第三話
ー/ー
ミルディアを出てから約三日、ゆっくりとしたペースでラザンダールに到着したふたり。アードルフだけならもう半分ぐらいの時間でつく程の距離である。
「この方たちはどうするの」
「盗人は国管轄の者に引き渡せば良いのです。お金も貰えます」
盗賊という人間に初めて会ったアマンダとは違い、昔の生活に戻っただけのアードルフは、しれっとしていた。
馬に乗っている少女に小綺麗な格好をした長身の男、ガラの悪い数人の男たちは、周囲の注目を集めるのに十分だったようで、ラザンダールに入ろうとする人々は道を勝手にあけていく。
白いよろいの門番といえば、怪訝そうな顔しかしない。
「割り込んですまない。私たちはこの者たちを引渡しに来ただけだ」
「そうか、ご苦労だった」
背を向けようとした彼に、待ったがかかる。
「待て。お前、アードルフ・シスカか」
聞かれた者は、微動だにしない。
「何をしに来たのだ」
話していないほうの門番は、身体を回転させ奥へと入ってしまう。対峙している兵は剣の柄を握りしめ、
「雇い主は誰だ、この国に仕掛けにきたのか」
「何の話か分からないな。その男はとうの昔に死んだのではなかったか」
「死体は見つかっていないと聞く。手配書もあるからな」
「顔が似た者など沢山いるだろう」
周囲がざわつき始める。アマンダは訳がわからなかったが、口を挟むべきではないことは感づいていた。
彼女の耳には、今まで聞くことのなかったアードルフの過去が漏れてくる。
しかし、アマンダの脳裏に浮かぶのは、今までの過ごしてきた時間。
馬から下りたアマンダは、
「構えをときなさい。この者はわたくしの従者ですのよ」
「そ、そういうお前は何者だ」
十四の少女はふうと息をつきながら、鞍につけている道具袋からひとつのブローチを取り出した。
「わが名はアマンダ。ライティアの名を継ぐ者です」
「ご、ご無礼をっ」
「わたくしではなく、この者にあやまりなさい」
「す、すまなかった」
「気にしていない。誰でも勘違いはある」
アードルフは、目の前にいる権力の子羊と化した男に同情しながらも、主に目配せをする。
「騒がせてしまったな。アマンダ様、もど」
「いやいや。私たちはいいですから、先にお入りくださいな」
「そういうわけにはいきません。順番は順番でしょう」
「滅相もございません。貴族様より先に町に入るなんて恐れ多いこと」
いつの間にか自分の前でひざまずく平民たち。アマンダには異様な光景に見え、思わずアードルフを見てしまう。
「分かった。あなた方の気持ちを受け取ろう」
「ああ、良かった。さあさ、お通りください」
旅人、商人など職を問わず、老若男女が身を引き、ふたりを通りやくする。アードルフな何事もなかったかのように歩き始め、アマンダもそれに続く。
「アマンダ様はともかく、私はどのような手続きをすればいい」
「その必要はない」
重要な客人を迎えるかのように重く開かれた扉の前には、門番とは違う色のよろいをまとった青年が立っていた。雰囲気は穏やかだが、左手には常に剣の鞘を手にしており、表情はかぶとをかぶっているため読めない。
だが、青いよろいもそうだが、周りから浮いている状態だ。
「ライティア家に仕える方なら問題ないだろう」
物腰の柔らかい対応だが、裏腹な雰囲気を持っていることをアマンダは悟る。気さくそうな気配とともに、鋭いトゲを感じたのだ。幼いとはいえ貴族の出身である、独特の感性だからだろう。
「まあそう警戒しないでもらいたい。疲れているでしょう、こちらにどうぞ」
青年は背中を見せて歩き出す。この場にいても仕方がないと判断した二人は、大人しく付いて行った。
城門をくぐり抜け向かった先は、真逆にある大きな屋敷だった。有力貴族が舞踏会や食事会などを、ラザンダールで行うときに使われるところである。
「こちらでお休みください」
「待ってください、いくらなんでも」
「ライティア家のお嬢様にそそうがあっては大変ですから」
「どういう事です」
「私に言われてもね。指示を受けただけだ」
体一杯に知らないことをアピールする青年。指示を受けた、ということは、誰かがアマンダの素性を見破り、しかも来ることが分かっていた者でしかない。彼女たちがライティアの館を出たのは三日前。早馬を使ったとしても、知らせるのに一日半はかかる距離だ。
それこそ空を飛ばない限り、不可能なのである。
「どなたの指示、でしょう」
「それは申し上げられせんよ。数人の使いが控えておりますから、御用の際はお呼びください」
あなたも一緒で構いませんから、と、青年はアードルフに伝える。彼は他にも用があるらしく、早々に屋敷を後にした。
「名を言わずに行くとは」
「なにか理由があったのでしょう。そう怒らないで」
内心頭を抱えてため息をつくアードルフ。警戒心があるのかないのか、彼は図りかねていた。
「アマンダ様、いかがなさいますか。まだ明るいですし、町を見るのも宜しいかと」
「お待ちください。御身に何かあっては一大事でございます」
必要なものがあればお命じください、と控えの者。アードルフはこれからのことを考え、アマンダを世間に慣らせようとしたのだが、難しそうである。
「ラザンダールはそんなに治安が悪いのですか」
「フェリトナムル程ではありません。ですが、今は傭兵を募集しております故に」
どのような人間が入り込むかも分からない、か、とアードルフは心の中で解釈する。筋は通っていなくはないが、疑問も残る。
心当たりがあるとすれば、アマンダが会ったという情報屋だ。その存在を思い出した元傭兵は、何者かがアマンダを狙っていることに考えが至る。そして、ここに案内するように頼んだ者もそのことを知っているのだろう、と。
だが、その人物が敵か味方か不明な以上、今動くのは得策ではない。鼠はどこにでもいるのだ。
「アマンダ様、ここは様子を見たほうが良さそうです」
「そう。町を見れると思ったのに、残念だわ」
外を寂しそうに見つめる少女。しかし、何事もなかったかのように振り向くと、
「アードルフ、お茶にしましょう。いろいろと教えてもらえるかしら」
「畏まりました」
「お部屋にご案内致します」
決まりきった男性使用人の文句は、何故かアマンダを安心させた。
二階建ての一番奥の部屋に通されたふたりは、そこで今後のことと今の状況確認に入る。ほのかに香るミルクティーは、熱を忘れることが多く、より緊張感を高めていた。
「あくまで推測の粋に過ぎませんが」
「うーん、どうしてわたしが狙われるのかしら」
お金、土地、違う気がするのだけど、とアマンダ。確かにお金は必要だし、土地もあったほうが換金、あるいは、農作物を奪うことは出来る。家柄も、人質として使えはするだろう。
しかし、場所が場所なのだ。ライティア領は自然に囲まれているため難攻不落として有名な土地であるし、アンブロー王国の首都から離れているため、拠点にするのも微妙なところ。
農作物に関しては今年は実り豊かということでもなく、領内の人間が少し余裕に暮らせる程度なのである。
「魔法の力、は関係ないものね」
「おそらく。しかし彼らが何故戦に参加しているのかが分かりかねますが」
「そうね。魔法を使う方々は、自分たちの力を外にださなかったはずだもの」
世間では良い印象を持たれていない魔女や魔導士だが、ライティア領出身者だけは違っている。彼女たちは、ライティア家一族と土地を守っているとされているからだ。
歴史によると、過去にライティア家の領主が倒れていた魔女を見つけ、介抱したのがきっかけだったという。感謝の印に、自然を利用して敵を近づけなくさせる場所を教え、魔法を掛けたとされている。
また、領主一家のみ魔法の国との交信を許され、今日に至っているのだ。
「エレノオーラとフィリアは魔女でしたね」
「ええ。でも、ふたりは魔女の中でも特別なのだそうよ」
ライティア家直属の侍女でもある二人は、お母様がライティアに来たときからいるらしいわ、と、アマンダ。後者はとくに剣も使うという、従来の魔女とはかけ離れた存在だという。
「うーん、考えてもしかたがないわね」
「ええ。ですが、用心して下さい」
わかったわ、とアマンダ。きりがついたところで、紅茶を口にする。
「ところで、よう兵の件はどうするつもりなの」
「傭兵になるのは難しいことではありません。アマンダ様の剣術なら、おそらく大丈夫でしょう」
「試験があるのかしら」
「ええ。戦えない者を戦場に出すわけにもいきませんから」
ここから出られればの話ですが、と続けるアードルフ。どちらにしても、ここに拘束されている以上、どうすることも出来ない。
特に手をつけられることもないので、少し早めの昼食を取ることにした。
ぼんやりとした時間が流れている中、窓の外を眺めていたアマンダは、少し外が騒がしくなっていることに気づく。のっそりと動き、部屋から出て元となる場所を探した。
廊下の突き当たりから光が差し込むところに行くと、下に人だかりが出来ているのを発見。念のため、隣の一室にいるアードルフに声を掛ける。
「いかがなさいましたか」
「外でなにか起こってるようなの」
彼が同じ場所を覗いたとき、男性が吹っ飛ばされていた。
「喧嘩だと思います。放っておいても問題ないかと」
「そんな。とめなくちゃダメじゃない」
「この状況で行動を起こすのは得策とは言えません。おそらく誰かが迎えに来るでしょうから、それまでおま」
窓ガラスが話を遮る。悲鳴をあげた欠片は大きな人間の顔にかすり傷を負わせたが、小さいほうには怪我はなかった。反射的にアマンダを左腕で抱え空気を運んでくるところから離れるアードルフ。地に足をつけたアマンダは、目をぱちくりさせていた。
だが、一気に色が戻り、突然現れたマントの風体を睨みつける。
言葉より早く、アードルフの剣が姿を現す。相手は懐にあった短剣を構え、客人たちに向かっていく。
下から上に振られた剣は相手の動きを止めたが、侵入者は後ろに飛び、再度距離を取る。
その隙にアマンダは、ようやく剣を抜くことが出来た。
「お下がりください」
相手の肩がビクつく。
「あんた、その声」
男の言葉に、アードルフが一瞬意識を取られてしまう。それは窓際にいる男も同様だったらしいが、刹那の反応差が生まれてしまった。
主のほうを向くと、首筋に短剣を突きつけられたアマンダが立っている。
「大人しくしな。わかってるだろ」
「貴様」
「じゃあ、な」
「待てっ」
突風のごとく移動した男は、アマンダを抱え窓から飛び降りる。アードルフも後を追うが、どこにも姿が見当たらない。
彼の足が館の周りにある木々の間に入ったときは、既ににふたりの姿は町から消えていたのだった。
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彼女の耳には、今まで聞くことのなかったアードルフの過去が漏れてくる。
しかし、アマンダの脳裏に浮かぶのは、今までの過ごしてきた時間。
馬から下りたアマンダは、
「構えをときなさい。この者はわたくしの従者ですのよ」
「そ、そういうお前は何者だ」
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「わが名はアマンダ。ライティアの名を継ぐ者です」
「ご、ご無礼をっ」
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「す、すまなかった」
「気にしていない。誰でも勘違いはある」
アードルフは、目の前にいる権力の子羊と化した男に同情しながらも、主に目配せをする。
「騒がせてしまったな。アマンダ様、もど」
「いやいや。私たちはいいですから、先にお入りくださいな」
「そういうわけにはいきません。順番は順番でしょう」
「滅相もございません。貴族様より先に町に入るなんて恐れ多いこと」
いつの間にか自分の前でひざまずく平民たち。アマンダには異様な光景に見え、思わずアードルフを見てしまう。
「分かった。あなた方の気持ちを受け取ろう」
「ああ、良かった。さあさ、お通りください」
旅人、商人など職を問わず、老若男女が身を引き、ふたりを通りやくする。アードルフな何事もなかったかのように歩き始め、アマンダもそれに続く。
「アマンダ様はともかく、私はどのような手続きをすればいい」
「その必要はない」
重要な客人を迎えるかのように重く開かれた扉の前には、門番とは違う色のよろいをまとった青年が立っていた。雰囲気は穏やかだが、左手には常に剣の鞘を手にしており、表情はかぶとをかぶっているため読めない。
だが、青いよろいもそうだが、周りから浮いている状態だ。
「ライティア家に仕える方なら問題ないだろう」
物腰の柔らかい対応だが、裏腹な雰囲気を持っていることをアマンダは悟る。気さくそうな気配とともに、鋭いトゲを感じたのだ。幼いとはいえ貴族の出身である、独特の感性だからだろう。
「まあそう警戒しないでもらいたい。疲れているでしょう、こちらにどうぞ」
青年は背中を見せて歩き出す。この場にいても仕方がないと判断した二人は、大人しく付いて行った。
城門をくぐり抜け向かった先は、真逆にある大きな屋敷だった。有力貴族が舞踏会や食事会などを、ラザンダールで行うときに使われるところである。
「こちらでお休みください」
「待ってください、いくらなんでも」
「ライティア家のお嬢様にそそうがあっては大変ですから」
「どういう事です」
「私に言われてもね。指示を受けただけだ」
体一杯に知らないことをアピールする青年。指示を受けた、ということは、誰かがアマンダの素性を見破り、しかも来ることが分かっていた者でしかない。彼女たちがライティアの館を出たのは三日前。早馬を使ったとしても、知らせるのに一日半はかかる距離だ。
それこそ空を飛ばない限り、不可能なのである。
「どなたの指示、でしょう」
「それは申し上げられせんよ。数人の使いが控えておりますから、御用の際はお呼びください」
あなたも一緒で構いませんから、と、青年はアードルフに伝える。彼は他にも用があるらしく、早々に屋敷を後にした。
「名を言わずに行くとは」
「なにか理由があったのでしょう。そう怒らないで」
内心頭を抱えてため息をつくアードルフ。警戒心があるのかないのか、彼は図りかねていた。
「アマンダ様、いかがなさいますか。まだ明るいですし、町を見るのも宜しいかと」
「お待ちください。御身に何かあっては一大事でございます」
必要なものがあればお命じください、と控えの者。アードルフはこれからのことを考え、アマンダを世間に慣らせようとしたのだが、難しそうである。
「ラザンダールはそんなに治安が悪いのですか」
「フェリトナムル程ではありません。ですが、今は傭兵を募集しております故に」
どのような人間が入り込むかも分からない、か、とアードルフは心の中で解釈する。筋は通っていなくはないが、疑問も残る。
心当たりがあるとすれば、アマンダが会ったという情報屋だ。その存在を思い出した元傭兵は、何者かがアマンダを狙っていることに考えが至る。そして、ここに案内するように頼んだ者もそのことを知っているのだろう、と。
だが、その人物が敵か味方か不明な以上、今動くのは得策ではない。鼠はどこにでもいるのだ。
「アマンダ様、ここは様子を見たほうが良さそうです」
「そう。町を見れると思ったのに、残念だわ」
外を寂しそうに見つめる少女。しかし、何事もなかったかのように振り向くと、
「アードルフ、お茶にしましょう。いろいろと教えてもらえるかしら」
「畏まりました」
「お部屋にご案内致します」
決まりきった男性使用人の文句は、何故かアマンダを安心させた。
二階建ての一番奥の部屋に通されたふたりは、そこで今後のことと今の状況確認に入る。ほのかに香るミルクティーは、熱を忘れることが多く、より緊張感を高めていた。
「あくまで推測の粋に過ぎませんが」
「うーん、どうしてわたしが狙われるのかしら」
お金、土地、違う気がするのだけど、とアマンダ。確かにお金は必要だし、土地もあったほうが換金、あるいは、農作物を奪うことは出来る。家柄も、人質として使えはするだろう。
しかし、場所が場所なのだ。ライティア領は自然に囲まれているため難攻不落として有名な土地であるし、アンブロー王国の首都から離れているため、拠点にするのも微妙なところ。
農作物に関しては今年は実り豊かということでもなく、領内の人間が少し余裕に暮らせる程度なのである。
「魔法の力、は関係ないものね」
「おそらく。しかし彼らが何故戦に参加しているのかが分かりかねますが」
「そうね。魔法を使う方々は、自分たちの力を外にださなかったはずだもの」
世間では良い印象を持たれていない魔女や魔導士だが、ライティア領出身者だけは違っている。彼女たちは、ライティア家一族と土地を守っているとされているからだ。
歴史によると、過去にライティア家の領主が倒れていた魔女を見つけ、介抱したのがきっかけだったという。感謝の印に、自然を利用して敵を近づけなくさせる場所を教え、魔法を掛けたとされている。
また、領主一家のみ魔法の国との交信を許され、今日に至っているのだ。
「エレノオーラとフィリアは魔女でしたね」
「ええ。でも、ふたりは魔女の中でも特別なのだそうよ」
ライティア家直属の侍女でもある二人は、お母様がライティアに来たときからいるらしいわ、と、アマンダ。後者はとくに剣も使うという、従来の魔女とはかけ離れた存在だという。
「うーん、考えてもしかたがないわね」
「ええ。ですが、用心して下さい」
わかったわ、とアマンダ。きりがついたところで、紅茶を口にする。
「ところで、よう兵の件はどうするつもりなの」
「傭兵になるのは難しいことではありません。アマンダ様の剣術なら、おそらく大丈夫でしょう」
「試験があるのかしら」
「ええ。戦えない者を戦場に出すわけにもいきませんから」
ここから出られればの話ですが、と続けるアードルフ。どちらにしても、ここに拘束されている以上、どうすることも出来ない。
特に手をつけられることもないので、少し早めの昼食を取ることにした。
ぼんやりとした時間が流れている中、窓の外を眺めていたアマンダは、少し外が騒がしくなっていることに気づく。のっそりと動き、部屋から出て元となる場所を探した。
廊下の突き当たりから光が差し込むところに行くと、下に人だかりが出来ているのを発見。念のため、隣の一室にいるアードルフに声を掛ける。
「いかがなさいましたか」
「外でなにか起こってるようなの」
彼が同じ場所を覗いたとき、男性が吹っ飛ばされていた。
「喧嘩だと思います。放っておいても問題ないかと」
「そんな。とめなくちゃダメじゃない」
「この状況で行動を起こすのは得策とは言えません。おそらく誰かが迎えに来るでしょうから、それまでおま」
窓ガラスが話を遮る。悲鳴をあげた欠片は大きな人間の顔にかすり傷を負わせたが、小さいほうには怪我はなかった。反射的にアマンダを左腕で抱え空気を運んでくるところから離れるアードルフ。地に足をつけたアマンダは、目をぱちくりさせていた。
だが、一気に色が戻り、突然現れたマントの風体を睨みつける。
言葉より早く、アードルフの剣が姿を現す。相手は懐にあった短剣を構え、客人たちに向かっていく。
下から上に振られた剣は相手の動きを止めたが、侵入者は後ろに飛び、再度距離を取る。
その隙にアマンダは、ようやく剣を抜くことが出来た。
「お下がりください」
相手の肩がビクつく。
「あんた、その声」
男の言葉に、アードルフが一瞬意識を取られてしまう。それは窓際にいる男も同様だったらしいが、刹那の反応差が生まれてしまった。
主のほうを向くと、首筋に短剣を突きつけられたアマンダが立っている。
「大人しくしな。わかってるだろ」
「貴様」
「じゃあ、な」
「待てっ」
突風のごとく移動した男は、アマンダを抱え窓から飛び降りる。アードルフも後を追うが、どこにも姿が見当たらない。
彼の足が館の周りにある木々の間に入ったときは、既ににふたりの姿は町から消えていたのだった。