「ママ〜! おがたおじさ〜ん!」
「雪ちゃん、走ったら危ないよ!」
メリーゴーラウンドが止まって、二人が他の客に交じって降りて来る。
「雪ちゃん、お馬さん楽しかった? お兄ちゃんと一緒でよかったわね。──航ちゃん、雪音の面倒見てくれてありがとう」
「すっごいおもしろかった〜! もっとのりたい!」
「いえ、……ぼくはなにも」
大喜びの雪音に比べて航大は遠慮がちに口籠ってはいたが、その手はしっかり幼い少年と繋いでいる。
「だめよ、一人一回! そういうお約束だったでしょ!?」
「はぁ〜い」
不承不承といった調子でも無理を通そうとしない我が子の頭を撫でて、涼音は航大に声を掛けた。
「ねえ、航ちゃんは何か乗りたいものないの?」
「ぼく、……ジェットコースターとかあんまり好きじゃないから。雪ちゃんと一緒で楽しかったです」
はにかむ息子の横顔に今更のように頭を過る、苦い記憶。離婚前は三人でレジャーに出掛けたことなどなかった。
「そんな時間あるわけないだろ。家のことはお前がなんとかしろよ。俺は家族のために働いてるんだ」
定型文のように繰り返す隆則に、妻は何も言わなくなっていった。
期待する気も失せて、終わりのスイッチが入っていたのだと思う。隆則が何も見ようとしなかっただけで。
航大と二人新居に移って、元妻が全力で受け取りを拒絶した「家族の」アルバムを開いてみて気づいたのだ。
自分が、いない。
ほぼ航大の写真で埋め尽くされ、時折誰かに頼んで撮ってもらったのか母子二人が交じる虚しい記録。
一体、己は何だったのか。
本当に胸を張って夫だと、父親だと言える存在だったのか。
働いて家族の生活を支えるのは当然の責務だ。だが、何事にも限度がある。
それでも、起きている間には顔を合わせることさえ稀な影の薄い父親でも、会うたびに航大は「おとーさん」と呼び慕ってくれていた。
元妻がおそらくは日々息子に話してくれていたからだ。悪口ではなく父の良いところを。
そんな彼女に、隆則はいったい何をしたのか。ただ苦しめて、虐げて、まるで世話係の如く扱っていた。
できることなら詫びたい気持ちはあるが、向こうはもう憎い元夫の顔など見たくもないだろう。自己満足で他人に不快な思いをさせたくはない。その程度の分別はある。
夫婦としても、家族としても、ただの形式だった。その形式すら保てなかった。
それもすべて隆則自身の責任だ。
息子ももう十歳。
ただでさえ大人びた聞き分けのいい子ではあるが、……そうならざるを得ない状況に追い込んでしまった負い目もある。
「両親揃った家庭」を整えるために見合いを、などというのは論外だ。実際には話を持ち込まれてはいたが、すべてその場で断っていた。
己に「また結婚を・誰かと夫婦になろう」などと望む資格があるのだろうか、と戒めていた。