「一日のうちでその限られた時間だけ、ただの自分に戻れるの」
お互いの息子を連れての、何度も重ねた結婚前提での交流の一場面。
涼音と交わした会話を隆則はよく覚えている。
土曜日に四人で遊園地に出掛けた時。
隆則の息子である四年生の航大が、涼音の息子である四歳の雪音にせがまれて二人きりでメリーゴーラウンドに乗っている。
その様子を柵の外から並んで見守りながらの、何気ないやり取りだった。
何の気負いもない口調、表情。
気を付けて見ていなければ、ただの世間話として流れてそのままになってしまう。
「とにかく勤務時間中は他の何も考えられないくらい必死で仕事してる。何があっても保育園のお迎えに遅れるわけには行かないから。時間になったら周りに頭下げて、職場飛び出して保育園に走るのよ」
「俺も航大が保育園に通ってた時はそうだったな」
ああ、そうだ。
まだ「そうか、そんな時代もあったなあ」などと感慨に耽る心境には達していないものの、隆則にとっては間違いなく過去だ。
しかもたった二年足らずの保育園生活でしかなかった。
「隆則さんも経験者だものね。でも駅までは急ぐけど、電車に乗ったらもう開き直って頭切り替えてるのよ。本読んだり、音楽聞いたり。ただボーっとしてることもあるわ」
隆則の言葉に、涼音は笑って頷いた。
「ああ、その頃のこと思い出すよ。毎日時間に追われて綱渡りの気分だったな。でも俺は親が一時間くらいのとこに住んでたからまだマシだった。そんなしょっちゅう頼ってたわけじゃないけど、いざというときの緊急避難先があるってだけで違うから。涼音ちゃんは無理だもんなぁ」
「ええ、私の実家はちょっと距離あるから。隆則さんと知り会ったときみたいに、友達の結婚式とかそういう特別な機会には連れてって預かってもらうけど」
涼音は所謂未婚の母で、雪音が生まれる際には親とかなり揉めたらしい。
それでも、最終的にはどうしても産むと言い張る娘に親の方が折れる形になって、特に確執は残らなかったようだ。
実際に今も実家とは行き来があり、親も孫である雪音のことはとても可愛がってくれているという。
「俺もいい年して親には心配掛けたから。特に離婚したばっかりの頃は、母が泊まり掛けで来てくれて助かったよ。家事にも全然慣れてなかったし」
「隆則さんは実際によくやってると思うわ。私の職場は共働きで子持ちの人が凄く多いし、私みたいなシングルマザーも珍しくないから。お互いさまで順送りっていうか自分がしてもらった分は後に続く人たちに返すって空気があるのよ。育児だけじゃなくて、病気とか親の介護なんかでいつ自分がそっちの立場になるかわからないもの。でも、隆則さんの会社はそういう感じじゃなさそうだし」
心底感心したように労ってくれる彼女の目を、真っ直ぐ見返せない気がした。