  彼に私の全てを受け入れてもらうんだ。  私の初めてを彼に差し出して、受け取ってもらう彼にとって、男を狂わせる存在じゃなく、ずっと一緒に居る存在になりたい。  だからあんな蔑みの言葉なんて、彼と一つになれば消えてしまうに違いない。  だって私は彼を愛しているから。彼も私を愛してくれているはずだから。  勇気を出して席を立つ。会計の時間さえもどかしい。  店を出た。彼の手をつかむ、もう心は決まった。逃げない、逃さない。  今日私の全てを彼に差し出して、私のすべてを彼に受け入れてもらうのだから。



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 タツキくんは、他の男性と違った。  今まで私の周りにいた男性は、私を値踏みし近づき、モノにしようとしていた。  その視線が、その透けて見える思惑が、あの夜を思い出させて、私は怖かった。  だからどれ程の学歴を持つ人でも、どれだけ人気があるかっこいいと言われる人でも私は迷うことなく、拒絶していた。  友達が喜々として語る、デートとかスキンシップの話を聞いて、もちろん羨ましいと思わないこともなかったけれど、それが自分に起きるとは思えず、小説や映画を見るようなそんな気分で、話を聞いていた。  でも出会ってしまった。  気弱で、お世辞にもかっこ良いとはいえないけれど、私を値踏みしない人。  ぎこちない笑顔だけど、安心感を与えてくれる人。  口下手だけど、特別な話をしてくれるわけでもないけれど、一緒に話をしているととっても安心できる人。  だから気になった。好きという感情はわからないけど、気になってしまった。  彼との関係を維持したかった。離れていかれるのはとても寂しいと思った。  どうすれば、一緒にいることが出来るのか悩んだ。  好きとか愛してるという感情がなければ駄目なのだろうか、何度も自問自答した。  答えは出なかったけど、一緒にいたいという気持ちが止まらなかった。  だから私は告白した。そして彼はそれを聞いても優しく私を受け入れてくれた。  会う度にどんどん惹かれていった。夢中になった。  私にこんな感情が有ったなんて私自身知らなかった。  彼は優しいから他の人とも隔てなく接する人だから、時々女子からも頼まれごとをされていた。  そんな時、その子に微笑む彼の姿を見て私は胸の中に、何とも言えないもやもやしたものを感じた。  そしてそのもやもやがなんなのかを必死で考えた。  答えは出ていた。私は彼が好きなのだと。  あの安らげる優しい笑顔を自分一人のものにしたいと、嫉妬していたのだと。  だから私は正直になるようにした。  彼に好きだと伝えた。  彼は今まで見たことのないような、幸せそうな笑顔で私を好きだと言ってくれた。  幸せだった。  本当に幸せを感じていた。  彼の前ではもう身構えなくていい。  彼の前ではもう警戒することもなくて、自然と私として振る舞っていいと。  時を重ねて、少しづつ、少しづつ、彼と深くつながっていけると信じた。  だから私からキスを求めた。  初めてしたキスは、よく覚えていない。ただ体がフワフワと宙に浮くような感覚と心の底から満たされた気持ちだけが記憶に残っている。  そして私は、自分の中の見たくもない事実を思い知らされた。  初めてキスをした時に、私の体は……心ではなく体が、彼を求めてしまっていることに。  私の中の「女」が彼を求めて、その雫を溢れさせてしまっていることに。  本当は知っていた。  彼は私を好きであると同時に、憧れていること。そしてどこか崇拝にもにた感情を持っていることを。本当は肉をまとった、欲望も抱くただの人間で有るわたしをそんな欲とは一切無関係の存在に見ているところがあることを。  決して汚れることがない、永遠に純白なキャンバスであると思っていることを。  いや、それは少し違うかもしれない。  彼は私を純白のキャンバスだと思い込みそしてそれを自分の色で染め上げるということを、無意識に恐れている……そう感じる。  だから私は、彼に、自分の中の女の欲を悟られないように努力した。  本当は何度だって唇を重ねたかったけど、彼が求めてこない限り我慢した。  いつものエンドウトウカであろうと心がけた。  楽しくて、明るくて一緒に居たら安らげてでも自分から求めず、女としての欲を表に出さない存在であることを心がけた。  辛かった、苦しかった。一度目覚めてしまった女の部分は、常に彼を求めていた。  キスしたい、抱きしめてほしい。もっと近くで私を求めてほしい。  でもそれを悟られてはいけない。  そんな風に揺れ動く私の心が、最も女の方に揺れてしまったあの日、突然タツキに抱きしめられたズクンッと私の中の女が、鎌首をもたげた。  キスしてほしい、もっと強く抱きしめて欲しい。 【あなたが、ほしい】  抑えようのない強い思いが、心と体を支配する。  だめ、この思いだけは、彼に知られてはいけない。恐怖が私の心を支配した 「えっ……。ぃやっ」  つい口をついて出てしまった言葉。  自分の醜さを彼に知られたくない、そう言う気持ちから出た拒否の言葉  でもその言葉は、私の想像以上に、そして私の予想とは違う形で彼を傷つけた。  後悔。  やってしまったとどうすればいいのと、私はそれだけしか考えることが出来なかった。  なにか言い訳をしないと、どうすれば良い。  なんて言えば彼が傷つかずにすむ?  考えがまとまらない。涙が止まらない。  でも彼が離れていくことだけは認められない。  時間が欲しかった。彼を納得させ、彼に自分の醜さを悟られず、そしてこの関係を維持できる、そんな言い訳を考えるだけの時間が欲しかった。  だから私はズルをした。 「ね、タツキ。話すから。全部話すから。お願いだから……逃げないで。話を聞いて」  優しい彼が、この言葉を聞いて私を拒絶しないと分かっていて使った。  ズルい私の醜い言葉。  私は考える、なぜ私はこれ程までに男の人が怖かったのか、なぜこれほどまでに自分の中の女の部分を許せないのか。  そして思い出す。  意識して封印してきた絶対に思い出したくなかった、あの夏の夜のことを…………。  あの日、塾の帰り道、不幸な偶然が積み重なり起きたあの事件。  私を執拗に狙っていた男性に、不幸な条件が積み重なったゆえに起こった人気のない、暗がりで襲われかけたあの事件を。  後少しというところで、帰宅が遅いことを心配して探しに来てくれたお父さんに助けられたことを。 「お前が悪いんだ!おまえがそんな風に男を誘うから!お前が男を狂わせるんだ俺は悪くない、俺はお前に狂わされたせいでこんな事になってしまった被害者なんだ」  同じ塾に通っていた、私を襲おうとした人は、お父さんに組み敷かれてもがきながらそう叫んだ。  あぁ……そうなのか。  私は、だから私の中の男を狂わせてしまう女の部分を、汚い私を彼に見られたくなかったんだ。  あの蔑みの言葉を、彼の口から言われてしまうことが怖いんだ。  だって彼は私のことを汚れないキャンバスだと思っているのだから。  男を誘い、狂わせる汚い女なんて微塵も思っていないのだから。  私は彼と連絡を取ることが怖くなった。  今まで無意識に抑え込んでいられた女の私は、意識し始めた途端に制御不能になってしまっていたから。  彼に会えば、私の意志とは関係なく無条件に彼を求めてしまうことがわかったから。  彼に嫌われたくなかったから、彼に会いたくても会えなかった。  でもそんな我慢も長く続かなかった。  私は彼に会いたいという気持ちを止めることが出来る強い自制心など持っていなかった。  だから彼とデートすることを望んだ。  そして顔を合わせる度に、彼を求めていることを認識して、複雑な気持ちになる。  多分私の葛藤なんて知らない彼は、キスを拒絶したことで気まずい気持ちになっている私を想像しているのだろう。  楽しいデートのハズだったのに、会えば会うほど、私たちはぎこちなくなっていった。  会話が減り、無言の時間が増え、互いの視線が絡まり合うことが減り、別れ際にはぎこちなく、楽しかった、それじゃあまたねという空虚な挨拶を交わして。  私はもうそれが耐えられなくなった。  だから距離を置こうと思った。私は意図的に彼との連絡を止めた。  それから私は必死に考えた。  どうすれば醜い私を彼に受け入れてもらえるかを。どうすれば彼ともとに戻れるかを。  彼は優しい、そして臆病だ。だから彼の優しさに漬け込み、そして逃げ道を塞ぐしかないとそう思ってしまった。  私はあえて、遅めの時間帯に彼を夕食に誘った。  本当に久しぶりだった。  やはり彼は穏やかに、優しい時間を私にくれた。  彼に嫌われたくない、彼と離れたくない。  だから失敗する訳にはいかない。  想像していた以上に、あっさりと食事は終わってしまった。  でもここで席を立ってしまったら、二度とこんなチャンスは巡ってこないかもしれない。  時計を見る。まだ時間が有る。私が目的としている場所で彼の逃げ道を塞ぐにはまだ早い。  気になりすぎて何度も時計を見てしまう。彼が心配そうな顔で私を見てくる。  それがよりいっそう私の不安を煽り、私は不自然なほど噛み合わない会話をしてしまう。  後少し……やっと訪れた22時。  覚悟を決める。  もう行くしかない。  彼に私の全てを受け入れてもらうんだ。  私の初めてを彼に差し出して、受け取ってもらう彼にとって、男を狂わせる存在じゃなく、ずっと一緒に居る存在になりたい。  だからあんな蔑みの言葉なんて、彼と一つになれば消えてしまうに違いない。  だって私は彼を愛しているから。彼も私を愛してくれているはずだから。  勇気を出して席を立つ。会計の時間さえもどかしい。  店を出た。彼の手をつかむ、もう心は決まった。逃げない、逃さない。  今日私の全てを彼に差し出して、私のすべてを彼に受け入れてもらうのだから。



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