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【1】⑤

ー/ー



「怜那、明日補習な。一緒に行こう」
 数日後。
 帰ろうと教室を出た怜那は、腕を掴んで引き留めた大翔にいきなり告げられて混乱する。

「は? 補習、……明日って、──」
 しどろもどろの怜那に、大翔は何も答えず(けむ)に巻くように笑うだけだ。

「とにかく、行けばわかるから。な?」
「……うん」
 翌日の放課後、怜那は教室まで迎えに来た大翔に先導されて廊下を行く。

「あの教室だから」
 そうか。もう二人きりとは違うのだから、上のブースでは無理なのだ。
 大翔が指す教室に入り、教卓の前の数列目の隣同士の席に座って待つ。
 しばらくして、教室の前のドアが一気に開けられた。

「待たせて──」
 ドアに手を掛けて、沖が言葉も途切れたままに固まっている。
 怜那には、沖の反応の意味がまるでわからなかったのだが。

「あ、沖先生。すみません、やっぱり人数集まらなくて。本当に、せっかくの機会なのに勿体ないですよねぇ。──だから二人だけなんですけど、構いませんよね!?」

 ──大翔、私と二人だって黙ってたの? ……大勢でやるからって頼んだってこと?

「複数には違いないですからね、先生?」
 どうやら、怜那の予想通りらしい。
 もしここで、沖が「じゃあ止める」と怒ったらどうすると思い掛けて、……彼はそういうことはしそうにもないか、と怜那は自問自答の結論を出した。
 実際に、沖は目に見えて動揺してはいたが、補習は「当然行うもの」という前提は揺るがない様子だ。

「二人だけなんだったら、やっぱり教卓より俺もそっちの方がいいかな」
 なんとか立ち直ったらしい彼が、独り言のように呟く。

「あ、じゃあ席作りますから」
 さっと立ち上がり、すぐ前の机に手を掛けた大翔に、怜那も慌てて続き二人で机を移動させた。
 大翔と怜那が二人で並んで、その前に沖が向かい合うという配置だ。

 どうやら、誰が来ても対応できるようにと多種類のプリントを作成して来たらしい。
 沖は分厚い紙の束から二人の学力に合うものを探し出して、それぞれに渡してくれる。
 改めて互いに挨拶を交わし、一対二の補習が始まったのだ。


    ◇  ◇  ◇
 ──大翔、ホントにありがとう。

 心優しく頼りになる、同じ年なのに兄のような友人に、怜那は何度目かの感謝を捧げる。
 沖と二人きりでなくなったのは、少し、ほんの僅かに惜しい気持ちはある。けれど、大翔が教えてもらっている間、「先生」の顔を遠慮なく見ていられるのだから、それはかえって幸運かもしれない。

 沖にとっては補習など、ただ手間が増えただけの筈だ。
 それくらいは怜那にもわかっている。それでも。
 沖と他の誰よりも近い距離でいられるのは間違いなく怜那なのだから。大翔は、とりあえず置いておくとして。

 ──だから私はほんの少し、その時だけは先生の特別になれた気がして、凄く嬉しかった。

 怜那はこの気持ちを沖に気づかれないように、どんなに嬉しくてもあまり表に出さないようにしないと、と気合を入れ直した。
 もし知られたとしても、沖は怜那を邪険に扱ったりはしない筈だ。
 たとえ内心は違っていたとしても、今まで通りにごく普通に接してくれるだろう。
 そう、沖は。

 しかし、万が一それ以外の他人に知られた場合、誰よりも沖に迷惑が掛かってしまう危険がある。
 怜那本人ではなく、想いを寄せられただけの沖の責任が問われることになるかもしれない。
 ……自分たちはそういう関係で、年齢なのだ。

 怜那は、ただでさえ忙しい沖に余計な気遣いをさせるようなことはしたくなかった。
 何よりも、沖はみんなの『先生』で、怜那のためだけの存在ではないのだから。
 怜那にとっての沖は唯一無二だが、沖から見た怜那は所詮クラスの四十人の中の一人でしかない。

 それだけは忘れないように。
 そして、だからこそ。
 補習のときに目に焼き付けた沖は、怜那だけのものだ。

 心の中の、沖を想う気持ちの横にそっと置いておく。


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「怜那、明日補習な。一緒に行こう」
 数日後。
 帰ろうと教室を出た怜那は、腕を掴んで引き留めた大翔にいきなり告げられて混乱する。
「は? 補習、……明日って、──」
 しどろもどろの怜那に、大翔は何も答えず|煙《けむ》に巻くように笑うだけだ。
「とにかく、行けばわかるから。な?」
「……うん」
 翌日の放課後、怜那は教室まで迎えに来た大翔に先導されて廊下を行く。
「あの教室だから」
 そうか。もう二人きりとは違うのだから、上のブースでは無理なのだ。
 大翔が指す教室に入り、教卓の前の数列目の隣同士の席に座って待つ。
 しばらくして、教室の前のドアが一気に開けられた。
「待たせて──」
 ドアに手を掛けて、沖が言葉も途切れたままに固まっている。
 怜那には、沖の反応の意味がまるでわからなかったのだが。
「あ、沖先生。すみません、やっぱり人数集まらなくて。本当に、せっかくの機会なのに勿体ないですよねぇ。──だから二人だけなんですけど、構いませんよね!?」
 ──大翔、私と二人だって黙ってたの? ……大勢でやるからって頼んだってこと?
「複数には違いないですからね、先生?」
 どうやら、怜那の予想通りらしい。
 もしここで、沖が「じゃあ止める」と怒ったらどうすると思い掛けて、……彼はそういうことはしそうにもないか、と怜那は自問自答の結論を出した。
 実際に、沖は目に見えて動揺してはいたが、補習は「当然行うもの」という前提は揺るがない様子だ。
「二人だけなんだったら、やっぱり教卓より俺もそっちの方がいいかな」
 なんとか立ち直ったらしい彼が、独り言のように呟く。
「あ、じゃあ席作りますから」
 さっと立ち上がり、すぐ前の机に手を掛けた大翔に、怜那も慌てて続き二人で机を移動させた。
 大翔と怜那が二人で並んで、その前に沖が向かい合うという配置だ。
 どうやら、誰が来ても対応できるようにと多種類のプリントを作成して来たらしい。
 沖は分厚い紙の束から二人の学力に合うものを探し出して、それぞれに渡してくれる。
 改めて互いに挨拶を交わし、一対二の補習が始まったのだ。
    ◇  ◇  ◇
 ──大翔、ホントにありがとう。
 心優しく頼りになる、同じ年なのに兄のような友人に、怜那は何度目かの感謝を捧げる。
 沖と二人きりでなくなったのは、少し、ほんの僅かに惜しい気持ちはある。けれど、大翔が教えてもらっている間、「先生」の顔を遠慮なく見ていられるのだから、それはかえって幸運かもしれない。
 沖にとっては補習など、ただ手間が増えただけの筈だ。
 それくらいは怜那にもわかっている。それでも。
 沖と他の誰よりも近い距離でいられるのは間違いなく怜那なのだから。大翔は、とりあえず置いておくとして。
 ──だから私はほんの少し、その時だけは先生の特別になれた気がして、凄く嬉しかった。
 怜那はこの気持ちを沖に気づかれないように、どんなに嬉しくてもあまり表に出さないようにしないと、と気合を入れ直した。
 もし知られたとしても、沖は怜那を邪険に扱ったりはしない筈だ。
 たとえ内心は違っていたとしても、今まで通りにごく普通に接してくれるだろう。
 そう、沖は。
 しかし、万が一それ以外の他人に知られた場合、誰よりも沖に迷惑が掛かってしまう危険がある。
 怜那本人ではなく、想いを寄せられただけの沖の責任が問われることになるかもしれない。
 ……自分たちはそういう関係で、年齢なのだ。
 怜那は、ただでさえ忙しい沖に余計な気遣いをさせるようなことはしたくなかった。
 何よりも、沖はみんなの『先生』で、怜那のためだけの存在ではないのだから。
 怜那にとっての沖は唯一無二だが、沖から見た怜那は所詮クラスの四十人の中の一人でしかない。
 それだけは忘れないように。
 そして、だからこそ。
 補習のときに目に焼き付けた沖は、怜那だけのものだ。
 心の中の、沖を想う気持ちの横にそっと置いておく。