4話

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 その後1時間ほどだろうか。  僕はトウカとお手軽にランチが食べられるイタリアンという、僕個人なら一生、入ることがなさそうなお店で、軽くランチを頂きながらなんでもない普通の会話を楽しんだ。  正しくは、楽しんでいたのはトウカだけで、僕は自分がその時何を聞いて、何を答えたか今になっても思い出せない。  ただ、退屈だと思わせないように必死に引き出しの中から話題を引っ張り出し、投げかけられた質問に対して、無難な回答を返したことだけは覚えている。  食事も終わって食後のコーヒーも飲み終わった頃、どちらからともなく「そろそろ」という言葉が出て、それでお礼という名の食事は終了した。  トウカと僕は、駅を中心に丁度真逆の方向に住んでいたので、改札を抜けた先で別れた。特に連絡先を交換することもなく、後日の約束をすることもなく。  それじゃあ、という軽い挨拶とともにお互いが違う方向に歩き出した。  ただ一つ違ったのはその日以降、何故かトウカから話しかける機会が増えた。  最初は1日1回、最初にあった時に交わす挨拶に一言増えただけだったのが、いつの間にか顔を合わす機会が増え、その度に交わされる会話が当たり前になり……そしてそんな生活が1月程流れたとある日、珍しく学食に姿を見せたトウカは、僕に用事があるからと声をかけキャンパスの中庭の、あまり人目につかない所に僕を呼び出した。 「御堂くん……好き……とまではまだ言えない感情だけど、あなたと一緒に居る時間がとても大切に感じるようになったんだ。私と付き合ってくれませんか?」  呼び出されてから5分ほど、彼女は視線を空中に遊ばせながら思案し、5分ほど何かを言いかけてはそれを止めて、5分ほど所在なさげにもじもじして、そしてその後、そう言った。 「え……あの……えっと、え?」  僕の人生に、様々な汚点があるけれども、ここまで無様で情けない声を出したのは初めてだった。  頭の中が真っ白になる……とはよく言うけど、真っ白なんてものじゃない。思考が完全に停止していた。もしかすると呼吸さえ止まっていたかもしれない。世界が止まり、すべての音が消えただ僕の視線の先に、常に男性を魅了してやまない高嶺の花が、まるで少女のようにすこし身を縮め僕のことを見ることが出来ないのか、落ち着きなく視線を移動させている姿以外何も見えなかった。 「えっと、その、み……御堂君? そ、その……返事を……」  どのくらい時間が経過したのだろうか、消え入りそうな声でトウカが言った。 「えっと、ぼ、僕? えっと、なにかの冗談? もしかすると罰ゲームとか」  自分のものとは思えない、しゃがれた声漏れる。 「わ、私……そんな事しない。愛しているって言えないのは、ごめんなさいだけど……御堂くんとの時間がとても大切に感じて……そういう時間をもっと増やしていきたいって思って……もしかするとその先に愛してるって感じる時間が生まれるかもしれないって……そう、思って……」 「なんで……僕なの?」  声が上ずる、動機が激しくなる。コレを聞くだけで一生分の勇気を使ったかもしれない。 「最初は、最初はね、助けてもらったことで好印象を持っただけなのかなって思った。でもねあの食事のときとか、それから毎日話しかけた時の態度とか……他の人とは違うなって。こんな事言うと、私とっても嫌な人間かもしれないけど」  そこまで言ってから、トウカは僕の方をちらっと見てくる。  その瞳は一言では言い表せない自分の感情を代弁するかの様に、澄んだ色をしていた。 「私に話しかける男の人って、みんな多かれ少なかれ、この間の人みたいに色恋とか下心を持っている人ばかりで……でも私そういうのはとても、怖いって感じてしまって。でも御堂くんは違った。本当に普通にニュートラルに私という人間として接してくれてた」  トウカの表情が、視線がふっと和らぐ。  トウカの瞳は本当に素直に彼女の感情を映し出すみたいだ。  その返歌の一つ一つに、ドキッとしてしまうのを僕は感じていた。 「私はねそれが嬉しかったし、それが安心できた。安心できたら今度はその時間がとても大切に思えた。そんな時間を生み出してくれる御堂くんともっと一緒にいたいと思った。それじゃ、だめかな。強く、好きって、愛してるって思ってなきゃ付き合ってほしいって言っちゃだめかな……。」  声が震えている。トウカは真剣なんだってわかった。だから僕は素直に、嬉しいですと答えた。



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 その後1時間ほどだろうか。  僕はトウカとお手軽にランチが食べられるイタリアンという、僕個人なら一生、入ることがなさそうなお店で、軽くランチを頂きながらなんでもない普通の会話を楽しんだ。  正しくは、楽しんでいたのはトウカだけで、僕は自分がその時何を聞いて、何を答えたか今になっても思い出せない。  ただ、退屈だと思わせないように必死に引き出しの中から話題を引っ張り出し、投げかけられた質問に対して、無難な回答を返したことだけは覚えている。  食事も終わって食後のコーヒーも飲み終わった頃、どちらからともなく「そろそろ」という言葉が出て、それでお礼という名の食事は終了した。  トウカと僕は、駅を中心に丁度真逆の方向に住んでいたので、改札を抜けた先で別れた。特に連絡先を交換することもなく、後日の約束をすることもなく。  それじゃあ、という軽い挨拶とともにお互いが違う方向に歩き出した。  ただ一つ違ったのはその日以降、何故かトウカから話しかける機会が増えた。  最初は1日1回、最初にあった時に交わす挨拶に一言増えただけだったのが、いつの間にか顔を合わす機会が増え、その度に交わされる会話が当たり前になり……そしてそんな生活が1月程流れたとある日、珍しく学食に姿を見せたトウカは、僕に用事があるからと声をかけキャンパスの中庭の、あまり人目につかない所に僕を呼び出した。 「御堂くん……好き……とまではまだ言えない感情だけど、あなたと一緒に居る時間がとても大切に感じるようになったんだ。私と付き合ってくれませんか?」  呼び出されてから5分ほど、彼女は視線を空中に遊ばせながら思案し、5分ほど何かを言いかけてはそれを止めて、5分ほど所在なさげにもじもじして、そしてその後、そう言った。 「え……あの……えっと、え?」  僕の人生に、様々な汚点があるけれども、ここまで無様で情けない声を出したのは初めてだった。  頭の中が真っ白になる……とはよく言うけど、真っ白なんてものじゃない。思考が完全に停止していた。もしかすると呼吸さえ止まっていたかもしれない。世界が止まり、すべての音が消えただ僕の視線の先に、常に男性を魅了してやまない高嶺の花が、まるで少女のようにすこし身を縮め僕のことを見ることが出来ないのか、落ち着きなく視線を移動させている姿以外何も見えなかった。 「えっと、その、み……御堂君? そ、その……返事を……」  どのくらい時間が経過したのだろうか、消え入りそうな声でトウカが言った。 「えっと、ぼ、僕? えっと、なにかの冗談? もしかすると罰ゲームとか」  自分のものとは思えない、しゃがれた声漏れる。 「わ、私……そんな事しない。愛しているって言えないのは、ごめんなさいだけど……御堂くんとの時間がとても大切に感じて……そういう時間をもっと増やしていきたいって思って……もしかするとその先に愛してるって感じる時間が生まれるかもしれないって……そう、思って……」 「なんで……僕なの?」  声が上ずる、動機が激しくなる。コレを聞くだけで一生分の勇気を使ったかもしれない。 「最初は、最初はね、助けてもらったことで好印象を持っただけなのかなって思った。でもねあの食事のときとか、それから毎日話しかけた時の態度とか……他の人とは違うなって。こんな事言うと、私とっても嫌な人間かもしれないけど」  そこまで言ってから、トウカは僕の方をちらっと見てくる。  その瞳は一言では言い表せない自分の感情を代弁するかの様に、澄んだ色をしていた。 「私に話しかける男の人って、みんな多かれ少なかれ、この間の人みたいに色恋とか下心を持っている人ばかりで……でも私そういうのはとても、怖いって感じてしまって。でも御堂くんは違った。本当に普通にニュートラルに私という人間として接してくれてた」  トウカの表情が、視線がふっと和らぐ。  トウカの瞳は本当に素直に彼女の感情を映し出すみたいだ。  その返歌の一つ一つに、ドキッとしてしまうのを僕は感じていた。 「私はねそれが嬉しかったし、それが安心できた。安心できたら今度はその時間がとても大切に思えた。そんな時間を生み出してくれる御堂くんともっと一緒にいたいと思った。それじゃ、だめかな。強く、好きって、愛してるって思ってなきゃ付き合ってほしいって言っちゃだめかな……。」  声が震えている。トウカは真剣なんだってわかった。だから僕は素直に、嬉しいですと答えた。



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