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第六十九話

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※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。
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 ヘイノたちがスルーズルに稽古をつけてもらっている間、アマンダとハンナは別の戦乙女、エイルから指導を受けていた。主に後者の精度を上げることが最重要課題である。
 「ふう」
 「良い感じね」
 「ありがとうございます。植物になった気分で不思議」
 「あら、良い例えじゃない。発動している時は不動になるでしょうから、今の感覚を大事にしてね」
 と、アマンダの足をゆっくり曲げながらエイル。返事をしたハンナは、何度か深呼吸をした後、目の前にある土に触れて瞑想に入る。
 なお、当の令嬢は、精神体となって部屋中を歩き回っていた。
 一見すると訓練とは程遠いが、精神だけで動けるようになるにも時間が必要とのこと。神の使い曰く、エスコの様にいきなり戦闘するのが異例らしい。
 初期段階に当たる、自らが精神体である事の意識付けは既にクリアしていたので、日常生活が送れる位になるのが目標だ。
 その為、この部屋は半透明な家具がひと通り揃っており、服を着替えたり、髪を整えたり、花に水をあげたり、など、何て事のない尊い日常を過ごしている。
 最初は十分も保てなかったが、今では数時間は精神体のままいられるようになった。
 部屋自体に肉体と精神が離れる特殊な魔法が掛かっているため、アマンダは自身のペースに合わせて修行をしているのだ。
 「ああ、そうだわ。はいこれ」
 『あ。お話しした剣の木ですか』
 「ええ。素振りしたいときはこれを使って。何か欲しいものがあったら言って欲しいわ」
 『あ、はは。ありがとうございます』
 と、苦笑いする少女。ベッドの上側には、小さい穴とヒビがある。
 「まさか剣にも魔力が付くなんて思わなかったの。気にしないでね」
 『本当に申し訳ございません』
 「うふふ、いいのいいの。ちゃんとお許しは貰ってるし、わざとじゃないもの」
 試しに素振りしているうちに手からすっぽ抜けて壁に突き刺さるなど、確かに誰も想像していなかっただろう。人間たちは真っ青になったが、エイルは大笑い。音に気づいてやって来た神の使いたちも、真相を知って釣られる始末。
 挙句の果てに次は何をやらかすのか楽しみにされているという、意味不明な状況でもあった。
 とはいえ、その雰囲気は居心地の良い空間を後押ししてくれているのかもしれない。傭兵と魔法師がいる場所に比べると、三人は随分とゆったりしている。特にハンナは集中しなければならないので、絶好の学び場だろう。
 「少しは落ち着いて来たわね」
 『はい。最初はほんの数分だったのに、今では六時間はできるようになりました』
 「ふふ、それでいいの。先急い戦場に出たところで、何の成果もだせない」
 スルーズルにこの部屋へ案内されてからの一言目も同じだった。階段を昇るが如くに進めて行かなければ、心身に異常がきたす可能性がある。焦る気持ちは仕方がない。だが、物事には順序というものが存在する、と。
 「剣も教養もそうだったでしょ。ここは人間たちに負担がかからないぐらいの、時間を遅くする魔法がかけられてるの。地上より時間は稼げるから」
 にっこりしながらそう話すと、エイルは少し出掛けると部屋を出た。
 少し体が重いので本を読んでいると、ふと思った。
 みんな、そうやって大人になっていくのかしら。
 アマンダの周囲はほとんどが年上だ。しかも公爵家の令嬢であるが故か、悪い見本も寄って来る時もある。基本、いつも誰かに守られていることが多かった彼女は、母や仕えている魔女に、常にその状況を当たり前と思わない様に、と教えられた。勿論、子供では良く理解出来ないのは本人たちも承知の上だろう。
 赤ん坊が幼子になり、徐々に子供になっていき、さらに大人になって行く過程で学ぶものは、生涯に渡る価値観を形成するといわれている。説明し辛い箇所も多々あるが、少女は感覚的に掴んでいるらしい。
 もしかしたら、人間はそういう生き物なのかもしれない。
 気がついたらぼんやりしていたアマンダは、一度肉体に戻って休むことにした。
 令嬢が眠っている最中、エイルは両手一杯の籠を持って入室する。しんとしていたので察し、手紙を書いて神の使いも姿を消した。
 目を覚ました少女は、手紙を読むと、欠伸をした後に顔を洗い、服を着替えて早速取り掛かる。
 まあ、以前はすぐに出来た事も、精神体だと上手くいかずに歪な形になってしまうのだが。不思議と異常に丈夫な花々は、いささか力がこもっても問題なかった。
 家を飛び出してからは戦いに身を投じ、退屈だった日常がいかに尊いかを知ったアマンダ。そして、貴族という立場、役割の意味を改めて考える。編みながらも、頭では別のことがよぎり、手を止めては天を仰ぐ。
 階段、到達、目的、意味。
 他にも言葉が浮かんだが、何かが掴めそうで掴めない状態が続いている令嬢は、大きく息を吐くと、再び作り始める。
 簡単に答えが得られないからこそ、常に考えて感じなければならない。それが人生の醍醐味だ。
 誰かが教えてくれたが、誰だかは思い出せない。それでも、自身が納得の行くモノを手に入れるには動くしかない。
 弱冠十五歳の少女に語りかける何かは、決して手を貸すことはなかった。
 神の世界に赴いてから早数ヶ月。一通りの修行が終わり、人間達が住まう場所へと戻る時がやって来る。生身ではこの長さが限界だという。
 一行の中には、立っているアマンダとエスコの姿もあった。
 「人間界の時間はほとんど進んでいないはずだが、念の為に確認しておくと良い」
 「畏まりました。お世話になりました」
 「何、我らも楽しませてもらった。礼を言う。渡せる資料はフィリアを通して渡そう」
 「ありがとうございます」
 と、一行の代表として挨拶を交わす将軍。
 「エスコ様が回復されてうれしいです。きっとエメリーンもアンジュ様も心待ちにされてますわ」
 「そうだね。君も回復してよかった。これで思う存分酒が飲める」
 「さすがに控えてね~。たしなむ程度ならまだしも~」
 「う、うーん。ワイン一瓶ぐらいならいい?」
 「えー。それは完全に酔っ払う量ではー」
 「たしなむ量が規格外だって」
 「らしいけど。酔っ払ったことないから限界が分からないんだよなあ」
 「マジかよ。やべえ人と飲み比べの約束しちまった」
 「グラス半分ね~」
 「ええっ。せめて瓶半分」
 持っている杖に力が入るサイヤ。背後に青白い炎が見えるのは気のせいだろうか。
 身の危険を感じたレインバーグ長子は、コクコクと無言で頷く。
 少々呆れながら聞いていたヘイノだが、口元はいつもより緩い。
 「ふふ。使命を全うしたなら、是非エインヘリャルになって貰いたい。その際は迎えに行こう」
 「光栄です。その頃にはこの戦争を終わっていますから、歓迎致します」
 「そう願おう。たまに遊びに行く事もあるのでな」
 「人間には姿が見えないのでしたね。残念です」
 「気持ちだけで十分だ。む、どうやら魔法陣の準備が出来た様だな」
 エイルを始めとした戦乙女たちは、いつの間にかアマンダを取り囲んでいて、別れを惜しんでいた。
 「達者でな」
 「ありがとうございました」
 令嬢が謝意を口にしお辞儀をする。一同も、同様の動きをすると、彼女たちの周りに幾重もの光の筋が立ち上った。
 手を振る神の使いたちに見守られながら、一行の前に湖のほとりが出現する。
 「無事に戻って来たね」
 聞き慣れた声に現実感を取り戻した一行。振り返ると、満足気な表情をしたフィリアと安堵した様子のアルタリアとフェインツがいた。
 「体はどうだい」
 「大丈夫。後はわたしも魔法にならすといいっていわれました」
 「そうかい。上手く体得出来たみたいで良かったよ。エスコも」
 「はい。まさか体が全快するとは思っていなく」
 「うん。効能の話は聞いていたけど。余程水質合ったみたいだ」
 「ぼ、坊ちゃま。再びご健勝なお姿を拝見出来るとは」
 「フェインツ。気持ちはうれしいが、坊ちゃまは止めてくれって。もう妻子もいるんだぞ」
 「申し訳ございません。しかし、本当にようございました」
 「あっはっはっ。生まれた時から面倒見てるんだ、仕方ないだろさ」
 「ま、まあ。そうなのかもしれませんがね」
 はあ、と、エスコ。不意に出てしまう長年の癖は、確かにどうしようもないだろう。
 報告を兼ねた積もる話は、別館ですることになった。
 ここまで案内と護衛をしてくれたダウェルたち先住民にお礼と報告を伝える為、一行は休憩所に寄り、長と話をした。終わると、フィリアの魔法で一気に別館へと移動する。本当はアマンダとエスコの体を考えると歩いたほうが良いのだが、時間と防犯の都合上である。
 「ふう」
 「ちょっとキツかったかい」
 「情けないことに。想像以上に体力が落ちてしまってます」
 「病み上がりだからね。しかし、あんた達の元気な姿を再び見れたのは嬉しいよ」
 「僕も以前と同じように動けて嬉しいですよ。アマンダは大丈夫かな」
 「まだ心身のバランスが取れてないだろうから、たぶんヘバってるかもしれない」
 「ああ、それで多めに割いたんですか」
 「そ。アマンダやハンナを支える事になったら、男手があった方がいいからね」
 と、風の魔女。入口から応接室までの間だが、二人には相当遠い様子だ。
 「先に来ちまったが。待ったほうがよかったか」
 「いや、大丈夫だよ。念の為に先行してもらったのもあるしね」
 「危険なモノはなかったけど。厳重だからそこまで警戒しなくても平気なんじゃ」
 「念には念をさ。身分ってのは面倒でね」
 はあ、と女性が息を吐くと、ヤロとイスモは顔を見合わせてしまう。彼らは感覚の差だと思ったようだ。
 数十分程過ぎると、アマンダたちがゆっくりとした歩みでやって来る。
 「ごめんなさい、お待たせして」
 「平気平気。大丈夫?」
 「ええ。力がはいりづらいだけですの」
 「入りづらい? うーん、全身がだるい感じ? それとも重い?」
 「重い、のほうが、近いですわね」
 「ああやっぱりね。熱の無い風邪みたいなモンかね、感覚的に」
 「へぇ~。フィリアでも風邪ひくんだ」
 「どういう意味だい」
 「どうって。だってあんたは常に精神体じゃんか」
 「あ、そういうコト」
 「? 他になにかある」
 「いんや。ただ、今のがもしラガンダだったら殴ってるかもなってね」
 「え、なんで」
 キョトンとする情報屋。男性貴族は子供を心配そうにしながらも、
 「エ、エスコ。君はどうなんだ」
 「た、ただの体力不足だと思う。今のところはね」
 「そうか。無理はしないで欲しい」
 「ああ。この先も問題ないってさ」
 合流した一行は、特にアマンダとエスコの様子を見ながら、食事を取った。
 何気ない日常がどれ程素晴らしいか。
 おそらく、一度失った者なら、より理解が深まるのかもしれない。
 夜も更け、月が一番高い場所にたどり着きそうな時間。静寂を破る小さな草の音が、別館の周囲に広がっていっていた。複数の植物を踏みしめる足は、部屋の明かりが全て消えている建物を取り囲んでいるよう。
 その者たちは、闇色の装束を纏っている。
 「結界とやらは展開されていないらしい。すぐに進入出来るぞ」
 「念の為、魔法師団の連中にも来て貰っている。最悪、建物を破壊してでもターゲットを狙えとの事だ」
 「了解。では五分後、一斉に突入、待て」
 指示を出そうとした男の目に、金色の光が入って来る。なびいている所から、髪だと判断した。
 口元を歪めた男は、
 「ターゲットの女が屋上にいるが、ここは私がやる。他の者、特に将軍らは確実に仕留めろ」
 これで失態を挽回出来るな。ついでにイスモも血祭りに上げてやる。
 心に浮かべた文字の如くに目を走らせながら、男は周囲の部下に合図を送る。
 見えた場所から回り込み、屋上に向かって鉤爪の付いた縄を放る。見事に掛かり、屋上に侵入することに成功した。
 集団内で共有されている合図を送ると、周囲の森で爆発が起こった。別館内にいた人間が驚いたのか、ほぼ全部屋に明かりが灯される。
 しかし、部屋数を見ていた者は、誰もいなかった。
 そして、金の髪を持つ人間に、男が近づいて行く。
 足の速さと距離を計算して一気に飛んだ男の手だが、何も掴めなかった。
 「こんな初歩的なミスに引っ掛かるなんてね。馬鹿だろ、お前」
 そこには、金髪になっていた風の魔女が立っていた。


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 ヘイノたちがスルーズルに稽古をつけてもらっている間、アマンダとハンナは別の戦乙女、エイルから指導を受けていた。主に後者の精度を上げることが最重要課題である。
 「ふう」
 「良い感じね」
 「ありがとうございます。植物になった気分で不思議」
 「あら、良い例えじゃない。発動している時は不動になるでしょうから、今の感覚を大事にしてね」
 と、アマンダの足をゆっくり曲げながらエイル。返事をしたハンナは、何度か深呼吸をした後、目の前にある土に触れて瞑想に入る。
 なお、当の令嬢は、精神体となって部屋中を歩き回っていた。
 一見すると訓練とは程遠いが、精神だけで動けるようになるにも時間が必要とのこと。神の使い曰く、エスコの様にいきなり戦闘するのが異例らしい。
 初期段階に当たる、自らが精神体である事の意識付けは既にクリアしていたので、日常生活が送れる位になるのが目標だ。
 その為、この部屋は半透明な家具がひと通り揃っており、服を着替えたり、髪を整えたり、花に水をあげたり、など、何て事のない尊い日常を過ごしている。
 最初は十分も保てなかったが、今では数時間は精神体のままいられるようになった。
 部屋自体に肉体と精神が離れる特殊な魔法が掛かっているため、アマンダは自身のペースに合わせて修行をしているのだ。
 「ああ、そうだわ。はいこれ」
 『あ。お話しした剣の木ですか』
 「ええ。素振りしたいときはこれを使って。何か欲しいものがあったら言って欲しいわ」
 『あ、はは。ありがとうございます』
 と、苦笑いする少女。ベッドの上側には、小さい穴とヒビがある。
 「まさか剣にも魔力が付くなんて思わなかったの。気にしないでね」
 『本当に申し訳ございません』
 「うふふ、いいのいいの。ちゃんとお許しは貰ってるし、わざとじゃないもの」
 試しに素振りしているうちに手からすっぽ抜けて壁に突き刺さるなど、確かに誰も想像していなかっただろう。人間たちは真っ青になったが、エイルは大笑い。音に気づいてやって来た神の使いたちも、真相を知って釣られる始末。
 挙句の果てに次は何をやらかすのか楽しみにされているという、意味不明な状況でもあった。
 とはいえ、その雰囲気は居心地の良い空間を後押ししてくれているのかもしれない。傭兵と魔法師がいる場所に比べると、三人は随分とゆったりしている。特にハンナは集中しなければならないので、絶好の学び場だろう。
 「少しは落ち着いて来たわね」
 『はい。最初はほんの数分だったのに、今では六時間はできるようになりました』
 「ふふ、それでいいの。先急い戦場に出たところで、何の成果もだせない」
 スルーズルにこの部屋へ案内されてからの一言目も同じだった。階段を昇るが如くに進めて行かなければ、心身に異常がきたす可能性がある。焦る気持ちは仕方がない。だが、物事には順序というものが存在する、と。
 「剣も教養もそうだったでしょ。ここは人間たちに負担がかからないぐらいの、時間を遅くする魔法がかけられてるの。地上より時間は稼げるから」
 にっこりしながらそう話すと、エイルは少し出掛けると部屋を出た。
 少し体が重いので本を読んでいると、ふと思った。
 みんな、そうやって大人になっていくのかしら。
 アマンダの周囲はほとんどが年上だ。しかも公爵家の令嬢であるが故か、悪い見本も寄って来る時もある。基本、いつも誰かに守られていることが多かった彼女は、母や仕えている魔女に、常にその状況を当たり前と思わない様に、と教えられた。勿論、子供では良く理解出来ないのは本人たちも承知の上だろう。
 赤ん坊が幼子になり、徐々に子供になっていき、さらに大人になって行く過程で学ぶものは、生涯に渡る価値観を形成するといわれている。説明し辛い箇所も多々あるが、少女は感覚的に掴んでいるらしい。
 もしかしたら、人間はそういう生き物なのかもしれない。
 気がついたらぼんやりしていたアマンダは、一度肉体に戻って休むことにした。
 令嬢が眠っている最中、エイルは両手一杯の籠を持って入室する。しんとしていたので察し、手紙を書いて神の使いも姿を消した。
 目を覚ました少女は、手紙を読むと、欠伸をした後に顔を洗い、服を着替えて早速取り掛かる。
 まあ、以前はすぐに出来た事も、精神体だと上手くいかずに歪な形になってしまうのだが。不思議と異常に丈夫な花々は、いささか力がこもっても問題なかった。
 家を飛び出してからは戦いに身を投じ、退屈だった日常がいかに尊いかを知ったアマンダ。そして、貴族という立場、役割の意味を改めて考える。編みながらも、頭では別のことがよぎり、手を止めては天を仰ぐ。
 階段、到達、目的、意味。
 他にも言葉が浮かんだが、何かが掴めそうで掴めない状態が続いている令嬢は、大きく息を吐くと、再び作り始める。
 簡単に答えが得られないからこそ、常に考えて感じなければならない。それが人生の醍醐味だ。
 誰かが教えてくれたが、誰だかは思い出せない。それでも、自身が納得の行くモノを手に入れるには動くしかない。
 弱冠十五歳の少女に語りかける何かは、決して手を貸すことはなかった。
 神の世界に赴いてから早数ヶ月。一通りの修行が終わり、人間達が住まう場所へと戻る時がやって来る。生身ではこの長さが限界だという。
 一行の中には、立っているアマンダとエスコの姿もあった。
 「人間界の時間はほとんど進んでいないはずだが、念の為に確認しておくと良い」
 「畏まりました。お世話になりました」
 「何、我らも楽しませてもらった。礼を言う。渡せる資料はフィリアを通して渡そう」
 「ありがとうございます」
 と、一行の代表として挨拶を交わす将軍。
 「エスコ様が回復されてうれしいです。きっとエメリーンもアンジュ様も心待ちにされてますわ」
 「そうだね。君も回復してよかった。これで思う存分酒が飲める」
 「さすがに控えてね~。たしなむ程度ならまだしも~」
 「う、うーん。ワイン一瓶ぐらいならいい?」
 「えー。それは完全に酔っ払う量ではー」
 「たしなむ量が規格外だって」
 「らしいけど。酔っ払ったことないから限界が分からないんだよなあ」
 「マジかよ。やべえ人と飲み比べの約束しちまった」
 「グラス半分ね~」
 「ええっ。せめて瓶半分」
 持っている杖に力が入るサイヤ。背後に青白い炎が見えるのは気のせいだろうか。
 身の危険を感じたレインバーグ長子は、コクコクと無言で頷く。
 少々呆れながら聞いていたヘイノだが、口元はいつもより緩い。
 「ふふ。使命を全うしたなら、是非エインヘリャルになって貰いたい。その際は迎えに行こう」
 「光栄です。その頃にはこの戦争を終わっていますから、歓迎致します」
 「そう願おう。たまに遊びに行く事もあるのでな」
 「人間には姿が見えないのでしたね。残念です」
 「気持ちだけで十分だ。む、どうやら魔法陣の準備が出来た様だな」
 エイルを始めとした戦乙女たちは、いつの間にかアマンダを取り囲んでいて、別れを惜しんでいた。
 「達者でな」
 「ありがとうございました」
 令嬢が謝意を口にしお辞儀をする。一同も、同様の動きをすると、彼女たちの周りに幾重もの光の筋が立ち上った。
 手を振る神の使いたちに見守られながら、一行の前に湖のほとりが出現する。
 「無事に戻って来たね」
 聞き慣れた声に現実感を取り戻した一行。振り返ると、満足気な表情をしたフィリアと安堵した様子のアルタリアとフェインツがいた。
 「体はどうだい」
 「大丈夫。後はわたしも魔法にならすといいっていわれました」
 「そうかい。上手く体得出来たみたいで良かったよ。エスコも」
 「はい。まさか体が全快するとは思っていなく」
 「うん。効能の話は聞いていたけど。余程水質合ったみたいだ」
 「ぼ、坊ちゃま。再びご健勝なお姿を拝見出来るとは」
 「フェインツ。気持ちはうれしいが、坊ちゃまは止めてくれって。もう妻子もいるんだぞ」
 「申し訳ございません。しかし、本当にようございました」
 「あっはっはっ。生まれた時から面倒見てるんだ、仕方ないだろさ」
 「ま、まあ。そうなのかもしれませんがね」
 はあ、と、エスコ。不意に出てしまう長年の癖は、確かにどうしようもないだろう。
 報告を兼ねた積もる話は、別館ですることになった。
 ここまで案内と護衛をしてくれたダウェルたち先住民にお礼と報告を伝える為、一行は休憩所に寄り、長と話をした。終わると、フィリアの魔法で一気に別館へと移動する。本当はアマンダとエスコの体を考えると歩いたほうが良いのだが、時間と防犯の都合上である。
 「ふう」
 「ちょっとキツかったかい」
 「情けないことに。想像以上に体力が落ちてしまってます」
 「病み上がりだからね。しかし、あんた達の元気な姿を再び見れたのは嬉しいよ」
 「僕も以前と同じように動けて嬉しいですよ。アマンダは大丈夫かな」
 「まだ心身のバランスが取れてないだろうから、たぶんヘバってるかもしれない」
 「ああ、それで多めに割いたんですか」
 「そ。アマンダやハンナを支える事になったら、男手があった方がいいからね」
 と、風の魔女。入口から応接室までの間だが、二人には相当遠い様子だ。
 「先に来ちまったが。待ったほうがよかったか」
 「いや、大丈夫だよ。念の為に先行してもらったのもあるしね」
 「危険なモノはなかったけど。厳重だからそこまで警戒しなくても平気なんじゃ」
 「念には念をさ。身分ってのは面倒でね」
 はあ、と女性が息を吐くと、ヤロとイスモは顔を見合わせてしまう。彼らは感覚の差だと思ったようだ。
 数十分程過ぎると、アマンダたちがゆっくりとした歩みでやって来る。
 「ごめんなさい、お待たせして」
 「平気平気。大丈夫?」
 「ええ。力がはいりづらいだけですの」
 「入りづらい? うーん、全身がだるい感じ? それとも重い?」
 「重い、のほうが、近いですわね」
 「ああやっぱりね。熱の無い風邪みたいなモンかね、感覚的に」
 「へぇ~。フィリアでも風邪ひくんだ」
 「どういう意味だい」
 「どうって。だってあんたは常に精神体じゃんか」
 「あ、そういうコト」
 「? 他になにかある」
 「いんや。ただ、今のがもしラガンダだったら殴ってるかもなってね」
 「え、なんで」
 キョトンとする情報屋。男性貴族は子供を心配そうにしながらも、
 「エ、エスコ。君はどうなんだ」
 「た、ただの体力不足だと思う。今のところはね」
 「そうか。無理はしないで欲しい」
 「ああ。この先も問題ないってさ」
 合流した一行は、特にアマンダとエスコの様子を見ながら、食事を取った。
 何気ない日常がどれ程素晴らしいか。
 おそらく、一度失った者なら、より理解が深まるのかもしれない。
 夜も更け、月が一番高い場所にたどり着きそうな時間。静寂を破る小さな草の音が、別館の周囲に広がっていっていた。複数の植物を踏みしめる足は、部屋の明かりが全て消えている建物を取り囲んでいるよう。
 その者たちは、闇色の装束を纏っている。
 「結界とやらは展開されていないらしい。すぐに進入出来るぞ」
 「念の為、魔法師団の連中にも来て貰っている。最悪、建物を破壊してでもターゲットを狙えとの事だ」
 「了解。では五分後、一斉に突入、待て」
 指示を出そうとした男の目に、金色の光が入って来る。なびいている所から、髪だと判断した。
 口元を歪めた男は、
 「ターゲットの女が屋上にいるが、ここは私がやる。他の者、特に将軍らは確実に仕留めろ」
 これで失態を挽回出来るな。ついでにイスモも血祭りに上げてやる。
 心に浮かべた文字の如くに目を走らせながら、男は周囲の部下に合図を送る。
 見えた場所から回り込み、屋上に向かって鉤爪の付いた縄を放る。見事に掛かり、屋上に侵入することに成功した。
 集団内で共有されている合図を送ると、周囲の森で爆発が起こった。別館内にいた人間が驚いたのか、ほぼ全部屋に明かりが灯される。
 しかし、部屋数を見ていた者は、誰もいなかった。
 そして、金の髪を持つ人間に、男が近づいて行く。
 足の速さと距離を計算して一気に飛んだ男の手だが、何も掴めなかった。
 「こんな初歩的なミスに引っ掛かるなんてね。馬鹿だろ、お前」
 そこには、金髪になっていた風の魔女が立っていた。