【1】①

ー/ー



 阿部に会ってから、心のどこかに常に眠っていた『人形』への興味。
 彼は「もっと若い方が」などと言っていた。……先ほどの店員は、阿部の『人形』より確実に五歳以上は若いだろう。しかも、化粧さえしていないと思われるのに際立ったあの美貌。
 然程(さほど)待たずに届けられたランチプレートを食べながら、真瀬はこれからの計画を練った。
「あ、所長さん? 僕、真瀬です。そう、その真瀬 彰洋。ちょっと頼みたいことがあるんですよ、簡単なんだけど。今すぐ誰か寄越してもらえませんか?」
 食事を終えて店を出るなり、真瀬はスマートフォンで電話を掛けた。仕事で使うことのある調査関係の小さな事務所。
『どういった件ですかね?』
 馴染みの所長の、なんとものんびりした声。
「えっと、実はカフェの店員の女の子についてなんです。彼女がいつ店出るか見張ってて僕に知らせてもらえないかなって。アルバイトだし、たぶんそんな遅くならないと思うんで」
『あー、じゃあ吉野(よしの)をやります』
 あの事務所で一番若手の吉野 (たく)。確か二十代半ばだった筈だ。
「はい、よろしく。吉野くんに、僕のスマホに連絡するように言ってください。いろいろ説明しますから」
『了解です』
 相手に礼を言って通話を終わらせる。

『真瀬さん、ご無沙汰してます! ありがとうございます、こういうのメッチャ嬉しい!』
 思ったより早くスマートフォンに着信があり、興奮した吉野の声に、微笑ましい気分になる。
 調査会社とはいえ『()になる・格好いい』案件なんてむしろ珍しい。ドラマや映画の中の探偵とは違うのだ。
「……そんな喜ぶような内容じゃないよ? 単にカフェのバイトの子が出てくんの見ててってだけなんだけど」
『イヤ、それでも「張り込み」じゃないですかぁ!』
 彼の歓迎ぶりに、尾行で出待ちなど慣れているのではないのか? という思いも過ったが、対象が「若い女の子」というだけで違うのかもしれない。想像でしかないが。
「まあ確かにね。とりあえず店は、僕の会社のビルより少しだけ駅側の『CAFE ミュー』。で、頼みたいのはアルバイトの女の子なんだ。店長は『アリサちゃん』って呼んでた。高校卒業したばっからしい。勤務中は制服だったから服装はわかんないんだけど、すらっとしてて、たぶん化粧してないけどすごい綺麗な子。茶色い髪で、結んでたけど長そうな……。いや、これじゃわかんないよな」
 思いつく限りの情報を並べては見るが、もし自分がこれで探せと言われたら困るだろう。
『あ、大丈夫ですよ。とりあえず裏口見えるとこで張ってて、出てくる女性全部写真撮って送りますから確認してください。隠し撮り用にシャッター音鳴らないようにできるんで。それ見て返事いただければ』
「わかった。さすが、吉野くん。プロだねぇ」
 別に追従というではなく、本心からの呟きが零れた。
『そんなのいいすよ。それで、対象者(ターゲット)が出て来たらどうしたらいいですか? 声掛けて捕まえるのか、後つけるのか』
 照れているのだろう吉野に、真瀬はこれだけはと厳命する。
「見張ってるのは絶対バレないようにして! それが最優先。僕が上手く偶然装って会えたら一番いいんだけど。……うーん」
『今日会えなくてもいいんですよね?』
 はっきりしない真瀬に、吉野が重ねて訊いて来た。
「それは全然。あの子、バイトも長くないと思うからさ、辞める前に何とか切っ掛け繋ぎたいだけなんだ」
『だったら真瀬さんが間に合わなそうなら、とりあえず俺がその子の家突き止めますよ。尾行は慣れてるんで、シロートの女の子にバレるヘマはしませんから。そしたら、後日そっちでまたいろいろ考えられるでしょ』
 吉野の言葉をいったん受け止めて考えた上で、真瀬は彼の案を採用した。
 この計画が上手く行けば自分にも手に入るのだ。綺麗で可愛らしい、阿部のものに負けない『人形』が。

 ピロン♪
 吉野からの二度目の着信の合図。
 開いた画像に写っていたのは、店の裏口のドアから半身を出している「アリサ」だ。
「吉野くん! その子、その子!」
 口と同時に手も動かしながらメッセージを作成して送信し、同時にスマートフォンだけポケットに入れて社長室を出た。
 間に合うわけもないが、居ても立っても居られない気分だったのだ。
 精一杯急いでオフィスの入るビルを出る。ふと目をやった駅の方向に、真瀬は居る筈のない姿を見つけた。
 カフェの制服である白シャツと黒パンツとさして印象の変わらない、白い長袖Tシャツとデニムに黒いリュックを背負った「アリサ」。
 やはり相当に長い髪は、後ろで無造作に束ねている。
 吉野を探す余裕もなく、努めて平静な振りで店の横の路地から出て来たらしい彼女に声を掛けた。
「あれ? 君……」
「? あ! あの、さっきはあの」
 きょとんとした表情が、真瀬を思い出した途端泣きそうに歪むのを見て、とにかく笑顔で話を続ける。
「いや、何も気にしなくていいよ。だって僕、水の一滴も掛かってないんだからさ。……あ、今帰りなの?」
「……はい」
「僕、このすぐ傍で働いてるんだ。もしよかったら、ちょっとお茶でもどう? 駅の方のカフェとか」
 いま自分が誘えば、この子は断れないだろうという計算があったのは否定しない。

 強引なのも承知の上だ。


 果たして、アリサは多少の逡巡は窺えたものの、結局は黙って頷いた。

「あ、ゴメン! 仕事のメッセージ入ってるからちょっと確認させてね」
「いえ、大丈夫です。どうぞ」
 ひとこと断って、吉野から来ていたメッセージを開く。

《彼女、なんか裏口のドア出た途端に壁際に並べてあった空き瓶倒しちゃって。放っとけばいいのにいちいち全部並べ直してるんですよ。で、終わった、よし行くぞ! と尾行開始しようと思ったところに真瀬さん登場です》
《あの俺、どうしたらいいですか? 真瀬さんと別れた後、続行しましょうか?》
 あまりにも予想外の顛末に、嘆きも聞こえて来そうな吉野の文字。

《とりあえず、一緒に駅側のカフェ行くことになった。時間大丈夫ならもう少し付き合ってもらえると嬉しい。話がどうなるかわからないから》
 それだけ送って、ついでに黙って出て来た会社の方にも言い訳のメッセージを送っておく。
 あとで隙を見つけて電話を入れなければ。

「僕は真瀬です。真瀬 彰洋」
 二人で駅近くのチェーンのカフェに入った。客が多く、彼女も少しでも安心できるだろうと思ったからだ。

「あ、私、は、北原(きたはら) 有紗(ありさ)です」
 とはいえ、すぐ隣まで別の客がいるというほど混んでいるわけでもなく、話をするにはちょうどいい雑然具合だった。

 吉野はさすがに同じ店内には居ない。外で様子を窺っているのだろうか。


 改めて向かい合って正面から見つめた彼女は、記憶以上に美しかった。

「この子でいいか」程度だった気持ちが、「この子がいい!」に急激に傾いて行くのがわかる。
 これほどの美少女などそうはいないのではないか。美貌に華奢な体型、物静かで神経細やかそうなところも好ましかった。

 緩い癖のある髪も長い睫毛に縁取られた大きな瞳も、透明感のある明るい茶色だ。抜けるような白い肌で、顔立ちも彫りが深い気もする。
 もしかしたら外国にルーツがあるのかもしれない。


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 阿部に会ってから、心のどこかに常に眠っていた『人形』への興味。
 彼は「もっと若い方が」などと言っていた。……先ほどの店員は、阿部の『人形』より確実に五歳以上は若いだろう。しかも、化粧さえしていないと思われるのに際立ったあの美貌。
 |然程《さほど》待たずに届けられたランチプレートを食べながら、真瀬はこれからの計画を練った。
「あ、所長さん? 僕、真瀬です。そう、その真瀬 彰洋。ちょっと頼みたいことがあるんですよ、簡単なんだけど。今すぐ誰か寄越してもらえませんか?」
 食事を終えて店を出るなり、真瀬はスマートフォンで電話を掛けた。仕事で使うことのある調査関係の小さな事務所。
『どういった件ですかね?』
 馴染みの所長の、なんとものんびりした声。
「えっと、実はカフェの店員の女の子についてなんです。彼女がいつ店出るか見張ってて僕に知らせてもらえないかなって。アルバイトだし、たぶんそんな遅くならないと思うんで」
『あー、じゃあ|吉野《よしの》をやります』
 あの事務所で一番若手の吉野 |拓《たく》。確か二十代半ばだった筈だ。
「はい、よろしく。吉野くんに、僕のスマホに連絡するように言ってください。いろいろ説明しますから」
『了解です』
 相手に礼を言って通話を終わらせる。
『真瀬さん、ご無沙汰してます! ありがとうございます、こういうのメッチャ嬉しい!』
 思ったより早くスマートフォンに着信があり、興奮した吉野の声に、微笑ましい気分になる。
 調査会社とはいえ『|画《え》になる・格好いい』案件なんてむしろ珍しい。ドラマや映画の中の探偵とは違うのだ。
「……そんな喜ぶような内容じゃないよ? 単にカフェのバイトの子が出てくんの見ててってだけなんだけど」
『イヤ、それでも「張り込み」じゃないですかぁ!』
 彼の歓迎ぶりに、尾行で出待ちなど慣れているのではないのか? という思いも過ったが、対象が「若い女の子」というだけで違うのかもしれない。想像でしかないが。
「まあ確かにね。とりあえず店は、僕の会社のビルより少しだけ駅側の『CAFE ミュー』。で、頼みたいのはアルバイトの女の子なんだ。店長は『アリサちゃん』って呼んでた。高校卒業したばっからしい。勤務中は制服だったから服装はわかんないんだけど、すらっとしてて、たぶん化粧してないけどすごい綺麗な子。茶色い髪で、結んでたけど長そうな……。いや、これじゃわかんないよな」
 思いつく限りの情報を並べては見るが、もし自分がこれで探せと言われたら困るだろう。
『あ、大丈夫ですよ。とりあえず裏口見えるとこで張ってて、出てくる女性全部写真撮って送りますから確認してください。隠し撮り用にシャッター音鳴らないようにできるんで。それ見て返事いただければ』
「わかった。さすが、吉野くん。プロだねぇ」
 別に追従というではなく、本心からの呟きが零れた。
『そんなのいいすよ。それで、|対象者《ターゲット》が出て来たらどうしたらいいですか? 声掛けて捕まえるのか、後つけるのか』
 照れているのだろう吉野に、真瀬はこれだけはと厳命する。
「見張ってるのは絶対バレないようにして! それが最優先。僕が上手く偶然装って会えたら一番いいんだけど。……うーん」
『今日会えなくてもいいんですよね?』
 はっきりしない真瀬に、吉野が重ねて訊いて来た。
「それは全然。あの子、バイトも長くないと思うからさ、辞める前に何とか切っ掛け繋ぎたいだけなんだ」
『だったら真瀬さんが間に合わなそうなら、とりあえず俺がその子の家突き止めますよ。尾行は慣れてるんで、シロートの女の子にバレるヘマはしませんから。そしたら、後日そっちでまたいろいろ考えられるでしょ』
 吉野の言葉をいったん受け止めて考えた上で、真瀬は彼の案を採用した。
 この計画が上手く行けば自分にも手に入るのだ。綺麗で可愛らしい、阿部のものに負けない『人形』が。
 ピロン♪
 吉野からの二度目の着信の合図。
 開いた画像に写っていたのは、店の裏口のドアから半身を出している「アリサ」だ。
「吉野くん! その子、その子!」
 口と同時に手も動かしながらメッセージを作成して送信し、同時にスマートフォンだけポケットに入れて社長室を出た。
 間に合うわけもないが、居ても立っても居られない気分だったのだ。
 精一杯急いでオフィスの入るビルを出る。ふと目をやった駅の方向に、真瀬は居る筈のない姿を見つけた。
 カフェの制服である白シャツと黒パンツとさして印象の変わらない、白い長袖Tシャツとデニムに黒いリュックを背負った「アリサ」。
 やはり相当に長い髪は、後ろで無造作に束ねている。
 吉野を探す余裕もなく、努めて平静な振りで店の横の路地から出て来たらしい彼女に声を掛けた。
「あれ? 君……」
「? あ! あの、さっきはあの」
 きょとんとした表情が、真瀬を思い出した途端泣きそうに歪むのを見て、とにかく笑顔で話を続ける。
「いや、何も気にしなくていいよ。だって僕、水の一滴も掛かってないんだからさ。……あ、今帰りなの?」
「……はい」
「僕、このすぐ傍で働いてるんだ。もしよかったら、ちょっとお茶でもどう? 駅の方のカフェとか」
 いま自分が誘えば、この子は断れないだろうという計算があったのは否定しない。
 強引なのも承知の上だ。
 果たして、アリサは多少の逡巡は窺えたものの、結局は黙って頷いた。
「あ、ゴメン! 仕事のメッセージ入ってるからちょっと確認させてね」
「いえ、大丈夫です。どうぞ」
 ひとこと断って、吉野から来ていたメッセージを開く。
《彼女、なんか裏口のドア出た途端に壁際に並べてあった空き瓶倒しちゃって。放っとけばいいのにいちいち全部並べ直してるんですよ。で、終わった、よし行くぞ! と尾行開始しようと思ったところに真瀬さん登場です》
《あの俺、どうしたらいいですか? 真瀬さんと別れた後、続行しましょうか?》
 あまりにも予想外の顛末に、嘆きも聞こえて来そうな吉野の文字。
《とりあえず、一緒に駅側のカフェ行くことになった。時間大丈夫ならもう少し付き合ってもらえると嬉しい。話がどうなるかわからないから》
 それだけ送って、ついでに黙って出て来た会社の方にも言い訳のメッセージを送っておく。
 あとで隙を見つけて電話を入れなければ。
「僕は真瀬です。真瀬 彰洋」
 二人で駅近くのチェーンのカフェに入った。客が多く、彼女も少しでも安心できるだろうと思ったからだ。
「あ、私、は、|北原《きたはら》 |有紗《ありさ》です」
 とはいえ、すぐ隣まで別の客がいるというほど混んでいるわけでもなく、話をするにはちょうどいい雑然具合だった。
 吉野はさすがに同じ店内には居ない。外で様子を窺っているのだろうか。
 改めて向かい合って正面から見つめた彼女は、記憶以上に美しかった。
「この子でいいか」程度だった気持ちが、「この子がいい!」に急激に傾いて行くのがわかる。
 これほどの美少女などそうはいないのではないか。美貌に華奢な体型、物静かで神経細やかそうなところも好ましかった。
 緩い癖のある髪も長い睫毛に縁取られた大きな瞳も、透明感のある明るい茶色だ。抜けるような白い肌で、顔立ちも彫りが深い気もする。
 もしかしたら外国にルーツがあるのかもしれない。