第五話
ー/ー
とある木々が生い茂る場所にやってきた男は、しきりに周囲を警戒し、見渡している。
「この辺りだな」
誰もいないことを確認した日焼けしている男は、座り込み、木に寄り掛かった。
もちろん、魔法を使用している情報屋には気づいていないが。
男が待つこと約三十分。パンをかじり終わっていた男の視線が動く。向かって右側に送った視線は、ふたつの人影を見つける。誰かが誰かを担いでいるようだった。
「下ろしなさい、何者なのですかっ」
「そう聞かれて名乗る馬鹿はいないって」
バタつく、声からして少女なのだろう人物。うっとうしそうにしながらも、マントを羽織った男は、相方を見るなり早歩きになる。
合流すると、アマンダの足はようやく安心感を得た。しかし、手は後ろに回され捕まれている。
「コイツか。思ったよりガキじゃねえか」
人さらいは黙っている。相方の腕を知っている声を発した短髪の男は不思議がり、
「どうしたい」
「ア、アードルフに会った」
「あん、何だって」
「だから、アードルフに会ったっていったんだよっ」
アマンダの目は見開き、待っていた男は大げさに顔と両手を天に捧げる。
「何すっとぼけてんだ、あの状況で生きてる訳ねえじゃねえか」
「おいお前」
マントを纏った男は、もう一人の男を無視し、アマンダの両肩に手を乗せる。
「どうしてあの男があそこにいたんだ」
「どう、といわれましても」
「じゃあ何だ。どうして貴族とアードルフが一緒にいるっ」
手に力がこもり、アマンダの顔が痛がる。はっとした男は、謝罪しもう一度丁寧に聞きなおした。
「君の正体は知ってる、ライティア家の令嬢だってことは」
「おいおい、本気で言ってんのか」
「声を聞いた。俺が間違えるとは思えない」
剣の型はわからないけど、とフードの男。いかにも傭兵らしいがっちりとした男は、腕を組み、眉を吊り上げる。信じられないといった表情で、口は真一文字に、目は空を見た。
直接顔を見た男のほうは、アマンダに近づき、
「あの男のファミリーネームは」
今度はアマンダが黙る。中々頭が回ると感じた質問者は、
「教えてくれたなら、君を解放することを検討しよう」
「本当ですか」
「嘘は嫌いでね」
と、フードの男。顔が見えない分、何を考えているのかアマンダには分からなかった。彼女の頭にあるのは、ここから抜け出してアードルフと合流する事だけだったからだ。
「シスカです。アードルフ・シスカ」
「マジかよっ」
「約束です。わたしを解放してください」
「いや、ダメだね」
「な、話が違いますっ」
「俺は検討するっていったんだ。必ず解放するなんていってない」
令嬢の顔は真っ赤になり、口を尖らせる。やっぱり世間知らずか、とフードの男は思った。
彼は、フードを取り外した。古臭いマントとは裏腹な容姿に、アマンダのまぶたが何度も動く。
「取引をしよう。俺たちをアードルフのところに連れて行ってくれ」
「おま、何勝手のことをぬかしやがるっ」
「いいから黙ってろって」
再度向き直った、暗殺者とは程遠い男は、
「もし俺たちを連れて行ってくれたなら、今回は見逃すよ」
「今回はって。次もくるということですか」
「場合によってはね。これも仕事なんで」
アマンダにはすぐ理解することが出来なかったが、このふたりは兵隊。一般人の服装とちょっとした装備を身につけている、いわゆる傭兵なのだ。この時勢、一般人は戦に身を投じるか貴族に奉公する、あるいは畑を耕すか犯罪に走るかなどの道を歩むなどで生計を立てて生きている。彼らは生き残るために、戦火を駆け抜けているのである。
このような世情を情報でしか知らないアマンダと彼らでは、やはり思考の深さが違って来るのだろう。とはいえ、彼女も彼女なりに本気で考えた結果、
「わかりました。まず、屋敷に戻ってください」
「いい判断だよ、お嬢様」
「おいコラ、話を進めんじゃねえって」
両手があいている男は、相方の肩に軽く触れ、
「これが最後のチャンスかもしれないんだ。違かったら違かったで、その時はその時だ」
「そ、そりゃ、そうだけどよ」
「決まり」
言葉が合図となり、アマンダの両手はようやく自由になる。しかし、男二人相手に逃げ出すのは不可能だと思った彼女は、大人しく後を付いていく。
さらった男を先頭に、アマンダ、がたいの良い男とサンドイッチの状態で、何か気がかりだったのか、途中で止まりながら再びラザンダールの外にやってきた。
「入口はあちらですよ」
「あのなあ嬢ちゃん。オレたちが正面から入れるわけねえだろ」
「そういうこと。ちょっと失礼」
きゃっ、と口にしている間に、アマンダの体が浮いた。彼女の身分通りに抱えられた少女は、何が起こったのか理解出来ないまま。
しかし男たちは気にせず、壁をジャンプで乗り越える。暗殺隊隊長は一度壊れている柵の間に降りてから地面に着地し、もうひとりの傭兵は一気に飛び越える。
前者の腕から下ろされた少女は、壁を見上げたまま、言葉が出ないでいた。
「時間がないんだ。行くよ、お嬢様」
「え、ええ」
傭兵になることを決めたアマンダだったが、徐々に不安が募っていった。
屋敷の近くまで来た彼らは、一度別れ、アードルフを連れて来る算段になった。そのほうが無駄な騒ぎにならないからだ。
「ただいま戻りました」
「アマンダ様っ、今までどちらに」
「ごめんなさい。もう大丈夫です」
駆け寄ってきた男性使用人に声を掛ける貴族の令嬢。供のアードルフの居場所を尋ねると、町へ探しに行ったという。
「どの辺りにいるかわかりますか」
「そこまでは」
「そう。ならもう少し外にいますね」
「いいえ、そうは参りません。主が心配しています故、お部屋にお戻り下さい」
彼女はふうっ、と息をし、そのまま館に入る。自室に戻ったアマンダは、紙を取り出し、先程のやり取りを書いた。侵入された窓は人が立っていたため、部屋の奥から彼らがいる方向へ向かって投下した。
「ちゃんと届くかしら。ここからじゃ見えないけど」
数分後、フードをかぶった男が窓から現れる。アマンダは驚いたが、おそらく伝わったのだろうと判断した。
「うろつくわけにいかないから、この窓から見える範囲にいる。アードルフが戻ったら教えて」
「わかりました」
「そうそう、俺の名はイスモ。よろしく」
言い終わった瞬間、線が細く女性のような顔立ちをした男は姿を消した。
入れ違いを防ぐために、アマンダはアードルフの帰りを待つことにした。部屋に戻ってから一時間程経過し、太陽も役目を終えようとしている。
日の動きを止めようとする足音がし、扉が静かに叩かれた。
「どうぞ」
開けられると同時にする声。顔は青くなっており、珍しく息も乱れていた。
「ご無事でしたか」
「ごめんなさい。心配かけたわね」
とりあえずお水でも飲んで、とアマンダ。アードルフはお礼を言い、頭の温度を下げる。
「急で悪いのだけど、あなたに会わせたい方々がいるの」
「私に、ですか」
「ええ。イスモという男性をしってるでしょ」
「何故、その名前を」
アードルフは視線をそらし、口元に手をやる。自分の声に反応したことといい、脳裏にある幼い人物が浮かぶ。
そして、アマンダに起こった経緯も推測出来た。
「まだ近くにいるのですね」
「そうなの」
「どちらに」
「館の外よ」
と言いながら、アマンダは扉から外に顔を出し、キョロキョロとする。再び中に入った後は窓に近づくが、待ったが掛かる。
「ここでは何かと問題です。私の部屋でお願い致します」
了承したアマンダは隣の部屋に移動し、窓を開け放つ。待機していたイスモは音に反応し、アマンダが手を振るの姿を発見。
場所が違うが気にせず彼は相方を呼び、忍び足で窓と垂直なる位置まで移動した。
先程と同じ要領で飛び、窓に着地するイスモ。どいたアマンダに、失礼、と声をかけ、じゅうたんに足をつける。
もうひとりの男も同様にすると、アードルフと目を合わせる。何ともいえない、柔らかく優しい雰囲気に包まれた。
「あ、兄貴。本当に兄貴なのかっ」
「お前達、生きていたのだな。良く、無事で」
「兄貴のおかげでな。マジかよ~っ」
がたいの良い男は感極まったらしく、子供のように泣きじゃくり、細身の男は暗殺者とは思えない表情になる。アードルフの目にも、うっすらと透明の膜が浮かばせる。
近くにいた部外者は、単純に感動していた。
肩を抱き寄せ合う男たちだが、一番長身の男性がアマンダに向き直る。
「よかったわね、弟さんたちに出会えて」
「ええ、本当に。ところで」
アードルフは弟たちに質問をした。今どうしているのか、と。
「傭兵やってる。俺は暗殺、ヤロは陽動」
「隊長になったぜ。コラレダが有利になったってんで人数増えてよ」
「馬鹿っ」
ヤロと呼ばれた男の鳩尾に肘鉄が入る。軽くみもだえている彼を無視し、イスモが話しはじめた。
「ったく。兄貴、察してよ。俺たちだって生活があるんだ」
「あなた方は生活のために私をさらおうとしたのですか」
「そうさ。生きていくには必要なことなんでね」
「戻るのか、軍に」
沈黙が走り、再会の場面とは真逆に重苦しい状況になる。
「そ、そりゃ俺たちだって。ねえ」
「そうだぜ、昔みたいにツルめりゃいいとは思うけどよ」
「ならわが家につかえたらどうかしら」
少女に視線が集中する。事の重大さが分かっていないらしい本人は、目をぱちくりさせて、
「アードルフの弟さんたちなのでしょ」
「ぎ、義兄弟だけどな」
失言しやすいヤロでさえ、たじたじになっている様子。イスモは開いた口が塞がらないようだった。そして、一瞬頭の上に謎めいた記号が浮かんだアマンダに、アードルフが義兄弟の解説をする。
「いっしょに暮らしていたのなら、性格はわかってるのよね」
「ええ、まあ」
「なら問題ないわ。あら、書類がないわね、どうしましょう」
「い、いや、嬢ちゃん。そういう問題じゃなくってよ」
「いいではないですか。生活も保障しますし、俸給もでますよ」
「そ、そうじゃなくって。お嬢様、聞いてます」
何故か鼻歌を歌い出しそうなアマンダに、敵国のふたりは理解不能な現状に固まってしまっている。
黄色の空気と群青色の空気の中間である元傭兵は、笑顔でため息をつきながら、
「少々おっとりされた方だが、一度言い出したら聞かない方でもある」
「いやいやいや、話の流れがおかしいじゃねえか」
「傭兵として雇われるなら、まだわかるんだけど」
「ライティア家の為に力を尽くす、それだけだ。戦場で生き残るために戦って来たのと要領は同じだぞ」
答えになっているようななっていないような、義理兄の回答。ヤロとイスモは目を合わせ、肩から力が抜けていく感じがした。
「普通さ、さらおうとした人間をそばに置かないんじゃないの」
「だよなあ。いくら弟分とはいえよ」
「無駄だ、諦めろ」
と、含み笑いするアードルフ。過去にも似たような状況になり放心しながら聞いていたのを思い出し、やはり血だな、と馳せる。
しかし、彼にこの道を照らしてくれた恩人は、もうこの世にいない。
「書けたわ。はい、サインして」
どこから取り出したのか、紙には、私はライティア家につかえる者として忠誠をささげることを誓います、と書かれている。急いで書いたのだろう、インクはまだ乾ききっていなかった。
再び目を合わせる敵国の傭兵たち。同性に視線を送るも、笑いながら知らん顔される始末。
彼らは恐る恐る差し出されたモノをもう一度見るが、すぐ上にある、悪意のない満開に咲いた花は崩れそうにない。
「さあ早く」
ズイッと差し出される紙と羽根ペン。迫力負けしたイスモとヤロは、ついに屈したのであった。
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男が待つこと約三十分。パンをかじり終わっていた男の視線が動く。向かって右側に送った視線は、ふたつの人影を見つける。誰かが誰かを担いでいるようだった。
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合流すると、アマンダの足はようやく安心感を得た。しかし、手は後ろに回され捕まれている。
「コイツか。思ったよりガキじゃねえか」
人さらいは黙っている。相方の腕を知っている声を発した短髪の男は不思議がり、
「どうしたい」
「ア、アードルフに会った」
「あん、何だって」
「だから、アードルフに会ったっていったんだよっ」
アマンダの目は見開き、待っていた男は大げさに顔と両手を天に捧げる。
「何すっとぼけてんだ、あの状況で生きてる訳ねえじゃねえか」
「おいお前」
マントを纏った男は、もう一人の男を無視し、アマンダの両肩に手を乗せる。
「どうしてあの男があそこにいたんだ」
「どう、といわれましても」
「じゃあ何だ。どうして貴族とアードルフが一緒にいるっ」
手に力がこもり、アマンダの顔が痛がる。はっとした男は、謝罪しもう一度丁寧に聞きなおした。
「君の正体は知ってる、ライティア家の令嬢だってことは」
「おいおい、本気で言ってんのか」
「声を聞いた。俺が間違えるとは思えない」
剣の型はわからないけど、とフードの男。いかにも傭兵らしいがっちりとした男は、腕を組み、眉を吊り上げる。信じられないといった表情で、口は真一文字に、目は空を見た。
直接顔を見た男のほうは、アマンダに近づき、
「あの男のファミリーネームは」
今度はアマンダが黙る。中々頭が回ると感じた質問者は、
「教えてくれたなら、君を解放することを検討しよう」
「本当ですか」
「嘘は嫌いでね」
と、フードの男。顔が見えない分、何を考えているのかアマンダには分からなかった。彼女の頭にあるのは、ここから抜け出してアードルフと合流する事だけだったからだ。
「シスカです。アードルフ・シスカ」
「マジかよっ」
「約束です。わたしを解放してください」
「いや、ダメだね」
「な、話が違いますっ」
「俺は検討するっていったんだ。必ず解放するなんていってない」
令嬢の顔は真っ赤になり、口を尖らせる。やっぱり世間知らずか、とフードの男は思った。
彼は、フードを取り外した。古臭いマントとは裏腹な容姿に、アマンダのまぶたが何度も動く。
「取引をしよう。俺たちをアードルフのところに連れて行ってくれ」
「おま、何勝手のことをぬかしやがるっ」
「いいから黙ってろって」
再度向き直った、暗殺者とは程遠い男は、
「もし俺たちを連れて行ってくれたなら、今回は見逃すよ」
「今回はって。次もくるということですか」
「場合によってはね。これも仕事なんで」
アマンダにはすぐ理解することが出来なかったが、このふたりは兵隊。一般人の服装とちょっとした装備を身につけている、いわゆる傭兵なのだ。この時勢、一般人は戦に身を投じるか貴族に奉公する、あるいは畑を耕すか犯罪に走るかなどの道を歩むなどで生計を立てて生きている。彼らは生き残るために、戦火を駆け抜けているのである。
このような世情を情報でしか知らないアマンダと彼らでは、やはり思考の深さが違って来るのだろう。とはいえ、彼女も彼女なりに本気で考えた結果、
「わかりました。まず、屋敷に戻ってください」
「いい判断だよ、お嬢様」
「おいコラ、話を進めんじゃねえって」
両手があいている男は、相方の肩に軽く触れ、
「これが最後のチャンスかもしれないんだ。違かったら違かったで、その時はその時だ」
「そ、そりゃ、そうだけどよ」
「決まり」
言葉が合図となり、アマンダの両手はようやく自由になる。しかし、男二人相手に逃げ出すのは不可能だと思った彼女は、大人しく後を付いていく。
さらった男を先頭に、アマンダ、がたいの良い男とサンドイッチの状態で、何か気がかりだったのか、途中で止まりながら再びラザンダールの外にやってきた。
「入口はあちらですよ」
「あのなあ嬢ちゃん。オレたちが正面から入れるわけねえだろ」
「そういうこと。ちょっと失礼」
きゃっ、と口にしている間に、アマンダの体が浮いた。彼女の身分通りに抱えられた少女は、何が起こったのか理解出来ないまま。
しかし男たちは気にせず、壁をジャンプで乗り越える。暗殺隊隊長は一度壊れている柵の間に降りてから地面に着地し、もうひとりの傭兵は一気に飛び越える。
前者の腕から下ろされた少女は、壁を見上げたまま、言葉が出ないでいた。
「時間がないんだ。行くよ、お嬢様」
「え、ええ」
傭兵になることを決めたアマンダだったが、徐々に不安が募っていった。
屋敷の近くまで来た彼らは、一度別れ、アードルフを連れて来る算段になった。そのほうが無駄な騒ぎにならないからだ。
「ただいま戻りました」
「アマンダ様っ、今までどちらに」
「ごめんなさい。もう大丈夫です」
駆け寄ってきた男性使用人に声を掛ける貴族の令嬢。供のアードルフの居場所を尋ねると、町へ探しに行ったという。
「どの辺りにいるかわかりますか」
「そこまでは」
「そう。ならもう少し外にいますね」
「いいえ、そうは参りません。主が心配しています故、お部屋にお戻り下さい」
彼女はふうっ、と息をし、そのまま館に入る。自室に戻ったアマンダは、紙を取り出し、先程のやり取りを書いた。侵入された窓は人が立っていたため、部屋の奥から彼らがいる方向へ向かって投下した。
「ちゃんと届くかしら。ここからじゃ見えないけど」
数分後、フードをかぶった男が窓から現れる。アマンダは驚いたが、おそらく伝わったのだろうと判断した。
「うろつくわけにいかないから、この窓から見える範囲にいる。アードルフが戻ったら教えて」
「わかりました」
「そうそう、俺の名はイスモ。よろしく」
言い終わった瞬間、線が細く女性のような顔立ちをした男は姿を消した。
入れ違いを防ぐために、アマンダはアードルフの帰りを待つことにした。部屋に戻ってから一時間程経過し、太陽も役目を終えようとしている。
日の動きを止めようとする足音がし、扉が静かに叩かれた。
「どうぞ」
開けられると同時にする声。顔は青くなっており、珍しく息も乱れていた。
「ご無事でしたか」
「ごめんなさい。心配かけたわね」
とりあえずお水でも飲んで、とアマンダ。アードルフはお礼を言い、頭の温度を下げる。
「急で悪いのだけど、あなたに会わせたい方々がいるの」
「私に、ですか」
「ええ。イスモという男性をしってるでしょ」
「何故、その名前を」
アードルフは視線をそらし、口元に手をやる。自分の声に反応したことといい、脳裏にある幼い人物が浮かぶ。
そして、アマンダに起こった経緯も推測出来た。
「まだ近くにいるのですね」
「そうなの」
「どちらに」
「館の外よ」
と言いながら、アマンダは扉から外に顔を出し、キョロキョロとする。再び中に入った後は窓に近づくが、待ったが掛かる。
「ここでは何かと問題です。私の部屋でお願い致します」
了承したアマンダは隣の部屋に移動し、窓を開け放つ。待機していたイスモは音に反応し、アマンダが手を振るの姿を発見。
場所が違うが気にせず彼は相方を呼び、忍び足で窓と垂直なる位置まで移動した。
先程と同じ要領で飛び、窓に着地するイスモ。どいたアマンダに、失礼、と声をかけ、じゅうたんに足をつける。
もうひとりの男も同様にすると、アードルフと目を合わせる。何ともいえない、柔らかく優しい雰囲気に包まれた。
「あ、兄貴。本当に兄貴なのかっ」
「お前達、生きていたのだな。良く、無事で」
「兄貴のおかげでな。マジかよ~っ」
がたいの良い男は感極まったらしく、子供のように泣きじゃくり、細身の男は暗殺者とは思えない表情になる。アードルフの目にも、うっすらと透明の膜が浮かばせる。
近くにいた部外者は、単純に感動していた。
肩を抱き寄せ合う男たちだが、一番長身の男性がアマンダに向き直る。
「よかったわね、弟さんたちに出会えて」
「ええ、本当に。ところで」
アードルフは弟たちに質問をした。今どうしているのか、と。
「傭兵やってる。俺は暗殺、ヤロは陽動」
「隊長になったぜ。コラレダが有利になったってんで人数増えてよ」
「馬鹿っ」
ヤロと呼ばれた男の鳩尾に肘鉄が入る。軽くみもだえている彼を無視し、イスモが話しはじめた。
「ったく。兄貴、察してよ。俺たちだって生活があるんだ」
「あなた方は生活のために私をさらおうとしたのですか」
「そうさ。生きていくには必要なことなんでね」
「戻るのか、軍に」
沈黙が走り、再会の場面とは真逆に重苦しい状況になる。
「そ、そりゃ俺たちだって。ねえ」
「そうだぜ、昔みたいにツルめりゃいいとは思うけどよ」
「ならわが家につかえたらどうかしら」
少女に視線が集中する。事の重大さが分かっていないらしい本人は、目をぱちくりさせて、
「アードルフの弟さんたちなのでしょ」
「ぎ、義兄弟だけどな」
失言しやすいヤロでさえ、たじたじになっている様子。イスモは開いた口が塞がらないようだった。そして、一瞬頭の上に謎めいた記号が浮かんだアマンダに、アードルフが義兄弟の解説をする。
「いっしょに暮らしていたのなら、性格はわかってるのよね」
「ええ、まあ」
「なら問題ないわ。あら、書類がないわね、どうしましょう」
「い、いや、嬢ちゃん。そういう問題じゃなくってよ」
「いいではないですか。生活も保障しますし、俸給もでますよ」
「そ、そうじゃなくって。お嬢様、聞いてます」
何故か鼻歌を歌い出しそうなアマンダに、敵国のふたりは理解不能な現状に固まってしまっている。
黄色の空気と群青色の空気の中間である元傭兵は、笑顔でため息をつきながら、
「少々おっとりされた方だが、一度言い出したら聞かない方でもある」
「いやいやいや、話の流れがおかしいじゃねえか」
「傭兵として雇われるなら、まだわかるんだけど」
「ライティア家の為に力を尽くす、それだけだ。戦場で生き残るために戦って来たのと要領は同じだぞ」
答えになっているようななっていないような、義理兄の回答。ヤロとイスモは目を合わせ、肩から力が抜けていく感じがした。
「普通さ、さらおうとした人間をそばに置かないんじゃないの」
「だよなあ。いくら弟分とはいえよ」
「無駄だ、諦めろ」
と、含み笑いするアードルフ。過去にも似たような状況になり放心しながら聞いていたのを思い出し、やはり血だな、と馳せる。
しかし、彼にこの道を照らしてくれた恩人は、もうこの世にいない。
「書けたわ。はい、サインして」
どこから取り出したのか、紙には、私はライティア家につかえる者として忠誠をささげることを誓います、と書かれている。急いで書いたのだろう、インクはまだ乾ききっていなかった。
再び目を合わせる敵国の傭兵たち。同性に視線を送るも、笑いながら知らん顔される始末。
彼らは恐る恐る差し出されたモノをもう一度見るが、すぐ上にある、悪意のない満開に咲いた花は崩れそうにない。
「さあ早く」
ズイッと差し出される紙と羽根ペン。迫力負けしたイスモとヤロは、ついに屈したのであった。