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【1】

ー/ー



「あたし海見に行きたいな〜。あ、今日って意味じゃなくてさ」
 駅で待ち合わせて、すぐに入ったファストフード店。
「海? もう九月になるのに? クラゲ出るんだろ?」
 実佑里(みゆり)の声に、テーブルを挟んで向かい側に座る駿(しゅん)がドリンクのカップを手に首を傾げている。
 特に予定も決めずに会ったため、「今日はどうする?」と話していた最中だった。
「泳ぐ気はないから、クラゲは関係ないよ~。見るだけでいいの。まだまだ暑いし、やっぱ『夏』は海でしょ!?」
 不思議そうな彼に、実佑里は明るく返す。
 そう、夏なのだ。
 少なくともあと数日を残す八月、二人が高校生になって初めての夏休みの間は。
 立秋はとうに過ぎていたとしても、実佑里の中の「夏」は終わっていない。
「まあね。暦がどうでも『秋』じゃないよな」
「そういえば駿といろんなとこ行ったけど、海はまだだなって。もう夏休み終わっちゃうから、その前に行ってみたいんだ」
 軽い口調で続けた実佑里に、駿は少し呆れたように笑う。
「なんだよ、それくらい早く言えばいいのに。実佑里ってどこ行きたいんだろ、ってすごい考えてたよ、俺」
「ずっと行きたかったわけじゃないもん。今ふっと思いついたの」
 今まで駿は、常に「どこ行きたい? なにかしたいことある?」と意向を確認してくれていた。
 希望があったとしても「俺ここ行きたいんだけど、どうかな?」といった調子で、決して自分勝手な案を押し付けたりしたことはない。
 夏の想い出づくり。
 花火も地元の夏祭りも二人で行った。かき氷も有名なカフェを訪ねて楽しんだ。ジェラートも、この際だからもう一度くらい食べながら歩いてみたかった。あとは何があるだろう。
 考える中で浮かんだ、海。そう、──最後は海がいい。
「じゃあこれから行くか? 今日は何するって決めてないし」
「……う、ん」
 今日。
 いきなり来るとは思わなかったので一瞬躊躇したものの、どうせなら早いほうがいいかもしれない。
 決意が揺らがないうちに。

    ◇  ◇  ◇
「実佑里、小柳(こやなぎ)くんが呼んでたよ。教室来てって」
 一か月と少し前の終業式だった。
 帰ろうと昇降口で靴箱のローファーに手を掛けたところで、同じクラスの清佳(さやか)に呼び止められたのだ。
「教室? うちの?」
「そう。早く行ったら?」
 意味ありげな笑みを受けべる彼女。いったい何なのだろう?
 清佳は群を抜く容姿で、まさしく「美少女」を絵に描いたような存在だった。男子にはもちろん、明るく裏表のない性格で女子にも普通に好かれている。フィクションの世界のような人気者。
 そのため、悪い意味だとは思えなかった。それでも実佑里は多少の気がかりを覚えた。
 小柳は駿の姓だ。
 実佑里は彼が好きだった。ただ、今思い返せば単に片想いしている乙女な自分を愛でるかのような、ファッション程度のものだった気もする。
 見た目もそれなり以上に恰好良く、クールな印象に反して意外と優しい彼に話し掛けられると、それだけで胸が高鳴った。
 この高揚がきっと「恋」というものだ、とまるで自分に暗示を掛けていたような、淡い想い。
 半信半疑で教室に向かった実佑里を待っていたのは、彼の告白だった。
「俺、金澤(かなざわ)さんが好きなんだ。もしよかったら付き合ってくれないか?」
 今も一言一句、実佑里の脳裏に焼き付いている。少し緊張したような、いつもとは違う駿の声音もすぐに思い出せる。
 実佑里にとって初めての告白は、一生忘れられないほどの強い衝撃で心に刻みつけられていた。
 翌日からの夏休み、二人は一日おきには会っていた。
 名前も最初の日に「駿」「実佑里」と呼び合おう、と決めたのだ。



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「あたし海見に行きたいな〜。あ、今日って意味じゃなくてさ」
 駅で待ち合わせて、すぐに入ったファストフード店。
「海? もう九月になるのに? クラゲ出るんだろ?」
 |実佑里《みゆり》の声に、テーブルを挟んで向かい側に座る|駿《しゅん》がドリンクのカップを手に首を傾げている。
 特に予定も決めずに会ったため、「今日はどうする?」と話していた最中だった。
「泳ぐ気はないから、クラゲは関係ないよ~。見るだけでいいの。まだまだ暑いし、やっぱ『夏』は海でしょ!?」
 不思議そうな彼に、実佑里は明るく返す。
 そう、夏なのだ。
 少なくともあと数日を残す八月、二人が高校生になって初めての夏休みの間は。
 立秋はとうに過ぎていたとしても、実佑里の中の「夏」は終わっていない。
「まあね。暦がどうでも『秋』じゃないよな」
「そういえば駿といろんなとこ行ったけど、海はまだだなって。もう夏休み終わっちゃうから、その前に行ってみたいんだ」
 軽い口調で続けた実佑里に、駿は少し呆れたように笑う。
「なんだよ、それくらい早く言えばいいのに。実佑里ってどこ行きたいんだろ、ってすごい考えてたよ、俺」
「ずっと行きたかったわけじゃないもん。今ふっと思いついたの」
 今まで駿は、常に「どこ行きたい? なにかしたいことある?」と意向を確認してくれていた。
 希望があったとしても「俺ここ行きたいんだけど、どうかな?」といった調子で、決して自分勝手な案を押し付けたりしたことはない。
 夏の想い出づくり。
 花火も地元の夏祭りも二人で行った。かき氷も有名なカフェを訪ねて楽しんだ。ジェラートも、この際だからもう一度くらい食べながら歩いてみたかった。あとは何があるだろう。
 考える中で浮かんだ、海。そう、──最後は海がいい。
「じゃあこれから行くか? 今日は何するって決めてないし」
「……う、ん」
 今日。
 いきなり来るとは思わなかったので一瞬躊躇したものの、どうせなら早いほうがいいかもしれない。
 決意が揺らがないうちに。
    ◇  ◇  ◇
「実佑里、|小柳《こやなぎ》くんが呼んでたよ。教室来てって」
 一か月と少し前の終業式だった。
 帰ろうと昇降口で靴箱のローファーに手を掛けたところで、同じクラスの|清佳《さやか》に呼び止められたのだ。
「教室? うちの?」
「そう。早く行ったら?」
 意味ありげな笑みを受けべる彼女。いったい何なのだろう?
 清佳は群を抜く容姿で、まさしく「美少女」を絵に描いたような存在だった。男子にはもちろん、明るく裏表のない性格で女子にも普通に好かれている。フィクションの世界のような人気者。
 そのため、悪い意味だとは思えなかった。それでも実佑里は多少の気がかりを覚えた。
 小柳は駿の姓だ。
 実佑里は彼が好きだった。ただ、今思い返せば単に片想いしている乙女な自分を愛でるかのような、ファッション程度のものだった気もする。
 見た目もそれなり以上に恰好良く、クールな印象に反して意外と優しい彼に話し掛けられると、それだけで胸が高鳴った。
 この高揚がきっと「恋」というものだ、とまるで自分に暗示を掛けていたような、淡い想い。
 半信半疑で教室に向かった実佑里を待っていたのは、彼の告白だった。
「俺、|金澤《かなざわ》さんが好きなんだ。もしよかったら付き合ってくれないか?」
 今も一言一句、実佑里の脳裏に焼き付いている。少し緊張したような、いつもとは違う駿の声音もすぐに思い出せる。
 実佑里にとって初めての告白は、一生忘れられないほどの強い衝撃で心に刻みつけられていた。
 翌日からの夏休み、二人は一日おきには会っていた。
 名前も最初の日に「駿」「実佑里」と呼び合おう、と決めたのだ。