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河伯はこれまで人間社会に興味がなかった

ー/ー



 無限の闇に浮かぶ無数の光点。その光点の一つ一つが恒星であり、その周りにはいくつもの惑星が追従している。それこそ天文学的な数の惑星達の中には、生物が存在するものもある。

 それらは全体の中ではごくわずかであったが、それでも人が認知するにはあまりにも多く存在していて、自分達の住む惑星がもたらす恵みに限界を感じた人間達が他の惑星を目指すという営みが宇宙の至る所で行われているのだった。

 さて、そんな宇宙の中にも当然存在する地球だが、この時代の地球人口は十億人程度に減少している。ある時突然現れた『幽世(かくりよ)の扉』よりやってきた『マレビト』達が、地球を闊歩(かっぽ)し始めたからだ。

 ある者はマレビトに挑んで命を落とし、またある者はマレビトの力に魅了されて幽世を目指し現世(うつしよ)を去った。

 そんな時代の人類は、科学技術の進歩によってマレビトとも渡り合える戦闘力を有していたが、この地球を脱出して他の惑星に渡るような技術は未だ持ち合わせていない。宇宙を旅する技術は既に確立されているが、光速を超える速度での移動を可能にする技術が存在しないのだ。この状況で他の惑星を目指すなら、数百年単位の時間をかけた宇宙旅行を敢行するしかない。

 だが、マレビト達は異星への旅を楽しんでいるらしい。

 あるマレビトが戯れに情報を漏らした。幽世を通れば惑星間移動は数時間で済むと。

 またあるマレビトは大量の貢ぎ物と引き換えに秘密を伝えた。彼等には幽世と現世を行き来する能力がないが、人間の中には幽世の扉を開いて彼等を幽世へ送り、また現世へ引き寄せる力を持つ者がいると。

◇◆◇

 明蓮の生活に興味を持った私は、人間の姿になって彼女の様子を見に行くことにした。

「学校に行くには制服を着なくてはならないのだったな」

 明蓮が着ていた紺色の服を再現して身にまとう。この服に白い髪だと変に映るだろうか? 泉に自分の姿を映して確認をしてみる。

「うん、問題ない。この服……確かブレザーといったか。上半身は窮屈なのに下半身が開放的すぎるように思うが、機能性よりもファッション性を重視したものなのだろう」

 普段服を着ない私にはファッションがよく分からないが、明蓮と同じ着こなしをしていれば不審がられることはないだろう。

「明蓮の通う学校は……私立ローレンス学園。アメリカのカンザス大学とは関係がないのか」

 石や紙に情報を残していた時代から比べると、簡単に調べられるようになったものだ。地球上を飛び交う電子情報を読み取れば、彼女の通う学校の名前と場所を把握するのに一秒もかからない。

 神通力を使えば宇宙中のどんな情報も知ることができるが、それには少々時間がかかるしエネルギー消費も大きいからな。この方が楽でいい。



 さて、私立ローレンス学園にやってきたがどうやって彼女の様子を探ろうか?

「あれ、見ない子だね。どうしたのそんなところで……あっ、もしかして転校生?」

 校門から中をうかがっていたら、同じ服を着ている栗色の髪の少女から話しかけられた。転校生か、そういうことにしておけば、堂々と明蓮の様子を見ていられるな。よし、そうしよう。

「ああ、私は今日この学校に転校してきた河伯だ。よろしく頼む」

 ちょっと力を使ってあらかじめそう決まっていたことにした。このぐらいの細工は竜神である私にとってさほど難しい技ではない。

「ププッ、可愛い顔して面白い喋り方するね。髪が真っ白なのも珍しいし、もしかして大陸からやってきたの?」

 肩まで伸ばした髪を揺らし、楽し気に噴き出す少女。明蓮もこんな風に笑ってくれないものだろうか。そう言われると、確かに私の喋り方はこの年代の人間の話し方ではなかったな。つい普通に話してしまった。

「ああ、私は海の向こうの大陸からやってきたんだ」

 嘘ではない。私は幽世において大陸にある大きな川の神として存在していたのだ。

「へえ~、今度そっちの話を聞かせてよ。あ、私は木下(きのした)五輪(いつわ)。五つの輪っかって書いていつわね。子供の頃からあだ名はオリンピック」

「なるほど。武蔵と呼ばれるよりはいいのではないか?」

「なにそれ! 河伯ちゃんって面白いね」

 五輪というと宮本武蔵を思い浮かべるのは少数派らしい。それにしても、ちゃん付けで呼ばれるのは新鮮だな。ここはそんな彼女に敬意を表してオリンピックと呼ぶようにしよう。

 私はオリンピックに案内されて職員室へ向かう。本当は案内など必要ないのだが、転校生は勝手が分からないものだ。私としても進んだ科学技術にはあまり慣れていないので、不慣れな転校生を装っておけば怪しまれずに済むだろう。

「はい、ここが職員室だよ。失礼しまーす!」

 オリンピックは私を案内しながら職員室の中にまで入っていく。自分の授業はいいのだろうか?

「あら木下さん……転校生を連れて来てくれたのね」

 部屋に並ぶ机の一つに向かっていた大人の女性が立ち上がり、こちらに話しかけてきた。なるほど、制服を着るのは生徒だけか。この女性は私が転入するクラスの担任教師というやつだな。調べたことしか分からないからこういう細かいところで人間と認識の齟齬(そご)が生まれてしまいがちだ。人間の常識を学ぶまではなるべく余計なことを言わないようにしよう。

「ええと、河伯……君、でいいのよね? 私は君が転入するクラスの担任を務める、物理担当の稲崎(いなざき)と言います。よろしく」

 物理担当? 魔法担当の教師もいるのだろうか。いや、人間は科学技術に特化して進歩してきている。他の担当は電撃や火炎放射かもしれない。長い黒髪を後ろでしぱり、スーツと呼ばれる服に身を包む彼女は私の姿をまじまじと見ながら自己紹介をしてきた。何かおかしかっただろうか? ちゃんと明蓮やオリンピックと同じ服を着ているのだがな。

(くん)!?」

 なぜかオリンピックが驚いた表情で私を見る。教師が生徒を君付けで呼ぶのは特におかしいことではないはずだが。

「はい、河伯です」

「クラスは木下さんと同じで2年C組ね。もうすぐ朝のホームルームが始まるから一緒に行きましょう」

 そう言って、篠崎は私達を連れて教室へと向かった。



「はーい、転校生を紹介します」

 教室には多くの生徒が座っている。よく見ると二種類の制服があるな。下半身はズボンタイプのものもあるようだ。露出が少ない分、野外活動に向いていそうだな。

 クラスの生徒達は見慣れない生徒の登場に興味津々といった様子で、至る所からヒソヒソと声が聞こえてくる。

「うおっ、可愛い子がきた」

「何あの髪、きれーい」

 声を抑えていても実に賑やかだ。後ろの方に座っている明蓮は特に興味無さそうにしている。やはり他の人間とは違うな。転校して堂々と観察することにしたので、彼女と同じクラスにしたのだ。

「河伯と言います。よろしくお願いします」

「河伯!?」

 私の名乗りを聞いて、明蓮が跳ねるように立ちあがった。マレビトが人間の学校に転入してくるとは思わなかっただろう。さすがの彼女も驚いたようだ。

「ままま、まさか、アンタあの河伯なの?」

「ああ、君に興味があったから転校してきてしまったよ、明蓮」

 いつもつまらなそうな彼女の驚いた顔が見れたのは収穫だったが、私は彼女の笑顔が見てみたいのだ。

「ヒュー、さすが九頭竜坂(くずりゅうざか)さんはモテモテだねえ」

 クラスの男子が明蓮を冷やかす。モテモテというのは多くの異性から想いを寄せられる状態だ。やはり彼女は多くの者から興味を持たれる、特別な存在らしい。

 その彼女は驚愕に目を見開き、私を指差して言った。

「あ、アンタ、女だったのーーーっ!?」

「いや、性別は男だが」

 私の答えに、何故か教室が悲鳴に包まれた。


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次のエピソードへ進む 河伯と明蓮、あと五輪


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 無限の闇に浮かぶ無数の光点。その光点の一つ一つが恒星であり、その周りにはいくつもの惑星が追従している。それこそ天文学的な数の惑星達の中には、生物が存在するものもある。
 それらは全体の中ではごくわずかであったが、それでも人が認知するにはあまりにも多く存在していて、自分達の住む惑星がもたらす恵みに限界を感じた人間達が他の惑星を目指すという営みが宇宙の至る所で行われているのだった。
 さて、そんな宇宙の中にも当然存在する地球だが、この時代の地球人口は十億人程度に減少している。ある時突然現れた『|幽世《かくりよ》の扉』よりやってきた『マレビト』達が、地球を|闊歩《かっぽ》し始めたからだ。
 ある者はマレビトに挑んで命を落とし、またある者はマレビトの力に魅了されて幽世を目指し|現世《うつしよ》を去った。
 そんな時代の人類は、科学技術の進歩によってマレビトとも渡り合える戦闘力を有していたが、この地球を脱出して他の惑星に渡るような技術は未だ持ち合わせていない。宇宙を旅する技術は既に確立されているが、光速を超える速度での移動を可能にする技術が存在しないのだ。この状況で他の惑星を目指すなら、数百年単位の時間をかけた宇宙旅行を敢行するしかない。
 だが、マレビト達は異星への旅を楽しんでいるらしい。
 あるマレビトが戯れに情報を漏らした。幽世を通れば惑星間移動は数時間で済むと。
 またあるマレビトは大量の貢ぎ物と引き換えに秘密を伝えた。彼等には幽世と現世を行き来する能力がないが、人間の中には幽世の扉を開いて彼等を幽世へ送り、また現世へ引き寄せる力を持つ者がいると。
◇◆◇
 明蓮の生活に興味を持った私は、人間の姿になって彼女の様子を見に行くことにした。
「学校に行くには制服を着なくてはならないのだったな」
 明蓮が着ていた紺色の服を再現して身にまとう。この服に白い髪だと変に映るだろうか? 泉に自分の姿を映して確認をしてみる。
「うん、問題ない。この服……確かブレザーといったか。上半身は窮屈なのに下半身が開放的すぎるように思うが、機能性よりもファッション性を重視したものなのだろう」
 普段服を着ない私にはファッションがよく分からないが、明蓮と同じ着こなしをしていれば不審がられることはないだろう。
「明蓮の通う学校は……私立ローレンス学園。アメリカのカンザス大学とは関係がないのか」
 石や紙に情報を残していた時代から比べると、簡単に調べられるようになったものだ。地球上を飛び交う電子情報を読み取れば、彼女の通う学校の名前と場所を把握するのに一秒もかからない。
 神通力を使えば宇宙中のどんな情報も知ることができるが、それには少々時間がかかるしエネルギー消費も大きいからな。この方が楽でいい。
 さて、私立ローレンス学園にやってきたがどうやって彼女の様子を探ろうか?
「あれ、見ない子だね。どうしたのそんなところで……あっ、もしかして転校生?」
 校門から中をうかがっていたら、同じ服を着ている栗色の髪の少女から話しかけられた。転校生か、そういうことにしておけば、堂々と明蓮の様子を見ていられるな。よし、そうしよう。
「ああ、私は今日この学校に転校してきた河伯だ。よろしく頼む」
 ちょっと力を使ってあらかじめそう決まっていたことにした。このぐらいの細工は竜神である私にとってさほど難しい技ではない。
「ププッ、可愛い顔して面白い喋り方するね。髪が真っ白なのも珍しいし、もしかして大陸からやってきたの?」
 肩まで伸ばした髪を揺らし、楽し気に噴き出す少女。明蓮もこんな風に笑ってくれないものだろうか。そう言われると、確かに私の喋り方はこの年代の人間の話し方ではなかったな。つい普通に話してしまった。
「ああ、私は海の向こうの大陸からやってきたんだ」
 嘘ではない。私は幽世において大陸にある大きな川の神として存在していたのだ。
「へえ~、今度そっちの話を聞かせてよ。あ、私は|木下《きのした》|五輪《いつわ》。五つの輪っかって書いていつわね。子供の頃からあだ名はオリンピック」
「なるほど。武蔵と呼ばれるよりはいいのではないか?」
「なにそれ! 河伯ちゃんって面白いね」
 五輪というと宮本武蔵を思い浮かべるのは少数派らしい。それにしても、ちゃん付けで呼ばれるのは新鮮だな。ここはそんな彼女に敬意を表してオリンピックと呼ぶようにしよう。
 私はオリンピックに案内されて職員室へ向かう。本当は案内など必要ないのだが、転校生は勝手が分からないものだ。私としても進んだ科学技術にはあまり慣れていないので、不慣れな転校生を装っておけば怪しまれずに済むだろう。
「はい、ここが職員室だよ。失礼しまーす!」
 オリンピックは私を案内しながら職員室の中にまで入っていく。自分の授業はいいのだろうか?
「あら木下さん……転校生を連れて来てくれたのね」
 部屋に並ぶ机の一つに向かっていた大人の女性が立ち上がり、こちらに話しかけてきた。なるほど、制服を着るのは生徒だけか。この女性は私が転入するクラスの担任教師というやつだな。調べたことしか分からないからこういう細かいところで人間と認識の|齟齬《そご》が生まれてしまいがちだ。人間の常識を学ぶまではなるべく余計なことを言わないようにしよう。
「ええと、河伯……君、でいいのよね? 私は君が転入するクラスの担任を務める、物理担当の|稲崎《いなざき》と言います。よろしく」
 物理担当? 魔法担当の教師もいるのだろうか。いや、人間は科学技術に特化して進歩してきている。他の担当は電撃や火炎放射かもしれない。長い黒髪を後ろでしぱり、スーツと呼ばれる服に身を包む彼女は私の姿をまじまじと見ながら自己紹介をしてきた。何かおかしかっただろうか? ちゃんと明蓮やオリンピックと同じ服を着ているのだがな。
「|君《くん》!?」
 なぜかオリンピックが驚いた表情で私を見る。教師が生徒を君付けで呼ぶのは特におかしいことではないはずだが。
「はい、河伯です」
「クラスは木下さんと同じで2年C組ね。もうすぐ朝のホームルームが始まるから一緒に行きましょう」
 そう言って、篠崎は私達を連れて教室へと向かった。
「はーい、転校生を紹介します」
 教室には多くの生徒が座っている。よく見ると二種類の制服があるな。下半身はズボンタイプのものもあるようだ。露出が少ない分、野外活動に向いていそうだな。
 クラスの生徒達は見慣れない生徒の登場に興味津々といった様子で、至る所からヒソヒソと声が聞こえてくる。
「うおっ、可愛い子がきた」
「何あの髪、きれーい」
 声を抑えていても実に賑やかだ。後ろの方に座っている明蓮は特に興味無さそうにしている。やはり他の人間とは違うな。転校して堂々と観察することにしたので、彼女と同じクラスにしたのだ。
「河伯と言います。よろしくお願いします」
「河伯!?」
 私の名乗りを聞いて、明蓮が跳ねるように立ちあがった。マレビトが人間の学校に転入してくるとは思わなかっただろう。さすがの彼女も驚いたようだ。
「ままま、まさか、アンタあの河伯なの?」
「ああ、君に興味があったから転校してきてしまったよ、明蓮」
 いつもつまらなそうな彼女の驚いた顔が見れたのは収穫だったが、私は彼女の笑顔が見てみたいのだ。
「ヒュー、さすが|九頭竜坂《くずりゅうざか》さんはモテモテだねえ」
 クラスの男子が明蓮を冷やかす。モテモテというのは多くの異性から想いを寄せられる状態だ。やはり彼女は多くの者から興味を持たれる、特別な存在らしい。
 その彼女は驚愕に目を見開き、私を指差して言った。
「あ、アンタ、女だったのーーーっ!?」
「いや、性別は男だが」
 私の答えに、何故か教室が悲鳴に包まれた。