第1話
ー/ー 2130年、4月。愛媛・松山の空気は、百年前の記録より湿度が高く、生温い。
有賀忠茂は、昼前から安物の合成ウィスキーを煽っていた。バイトのシフトは三日前から無断で飛ばしている。両親は流行病でとうに亡く、唯一の肉親である姉は「この街は腐っている」と吐き捨てて、軌道エレベーターのある大都市へ消えた。残されたのは、いつ洗ったか定かでない古びた軽自動車と、数枚のコインだけだった。
その日の午後、重い頭を抱えながらハンドルを握った。バイト先へ向かう、ただそれだけの昼下がりだった。
――ガシャリ。
鈍い金属音。反射的にブレーキを踏んだとき、もう手遅れだった。路肩に停まっていた漆黒のセダンに、自分の車の角が食い込んでいる。
「……クソが」
血の気が引いた。セダンの扉がゆっくりと開き、不気味なほど隙のない黒スーツの男が降りてきた。
男は吸いかけのタバコを路面に落とし、踏み消した。忠茂の顔を、値踏みするように見下ろす。
「兄ちゃん。いい度胸しとるのぉ」
目は笑っていない。胸元の銀バッジには、三文字。
『帝国金融』
「ちょうど探す手間が省けたわい。とりあえず、どこぞ入ろうや。話はそれからじゃ」
場違いに明るいポップスが流れる喫茶店。男は黒川と名乗った。コーヒーを一口すすり、前置きもなく口を開く。
「山口って名に聞き覚えはあるか?」
「……中学からの友達だ。一番、信用してたヤツだ」
「蒸発した。あんたを連帯保証人にして、な」
忠茂の指先が、テーブルの端でかすかに震えた。
―― 山口、俺を売りやがったのか。
「元金は300万。うちの利息はトイチ——10日で1割じゃ。先月飛ばれてから、雪だるま式に膨らんどる。もう、まともな数字やない」
「……俺はバイト暮らしだ。返せるわけがない」
黒川はゆっくりと口角を上げた。罠にかけた獲物を眺める目だった。
「分かっとる。だから言うてやる」
男は声を落とした。
「その絶望的な数字を、一晩でゼロにできる『イベント』がある」
喉の奥が、からからに渇いた。
「乗ってみるか?」
有賀忠茂は、昼前から安物の合成ウィスキーを煽っていた。バイトのシフトは三日前から無断で飛ばしている。両親は流行病でとうに亡く、唯一の肉親である姉は「この街は腐っている」と吐き捨てて、軌道エレベーターのある大都市へ消えた。残されたのは、いつ洗ったか定かでない古びた軽自動車と、数枚のコインだけだった。
その日の午後、重い頭を抱えながらハンドルを握った。バイト先へ向かう、ただそれだけの昼下がりだった。
――ガシャリ。
鈍い金属音。反射的にブレーキを踏んだとき、もう手遅れだった。路肩に停まっていた漆黒のセダンに、自分の車の角が食い込んでいる。
「……クソが」
血の気が引いた。セダンの扉がゆっくりと開き、不気味なほど隙のない黒スーツの男が降りてきた。
男は吸いかけのタバコを路面に落とし、踏み消した。忠茂の顔を、値踏みするように見下ろす。
「兄ちゃん。いい度胸しとるのぉ」
目は笑っていない。胸元の銀バッジには、三文字。
『帝国金融』
「ちょうど探す手間が省けたわい。とりあえず、どこぞ入ろうや。話はそれからじゃ」
場違いに明るいポップスが流れる喫茶店。男は黒川と名乗った。コーヒーを一口すすり、前置きもなく口を開く。
「山口って名に聞き覚えはあるか?」
「……中学からの友達だ。一番、信用してたヤツだ」
「蒸発した。あんたを連帯保証人にして、な」
忠茂の指先が、テーブルの端でかすかに震えた。
―― 山口、俺を売りやがったのか。
「元金は300万。うちの利息はトイチ——10日で1割じゃ。先月飛ばれてから、雪だるま式に膨らんどる。もう、まともな数字やない」
「……俺はバイト暮らしだ。返せるわけがない」
黒川はゆっくりと口角を上げた。罠にかけた獲物を眺める目だった。
「分かっとる。だから言うてやる」
男は声を落とした。
「その絶望的な数字を、一晩でゼロにできる『イベント』がある」
喉の奥が、からからに渇いた。
「乗ってみるか?」
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