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前編

ー/ー



若い女性の一人旅というのは、まあ迷惑なんだろうな、と思ったりする。そもそも、良いホテルは一人一室というのを用意していないのだし、そりゃあ三人くらい泊ってくれるはずの部屋に一人で泊まったら迷惑だろうというのはわかっている。夕食も、大きな食事会場で、一人ぽつんと座っていると微妙な感じになる。まして、女性一人だ。例えば二列で並ぶようなときにも、変な遠慮が働いたり、案内係の人が気を遣ったりするのを感じる。
 だけど言わせてもらいたい。一人でいちゃ悪いか。あの人一人だ、っていう視線を我慢して過ごしているんだ。
 後免駅から土佐くろしお鉄道に乗り換える。平日にもかかわらず、大きな荷物を背負った人がちらほらいる。ただ、どの人も年齢が高い女性。そして、大体連れがいる。平日だから普通はそういう暇な人しか旅行できない。いやいや、暇が悪いと言っているわけではない。私も暇な人の一人ですから。一人なのは私くらいだけどね。
 そんなことを思っていたら、若い男性が一人乗っていた。大きなリュック。観光か、あるいは帰省なのか。乗り慣れた感じで、ドアの横の開くボタンを押して入っていた。一人旅ってどんな気持ちなんだろう、とふと思う。自分だって一人旅なんだけれど、あまり出くわすことがないし、そういう人が何を考えているのか、すごく気になる。
 土佐くろしお鉄道に乗るのは私は初めて乗ることになったのだが、不思議な鉄道だ。すべての駅にやなせたかしの作った謎のキャラクターがいて、駅にあるイラストなどとともに迎えてくれているわけだが、正直言って、こんな港町の路線に似つかわしくないテンションだと思う。観光客が多いともあまり思えないし、普段使いしている人たちはどう思っているのだろうか。結構地域になじんでいるのだろうか、だったらいいなと思う。
 テンションと言えば、乗った列車も変わっていた。観光名所の説明が車内にたくさん貼ってあることも楽しいが、もっと特別な感じがするのは、外にデッキが付いていて列車の外に出られるのだ。どうもすべての車両がそういうわけではないようだから、ラッキーだったようだ。少し周りの目を気にしつつも、外に出てみる。
 風が強くて涼しい。髪がぼさぼさになるのはどうでもよいと思えた。強い風で髪がなびくのは結構好きだったりする。後免駅を出たばかりの車窓は特に面白いとは思わなかったが、まずは記念に謎のキャラクターの写真を撮ってみる。
 列車の中に戻って、車内の観光名所の案内に目を通す。私が行きたいのは終点の奈半利駅のさらに先、室戸岬。室戸岬の案内もあるが、その横に書いてある奈半利駅の説明には、古い建物の残るきれいな街並み、そして寒い季節に見えるというだるま夕日なるものが有名とのこと。海沿いだから夕日もきれいなんだろうな。正直、来る前は、ノーマークだった。雑に作った旅行計画では、日の入り時刻にはすでに帰路につく予定だ。寒い時期にまた来ないといけない。まあ私の旅行は全部を行き尽くすことはしないのがモットーだったりする。ここが残っているからまた行きたいという要素を残しておかないと、なんだか寂しい気がする。そう言って、じゃあまた来るのか、と聞かれると、おそらくしばらくはない。そうね、六年くらい後かな。
 車内のアナウンスで、太平洋が見える、とのこと。そういうアナウンスがあるのだから、やっぱり観光列車なんだろう。ずっと続く海と水平線。急いでデッキに出て、写真を撮る。こういうところで住む人は不便なうえに観光客が多いのだから大変だと思うけれど、この景色がふるさとにあるのなら贅沢だとも思う。海岸沿いには、誰も歩いていなくて、これまた贅沢な景色だ。こんな雄大な海を前にして、この水平線を前にして、悩みがあっても多少なら気にせずに進んでいけるんじゃないだろうか。
 ふとデッキから列車内を見ると、窓際に一人乗っていた若い男性が座っていた。ぼんやり外の海を眺めている。マスクをしていることもあって、何を考えているのかさっぱりわからない。楽しいのか、つまらないのか。初めてなのか、はたまた慣れた景色なのだろうか。一人旅の人を見ると、なんだか色々考えてしまう。自分もこういう風に見られていると思うと嫌なのに、変な気分。
 途中のトンネルがあるところで車内に戻ったりしながら、海の景色を楽しんでいると、いつ乗ってきたのか、子供連れのお母さんがデッキに乗ってきた。地元の子だろうか。お母さんが男の子に言う。
「病院で降りるからね」
 どこか悪いようには見えない。デッキから見える海にはしゃいでいる男の子と優しそうなお母さん。日常生活のごく普通のワンシーンなんだろう。邪魔な私は車内に消える。
 気が付くと終点の奈半利駅。海の景色を楽しんでいたこともあって、あっという間だった気もするが、お腹が空いたから、やっぱり結構乗っていたんだと気付かされた。乗りたいバスが来るまでには二十分くらいある。駅の一階には物産館があって、地元のいちじくなんかが並んでいる。高知でいちじくが有名なのは知らなかった。というか、いちじく、食べたことなし。看板にはいちじくソフトクリーム、380円。お昼ごはんにはならないが、買うしかない。
 外の暑い空気の中で食べるアイスは夏の旅行の醍醐味だと思っている。家でほとんどアイスは食べないのだけれど、今は特別。そしていちじくのソースのかかったソフトクリーム。冷たい。そしていちじく独特の香りのあるソースでさっぱりとする。
「おいしい。」
思わず心の声が漏れ出て、隣に座っていたおばあさんたちに聞こえていないか横目で確認する。おばあさんたちは自分たちの会話でこちらのことなんか何も気にしていないようだ。さて、アイスが溶ける前に食べなくては。
一気に食べ終えてぼんやりしていると、電車で一緒だった若い男性がいた。同じバスだろうか。手には土佐紅茶のペットボトル。高知はお茶もとれるのか。なんだか港町の風情もあり、お茶もあり、かんきつもあり、以前行った伊豆半島を思い出した。
マスクを取り、紅茶を飲むその彼の顔は思ったよりもあどけなかった。大学生くらいだろうか。大学生の夏休みは長い。私もあの頃にもっと遊んでおくべきだったし、もっと旅行に行くべきだったと強く思う。君はたくさん言ってほしい。とぼんやり思っていると、彼と目が合った。そしてなぜかこっちを見たまま歩いてくる。ごみ箱?トイレ?地図?一瞬振り向いてみるが、どうやら違うようだ。
「あのー、おねーさん」
「はっ、はい…?」
 なぜ私に声をかけてきたのだろう。こんなところでナンパ?たぶん、十歳くらい私の方が上ですよ?
「なはり線の中でも一緒でしたよね、一人旅ですか?」
「ええ、まあ…」
「どこに行くんですか?」
「室戸岬です」
 言わないほうが良かったかもしれない。ついてこられても困るし。しかし、時すでに遅し、彼はマスク越しで笑顔を作っている。
「僕もです。もしよかったら、一緒にまわりませんか?」
「はあ…」
 どうせバスは同じなのだから、と思いつつ、はっきり断ることもできないのが私の悪いところ。だから一人旅をしていると言っても良い。人に気を遣いたくないから、人から解放されていたいと思うから、一人で来ているわけで。連れて行く人もいない、というのも大きいけど。
 結局来たバスに二人で乗る。旅行で来たカップルみたいに、若い男女で二人席に二人で隣り合う。まあ一人旅よりも自然な光景なんだろうとは思う。しかし、リュックが太っているから狭い。距離が近い。私の汗の匂いがしないか、なんてつまらないことが気になる。
「一人旅って、楽しいですか?」
 彼は聞いてくる。何か話さなくちゃいけない、と思ってのことかもしれないが、もう少しましな質問はないのか、と思う。
「楽しいですよ?楽しくないですか?」
「僕も楽しいです。でも、そんなの楽しいのか?ってよく聞かれるので、他の人ってどうなんだろうって。」
「あー、それはわかります。」
 いきなり声をかけられたから警戒していたけれど、警戒しないといけない相手ではないような気がする。半袖から出た腕は私よりも白くて細く、南国の高知にはしっくりこない。私の方がたくましい腕をしている。残念ながら。
「どの辺が楽しいですか?」
「それ、私に聞きますか?」
 私は苦笑いすると、彼も笑う。
「あー、そうですねえ。聞かれると困るやつですよね。」
少し会話が止まって、外の海岸を眺める。やっぱりきれい。
「まあ、なんていうか、答えるなら、自分の見たいものを見られるから、行きたいところに行けるから、そんなところかなあ。」
「手堅い答えですね」
「君は?」
「解放されるからです。すべてから。」
 彼の答えから闇を感じた。私も同じ闇を持っているのだと思うけれど、それを初対面の私に言うあたりがやばい。何か話したいことがあるのかもしれないが、その話、正直聞きたくない。
「僕は矢向と言います。お名前は?」
「鶴です。海、見てくださいよ。きれいですよ。」
 なんとなく無言が続く。ナンパしておいて、もう少しないのか、と思う。本当に、なんで声をかけてきたのか。私、気持ちよく海を眺めていたいのだけれど。
「一人旅って」
「はっ、はい。」
「変な人に声をかけられたりしませんか?おきれいだから…」
 急にぶち込んできて、よくわからない人だなあと思う。
「お世辞をありがとうございます、こういうのは初めてです。」
「いや、僕も普段からこうやって声をかけているわけじゃないです。むしろ初めてですよ。」
「そうなの?もっと相手を選んだらどうですか?私は、声、かけやすそうでした?」
「ええ、まあ。」
 私はよくアンケートとかも街中で声をかけられるタイプ。声をかけにくい人よりも良いでしょ、と思いつつ、損な役回りなんです。
「僕は、こんな見た目で一人旅をしているので、自殺志願者と間違えられることもあって。」
 また闇のありそうな話ですか、矢向さん。
「一度、カバンの中身を見せて、ってなんかの団体の怖いおじさんに声をかけられて。自殺してはいけない、って諭されました。で、一人旅って辛いな、と思いました。一人で何が悪いんだ、って思うんですけど。」
「肩身が狭いですよね。それはわかります。」
「室戸岬も、一人で行くとそういうのに間違えられたら嫌だな、と思っていたところ、お声かけさせていただいたわけです。拒否しないでくれて、ありがとうございます。」
 私も下手すれば自殺志願者に見えるんだろう、と思う。一人旅は肩身が狭い。大体、観光地には家族かカップルか、一人の人の居場所ってあまりない。そんな孤独を共有できるのは、それはそれでありがたい気がする。
「いいえ。私はさすがに自殺に間違えられたことはないですけどね。」
「いやまあ、でも、一人はとにかく気を付けたほうが良いと思います。」
 バスは静かに進んでいき、気が付けば室戸岬に近づいてきた。私はインターネットで見かけた青いソフトクリームのジオソフトなるものを食べたいので、終点のジオパークバス停を待つ。室戸岬というバス停の近く…だと思っていたが、なかなか着かない。嫌な予感がしてきた。前の料金表の値段は思っていたより金額が高い。
 矢向さんは顔色一つ変えずにずっと座っていたのに、そんな私の様子にようやく気が付いたのか、
「ちなみに、どこで降りるんですか?」
「ジオパークです。終点の。」
「そうですか、僕はてっきり、室戸岬で降りると思っていたんですが、なるほど。で、そのあとは。」
「ジオパークでソフトクリーム食べて、周りに何かあるかな、くらいで。」
 彼はマスク越しで苦笑いをした、気がした。
「ここ来る前にネットで見たんですが、ジオパークの周りは何もないですよ。ジオパークしかないです。」
「えっ、そうなんですか。」
 矢向さんはははは、笑った。
「室戸岬の珍しい形の岩とか、いわゆる室戸岬っぽいところを見たければ、室戸岬で降りたほうが良かったかもしれないです。」
「わーっ、知っていたならもっと早く言ってくださいよ。私、空海の修行した洞窟とか、パワースポットもリストアップしていたんですけど…」
「ああ…通過しましたね。」


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若い女性の一人旅というのは、まあ迷惑なんだろうな、と思ったりする。そもそも、良いホテルは一人一室というのを用意していないのだし、そりゃあ三人くらい泊ってくれるはずの部屋に一人で泊まったら迷惑だろうというのはわかっている。夕食も、大きな食事会場で、一人ぽつんと座っていると微妙な感じになる。まして、女性一人だ。例えば二列で並ぶようなときにも、変な遠慮が働いたり、案内係の人が気を遣ったりするのを感じる。
 だけど言わせてもらいたい。一人でいちゃ悪いか。あの人一人だ、っていう視線を我慢して過ごしているんだ。
 後免駅から土佐くろしお鉄道に乗り換える。平日にもかかわらず、大きな荷物を背負った人がちらほらいる。ただ、どの人も年齢が高い女性。そして、大体連れがいる。平日だから普通はそういう暇な人しか旅行できない。いやいや、暇が悪いと言っているわけではない。私も暇な人の一人ですから。一人なのは私くらいだけどね。
 そんなことを思っていたら、若い男性が一人乗っていた。大きなリュック。観光か、あるいは帰省なのか。乗り慣れた感じで、ドアの横の開くボタンを押して入っていた。一人旅ってどんな気持ちなんだろう、とふと思う。自分だって一人旅なんだけれど、あまり出くわすことがないし、そういう人が何を考えているのか、すごく気になる。
 土佐くろしお鉄道に乗るのは私は初めて乗ることになったのだが、不思議な鉄道だ。すべての駅にやなせたかしの作った謎のキャラクターがいて、駅にあるイラストなどとともに迎えてくれているわけだが、正直言って、こんな港町の路線に似つかわしくないテンションだと思う。観光客が多いともあまり思えないし、普段使いしている人たちはどう思っているのだろうか。結構地域になじんでいるのだろうか、だったらいいなと思う。
 テンションと言えば、乗った列車も変わっていた。観光名所の説明が車内にたくさん貼ってあることも楽しいが、もっと特別な感じがするのは、外にデッキが付いていて列車の外に出られるのだ。どうもすべての車両がそういうわけではないようだから、ラッキーだったようだ。少し周りの目を気にしつつも、外に出てみる。
 風が強くて涼しい。髪がぼさぼさになるのはどうでもよいと思えた。強い風で髪がなびくのは結構好きだったりする。後免駅を出たばかりの車窓は特に面白いとは思わなかったが、まずは記念に謎のキャラクターの写真を撮ってみる。
 列車の中に戻って、車内の観光名所の案内に目を通す。私が行きたいのは終点の奈半利駅のさらに先、室戸岬。室戸岬の案内もあるが、その横に書いてある奈半利駅の説明には、古い建物の残るきれいな街並み、そして寒い季節に見えるというだるま夕日なるものが有名とのこと。海沿いだから夕日もきれいなんだろうな。正直、来る前は、ノーマークだった。雑に作った旅行計画では、日の入り時刻にはすでに帰路につく予定だ。寒い時期にまた来ないといけない。まあ私の旅行は全部を行き尽くすことはしないのがモットーだったりする。ここが残っているからまた行きたいという要素を残しておかないと、なんだか寂しい気がする。そう言って、じゃあまた来るのか、と聞かれると、おそらくしばらくはない。そうね、六年くらい後かな。
 車内のアナウンスで、太平洋が見える、とのこと。そういうアナウンスがあるのだから、やっぱり観光列車なんだろう。ずっと続く海と水平線。急いでデッキに出て、写真を撮る。こういうところで住む人は不便なうえに観光客が多いのだから大変だと思うけれど、この景色がふるさとにあるのなら贅沢だとも思う。海岸沿いには、誰も歩いていなくて、これまた贅沢な景色だ。こんな雄大な海を前にして、この水平線を前にして、悩みがあっても多少なら気にせずに進んでいけるんじゃないだろうか。
 ふとデッキから列車内を見ると、窓際に一人乗っていた若い男性が座っていた。ぼんやり外の海を眺めている。マスクをしていることもあって、何を考えているのかさっぱりわからない。楽しいのか、つまらないのか。初めてなのか、はたまた慣れた景色なのだろうか。一人旅の人を見ると、なんだか色々考えてしまう。自分もこういう風に見られていると思うと嫌なのに、変な気分。
 途中のトンネルがあるところで車内に戻ったりしながら、海の景色を楽しんでいると、いつ乗ってきたのか、子供連れのお母さんがデッキに乗ってきた。地元の子だろうか。お母さんが男の子に言う。
「病院で降りるからね」
 どこか悪いようには見えない。デッキから見える海にはしゃいでいる男の子と優しそうなお母さん。日常生活のごく普通のワンシーンなんだろう。邪魔な私は車内に消える。
 気が付くと終点の奈半利駅。海の景色を楽しんでいたこともあって、あっという間だった気もするが、お腹が空いたから、やっぱり結構乗っていたんだと気付かされた。乗りたいバスが来るまでには二十分くらいある。駅の一階には物産館があって、地元のいちじくなんかが並んでいる。高知でいちじくが有名なのは知らなかった。というか、いちじく、食べたことなし。看板にはいちじくソフトクリーム、380円。お昼ごはんにはならないが、買うしかない。
 外の暑い空気の中で食べるアイスは夏の旅行の醍醐味だと思っている。家でほとんどアイスは食べないのだけれど、今は特別。そしていちじくのソースのかかったソフトクリーム。冷たい。そしていちじく独特の香りのあるソースでさっぱりとする。
「おいしい。」
思わず心の声が漏れ出て、隣に座っていたおばあさんたちに聞こえていないか横目で確認する。おばあさんたちは自分たちの会話でこちらのことなんか何も気にしていないようだ。さて、アイスが溶ける前に食べなくては。
一気に食べ終えてぼんやりしていると、電車で一緒だった若い男性がいた。同じバスだろうか。手には土佐紅茶のペットボトル。高知はお茶もとれるのか。なんだか港町の風情もあり、お茶もあり、かんきつもあり、以前行った伊豆半島を思い出した。
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「あのー、おねーさん」
「はっ、はい…?」
 なぜ私に声をかけてきたのだろう。こんなところでナンパ?たぶん、十歳くらい私の方が上ですよ?
「なはり線の中でも一緒でしたよね、一人旅ですか?」
「ええ、まあ…」
「どこに行くんですか?」
「室戸岬です」
 言わないほうが良かったかもしれない。ついてこられても困るし。しかし、時すでに遅し、彼はマスク越しで笑顔を作っている。
「僕もです。もしよかったら、一緒にまわりませんか?」
「はあ…」
 どうせバスは同じなのだから、と思いつつ、はっきり断ることもできないのが私の悪いところ。だから一人旅をしていると言っても良い。人に気を遣いたくないから、人から解放されていたいと思うから、一人で来ているわけで。連れて行く人もいない、というのも大きいけど。
 結局来たバスに二人で乗る。旅行で来たカップルみたいに、若い男女で二人席に二人で隣り合う。まあ一人旅よりも自然な光景なんだろうとは思う。しかし、リュックが太っているから狭い。距離が近い。私の汗の匂いがしないか、なんてつまらないことが気になる。
「一人旅って、楽しいですか?」
 彼は聞いてくる。何か話さなくちゃいけない、と思ってのことかもしれないが、もう少しましな質問はないのか、と思う。
「楽しいですよ?楽しくないですか?」
「僕も楽しいです。でも、そんなの楽しいのか?ってよく聞かれるので、他の人ってどうなんだろうって。」
「あー、それはわかります。」
 いきなり声をかけられたから警戒していたけれど、警戒しないといけない相手ではないような気がする。半袖から出た腕は私よりも白くて細く、南国の高知にはしっくりこない。私の方がたくましい腕をしている。残念ながら。
「どの辺が楽しいですか?」
「それ、私に聞きますか?」
 私は苦笑いすると、彼も笑う。
「あー、そうですねえ。聞かれると困るやつですよね。」
少し会話が止まって、外の海岸を眺める。やっぱりきれい。
「まあ、なんていうか、答えるなら、自分の見たいものを見られるから、行きたいところに行けるから、そんなところかなあ。」
「手堅い答えですね」
「君は?」
「解放されるからです。すべてから。」
 彼の答えから闇を感じた。私も同じ闇を持っているのだと思うけれど、それを初対面の私に言うあたりがやばい。何か話したいことがあるのかもしれないが、その話、正直聞きたくない。
「僕は矢向と言います。お名前は?」
「鶴です。海、見てくださいよ。きれいですよ。」
 なんとなく無言が続く。ナンパしておいて、もう少しないのか、と思う。本当に、なんで声をかけてきたのか。私、気持ちよく海を眺めていたいのだけれど。
「一人旅って」
「はっ、はい。」
「変な人に声をかけられたりしませんか?おきれいだから…」
 急にぶち込んできて、よくわからない人だなあと思う。
「お世辞をありがとうございます、こういうのは初めてです。」
「いや、僕も普段からこうやって声をかけているわけじゃないです。むしろ初めてですよ。」
「そうなの?もっと相手を選んだらどうですか?私は、声、かけやすそうでした?」
「ええ、まあ。」
 私はよくアンケートとかも街中で声をかけられるタイプ。声をかけにくい人よりも良いでしょ、と思いつつ、損な役回りなんです。
「僕は、こんな見た目で一人旅をしているので、自殺志願者と間違えられることもあって。」
 また闇のありそうな話ですか、矢向さん。
「一度、カバンの中身を見せて、ってなんかの団体の怖いおじさんに声をかけられて。自殺してはいけない、って諭されました。で、一人旅って辛いな、と思いました。一人で何が悪いんだ、って思うんですけど。」
「肩身が狭いですよね。それはわかります。」
「室戸岬も、一人で行くとそういうのに間違えられたら嫌だな、と思っていたところ、お声かけさせていただいたわけです。拒否しないでくれて、ありがとうございます。」
 私も下手すれば自殺志願者に見えるんだろう、と思う。一人旅は肩身が狭い。大体、観光地には家族かカップルか、一人の人の居場所ってあまりない。そんな孤独を共有できるのは、それはそれでありがたい気がする。
「いいえ。私はさすがに自殺に間違えられたことはないですけどね。」
「いやまあ、でも、一人はとにかく気を付けたほうが良いと思います。」
 バスは静かに進んでいき、気が付けば室戸岬に近づいてきた。私はインターネットで見かけた青いソフトクリームのジオソフトなるものを食べたいので、終点のジオパークバス停を待つ。室戸岬というバス停の近く…だと思っていたが、なかなか着かない。嫌な予感がしてきた。前の料金表の値段は思っていたより金額が高い。
 矢向さんは顔色一つ変えずにずっと座っていたのに、そんな私の様子にようやく気が付いたのか、
「ちなみに、どこで降りるんですか?」
「ジオパークです。終点の。」
「そうですか、僕はてっきり、室戸岬で降りると思っていたんですが、なるほど。で、そのあとは。」
「ジオパークでソフトクリーム食べて、周りに何かあるかな、くらいで。」
 彼はマスク越しで苦笑いをした、気がした。
「ここ来る前にネットで見たんですが、ジオパークの周りは何もないですよ。ジオパークしかないです。」
「えっ、そうなんですか。」
 矢向さんはははは、笑った。
「室戸岬の珍しい形の岩とか、いわゆる室戸岬っぽいところを見たければ、室戸岬で降りたほうが良かったかもしれないです。」
「わーっ、知っていたならもっと早く言ってくださいよ。私、空海の修行した洞窟とか、パワースポットもリストアップしていたんですけど…」
「ああ…通過しましたね。」