表示設定
表示設定
目次 目次




第二話

ー/ー



 ライティア家の領地の中に、関所を兼ねた港町がある。名はミルディアといい、ときたま魔法師が現れることで有名な町だ。
 魔法師というのは文字通りの人物で、魔法を使う人間の総称である。しかし、世では魔法師はペテン師と思われていることが大半で、その姿を見るのは今ではこの町位になってしまったという。
 ちなみに男性の場合は魔導士、女性は魔女と呼ばれることもある。
 「魔法師たちは力を戦いに使われるのを恐れて、遠い国に逃げたと言われていますが」
 「コラレダ帝国が勢力をのばしたのは、魔法がでてきてからだったわね」
 「そうです。門が見えてきました」
 雨が止んだのでゆっくりと歩きながら、アードルフはアマンダに世情を伝えていた。
 「止まれ。通行書を見せてもらおう」
 「あら、もっていませんわ」
 「おいおい、無くしたのかっ、って」
 「ところで通行書ってなにかしら」
 「町に入るために必要な手形のことです。私のはこれだ」
 衛兵はアマンダの顔を見るなり固まってしまったが、もうひとりの門番が彼のを確認する。
 「失礼致しました。どうぞお通り下さい」
 「ありがとう」
 事情が分かっていないお嬢様は、頭にクエスチョンマークを浮かべながら町へと足を踏み入れる。実のところ、ライティア一族には、専用の出入口があるのだ。
 小事はさておき、アードルフの提案で宿屋を押さえることになった。
 「馬はこちらに繋いで下さい。宿には必ず馬場があります」
 「わかったわ」
 慣れない手つきで手綱を結び終えると、荷物を持ち宿に向かう。
 「こちらの部屋をお使いください。私は情報収集してまいります」
 「待ってアードルフ、わたしも行くわ」
 「いえ、こちらでお待ちください。すぐに戻りますので」
 そう口にし一礼をすると、扉を閉める。右手が胸の高さで止まっていたアマンダは、ゆっくりと腕を下ろし、ベッドに置いた荷物を整理し始めた。
 途中の雨で服が濡れてしまったのでもう一度着替えをし、後はとくにやることもないためか、ふと今まで学んだことを復習しようと思い至る。
 「えーっと、旅にひつようなものはっと」
 ひと通り揃えてもらうように頼んだが、万が一のことを考え覚えるようにと、アマンダはアードルフに言われている。詳しい過去は知らないが、アマンダにとっては従者であると同時に師でもある彼の言葉に従っているのだ。
 着替え、食料、水、地図、武器、情報など。あと、目的をはっきりしないといけないのだったわね。
 ヘッドボードに寄りかかりながら、少女なりに頭を回す。兄のかたきをうつこと、これは間違いない。問題は誰がそうなのか、だ。
 「お兄様がいた部隊を調べなくっちゃ。どうやって調べればいいのかしら」
 首をかしげているとき、コンコン、という音が耳を打った。彼女は、反射的に、どうぞ、と言う。
 入ってきたのは背の低い、目深めのフードを羽織った者だった。
 手には、一人分の食事がある。
 「こんにちはお嬢サマ。もしかしておヒマかい」
 人を小バカにするような口元に、アマンダはムッとする。
 「どちら様かしら」
 「あんたと同じ旅のモンだよ。めずらしい子猫がいるから気になって」
 「あら、猫なんていたかしら」
 部屋の中を見渡す部屋主。意味が分かっていないと感じた者は、テーブルに食事を置きながらため息をついた。
 「あんたさぁ。しらない人間がはいってきたらケーカイするだろ、普通」
 「食事をもってるのに怪しいのですか」
 「これオレのなんだけど」
 「まあ、てっきり部屋係の方かと思いましたわ」
 小さい旅人は頭をテーブルに打ちつける。ゆっくり起こし、食べ物がこぼれていないか確認すると、
 「あんたなぁ、こんなカッコした部屋係がどこにいんだよ。ったく」
 「この町はそうなのかと。ねえ、名前は何ておっしゃるの」
 「さあね~。人の名前をきくまえに名乗るべきじゃねーのか」
 きょとんとしたアマンダは、視線を天井に向け、首を右側に倒す。
 「そうですね。わたしはアマンダです。あなたは」
 「悪ぃな、名前はないんだ」
 情報屋とでもよんでくれ、と相手。顔も見せず、口元がにやけている謎の人物に、貴族令嬢の不安が募っていく。
 何も知らない彼女を見ていて楽しいのか、情報屋はシチューとパンを口に運び、飲み込む。
 「これから旅するんだろ。先パイとしてちょっとアドバイスしてやるよ」
 アマンダの了承も得ず、子供は勝手に話し始める。
 この世界は約二十年前まで大きく四つの国に分かれていたという。軍事国家のコラレダ王国、自然豊かで薬草と食べ物が豊富なフィランダリア、ほとんどが砂漠地帯である商売中心の国ランバルコーヤ、そしてライティア家がある国アンブロー王国。
 「さすがのあんたも知ってるだろーけど、アンブロー以外はすでにコラレダのものだ。三年ほど前だったかな」
 アマンダは黙ったまま聞いている。
 コラレダがアンブローを残した理由はただひとつ。アンブローはコラレダに次ぐ軍事国家でもあり、フィランダリアほどではないが資源豊かな国でもあるからだ。また、コラレダ現帝王は大変な野心家で有名である。
 「このことから考えるとさ、あんたのカタキは間違いなくコラレダ側にいるんじゃないのか」
 「な、ど、どうしてそれをっ」
 思わず立ち上がるアマンダ。目の前の人間には、自分の名前しか話していない。なのに何故、家を出た目的を知っているのだろうか。
 彼女は思わず剣を手にする。
 「何者なの、あなたは」
 「なんだよそのケンは。せっかく教えてやったのに」
 「それには感謝します。それとこれとは違いますわ」
 わざとらしく両肩をあげる情報屋。何事もなかったように全部たいらげると、
 「頭はわるくないみたいだな。安心したぜ」
 「なっ」
 「そうそう、情報屋に何か教えてもらうときは金がいるんだけど。知ってっか」
 「え、そ、そうなのですか」
 「やっぱりなぁ~。ったく、よくそれで旅しようとおもったな」
 イスに寄りかかりながら、偉そうな態度を取る不審者。今回は特別にサービスしてやるけどな、と口にしながら、足に勢いをつけて飛び下りる。
 「連れのおっさんに今のこと話してみな。奴なら知ってるだろうぜ」
 「ちょ、ちょっと、あなたはいったい」
 「情報屋だっていってんだろ。じゃあな、お嬢サマ」
 相手が手を上げると、図形と文字か書かれた円状の何かが出現する。まぶしくて目を覆っているうちに、情報屋は姿を消す。
 アマンダの瞳が部屋を見れるようになったときには、誰も来ていない状態に戻っていた。
 謎の人物が消えたと同時に、廊下が騒がしくなる。
 いつもより早いノックがすると、アードルフが主が中にいるかどうかを確認した。
 「大丈夫よ。入って」
 剣を納めながら答え、ひと息つく少女。
 「何者かの気配がしましたが」
 「うーん」
 一分程沈黙すると、先程までいた者の言葉を思い出した。彼女は素直に、起こった出来事を話す。
 経験豊富な傭兵の顔はみるみる曇り、最後には目がつり上がる。
 「どうしたの」
 「アマンダ様。今後、お一人で行動されないようにして下さい。配慮が足りず申し訳ございません」
 「どういうことなの」
 彼は、情報屋について説明し始めた。
 情報屋とは文字通り情報を扱う者のことを指し、世間でそう呼ばれている。自ら仕入れたネタを相手に話し、お金を貰うのだ。
 「情報を売って生活してるってことかしら」
 「そうです。しかし、相手に無料でアドバイスする者など聞いたことがありません」
 「サービスしてくれるっていってたわ」
 「相手が得意先ならまだしも、警戒心の強い彼らが初対面でその様な事をするとは考えにくいかと」
 正体が分かるまで近づかないように、と、内心ではまた抜けてしまいそうだと思いながらもアードルフは釘をさす。
 案の定、聞いた本人は視線が空を泳いでいた。
 「あなたがそういうならそうするわ」
 「お願い致します。そろそろ夕刻、食事を持って来させます」
 「ええ、お願いね」
 廊下に控えていた使用人を呼んで用件を伝えると、彼は仕入れてきた情報を聞かせ始める。
 ミルディアから一番近くにあるラザンダールという町で、義勇兵を募集しているらしい。
 ここはアンブロー王国でも有数の砦のひとつであり、よく侵攻されているという。
 「さすがに相手の事までは分かりかねますが」
 「いいえ、次の目的がわかれば今は十分よ」
 無意識に両手に力を入れるアマンダ。いかに仲良く接しているとはいえ、アマンダとアードルフは貴族と従者の関係。子供と大人でもあるが、自らより下の立場の者に動揺や不安を見せてはいけないのである。
 「アマンダ様、今ならまだ引き返せます。いかがなさいますか」
 「一度決めたことをくつがえす気はありません」
 彼は静かに、ゆっくりと目を閉じ、
 「畏まりました。では不要とは存じますが、これからについてお伝え致します」
 この町よりアンブロー王国に近づけば、確実に戦争に巻き込まれることになる。命の保障はなく、自分の身は自分で守らなければならないのが世の常であり、今までの生活が世間から見れば特殊だったこと。そして、同じ生活は一切出来なくなることを話す。
 「もちろん全力でお守り致しますが、万が一ということもございます。先程は事なきを得ましたが」
 「かくごの上です。でもわたしはきっと、外のことをなにも知らないのね。だから、教えてちょうだいね」
 「はっ。私に分かる事でしたら何なりと」
 本音と建前の区別もつかない子供は、ただ感情の赴くままに歩み始める。
 その先に何が待っているのかは、大人でも知らないのだが。
 ところ変わり、彼らがいる部屋と歩道からは死角の位置に、ひとつの影があった。屋根に寝転んでいるそれは、こりゃ目をはなさないほーがよさそうだな、とぼやく。
 やれやれ、といった具合に身を起こすと、羽根ペンとインク入れ、そして顔全体が映る手鏡ぐらいの大きさの板と紙を二枚取り出す。器用にもインク入れをこぼさず置き、流れるようにペンを動かした。同じ動作を二回続け、紙以外をしまう。
 インクが乾くのを待っている間に、小さな小さな口笛を吹いた。すると周囲にある木々の間から、二匹の黒い大きな鳥が現れる。翼を閉じた状態で人の頭程の姿をしており、尾が異常に長い。
 「じゃ、あいつらに届けてくれよ」
 慣れた手つきで足にくくりつけながら口にする情報屋。鳥たちは体長を倍にさせる程の羽を広げ、音もなく飛び立つ。
 ただひとりだけ何かを掴み、世情を伺っていることに、このときは誰も気づいていなかった。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第三話


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 ライティア家の領地の中に、関所を兼ねた港町がある。名はミルディアといい、ときたま魔法師が現れることで有名な町だ。
 魔法師というのは文字通りの人物で、魔法を使う人間の総称である。しかし、世では魔法師はペテン師と思われていることが大半で、その姿を見るのは今ではこの町位になってしまったという。
 ちなみに男性の場合は魔導士、女性は魔女と呼ばれることもある。
 「魔法師たちは力を戦いに使われるのを恐れて、遠い国に逃げたと言われていますが」
 「コラレダ帝国が勢力をのばしたのは、魔法がでてきてからだったわね」
 「そうです。門が見えてきました」
 雨が止んだのでゆっくりと歩きながら、アードルフはアマンダに世情を伝えていた。
 「止まれ。通行書を見せてもらおう」
 「あら、もっていませんわ」
 「おいおい、無くしたのかっ、って」
 「ところで通行書ってなにかしら」
 「町に入るために必要な手形のことです。私のはこれだ」
 衛兵はアマンダの顔を見るなり固まってしまったが、もうひとりの門番が彼のを確認する。
 「失礼致しました。どうぞお通り下さい」
 「ありがとう」
 事情が分かっていないお嬢様は、頭にクエスチョンマークを浮かべながら町へと足を踏み入れる。実のところ、ライティア一族には、専用の出入口があるのだ。
 小事はさておき、アードルフの提案で宿屋を押さえることになった。
 「馬はこちらに繋いで下さい。宿には必ず馬場があります」
 「わかったわ」
 慣れない手つきで手綱を結び終えると、荷物を持ち宿に向かう。
 「こちらの部屋をお使いください。私は情報収集してまいります」
 「待ってアードルフ、わたしも行くわ」
 「いえ、こちらでお待ちください。すぐに戻りますので」
 そう口にし一礼をすると、扉を閉める。右手が胸の高さで止まっていたアマンダは、ゆっくりと腕を下ろし、ベッドに置いた荷物を整理し始めた。
 途中の雨で服が濡れてしまったのでもう一度着替えをし、後はとくにやることもないためか、ふと今まで学んだことを復習しようと思い至る。
 「えーっと、旅にひつようなものはっと」
 ひと通り揃えてもらうように頼んだが、万が一のことを考え覚えるようにと、アマンダはアードルフに言われている。詳しい過去は知らないが、アマンダにとっては従者であると同時に師でもある彼の言葉に従っているのだ。
 着替え、食料、水、地図、武器、情報など。あと、目的をはっきりしないといけないのだったわね。
 ヘッドボードに寄りかかりながら、少女なりに頭を回す。兄のかたきをうつこと、これは間違いない。問題は誰がそうなのか、だ。
 「お兄様がいた部隊を調べなくっちゃ。どうやって調べればいいのかしら」
 首をかしげているとき、コンコン、という音が耳を打った。彼女は、反射的に、どうぞ、と言う。
 入ってきたのは背の低い、目深めのフードを羽織った者だった。
 手には、一人分の食事がある。
 「こんにちはお嬢サマ。もしかしておヒマかい」
 人を小バカにするような口元に、アマンダはムッとする。
 「どちら様かしら」
 「あんたと同じ旅のモンだよ。めずらしい子猫がいるから気になって」
 「あら、猫なんていたかしら」
 部屋の中を見渡す部屋主。意味が分かっていないと感じた者は、テーブルに食事を置きながらため息をついた。
 「あんたさぁ。しらない人間がはいってきたらケーカイするだろ、普通」
 「食事をもってるのに怪しいのですか」
 「これオレのなんだけど」
 「まあ、てっきり部屋係の方かと思いましたわ」
 小さい旅人は頭をテーブルに打ちつける。ゆっくり起こし、食べ物がこぼれていないか確認すると、
 「あんたなぁ、こんなカッコした部屋係がどこにいんだよ。ったく」
 「この町はそうなのかと。ねえ、名前は何ておっしゃるの」
 「さあね~。人の名前をきくまえに名乗るべきじゃねーのか」
 きょとんとしたアマンダは、視線を天井に向け、首を右側に倒す。
 「そうですね。わたしはアマンダです。あなたは」
 「悪ぃな、名前はないんだ」
 情報屋とでもよんでくれ、と相手。顔も見せず、口元がにやけている謎の人物に、貴族令嬢の不安が募っていく。
 何も知らない彼女を見ていて楽しいのか、情報屋はシチューとパンを口に運び、飲み込む。
 「これから旅するんだろ。先パイとしてちょっとアドバイスしてやるよ」
 アマンダの了承も得ず、子供は勝手に話し始める。
 この世界は約二十年前まで大きく四つの国に分かれていたという。軍事国家のコラレダ王国、自然豊かで薬草と食べ物が豊富なフィランダリア、ほとんどが砂漠地帯である商売中心の国ランバルコーヤ、そしてライティア家がある国アンブロー王国。
 「さすがのあんたも知ってるだろーけど、アンブロー以外はすでにコラレダのものだ。三年ほど前だったかな」
 アマンダは黙ったまま聞いている。
 コラレダがアンブローを残した理由はただひとつ。アンブローはコラレダに次ぐ軍事国家でもあり、フィランダリアほどではないが資源豊かな国でもあるからだ。また、コラレダ現帝王は大変な野心家で有名である。
 「このことから考えるとさ、あんたのカタキは間違いなくコラレダ側にいるんじゃないのか」
 「な、ど、どうしてそれをっ」
 思わず立ち上がるアマンダ。目の前の人間には、自分の名前しか話していない。なのに何故、家を出た目的を知っているのだろうか。
 彼女は思わず剣を手にする。
 「何者なの、あなたは」
 「なんだよそのケンは。せっかく教えてやったのに」
 「それには感謝します。それとこれとは違いますわ」
 わざとらしく両肩をあげる情報屋。何事もなかったように全部たいらげると、
 「頭はわるくないみたいだな。安心したぜ」
 「なっ」
 「そうそう、情報屋に何か教えてもらうときは金がいるんだけど。知ってっか」
 「え、そ、そうなのですか」
 「やっぱりなぁ~。ったく、よくそれで旅しようとおもったな」
 イスに寄りかかりながら、偉そうな態度を取る不審者。今回は特別にサービスしてやるけどな、と口にしながら、足に勢いをつけて飛び下りる。
 「連れのおっさんに今のこと話してみな。奴なら知ってるだろうぜ」
 「ちょ、ちょっと、あなたはいったい」
 「情報屋だっていってんだろ。じゃあな、お嬢サマ」
 相手が手を上げると、図形と文字か書かれた円状の何かが出現する。まぶしくて目を覆っているうちに、情報屋は姿を消す。
 アマンダの瞳が部屋を見れるようになったときには、誰も来ていない状態に戻っていた。
 謎の人物が消えたと同時に、廊下が騒がしくなる。
 いつもより早いノックがすると、アードルフが主が中にいるかどうかを確認した。
 「大丈夫よ。入って」
 剣を納めながら答え、ひと息つく少女。
 「何者かの気配がしましたが」
 「うーん」
 一分程沈黙すると、先程までいた者の言葉を思い出した。彼女は素直に、起こった出来事を話す。
 経験豊富な傭兵の顔はみるみる曇り、最後には目がつり上がる。
 「どうしたの」
 「アマンダ様。今後、お一人で行動されないようにして下さい。配慮が足りず申し訳ございません」
 「どういうことなの」
 彼は、情報屋について説明し始めた。
 情報屋とは文字通り情報を扱う者のことを指し、世間でそう呼ばれている。自ら仕入れたネタを相手に話し、お金を貰うのだ。
 「情報を売って生活してるってことかしら」
 「そうです。しかし、相手に無料でアドバイスする者など聞いたことがありません」
 「サービスしてくれるっていってたわ」
 「相手が得意先ならまだしも、警戒心の強い彼らが初対面でその様な事をするとは考えにくいかと」
 正体が分かるまで近づかないように、と、内心ではまた抜けてしまいそうだと思いながらもアードルフは釘をさす。
 案の定、聞いた本人は視線が空を泳いでいた。
 「あなたがそういうならそうするわ」
 「お願い致します。そろそろ夕刻、食事を持って来させます」
 「ええ、お願いね」
 廊下に控えていた使用人を呼んで用件を伝えると、彼は仕入れてきた情報を聞かせ始める。
 ミルディアから一番近くにあるラザンダールという町で、義勇兵を募集しているらしい。
 ここはアンブロー王国でも有数の砦のひとつであり、よく侵攻されているという。
 「さすがに相手の事までは分かりかねますが」
 「いいえ、次の目的がわかれば今は十分よ」
 無意識に両手に力を入れるアマンダ。いかに仲良く接しているとはいえ、アマンダとアードルフは貴族と従者の関係。子供と大人でもあるが、自らより下の立場の者に動揺や不安を見せてはいけないのである。
 「アマンダ様、今ならまだ引き返せます。いかがなさいますか」
 「一度決めたことをくつがえす気はありません」
 彼は静かに、ゆっくりと目を閉じ、
 「畏まりました。では不要とは存じますが、これからについてお伝え致します」
 この町よりアンブロー王国に近づけば、確実に戦争に巻き込まれることになる。命の保障はなく、自分の身は自分で守らなければならないのが世の常であり、今までの生活が世間から見れば特殊だったこと。そして、同じ生活は一切出来なくなることを話す。
 「もちろん全力でお守り致しますが、万が一ということもございます。先程は事なきを得ましたが」
 「かくごの上です。でもわたしはきっと、外のことをなにも知らないのね。だから、教えてちょうだいね」
 「はっ。私に分かる事でしたら何なりと」
 本音と建前の区別もつかない子供は、ただ感情の赴くままに歩み始める。
 その先に何が待っているのかは、大人でも知らないのだが。
 ところ変わり、彼らがいる部屋と歩道からは死角の位置に、ひとつの影があった。屋根に寝転んでいるそれは、こりゃ目をはなさないほーがよさそうだな、とぼやく。
 やれやれ、といった具合に身を起こすと、羽根ペンとインク入れ、そして顔全体が映る手鏡ぐらいの大きさの板と紙を二枚取り出す。器用にもインク入れをこぼさず置き、流れるようにペンを動かした。同じ動作を二回続け、紙以外をしまう。
 インクが乾くのを待っている間に、小さな小さな口笛を吹いた。すると周囲にある木々の間から、二匹の黒い大きな鳥が現れる。翼を閉じた状態で人の頭程の姿をしており、尾が異常に長い。
 「じゃ、あいつらに届けてくれよ」
 慣れた手つきで足にくくりつけながら口にする情報屋。鳥たちは体長を倍にさせる程の羽を広げ、音もなく飛び立つ。
 ただひとりだけ何かを掴み、世情を伺っていることに、このときは誰も気づいていなかった。