タイムリープ屋「Regretion」
ー/ー 人には、苦い経験や思い出の一つや二つはあると思う。だから不平だとか不満だとか、そう言うことを言いたいんじゃない。けれど、俺のは人一倍不幸で、理不尽だと思う。
思えばずっと、流されるがまま生きてきた人生だった。何かをすごくやりたい、ということも無く、周りに合わせたり、強いて言えばこれという選択肢を取り続けた。だけど、取り立てて不幸でもなかったから、そのまま生きていくと思ってた。でも、この姿勢が変わった瞬間がある。高校生の時のことだ。一年生の時に知り合い、仲良くなった女の子がいた。
名前は、成戸恵。すらっとした長身で、大人びた落ち着きがある子だった。彼女の何が良かったとか、どこが好みだったとか言われても、上手く言葉にできないけど、とにかく、彼女と過ごす時間は楽しかった。彼女のことが好きだった。
ただ、五年前の九月三十日。高校二年生の時、彼女は死んだ。帰り道の途中、誰かに殺されたという話だった。犯人は未だに見つかっていない。俺にとって、最も不幸な出来事だった。
あの日以降、俺は抜け殻のように生きてきた。したいこと、やりたいものなど何も無くなり、なぜ自分が生きているのかもわからなくなった。ただ、死ぬと周囲が悲しむこともわかっているので、流されるように生きてきた。
そんな心境で入った大学の勉学に身が入るわけもなく、授業に出る必要性が無いことから次第にテニスサークルの部室へと入り浸るようになった。サークルに入ったのは、同期生から強い勧誘を受けたからというだけで、テニスの経験も無ければ、興味もそれ程無かった。
運が良かったことに、このサークルはいわゆる飲みサーであった。毎週のように飲み会を開いており、新入生の頃から参加した。飲んでいる間、飲まずとも雰囲気に飲まれている間は、不幸がどこかへいなくなる感じがしたからだ。ただ、酒を飲んでも幸せにはならなかった。それでも自分の感情や記憶を誤魔化すため、行けるものには全て参加した。そんな生活をし、留年すれすれで三年生となったところだ。
「おい、橘勇生!」
新歓の二次会が終わり、酔っている友人に声をかけられた。フルネームで呼ぶ辺り、相当飲んだと見える。
「ここで帰るなんて、しゃばい真似しねえよなぁ?」
体をフラフラさせながら、俺の肩に手を置く。俺も酒が回っているようで、上手く振り払えず、彼に行き先を委ねた。
やがて入った路地裏にて、白地に黒いアルファベットの看板を見つけた。「Regretion」、そう書かれていた。まだ新しい店なのか、やけに小綺麗な看板である。そのまま友人に肩を押され、暖簾をくぐってしまった。部屋の中はエスニックな雰囲気、というのだろうか。どこか民族的な、明るめでカラフルな壁紙が広がっている。看板とは対照的に、古臭いように感じた。
「やり直したいこと、ありませんか?」
奥から声がした。よく見ると、三人組の男が立っている。左右の男はスーツ姿なのに対し、真ん中の男は緩めの白Tシャツを着ていた。厄介なことになる前に出ようと振り返る。呆れたことに、俺をここへと連れ込んだ友人は、道で横になっていた。しかも、すーぴーと寝息を立てていやがる。
「お連れの方、大変そうですね。少し休んではいかがでしょう?」
スーツの男が友人の肩を持ち、ゆっくりと立たせる。友人は暖簾の内側へと連れられ、されるがままソファへと腰かけた。まだ目を閉じている。俺も男達に促され、その横に座った。対面する形で男達も座る。
「人生、やり直したいことってありますよね? うちではそういう人を、実際に過去に送ってしまうんです」
スーツ男からの第一声が、これだった。これには酔いが回っているとはいえ、呆気取られて何も言えなくなった。
「厳密には、今のあなたの意識を過去のあなたに送ります。平たく言えば、タイムリープです。料金は要相談ですがね」
白Tシャツの男がそう言った。続いて、スーツからの説明が長々と続く。何を言っていたのかは覚えていない。タイムリープ? 意識を過去に送る? バカバカしい。俺は友人と肩を組んで立ち上がり、その建物から出た。道中、なんとか友人を叩き起こして、その日は家に帰った。
しかし、その後に俺を待っていたのは、退屈な日々だった。何の意味も無く、味気ない毎日。とうとう授業に出る気すら無くなり、今期全ての単位を落とした。そんな暮らしを送っていると、頭の中で「もし恵を助けられたら」という思いが膨らんでいく。ありもしない妄想が、あるはずのない希望が、支配圏を拡大していく。
もし、今も恵が生きていたら?
一緒に飲み会にいただろうか?
いや、そもそも飲み会などではなく、もっと他のことが楽しかったかもしれない。授業やサークルも充実して、いつか行った遊園地にもう一度行ったかもしれない。
そんな日々が、取り戻せるのかもしれない。
そう思うと、金など重要ではないと思い始めてきた。
夏のある日、俺はありったけの貯金を持っていき、あの路地裏へとやってきた。昼間に来ても、あの「Regretion」の看板はわかりやすかった。
「おや……数ヶ月ぶりでしょうか」
暖簾をくぐると、あの日と変わらない三人の男が出迎えてくれた。
俺は、自身の過去について話した。恵とのこと、恵が死んだこと、それからの大学生活のこと。そして、「恵が死ぬ前の高校生の頃にタイムリープしたい」と伝え、三人に頭を下げた。
「人の死の前後であれば送りやすいですね。戻る時期の設定もその程度でいいなら、安くしてもいいでしょう。五十万で請け負います」
白Tシャツの男がそう言う。依頼料は五十万。今日持参してきた、ギリギリの額。その大部分は、母親が俺のために貯金していた、いざという時のためのお金だ。それでも迷いは無かった。
「お願いします」
そう言い五十万を差し出すと、それを横からスーツの男が受け取る。そして、白Tシャツは俺を二階の部屋へと案内した。真っ暗な部屋の中に、フード男と二人きり。ふと冷静になり、危険な状況なんじゃないかと感じた。
「ここでタイムリープの儀式を行います。あなたは目を閉じて、私に全て委ねるだけでいい」
俺は指示通り目を閉じた。彼の手が頭の上に置かれるのを感じた。特に変な感じも無く、ただ手を置かれているだけのようだ。
「しばらくすると、自然とあなたは目が覚める。その時、既に過去に飛んでいます」
その言葉を信じ、俺はその場でずっと目を閉じていた。
ピピピ、ピピピと、聞き慣れた音がする。頭上の時計を思い切り叩いた。目を覚まし、時計を覗くと、九月三十日の朝七時を指していた。俺は自室のような部屋にいた。直前まで何をしていたか思い出すと、すぐにカレンダーを見る。年は、五年前と記載されている。高校二年生の頃。恵が殺された事件の当日だった。
あの頃と同じように朝食を摂り、制服を着て、いつもの道を歩いて登校する。高校までは家から歩いて三十分はかかる。恵は家の方向が違うため、もし会えても途中で合流ということになる。
ふと、商店街を通ってみた。大学生になってからは通ることはなくなったから、気になったのだ。中へ入ると、帰りがけにコロッケを買った惣菜屋、一時期漫画を買い漁った書店に、二年前に潰れてしまったアクセサリーショップもある。懐かしさと同時に、思い出が色鮮やかに蘇る。そしてその全ての中に、恵がいた。そう思いながら、商店街を通り抜けた時。
「よっ!」
女の子の声と同時に、肩を叩かれた。振り向くと、そこには恵の姿があった。
「珍しいじゃん、こっちから来るの」
そう言ってニコッとする彼女を、思わず抱きしめてしまった。
「ちょっと!? なになに!? 離してよ!」
俺の腕を振りほどくものの、顔を赤くして視線をそらす恵。彼女らしからぬ仕草と表情に、ドキッとしていまう。
「今のって……そういう、こと?」
横目でこちらを見ながら、彼女が問いかける。俺は唇が震えて、すぐにはしゃべれなかった。
「会いたかった! ずっと、ずっと……!」
そう言葉にした瞬間、視界が滲む。溢れる涙を抑えられない。
「ちょっと! なんで泣いてるの!? 今日変だよ、勇生?」
変じゃない、と強がろうとしたが、言葉に出せなかった。
その後は、あの頃の通りに進んだ。当時の雰囲気のまま進んでいく時間。全然真剣に聞かなかった先生達の授業、ノリが軽い同級生、冷凍食品のおかずが入った母の弁当、体育の後に飲む炭酸飲料。全てが懐かしく、愛おしい。唯一違ったのは、恵が俺に抱きしめられたことを、やたらいじってきたことくらいだ。
やがて放課後の時間となった。俺も恵も卓球部に入っていたが、この日は部活動が無く、二人で遠い寄り道をすることになっていた。
寄った先は、地元の遊園地。都心程栄えてないが、俺にとっては最高のデートスポットだった。コーヒーカップを回す恵、ジェットコースターで叫ぶ恵、お化け屋敷で俺の後ろに隠れる恵。無邪気にはしゃぐ彼女を見て、来て良かったとしみじみ思う。しかし、この後の帰り道、彼女が殺されてしまうことも、頭の片隅にずっとあった。
「もし、今日が人生最後の日だったら、これからどうする?」
遊園地のベンチで休憩している間、気が抜けてしまい、俺は恵に聞いてしまった。
「最後の日? どういうこと?」
首を傾げる彼女に、俺は例えを考える。
「例えば、今日の日をまたいだら、ひっそり死んでしまう。もし恵が、そんな病気だったら?」
それを聞き、うーんと唸りながら考える恵。
「そもそも、その前提が嫌。だって、死ぬ時は、幸せな中で死にたいもん。だから、このまま勇生と日が暮れるまで一緒にいて、すっと死んじゃいたい」
「ええ? どうしてだよ?」
突飛なことを言われ、反射的にそう返してしまった。
「そんなに変?」
「いや、まあ、いいや」
「えー、何その反応ー?」
どうやら、少し機嫌を損ねてしまったようだ。
遊園地で一時間ほど遊んだ後、夕焼け空になり、俺達は帰路に着いていた。そして、最後の分かれ道へと差し掛かった。
「家まで送るよ」
「ううん。大丈夫」
あの日と同じやり取り。彼女が断ることも知っていた。
「いや、ゼッタイに家までついてく。それが男としての務めだ」
おちゃらけた言い方でそう言うと、彼女もフフッと笑い、ゆっくり頷いた。
「じゃあ、手、つなご。家までさ」
手を繋ぎながら、彼女の家へと歩いていく。彼女の手は暖かく、この時間はまさしく幸福だった。だが、警戒心を解かない。この間に必ず、犯人が現れる。
実はこの道中、護身用に武器を持ってきていた。といっても、自宅の物ではない。朝の時間では十分に考える時間も、物を隠し持つ時間も無かった。そのため、学校の技術室から、トンカチをくすねた。いざという時は、これを投げて撃退しようと考えていた。手提げのサブバッグに入れておき、いつでも取り出せるようチャックを開けておく。
日も暮れ、街灯の下を歩いている時。
「あれ!? 恵じゃーん!」
「あれ? 香子!? 久しぶりー!」
狭い路地の向かいから、見覚えの無い女子高生が恵へと話しかけてきた。うちの学校の制服でもない。こいつが犯人か? 一応、トンカチを出せるよう警戒する。
「どもでーす! あ、もしかして恵の彼氏?!」
「え? うーん、まあそんなとこ」
はぐらかさず言う恵。そう言われると実感が湧いてきて、恥ずかしくなるが、警戒は解かない。
「だ、誰? この子」
「香子。私の友達。中学時代の」
俺は納得した。中学の友達なら、見覚えが無いわけだ。その後も二人は話していたが、これだけ仲が良い相手なら、殺されることはないだろう。そう思っていた時。
「きゃあ!?」
突然、香子が叫び声を上げる。急に視界が真っ暗になり、気が付くと俺は横になっていた。そして、うっすら聞こえる叫び声と、駆け出していく香子。恵は尻餅をつき、逃げ損ねていた。だが、それを見ても体が全く動かず、なぜか心も平静だった。視界の端から現れたのは、黒いフードを被る男。怖がる恵にゆっくりと近づいていく。その左手にはトンカチを握っている。
「なんで!? どうして!?」
恵がそう言った途端、男は右手でナイフを取り出し、彼女の首を掻っ切った。
次の目を覚ますと、病院のベッドの上だった。頭がジクジクと痛む。日付は、十月一日。
昨日、恵は死んだ。死因は首からの大量出血。あの黒フードがやったのだろう。俺はその近くで生き延びていたらしい。頭を強く打ったものの出血はなく、軽傷で済んだ。だが、今もフラッシュバックする。恵の首から、赤いものが噴き出そうになる、あの瞬間。瞼を閉じると、勝手に目の前へと映し出される。それが怖くて、病院にいる間は一睡もできなかった。
一日で退院した俺は、元の生活に戻らざる得なかった。二日間は登校し、ただ落ち込んだだけの学生を演じた。その裏で、自宅での親の動きを観察し、家中を探索した。「Regretion」のことを思い出したからだ。
彼にタイムリープをお願いするためには、お金が必要だ。その額は五十万。お小遣いや貯金箱でどうにかなる額ではないし、親がポンと渡してくれる額でもない。そのため、銀行の通帳の在り処を知りたかった。運のいいことに、すぐにその場所がわかった。深夜、通帳の中を確認すると、俺の名義の口座で二十万以上は残高があった。翌日、学校を無断欠席し、通帳を持ってATMへと行った。そして、お金を全額引き下ろし、「Regretion」へと向かった。
「タイムリープをさせてください」
暖簾をくぐると同時に、俺はそう言った。
「過去に……あるいは未来に、ここを利用したお客さんですね。どうぞ」
白Tシャツに案内されたソファで、俺は経緯を詳細に話した。今は有り金が二十万しかないことも伝えた上で、再度タイムリープをお願いした。
「何度もリープするのはリスクがあります。それでも、やりますか?」
俺は迷いなくうなずく。恵を救えるなら、リスクでもなんでも大歓迎だ。ありがたいことに、三人は俺の事情を汲んでくれて、依頼料を二十万で儀式を行ってくれた。
思えばずっと、流されるがまま生きてきた人生だった。何かをすごくやりたい、ということも無く、周りに合わせたり、強いて言えばこれという選択肢を取り続けた。だけど、取り立てて不幸でもなかったから、そのまま生きていくと思ってた。でも、この姿勢が変わった瞬間がある。高校生の時のことだ。一年生の時に知り合い、仲良くなった女の子がいた。
名前は、成戸恵。すらっとした長身で、大人びた落ち着きがある子だった。彼女の何が良かったとか、どこが好みだったとか言われても、上手く言葉にできないけど、とにかく、彼女と過ごす時間は楽しかった。彼女のことが好きだった。
ただ、五年前の九月三十日。高校二年生の時、彼女は死んだ。帰り道の途中、誰かに殺されたという話だった。犯人は未だに見つかっていない。俺にとって、最も不幸な出来事だった。
あの日以降、俺は抜け殻のように生きてきた。したいこと、やりたいものなど何も無くなり、なぜ自分が生きているのかもわからなくなった。ただ、死ぬと周囲が悲しむこともわかっているので、流されるように生きてきた。
そんな心境で入った大学の勉学に身が入るわけもなく、授業に出る必要性が無いことから次第にテニスサークルの部室へと入り浸るようになった。サークルに入ったのは、同期生から強い勧誘を受けたからというだけで、テニスの経験も無ければ、興味もそれ程無かった。
運が良かったことに、このサークルはいわゆる飲みサーであった。毎週のように飲み会を開いており、新入生の頃から参加した。飲んでいる間、飲まずとも雰囲気に飲まれている間は、不幸がどこかへいなくなる感じがしたからだ。ただ、酒を飲んでも幸せにはならなかった。それでも自分の感情や記憶を誤魔化すため、行けるものには全て参加した。そんな生活をし、留年すれすれで三年生となったところだ。
「おい、橘勇生!」
新歓の二次会が終わり、酔っている友人に声をかけられた。フルネームで呼ぶ辺り、相当飲んだと見える。
「ここで帰るなんて、しゃばい真似しねえよなぁ?」
体をフラフラさせながら、俺の肩に手を置く。俺も酒が回っているようで、上手く振り払えず、彼に行き先を委ねた。
やがて入った路地裏にて、白地に黒いアルファベットの看板を見つけた。「Regretion」、そう書かれていた。まだ新しい店なのか、やけに小綺麗な看板である。そのまま友人に肩を押され、暖簾をくぐってしまった。部屋の中はエスニックな雰囲気、というのだろうか。どこか民族的な、明るめでカラフルな壁紙が広がっている。看板とは対照的に、古臭いように感じた。
「やり直したいこと、ありませんか?」
奥から声がした。よく見ると、三人組の男が立っている。左右の男はスーツ姿なのに対し、真ん中の男は緩めの白Tシャツを着ていた。厄介なことになる前に出ようと振り返る。呆れたことに、俺をここへと連れ込んだ友人は、道で横になっていた。しかも、すーぴーと寝息を立てていやがる。
「お連れの方、大変そうですね。少し休んではいかがでしょう?」
スーツの男が友人の肩を持ち、ゆっくりと立たせる。友人は暖簾の内側へと連れられ、されるがままソファへと腰かけた。まだ目を閉じている。俺も男達に促され、その横に座った。対面する形で男達も座る。
「人生、やり直したいことってありますよね? うちではそういう人を、実際に過去に送ってしまうんです」
スーツ男からの第一声が、これだった。これには酔いが回っているとはいえ、呆気取られて何も言えなくなった。
「厳密には、今のあなたの意識を過去のあなたに送ります。平たく言えば、タイムリープです。料金は要相談ですがね」
白Tシャツの男がそう言った。続いて、スーツからの説明が長々と続く。何を言っていたのかは覚えていない。タイムリープ? 意識を過去に送る? バカバカしい。俺は友人と肩を組んで立ち上がり、その建物から出た。道中、なんとか友人を叩き起こして、その日は家に帰った。
しかし、その後に俺を待っていたのは、退屈な日々だった。何の意味も無く、味気ない毎日。とうとう授業に出る気すら無くなり、今期全ての単位を落とした。そんな暮らしを送っていると、頭の中で「もし恵を助けられたら」という思いが膨らんでいく。ありもしない妄想が、あるはずのない希望が、支配圏を拡大していく。
もし、今も恵が生きていたら?
一緒に飲み会にいただろうか?
いや、そもそも飲み会などではなく、もっと他のことが楽しかったかもしれない。授業やサークルも充実して、いつか行った遊園地にもう一度行ったかもしれない。
そんな日々が、取り戻せるのかもしれない。
そう思うと、金など重要ではないと思い始めてきた。
夏のある日、俺はありったけの貯金を持っていき、あの路地裏へとやってきた。昼間に来ても、あの「Regretion」の看板はわかりやすかった。
「おや……数ヶ月ぶりでしょうか」
暖簾をくぐると、あの日と変わらない三人の男が出迎えてくれた。
俺は、自身の過去について話した。恵とのこと、恵が死んだこと、それからの大学生活のこと。そして、「恵が死ぬ前の高校生の頃にタイムリープしたい」と伝え、三人に頭を下げた。
「人の死の前後であれば送りやすいですね。戻る時期の設定もその程度でいいなら、安くしてもいいでしょう。五十万で請け負います」
白Tシャツの男がそう言う。依頼料は五十万。今日持参してきた、ギリギリの額。その大部分は、母親が俺のために貯金していた、いざという時のためのお金だ。それでも迷いは無かった。
「お願いします」
そう言い五十万を差し出すと、それを横からスーツの男が受け取る。そして、白Tシャツは俺を二階の部屋へと案内した。真っ暗な部屋の中に、フード男と二人きり。ふと冷静になり、危険な状況なんじゃないかと感じた。
「ここでタイムリープの儀式を行います。あなたは目を閉じて、私に全て委ねるだけでいい」
俺は指示通り目を閉じた。彼の手が頭の上に置かれるのを感じた。特に変な感じも無く、ただ手を置かれているだけのようだ。
「しばらくすると、自然とあなたは目が覚める。その時、既に過去に飛んでいます」
その言葉を信じ、俺はその場でずっと目を閉じていた。
ピピピ、ピピピと、聞き慣れた音がする。頭上の時計を思い切り叩いた。目を覚まし、時計を覗くと、九月三十日の朝七時を指していた。俺は自室のような部屋にいた。直前まで何をしていたか思い出すと、すぐにカレンダーを見る。年は、五年前と記載されている。高校二年生の頃。恵が殺された事件の当日だった。
あの頃と同じように朝食を摂り、制服を着て、いつもの道を歩いて登校する。高校までは家から歩いて三十分はかかる。恵は家の方向が違うため、もし会えても途中で合流ということになる。
ふと、商店街を通ってみた。大学生になってからは通ることはなくなったから、気になったのだ。中へ入ると、帰りがけにコロッケを買った惣菜屋、一時期漫画を買い漁った書店に、二年前に潰れてしまったアクセサリーショップもある。懐かしさと同時に、思い出が色鮮やかに蘇る。そしてその全ての中に、恵がいた。そう思いながら、商店街を通り抜けた時。
「よっ!」
女の子の声と同時に、肩を叩かれた。振り向くと、そこには恵の姿があった。
「珍しいじゃん、こっちから来るの」
そう言ってニコッとする彼女を、思わず抱きしめてしまった。
「ちょっと!? なになに!? 離してよ!」
俺の腕を振りほどくものの、顔を赤くして視線をそらす恵。彼女らしからぬ仕草と表情に、ドキッとしていまう。
「今のって……そういう、こと?」
横目でこちらを見ながら、彼女が問いかける。俺は唇が震えて、すぐにはしゃべれなかった。
「会いたかった! ずっと、ずっと……!」
そう言葉にした瞬間、視界が滲む。溢れる涙を抑えられない。
「ちょっと! なんで泣いてるの!? 今日変だよ、勇生?」
変じゃない、と強がろうとしたが、言葉に出せなかった。
その後は、あの頃の通りに進んだ。当時の雰囲気のまま進んでいく時間。全然真剣に聞かなかった先生達の授業、ノリが軽い同級生、冷凍食品のおかずが入った母の弁当、体育の後に飲む炭酸飲料。全てが懐かしく、愛おしい。唯一違ったのは、恵が俺に抱きしめられたことを、やたらいじってきたことくらいだ。
やがて放課後の時間となった。俺も恵も卓球部に入っていたが、この日は部活動が無く、二人で遠い寄り道をすることになっていた。
寄った先は、地元の遊園地。都心程栄えてないが、俺にとっては最高のデートスポットだった。コーヒーカップを回す恵、ジェットコースターで叫ぶ恵、お化け屋敷で俺の後ろに隠れる恵。無邪気にはしゃぐ彼女を見て、来て良かったとしみじみ思う。しかし、この後の帰り道、彼女が殺されてしまうことも、頭の片隅にずっとあった。
「もし、今日が人生最後の日だったら、これからどうする?」
遊園地のベンチで休憩している間、気が抜けてしまい、俺は恵に聞いてしまった。
「最後の日? どういうこと?」
首を傾げる彼女に、俺は例えを考える。
「例えば、今日の日をまたいだら、ひっそり死んでしまう。もし恵が、そんな病気だったら?」
それを聞き、うーんと唸りながら考える恵。
「そもそも、その前提が嫌。だって、死ぬ時は、幸せな中で死にたいもん。だから、このまま勇生と日が暮れるまで一緒にいて、すっと死んじゃいたい」
「ええ? どうしてだよ?」
突飛なことを言われ、反射的にそう返してしまった。
「そんなに変?」
「いや、まあ、いいや」
「えー、何その反応ー?」
どうやら、少し機嫌を損ねてしまったようだ。
遊園地で一時間ほど遊んだ後、夕焼け空になり、俺達は帰路に着いていた。そして、最後の分かれ道へと差し掛かった。
「家まで送るよ」
「ううん。大丈夫」
あの日と同じやり取り。彼女が断ることも知っていた。
「いや、ゼッタイに家までついてく。それが男としての務めだ」
おちゃらけた言い方でそう言うと、彼女もフフッと笑い、ゆっくり頷いた。
「じゃあ、手、つなご。家までさ」
手を繋ぎながら、彼女の家へと歩いていく。彼女の手は暖かく、この時間はまさしく幸福だった。だが、警戒心を解かない。この間に必ず、犯人が現れる。
実はこの道中、護身用に武器を持ってきていた。といっても、自宅の物ではない。朝の時間では十分に考える時間も、物を隠し持つ時間も無かった。そのため、学校の技術室から、トンカチをくすねた。いざという時は、これを投げて撃退しようと考えていた。手提げのサブバッグに入れておき、いつでも取り出せるようチャックを開けておく。
日も暮れ、街灯の下を歩いている時。
「あれ!? 恵じゃーん!」
「あれ? 香子!? 久しぶりー!」
狭い路地の向かいから、見覚えの無い女子高生が恵へと話しかけてきた。うちの学校の制服でもない。こいつが犯人か? 一応、トンカチを出せるよう警戒する。
「どもでーす! あ、もしかして恵の彼氏?!」
「え? うーん、まあそんなとこ」
はぐらかさず言う恵。そう言われると実感が湧いてきて、恥ずかしくなるが、警戒は解かない。
「だ、誰? この子」
「香子。私の友達。中学時代の」
俺は納得した。中学の友達なら、見覚えが無いわけだ。その後も二人は話していたが、これだけ仲が良い相手なら、殺されることはないだろう。そう思っていた時。
「きゃあ!?」
突然、香子が叫び声を上げる。急に視界が真っ暗になり、気が付くと俺は横になっていた。そして、うっすら聞こえる叫び声と、駆け出していく香子。恵は尻餅をつき、逃げ損ねていた。だが、それを見ても体が全く動かず、なぜか心も平静だった。視界の端から現れたのは、黒いフードを被る男。怖がる恵にゆっくりと近づいていく。その左手にはトンカチを握っている。
「なんで!? どうして!?」
恵がそう言った途端、男は右手でナイフを取り出し、彼女の首を掻っ切った。
次の目を覚ますと、病院のベッドの上だった。頭がジクジクと痛む。日付は、十月一日。
昨日、恵は死んだ。死因は首からの大量出血。あの黒フードがやったのだろう。俺はその近くで生き延びていたらしい。頭を強く打ったものの出血はなく、軽傷で済んだ。だが、今もフラッシュバックする。恵の首から、赤いものが噴き出そうになる、あの瞬間。瞼を閉じると、勝手に目の前へと映し出される。それが怖くて、病院にいる間は一睡もできなかった。
一日で退院した俺は、元の生活に戻らざる得なかった。二日間は登校し、ただ落ち込んだだけの学生を演じた。その裏で、自宅での親の動きを観察し、家中を探索した。「Regretion」のことを思い出したからだ。
彼にタイムリープをお願いするためには、お金が必要だ。その額は五十万。お小遣いや貯金箱でどうにかなる額ではないし、親がポンと渡してくれる額でもない。そのため、銀行の通帳の在り処を知りたかった。運のいいことに、すぐにその場所がわかった。深夜、通帳の中を確認すると、俺の名義の口座で二十万以上は残高があった。翌日、学校を無断欠席し、通帳を持ってATMへと行った。そして、お金を全額引き下ろし、「Regretion」へと向かった。
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