第25話:異世界改革の裏側で

ー/ー



 あいつは今日も家から出る気なんてない。
 朝からソファに沈んで、ぼんやり天井を見ている。
 私が近づくと、眠そうな目で手を伸ばしてくるだけ。

(……ほんと、よくこれで異世界改革なんて言えるわね)

 まあ、あいつは絶対に動かないんだから、私が動くしかない。
 私は静かに家を出て、駐留所へ向かった。

 昨日完成したばかりの駐留所は、朝日を浴びて妙に立派に見える。
 バルトスが掃除をしていた。
 私に気づくと、慌てて姿勢を正す。

「た、ターメイン様……!」

「おはよう、バルトス」

 私は軽く手を挙げた。
 その手には、魔石の詰まった袋が二つ。

(あいつのポイントと神力のために毎日魔獣狩りしてたけど……まさか都市計画に使うことになるとはね。取っておいてよかったわ)

「あなたに渡したいものがあって来たの」

「私に……でありますか?」

「ええ。魔石が足りないって言ってたでしょう?」

 袋を足元に置くと、バルトスの目が見開かれた。

「こ、これは……!」

「必要なんでしょう?都市を作るんでしょ?」

 バルトスは震えながら膝をついた。

「ターメイン様……あなた様は……」

「それより、お願いがあるの」

「冒険者登録をしたいの。案内してくれる?」

「も、もちろんであります!ですが……ターメイン様ほどの御方が冒険者に……?」

「必要なのよ。動きやすくなるから」

(あいつのために動くには、正式な身分があった方が便利だしね)

 バルトスに案内され、冒険者ギルドへ向かった。

 扉を開けた瞬間、ざわめきが一瞬止まった。
 朝のギルドは活気に満ちている。
 依頼掲示板の前で揉めている者、酒を飲んでいる者、受付に並ぶ者。
 その喧騒が、私が入った途端にぴたりと止まる。

 視線が一斉に私へ向く。
 銀髪、金の瞳、黒と紫の衣装――そりゃ目立つわよね。

(……あいつの膝の上で丸くなってる時の方が、よっぽど落ち着くんだけど)

 受付の女性は、のんびりした声で言った。
 周囲の緊張感とはまるで無関係な、独特の空気をまとっている。

「ご用件は……?」

「冒険者登録をしたいの」

「かしこまりました……。ですが……」

 受付は申し訳なさそうに眉を下げた。

「身分証の提示が必要でして……。お持ちでない場合、保証人が……」

(ああ、そういう制度なのね。面倒だわ)

 その時、バルトスが一歩前に出た。
 ギルド内の空気が一瞬で引き締まる。

「私が保証人となります!フェルゼン騎士団長、バルトスが責任を持って!」

「バ、バルトス団長が……!?で、では問題ございません!」

 受付の態度が一気に変わった。
 周囲の冒険者たちもざわつく。

「団長が保証人って……誰だよあの女……」
「見たことねぇ……けど、ただ者じゃねぇな……」
「団長が頭下げてるぞ……?」

(……騒がしいわね。早く終わらせたい)

 書類が差し出され、私は名前を書き込む。

 ――メイナ。

(「ターメイン」では問題があるみたいだから……。これくらいでいいわね)

 登録証が手渡されると、バルトスが胸に手を当てて言った。

「メイナさん……これで、正式に活動が可能となりました!」

「ありがとう、バルトス。助かったわ」

 私たちは軽く礼を言い、ギルドを後にした。

 そのまま駐留所へ戻る途中、私はバルトスに声をかけた。

「ねえ、バルトス」

「はい、ターメイン様!」

「今日のこと、ゼクトには言わないで。冒険者登録も、魔石を持ってきたことも。…いや、私のことを言わないで」

「……理由を伺っても?」

「なんでもいいでしょ」

(わたしはあいつの前ではただの「たま」でいたいのよ……)

 バルトスは真剣な顔で頷いた。

「承知いたしました。ゼクト様には一切お伝えいたしません!」

「助かるわ」

 私は軽く手を振り、駐留所を離れた。

(さて……今日もあいつの膝の上で寝るとしましょうか)

 ゼクト邸の裏側にある、あの小さな窓。
 ほんの少しだけ隙間が空いていて、猫の私なら余裕で通れる。

 窓の前に立ち、私は深く息を吸った。
 身体がふっと軽くなり、視界が低くなる。
 黒猫の姿に戻った私は、尻尾を揺らしながら窓枠に飛び乗った。

 するりと中へ滑り込む。

 リビングでは、あいつがソファでだらけていた。
 私を見ると、眠そうな目を細めて手を伸ばしてくる。

「……おかえり、たま」

(まったく……)

 私はその手に向かって歩き、ひょいと膝に飛び乗った。
 あいつの手が頭を撫でる。

(……まあ、悪くないわね)

 喉が勝手に鳴った。

 こうして、私の一日は終わった。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第26話:異世界×現代知識


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 あいつは今日も家から出る気なんてない。
 朝からソファに沈んで、ぼんやり天井を見ている。
 私が近づくと、眠そうな目で手を伸ばしてくるだけ。
(……ほんと、よくこれで異世界改革なんて言えるわね)
 まあ、あいつは絶対に動かないんだから、私が動くしかない。
 私は静かに家を出て、駐留所へ向かった。
 昨日完成したばかりの駐留所は、朝日を浴びて妙に立派に見える。
 バルトスが掃除をしていた。
 私に気づくと、慌てて姿勢を正す。
「た、ターメイン様……!」
「おはよう、バルトス」
 私は軽く手を挙げた。
 その手には、魔石の詰まった袋が二つ。
(あいつのポイントと神力のために毎日魔獣狩りしてたけど……まさか都市計画に使うことになるとはね。取っておいてよかったわ)
「あなたに渡したいものがあって来たの」
「私に……でありますか?」
「ええ。魔石が足りないって言ってたでしょう?」
 袋を足元に置くと、バルトスの目が見開かれた。
「こ、これは……!」
「必要なんでしょう?都市を作るんでしょ?」
 バルトスは震えながら膝をついた。
「ターメイン様……あなた様は……」
「それより、お願いがあるの」
「冒険者登録をしたいの。案内してくれる?」
「も、もちろんであります!ですが……ターメイン様ほどの御方が冒険者に……?」
「必要なのよ。動きやすくなるから」
(あいつのために動くには、正式な身分があった方が便利だしね)
 バルトスに案内され、冒険者ギルドへ向かった。
 扉を開けた瞬間、ざわめきが一瞬止まった。
 朝のギルドは活気に満ちている。
 依頼掲示板の前で揉めている者、酒を飲んでいる者、受付に並ぶ者。
 その喧騒が、私が入った途端にぴたりと止まる。
 視線が一斉に私へ向く。
 銀髪、金の瞳、黒と紫の衣装――そりゃ目立つわよね。
(……あいつの膝の上で丸くなってる時の方が、よっぽど落ち着くんだけど)
 受付の女性は、のんびりした声で言った。
 周囲の緊張感とはまるで無関係な、独特の空気をまとっている。
「ご用件は……?」
「冒険者登録をしたいの」
「かしこまりました……。ですが……」
 受付は申し訳なさそうに眉を下げた。
「身分証の提示が必要でして……。お持ちでない場合、保証人が……」
(ああ、そういう制度なのね。面倒だわ)
 その時、バルトスが一歩前に出た。
 ギルド内の空気が一瞬で引き締まる。
「私が保証人となります!フェルゼン騎士団長、バルトスが責任を持って!」
「バ、バルトス団長が……!?で、では問題ございません!」
 受付の態度が一気に変わった。
 周囲の冒険者たちもざわつく。
「団長が保証人って……誰だよあの女……」
「見たことねぇ……けど、ただ者じゃねぇな……」
「団長が頭下げてるぞ……?」
(……騒がしいわね。早く終わらせたい)
 書類が差し出され、私は名前を書き込む。
 ――メイナ。
(「ターメイン」では問題があるみたいだから……。これくらいでいいわね)
 登録証が手渡されると、バルトスが胸に手を当てて言った。
「メイナさん……これで、正式に活動が可能となりました!」
「ありがとう、バルトス。助かったわ」
 私たちは軽く礼を言い、ギルドを後にした。
 そのまま駐留所へ戻る途中、私はバルトスに声をかけた。
「ねえ、バルトス」
「はい、ターメイン様!」
「今日のこと、ゼクトには言わないで。冒険者登録も、魔石を持ってきたことも。…いや、私のことを言わないで」
「……理由を伺っても?」
「なんでもいいでしょ」
(わたしはあいつの前ではただの「たま」でいたいのよ……)
 バルトスは真剣な顔で頷いた。
「承知いたしました。ゼクト様には一切お伝えいたしません!」
「助かるわ」
 私は軽く手を振り、駐留所を離れた。
(さて……今日もあいつの膝の上で寝るとしましょうか)
 ゼクト邸の裏側にある、あの小さな窓。
 ほんの少しだけ隙間が空いていて、猫の私なら余裕で通れる。
 窓の前に立ち、私は深く息を吸った。
 身体がふっと軽くなり、視界が低くなる。
 黒猫の姿に戻った私は、尻尾を揺らしながら窓枠に飛び乗った。
 するりと中へ滑り込む。
 リビングでは、あいつがソファでだらけていた。
 私を見ると、眠そうな目を細めて手を伸ばしてくる。
「……おかえり、たま」
(まったく……)
 私はその手に向かって歩き、ひょいと膝に飛び乗った。
 あいつの手が頭を撫でる。
(……まあ、悪くないわね)
 喉が勝手に鳴った。
 こうして、私の一日は終わった。