序章 一人前になる前の日
ー/ー "何よりもまず、互いに熱心に愛し合いなさい。愛は多くの罪をおおうからです。"
ペテロの手紙 第一 4章8節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行
日が昇りはじめの朝焼け、まだ暗い部屋に灯った一本の灯火。その側には横書きに達筆な字で書かれた紙が置かれていた。
ある男性がその手紙を取り、折りたたんで袋に入れる。彼の墨で汚れている左手が灯りに照らされて映る。
男は鳥の脚部に袋を括り付け、光が少しずつ差し込んでいる窓から鳥を放つ。彼は椅子を引いて窓際に運び、それに腰をかけて、鳥が飛び立っていく様子を眺めていた。
窓から入る光に照らされ、影になった彼の後ろ姿は絵に描かれたもののように見えた。朝を迎えた鳥たちの喜びの声が遠くで響いていた。
チュン、チュン......。
朝の暖かくて眩しい光と共に、小鳥のさえずりが聞こえる。
ああ、もう朝かと、烏羽色の髪を背中まで伸ばした赤目の少女、ニーナが木で出来たベッドを軋ませて、ゆっくりと起き上がった。
彼女はベッドを降りて、側にある棚の上に畳んだ服を取り上げ、頭からスッポリと被った。白いワンピースを着てから服をはたいて、クルリとその場で一回転した。
うん、今日も悪くない。
彼女は満足そうな顔をして、階段を降りた。その先には、台所と3人席のテーブル、そして、部屋の端には大きなベッドがあった。ベッドには、一人の少し痩せた女性が横たわっていた。
ニーナは女性の元へ近付き、「お母さん、おはよう」と、女性の顔に頭を軽く当てた。
すると、お母さんと呼ばれたその女性は目を開けて、「ニーナ、おはよう」と笑みを見せ、「朝ごはんを作らなきゃね」とゆっくりと起き上がる。
母は豊かにたくわえられた薄緑色の髪を、リボンでひとまとめにして、よろよろと台所の方へ歩いていく。
ニーナは大きな声で「雑貨屋さんに薬草もらいに行くね!」と言い、走って家を出て行った。
母は娘の元気な姿に思わず、クスリと笑った。しかし、すぐに眉をひそめて少し暗い表情を浮かべた。
外は緑が生い茂り、家の周りの木々は朝を迎えることを喜ぶようにユラユラとゆらめいていた。
ニーナは少し早歩きで草を刈り整えられた道を進む。少し歩くと、畑を耕している村人たちがいた。
ニーナが「おはようございます!」と大声で挨拶すると、彼らは笑顔で「おはよう、ニーナちゃん」と返してきた。
道なりに進むと、アムール村に入った。ここが、ニーナが住む家の一番近隣の村である。アムール村の中心の方へ向かうと大きな看板がある。雑貨屋を表す図号が描かれた木造の建物だ。
中に入ると、鈴がチリンチリンと心地の良い音をたてた。ニーナは辺りを見廻すと、店の中央でしゃがみ込んで商品の品出しをしていた者が振り返り、立ち上がって彼女の方を見た。淡い竜胆色の髪に、前髪で左目を覆った青年だ。
頭の右側の髪を一本編み込んでいる中性的な顔立ちをした、寒村には似つかわしくない青年が彼女のもとに来て、
「何か買いに来たの?もしかして、薬草がいるの?」と尋ねた。
ニーナは彼の赤褐色をした思わず吸い込まれそうな目を見て思わず顔を逸らし、大きく頷いた。彼は店の奥まで足音を鳴らして歩き、しばらくしてから、また戻ってきた。
「はい、これ薬草。ニーナだからお金はいらないよ。お母さんのために使ってあげて」
そう言って青年は彼女の手に薬草の袋を乗せた。
ニーナは申し訳なさそうな顔をして口を開き、
「うん、ありがとう、イヴ。でも、本当にお代はいらないの?」と聞いた。
イヴと呼ばれた青年は笑って、
「お金のことは考えなくていいよ。ニーナのお母さんのためなんだから。それに、この薬草は僕が拾ってきたものだし。遠慮せずに受け取ってよ。君がお母さんのために色々やってきていることは、この村の人たち皆が知ってるからね」と言い、
早くお母さんに食べさせてあげてと言ってから、また店の品出しを始めた。
ニーナは照れ臭くなって顔を伏せ、「ありがとう」と呟いた。
彼女が店を出て行こうとした時、イヴが急にニーナを呼び止めた。
彼女が振り返ると、イヴがにこやかに「明日、君は『一人前』になるんだったよね」と話し始めた。
彼女が頷くと、
「楽しみだね。お祝いをしなきゃ」とイヴは張り切る様子を見せた。
ニーナは「プレゼントはなんだろうなぁ、楽しみだなぁ。イヴはきっとすごいものをくれるんだろうなぁ」と少し意地の悪い顔をして話す。
からかわれたイヴは、「え、えーと、そんなに期待されてるのか......」と、少し困ったような顔をして、顔の左半分に垂れている髪をつまんだ。
予想外のからかいを受けて真面目に考え込んでいる彼を見て、ニーナは微笑んで言った。
「冗談だよ!そんなに頭を抱えないでね!イヴにちょっといたずらしたかっただけ!」
その言葉を聞いてイヴは、
「良かった。期待されてると緊張する……」と、安堵した。
ニーナはその言葉を聞いて、すかさず聞き返した。
「え?プレゼントを用意してくれているの?」
イヴは「あっ」と声を出して、しまったという顔をしていた。
そんなイヴの様子を見て、ニーナはクスリと笑った。
雑貨屋を出てからニーナは急ぎ足で一直線に家路についた。
途中、挨拶をしてきた村人たちには、丁寧に挨拶を返しながら、帰ってきたのは家から出て、一刻が経っていた。
ニーナはおもむろに家の玄関を開け、「ただいま」と母に声をかけて、玄関の右手にいた母とは別の方向、左手にあった扉を開けて脇にあった燭台を手に取って部屋に入った。
部屋の中は真っ暗で何も見えない。
「灯れ」と小さく唱えてニーナは指先から火を出し、蝋燭に火を灯して奥へと進む。
部屋には棚が並べられていて、その中には紙が紐にまとめられた書物がいくつも並べてあった。
一番奥には読書や研究用に使われていたのだろう、ボロボロになった机と椅子があった。
彼女は机と椅子の埃を軽く払い、予め机に広げていた薬草の調合の本を読んだ。
本には定まった分量の薬草の調合法の絵が書かれていたが、彼女の家には量を測るものがなかったので、彼女は目分量で、薬草を慣れた手つきで煎じて混ぜ始める。
粉状になった薬草を布で包んで居間まで運んだ。
居間に行くと、台所には薪がくべてあり、火が焚かれていた。
そこには鍋に沸騰した水が入っていた。
母は朝食の仕度を終え、椅子に座って、ニーナを待っているようだ。
ニーナは手で押さえていた布を紐で縛り、鍋に入れて、もう一度、あの暗い部屋に戻っていった。室内の奥の机に置いていた燭台を居間に戻すために部屋に入った。
燭台を手に取り、ふと足を止めて右頬にある黒い紋様のような痣を撫でるように触れて考えていた。
ニーナは、いなくなった父親が使っていたであろう部屋を何度か振り返った。
そして、全体を見回してから部屋を出、後ろ手で扉を静かに閉めた。
台所で煮込んでいた薬草の抽出は既に終わったようで、お湯には薬草の色が染み出し、湯気を出してグツグツと音を立てている。
ニーナは深い手のひらくらいの大きさの木の器を取り、スープを注いだ。スープが入った器を手作りの刺繍が施された布を敷いた広い食事用のテーブルに置き、2人分のスープを用意した。
今日の朝食は大麦のパンとニーナが準備したスープに小さなかごいっぱいの木の実だ。
ニーナは母と共に自分の手を組んで、黙想して食事が今日も与えられたことに感謝を祈る。
黙想の祈りを終えたら、パンをスープに浸して口に運んだ。いつも食べているものではあるが、素朴な味が体に染みる。
パンを頬張って、木の実を手に取り、机で叩き割って食べる。これも、中身が少し堅いが、クセのない味で食べやすいものだ。
母と一緒に食べられる食卓はニーナにとって、かけがえのない幸せだった。今日もたくさん働いて、美味しいものを持って帰って、母に喜んでもらおう。
そう思いながら、彼女は朝の食事を終えた。
ニーナは食事を終えて母の元へ行き、よろめきつつ立ち上がり、ベッドに戻ろうとする母を支えて、横にさせると、家の階段を昇り自分の部屋に戻った。
ニーナの部屋はあまり飾り気がなく、ベッドの横に棚がある他には薄汚れた手製の人形が無造作に置いてあるだけだ。
母の体が弱っているため、ニーナは宿屋で働いているが、それでは普通に暮らしていく程までには至っていない。
毎日の食事もニーナが近くの川辺や森で獲ったものや、イヴの薬草、アムールの村人たちから善意でもらった食糧で暮らしていた。
昼間にニーナはまた家から出て、宿屋で働いていて賃金代わりの食材をもらって家路についた。
夕暮れの道に一人、ニーナは少し大きな魚を入れたカゴを抱えて走っている。
今日は母に美味しいご飯を食べてほしいと決めたからには夕食の時間に間に合わないといけない。
宿屋で働いて、母の体調と口に合いそうな食材を選んでいたら、あっという間に時間が過ぎていた。
息を切らしながら、ニーナは家に向かって一直線に帰っていた。追い風に白いスカートがなびく。
家に近付いてくるほど、料理のいい匂いがただよってくる。母がきっと、もう晩御飯を作っているのだろう。
木造の自宅の扉をおもむろに開けて、「ただいま!」と大声で帰ってきた娘を母は笑顔で「おかえり」と迎え入れた。
ニーナが持って帰ってきた食材の数々を見て、母は「まあ、重かったでしょう」と言って、手にとって調理を始める。
出来上がった食事を見て、ニーナは思わず涎を飲み込んだ。今まで生きた中で一番豪華な食事だった。羊の肉を煮込んだもの、焼き魚は綺麗に捌かれていて、羊のミルクの入った器が並べられている。
「ねえねえ、これって明日のお祝い?」
ニーナは、嬉しそうに母に聞く。
母は、
「もちろん。明日はニーナが忙しくて、家じゃお祝い出来ないかもしれないからね」
がっつくように食べるニーナを見て、母は彼女の食べ方を注意しながらも、笑顔を絶やさなかった。
食事を終えると、母がニーナに声をかけた。
「早く寝るのよ。明日は村の皆が待ってるから」
その呼びかけに、ニーナは「はーい」と答えて、家の階段を登る。
少し汚れた衣服を脱いで、袖のないシャツと短いパンツを履いて寝支度をし、ベッドに向かった。
明日はニーナの15歳の誕生日。
彼女は内心、心を躍らせていた。
自分は明日から立派な大人になるのだ。
大人になったら何か変わるんだろうか。
そういえば、イヴはプレゼントを用意してそうな雰囲気だった。もっと考えてみれば、今日は村がいつもより浮き足立っていた気がする。
大人になるってそんなにすごいことだろうか。
頭の中であれこれと考えていると、期待と不安が入り混じって目が冴えてしまう。今日は眠れないかもしれない。
彼女はそんな胸を弾ませて布団に潜り込んだ。
ペテロの手紙 第一 4章8節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行
日が昇りはじめの朝焼け、まだ暗い部屋に灯った一本の灯火。その側には横書きに達筆な字で書かれた紙が置かれていた。
ある男性がその手紙を取り、折りたたんで袋に入れる。彼の墨で汚れている左手が灯りに照らされて映る。
男は鳥の脚部に袋を括り付け、光が少しずつ差し込んでいる窓から鳥を放つ。彼は椅子を引いて窓際に運び、それに腰をかけて、鳥が飛び立っていく様子を眺めていた。
窓から入る光に照らされ、影になった彼の後ろ姿は絵に描かれたもののように見えた。朝を迎えた鳥たちの喜びの声が遠くで響いていた。
チュン、チュン......。
朝の暖かくて眩しい光と共に、小鳥のさえずりが聞こえる。
ああ、もう朝かと、烏羽色の髪を背中まで伸ばした赤目の少女、ニーナが木で出来たベッドを軋ませて、ゆっくりと起き上がった。
彼女はベッドを降りて、側にある棚の上に畳んだ服を取り上げ、頭からスッポリと被った。白いワンピースを着てから服をはたいて、クルリとその場で一回転した。
うん、今日も悪くない。
彼女は満足そうな顔をして、階段を降りた。その先には、台所と3人席のテーブル、そして、部屋の端には大きなベッドがあった。ベッドには、一人の少し痩せた女性が横たわっていた。
ニーナは女性の元へ近付き、「お母さん、おはよう」と、女性の顔に頭を軽く当てた。
すると、お母さんと呼ばれたその女性は目を開けて、「ニーナ、おはよう」と笑みを見せ、「朝ごはんを作らなきゃね」とゆっくりと起き上がる。
母は豊かにたくわえられた薄緑色の髪を、リボンでひとまとめにして、よろよろと台所の方へ歩いていく。
ニーナは大きな声で「雑貨屋さんに薬草もらいに行くね!」と言い、走って家を出て行った。
母は娘の元気な姿に思わず、クスリと笑った。しかし、すぐに眉をひそめて少し暗い表情を浮かべた。
外は緑が生い茂り、家の周りの木々は朝を迎えることを喜ぶようにユラユラとゆらめいていた。
ニーナは少し早歩きで草を刈り整えられた道を進む。少し歩くと、畑を耕している村人たちがいた。
ニーナが「おはようございます!」と大声で挨拶すると、彼らは笑顔で「おはよう、ニーナちゃん」と返してきた。
道なりに進むと、アムール村に入った。ここが、ニーナが住む家の一番近隣の村である。アムール村の中心の方へ向かうと大きな看板がある。雑貨屋を表す図号が描かれた木造の建物だ。
中に入ると、鈴がチリンチリンと心地の良い音をたてた。ニーナは辺りを見廻すと、店の中央でしゃがみ込んで商品の品出しをしていた者が振り返り、立ち上がって彼女の方を見た。淡い竜胆色の髪に、前髪で左目を覆った青年だ。
頭の右側の髪を一本編み込んでいる中性的な顔立ちをした、寒村には似つかわしくない青年が彼女のもとに来て、
「何か買いに来たの?もしかして、薬草がいるの?」と尋ねた。
ニーナは彼の赤褐色をした思わず吸い込まれそうな目を見て思わず顔を逸らし、大きく頷いた。彼は店の奥まで足音を鳴らして歩き、しばらくしてから、また戻ってきた。
「はい、これ薬草。ニーナだからお金はいらないよ。お母さんのために使ってあげて」
そう言って青年は彼女の手に薬草の袋を乗せた。
ニーナは申し訳なさそうな顔をして口を開き、
「うん、ありがとう、イヴ。でも、本当にお代はいらないの?」と聞いた。
イヴと呼ばれた青年は笑って、
「お金のことは考えなくていいよ。ニーナのお母さんのためなんだから。それに、この薬草は僕が拾ってきたものだし。遠慮せずに受け取ってよ。君がお母さんのために色々やってきていることは、この村の人たち皆が知ってるからね」と言い、
早くお母さんに食べさせてあげてと言ってから、また店の品出しを始めた。
ニーナは照れ臭くなって顔を伏せ、「ありがとう」と呟いた。
彼女が店を出て行こうとした時、イヴが急にニーナを呼び止めた。
彼女が振り返ると、イヴがにこやかに「明日、君は『一人前』になるんだったよね」と話し始めた。
彼女が頷くと、
「楽しみだね。お祝いをしなきゃ」とイヴは張り切る様子を見せた。
ニーナは「プレゼントはなんだろうなぁ、楽しみだなぁ。イヴはきっとすごいものをくれるんだろうなぁ」と少し意地の悪い顔をして話す。
からかわれたイヴは、「え、えーと、そんなに期待されてるのか......」と、少し困ったような顔をして、顔の左半分に垂れている髪をつまんだ。
予想外のからかいを受けて真面目に考え込んでいる彼を見て、ニーナは微笑んで言った。
「冗談だよ!そんなに頭を抱えないでね!イヴにちょっといたずらしたかっただけ!」
その言葉を聞いてイヴは、
「良かった。期待されてると緊張する……」と、安堵した。
ニーナはその言葉を聞いて、すかさず聞き返した。
「え?プレゼントを用意してくれているの?」
イヴは「あっ」と声を出して、しまったという顔をしていた。
そんなイヴの様子を見て、ニーナはクスリと笑った。
雑貨屋を出てからニーナは急ぎ足で一直線に家路についた。
途中、挨拶をしてきた村人たちには、丁寧に挨拶を返しながら、帰ってきたのは家から出て、一刻が経っていた。
ニーナはおもむろに家の玄関を開け、「ただいま」と母に声をかけて、玄関の右手にいた母とは別の方向、左手にあった扉を開けて脇にあった燭台を手に取って部屋に入った。
部屋の中は真っ暗で何も見えない。
「灯れ」と小さく唱えてニーナは指先から火を出し、蝋燭に火を灯して奥へと進む。
部屋には棚が並べられていて、その中には紙が紐にまとめられた書物がいくつも並べてあった。
一番奥には読書や研究用に使われていたのだろう、ボロボロになった机と椅子があった。
彼女は机と椅子の埃を軽く払い、予め机に広げていた薬草の調合の本を読んだ。
本には定まった分量の薬草の調合法の絵が書かれていたが、彼女の家には量を測るものがなかったので、彼女は目分量で、薬草を慣れた手つきで煎じて混ぜ始める。
粉状になった薬草を布で包んで居間まで運んだ。
居間に行くと、台所には薪がくべてあり、火が焚かれていた。
そこには鍋に沸騰した水が入っていた。
母は朝食の仕度を終え、椅子に座って、ニーナを待っているようだ。
ニーナは手で押さえていた布を紐で縛り、鍋に入れて、もう一度、あの暗い部屋に戻っていった。室内の奥の机に置いていた燭台を居間に戻すために部屋に入った。
燭台を手に取り、ふと足を止めて右頬にある黒い紋様のような痣を撫でるように触れて考えていた。
ニーナは、いなくなった父親が使っていたであろう部屋を何度か振り返った。
そして、全体を見回してから部屋を出、後ろ手で扉を静かに閉めた。
台所で煮込んでいた薬草の抽出は既に終わったようで、お湯には薬草の色が染み出し、湯気を出してグツグツと音を立てている。
ニーナは深い手のひらくらいの大きさの木の器を取り、スープを注いだ。スープが入った器を手作りの刺繍が施された布を敷いた広い食事用のテーブルに置き、2人分のスープを用意した。
今日の朝食は大麦のパンとニーナが準備したスープに小さなかごいっぱいの木の実だ。
ニーナは母と共に自分の手を組んで、黙想して食事が今日も与えられたことに感謝を祈る。
黙想の祈りを終えたら、パンをスープに浸して口に運んだ。いつも食べているものではあるが、素朴な味が体に染みる。
パンを頬張って、木の実を手に取り、机で叩き割って食べる。これも、中身が少し堅いが、クセのない味で食べやすいものだ。
母と一緒に食べられる食卓はニーナにとって、かけがえのない幸せだった。今日もたくさん働いて、美味しいものを持って帰って、母に喜んでもらおう。
そう思いながら、彼女は朝の食事を終えた。
ニーナは食事を終えて母の元へ行き、よろめきつつ立ち上がり、ベッドに戻ろうとする母を支えて、横にさせると、家の階段を昇り自分の部屋に戻った。
ニーナの部屋はあまり飾り気がなく、ベッドの横に棚がある他には薄汚れた手製の人形が無造作に置いてあるだけだ。
母の体が弱っているため、ニーナは宿屋で働いているが、それでは普通に暮らしていく程までには至っていない。
毎日の食事もニーナが近くの川辺や森で獲ったものや、イヴの薬草、アムールの村人たちから善意でもらった食糧で暮らしていた。
昼間にニーナはまた家から出て、宿屋で働いていて賃金代わりの食材をもらって家路についた。
夕暮れの道に一人、ニーナは少し大きな魚を入れたカゴを抱えて走っている。
今日は母に美味しいご飯を食べてほしいと決めたからには夕食の時間に間に合わないといけない。
宿屋で働いて、母の体調と口に合いそうな食材を選んでいたら、あっという間に時間が過ぎていた。
息を切らしながら、ニーナは家に向かって一直線に帰っていた。追い風に白いスカートがなびく。
家に近付いてくるほど、料理のいい匂いがただよってくる。母がきっと、もう晩御飯を作っているのだろう。
木造の自宅の扉をおもむろに開けて、「ただいま!」と大声で帰ってきた娘を母は笑顔で「おかえり」と迎え入れた。
ニーナが持って帰ってきた食材の数々を見て、母は「まあ、重かったでしょう」と言って、手にとって調理を始める。
出来上がった食事を見て、ニーナは思わず涎を飲み込んだ。今まで生きた中で一番豪華な食事だった。羊の肉を煮込んだもの、焼き魚は綺麗に捌かれていて、羊のミルクの入った器が並べられている。
「ねえねえ、これって明日のお祝い?」
ニーナは、嬉しそうに母に聞く。
母は、
「もちろん。明日はニーナが忙しくて、家じゃお祝い出来ないかもしれないからね」
がっつくように食べるニーナを見て、母は彼女の食べ方を注意しながらも、笑顔を絶やさなかった。
食事を終えると、母がニーナに声をかけた。
「早く寝るのよ。明日は村の皆が待ってるから」
その呼びかけに、ニーナは「はーい」と答えて、家の階段を登る。
少し汚れた衣服を脱いで、袖のないシャツと短いパンツを履いて寝支度をし、ベッドに向かった。
明日はニーナの15歳の誕生日。
彼女は内心、心を躍らせていた。
自分は明日から立派な大人になるのだ。
大人になったら何か変わるんだろうか。
そういえば、イヴはプレゼントを用意してそうな雰囲気だった。もっと考えてみれば、今日は村がいつもより浮き足立っていた気がする。
大人になるってそんなにすごいことだろうか。
頭の中であれこれと考えていると、期待と不安が入り混じって目が冴えてしまう。今日は眠れないかもしれない。
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