【3】②
ー/ー「雅。週末くらいに飯食いに来ないか?」
郁海の誘いに、長身のため目線の変わらない友人は片眉を上げた。
「は? 相手いるときに珍しいじゃん。原田と付き合い始めたんでしょ? ……それとも何、もう倦怠期であたしを刺激に使いたいとかか? いくらなんでも早すぎない?」
「もういい。あいつのリクエストでいろいろ作るから、どうしても量増えるし呼んでやろうと思ったのに。これからはもうお前は呼ばねぇ」
「ゴメンゴメン! 冗談ですって! 郁海の料理だーい好き! ぜひとも馳せ参じますよ~」
雅は郁海とは違い、基本演じる側だ。
幼い頃から劇団に所属して『芸能界』を視野に入れて来ただろう彼女は、大学卒業を機に「演劇は完全に趣味にする」という。
「どっか仕事のあととか休みの日にだけでもOKな、まあ緩い感じの劇団入ろうかなって。芝居はやっぱ好きなの。『職業』にする気はもうないけど。……だからあんまりバチバチ本気なとこは、こんな片手間のやつがいたら邪魔じゃん?」
郁海もそうだが一般学生と同様に就職活動をし、内定も得て事実上行く先は決まったと聞いている。
「雅は地元帰んねえの?」
「あたし北海道だよ? いや、なんだかんだ故郷は好きだけど帰る気は全然ないな。……郁海だって東京残るんでしょ? あんたは実家結構近いのに」
いつだったか、互いに就活用のスーツで顔を合わせた日。郁海の問いに、雅は間を置かず否を返した。
「もちろん知ってるけど札幌だろ? 意外と都会らしいじゃん? 少なくとも俺の方がずっと田舎だよ」
「仕事の面もあるけど、雪国って知らん人が思う以上に大変なんだよね〜」
「……あー、それは確かに俺にはわからんわ」
郁海は一応首都圏出身ではあるが、実家と確執などはないものの都会暮らしの楽さに慣れたらもう戻れない。
あの街で郁海の性指向を知られたら、家族にまで迷惑を掛けてしまいそうだ。
互いに東京で働くことにはなっても、学生時代のように顔を合わせることはなくなるだろう。
言葉にする気は欠片もないが、彼女への礼と詫びを兼ねた招待でもある。
口実を作らなければ誘えない自分に、我ながら面倒だと認めざるを得なかった。
もともと料理が趣味の郁海は、レパートリーも決して少なくはない。
レシピさえ見れば、プロレベルの特別な技術を必要とするもの以外は大抵作れる。だからこそ、食べる祥真の好みに合わせたものを作りたかった。
自分が見た目に寄らず『尽くし型』と言われるタイプなのは、不本意ながらも自覚している。
個人的には「世話好き」くらいの表現で留めておいてほしいが、実質何も変わらないのもまた理解していた。
サークルではリュウに振り回されているようにしか見えなかったらしく、「オカン体質はほっとけないんだよなぁ」などと先輩や同期にはよく揶揄われたものだった。
放っておけないのを否定まではしないが、片付けができない時点で「オカン」は絶対に違う。そう評されるのが嫌なわけではなく。
初めて祥真を部屋に呼び、手料理を振る舞って以来、二人きりの食事会は何度も開かれていた。
初日に玄関ドアを入った彼は、すぐに見渡せる部屋の惨状に一瞬黙り込む。そしてすぐ、遠慮がちに言葉を発した。
「郁海さん。俺、この部屋片づけていいっすか? 料理中や食事中は埃立つんで食べたあと。御馳走のお礼に是非、掃除させてください!」
「え? いや、そんなつもりで呼んだわけじゃ……」
雅の場合、食事の礼代わりに部屋をざっと片づけて帰るのは恒例だった。
それこそお互いさまでちょうどよかったのだ。
「そのつもりで呼ばれた方がよかったです! なんですか、よくこの部屋で寝られますね! 箪笥ないのはわかるし全然いいですけど、服はせめてハンガーに掛けるくらいしましょうよ。洗濯したんですよね? なんで床に放り出してんすか!」
しかし恋人にそんなことはさせられない、と焦る郁海に、彼はいつになく威勢よく捲し立てる。
「だって皴になって困るような、いい服なんかないし。ハンガーは次の洗濯のとき使うから……」
「そういう問題じゃありません! ハンガーくらい買えばいいじゃないですか。というか、ハンガーラック買いませんか? 俺も持ってますけど、安いし場所取りませんよ? 何なら俺がプレゼントします!」
そして実際に、郁海が作った手料理をいちいち褒めながらすべて平らげて、祥真は郁海の部屋を見事に綺麗に片付けて帰って行ったのだ。
……別れ際、少しだけ背伸びして軽いキスをしたら、初々しい恋人は硬直してしまった。
拒絶されなかったのは幸いだったが「もうちょっと段階踏まなきゃダメか」とそれ以来タイミングを見計らっていて、清らかな関係は継続中だ。
流石にプレゼントは遠慮して、服を掛けておくハンガーラックは自分で買った。
確かに便利ではあるが、正直郁海にとっての必需品ではまったくない。こういうところがすでに「片付けられない」一端なのだろうか。
そして、以降は郁海が料理して祥真が皿を洗って掃除する、という役割分担が二人の間では完全に定着していた。
料理が得意で、片付け下手以前にその気もない郁海と、料理はできなくはないが仕方なくする程度、しかし綺麗好きで掃除の手際もいい彼。
一方的に「世話を焼く」のではなく、自分も「世話される」のは初めてかもしれない。
この相性まではさすがに頭にもなかったが、改めて考えてみると互いに補い合えるいい関係に運命さえ感じた。
「何これ、すごい! フルコースってやつ?」
ローテーブルに所狭しと並んだ料理に、雅が感嘆の声を上げた。
「お前、料理屋舐めてんのか? フルコースなんてこんなもんじゃねえよ。スープもないフルコースなんてあるか! 前菜と主菜しかないだろ!?」
「えー、だってメイン三つもあるし! これ、肉も魚も全部メインだよね。で、こっちのでかい皿のが前菜? このちまちましたのも郁海が作ったんでしょ? 買って来たんじゃなくて。プチトマトいちいちくり抜いたわけ? 人参もめっちゃ細いし! 相変わらず手先器用だなぁ」
「そーだよ。全部俺が『チマチマ』作ったの! 前菜なんだから野菜の詰め物はでかいのよりプチトマトの方が食い易くていいだろ! 千切り人参サラダなんか細くなきゃダメじゃん。雅も好きだからわかってるよな!?」
「あ、あの。俺が我儘言ったんです。テレビで見たローストビーフとか、魚丸ごと蒸した? やつとか、他にもいろいろ『食べたいな~』って言ったら、郁海さん全部作ってくれて……」
途切れない台詞の応酬に祥真はどうにか口を挟んだが、雅の返答は厳しかった。
「それはまとめていっぺんに作る郁海が悪い。君には何の責任もないでしょ」
「そんな! せめて『一回ずつ違うもの』って言えばよかったんです。だから俺が」
その程度のこともいちいち口にされなければわからない、と言っているのも同然だとは、この場で祥真だけが理解していない。
「どうでもいいから食うぞ! 冷たいもんは冷たいうちに、熱いもんは熱いうちにが一番美味いんだよ! さあ、食え!」
無理やり断ち切って仕切る郁海に、雅は黙ることはなかった。
「それも全部並べたあんたのせいじゃん。最初はまず前菜からでしょ? ローストビーフは冷蔵庫に入れときゃいいんじゃないの? 逆にローストビーフ出すなら、このチキンとか魚は鍋に入れたままにしといてあとで持って来るか。どうせ順番にしか食べないんだからさ。あたし、言ってくれたら火入れたり運ぶくらいするよ?」
「それこそコースじゃないんだから、順番に食う必要ねーだろ!」
「あ、俺、いろんなもん一口ずつ食べるの好きなんです! もちろん半端に口付けるだけじゃなくて全部食べますよ! ちょっと行儀悪いんで外ではあんまりしませんけど、郁海さんは俺のために全部──」
先輩二人の喧嘩にも聞こえる掛け合いに、祥真が必至で郁海を庇う。
「……わかった。やっぱあたしは、あんたたちのための『刺激』なんだな」
「は?」
雅の話す意味が分からない祥真が首を捻るのに、郁海が一旦座った状態から膝立ちになった。
「だから違うって! 外からの刺激なんて必要ねーんだよ、俺には!」
「はいはい。刺激はお二人で十分ですよねー」
所詮は戯言だったようで、雅は噛み付くように抗議する郁海に向けてニヤリと笑い、棒読みの台詞を口にした。
「それよりさぁ、郁海。部屋どーしたの? なんかやけにキレイじゃん。この部屋で洗濯物が床にないのなんて初めて見たよ!」
いきなり口調を変えた彼女が、座った部屋を見回して告げる。
「たまにはあっただろ。乾いてないときはそのまま干してあったじゃん」
「あんたが恋人のために張り切って苦手なことも頑張ります! て全然らしくないんだけど。そんだけ原田は特別ってこと?」
すでに弁解にもなっていない郁海の苦し紛れの言い分を、雅は聞こえなかったかのように無視した。
「……祥真が片付けてくれてんだよ。以前、お前がやってくれてたみたいに、もっとずっと念入りにな。だから俺も、ちょっとでもその状態保とうってくらいはしてんの」
諦めて正直に告げた郁海に、彼女は真顔で重々しく頷いて見せた。
「ちょっと、郁海。後でちゃんと原田に説明しときなよ。あたしがあんたの『男』に会うのはこれが正真正銘初めてだ、ってさ。あの子、誤解してんじゃない?」
玄関先で別れを告げようとした郁海を外まで連れ出した雅の潜めた声に、郁海はそのことにようやく気付かされる。
挨拶したあとキッチンで皿を洗っている祥真には、いくら窓を隔てただけのすぐ近くとはいえ水音で聞こえていない筈だ。
彼女は祥真にとっても親しい先輩で、三人纏めて友人の括り程度の意識しかなかったのだが、確かに「いつも『郁海の恋人を加えた三人』で楽しく過ごしていた」と受け取られても仕方がない。
そう思われること自体よりも、祥真を傷付けるかもしれないのはやはり気になった。
郁海も祥真が初めての恋人だなどとは口が裂けても言えないし、実際に数えきれないほどではないが、彼に知らせたくないと感じる程度の男と付き合っては来ている。
大学では雅以外には隠したかったため、常に『外』の男だったが。
「あたしから教えた方が自然ならそうするよ。美味しいもん食べさせてもらったお礼、ってのはともかく、原田はあたしにも可愛い大事な後輩だからね」
「俺から話す、のは全然平気なんだけど、あいつにとってはどっちがいいんだ? 俺がわざわざ説明すんの、なんか言い訳がましくないか? 逆に嘘っぽいてか」
本当に判断に困って訊いた郁海に、雅は少し考えて頭を上げた。
「わかった。あたしが言う。──たぶん、その方がいいと思うわ」
頭の回転もよく演技力もある彼女なら、祥真を言い包めることなど造作もないだろう。
しかしそんなことは関係なく、雅自身の言葉通り何よりも祥真のことを考えて対応してくれると信じられる。
これまでも彼女には、郁海と祥真の間で何かと神経を遣わせた筈だ。
それなのに、二人に対して公正で誠実だった友人には心から感謝している。決して口には出せないけれど。
──お前だけ愛してる。本当に、それだけが真実だから。
~はじめての。:END~
郁海の誘いに、長身のため目線の変わらない友人は片眉を上げた。
「は? 相手いるときに珍しいじゃん。原田と付き合い始めたんでしょ? ……それとも何、もう倦怠期であたしを刺激に使いたいとかか? いくらなんでも早すぎない?」
「もういい。あいつのリクエストでいろいろ作るから、どうしても量増えるし呼んでやろうと思ったのに。これからはもうお前は呼ばねぇ」
「ゴメンゴメン! 冗談ですって! 郁海の料理だーい好き! ぜひとも馳せ参じますよ~」
雅は郁海とは違い、基本演じる側だ。
幼い頃から劇団に所属して『芸能界』を視野に入れて来ただろう彼女は、大学卒業を機に「演劇は完全に趣味にする」という。
「どっか仕事のあととか休みの日にだけでもOKな、まあ緩い感じの劇団入ろうかなって。芝居はやっぱ好きなの。『職業』にする気はもうないけど。……だからあんまりバチバチ本気なとこは、こんな片手間のやつがいたら邪魔じゃん?」
郁海もそうだが一般学生と同様に就職活動をし、内定も得て事実上行く先は決まったと聞いている。
「雅は地元帰んねえの?」
「あたし北海道だよ? いや、なんだかんだ故郷は好きだけど帰る気は全然ないな。……郁海だって東京残るんでしょ? あんたは実家結構近いのに」
いつだったか、互いに就活用のスーツで顔を合わせた日。郁海の問いに、雅は間を置かず否を返した。
「もちろん知ってるけど札幌だろ? 意外と都会らしいじゃん? 少なくとも俺の方がずっと田舎だよ」
「仕事の面もあるけど、雪国って知らん人が思う以上に大変なんだよね〜」
「……あー、それは確かに俺にはわからんわ」
郁海は一応首都圏出身ではあるが、実家と確執などはないものの都会暮らしの楽さに慣れたらもう戻れない。
あの街で郁海の性指向を知られたら、家族にまで迷惑を掛けてしまいそうだ。
互いに東京で働くことにはなっても、学生時代のように顔を合わせることはなくなるだろう。
言葉にする気は欠片もないが、彼女への礼と詫びを兼ねた招待でもある。
口実を作らなければ誘えない自分に、我ながら面倒だと認めざるを得なかった。
もともと料理が趣味の郁海は、レパートリーも決して少なくはない。
レシピさえ見れば、プロレベルの特別な技術を必要とするもの以外は大抵作れる。だからこそ、食べる祥真の好みに合わせたものを作りたかった。
自分が見た目に寄らず『尽くし型』と言われるタイプなのは、不本意ながらも自覚している。
個人的には「世話好き」くらいの表現で留めておいてほしいが、実質何も変わらないのもまた理解していた。
サークルではリュウに振り回されているようにしか見えなかったらしく、「オカン体質はほっとけないんだよなぁ」などと先輩や同期にはよく揶揄われたものだった。
放っておけないのを否定まではしないが、片付けができない時点で「オカン」は絶対に違う。そう評されるのが嫌なわけではなく。
初めて祥真を部屋に呼び、手料理を振る舞って以来、二人きりの食事会は何度も開かれていた。
初日に玄関ドアを入った彼は、すぐに見渡せる部屋の惨状に一瞬黙り込む。そしてすぐ、遠慮がちに言葉を発した。
「郁海さん。俺、この部屋片づけていいっすか? 料理中や食事中は埃立つんで食べたあと。御馳走のお礼に是非、掃除させてください!」
「え? いや、そんなつもりで呼んだわけじゃ……」
雅の場合、食事の礼代わりに部屋をざっと片づけて帰るのは恒例だった。
それこそお互いさまでちょうどよかったのだ。
「そのつもりで呼ばれた方がよかったです! なんですか、よくこの部屋で寝られますね! 箪笥ないのはわかるし全然いいですけど、服はせめてハンガーに掛けるくらいしましょうよ。洗濯したんですよね? なんで床に放り出してんすか!」
しかし恋人にそんなことはさせられない、と焦る郁海に、彼はいつになく威勢よく捲し立てる。
「だって皴になって困るような、いい服なんかないし。ハンガーは次の洗濯のとき使うから……」
「そういう問題じゃありません! ハンガーくらい買えばいいじゃないですか。というか、ハンガーラック買いませんか? 俺も持ってますけど、安いし場所取りませんよ? 何なら俺がプレゼントします!」
そして実際に、郁海が作った手料理をいちいち褒めながらすべて平らげて、祥真は郁海の部屋を見事に綺麗に片付けて帰って行ったのだ。
……別れ際、少しだけ背伸びして軽いキスをしたら、初々しい恋人は硬直してしまった。
拒絶されなかったのは幸いだったが「もうちょっと段階踏まなきゃダメか」とそれ以来タイミングを見計らっていて、清らかな関係は継続中だ。
流石にプレゼントは遠慮して、服を掛けておくハンガーラックは自分で買った。
確かに便利ではあるが、正直郁海にとっての必需品ではまったくない。こういうところがすでに「片付けられない」一端なのだろうか。
そして、以降は郁海が料理して祥真が皿を洗って掃除する、という役割分担が二人の間では完全に定着していた。
料理が得意で、片付け下手以前にその気もない郁海と、料理はできなくはないが仕方なくする程度、しかし綺麗好きで掃除の手際もいい彼。
一方的に「世話を焼く」のではなく、自分も「世話される」のは初めてかもしれない。
この相性まではさすがに頭にもなかったが、改めて考えてみると互いに補い合えるいい関係に運命さえ感じた。
「何これ、すごい! フルコースってやつ?」
ローテーブルに所狭しと並んだ料理に、雅が感嘆の声を上げた。
「お前、料理屋舐めてんのか? フルコースなんてこんなもんじゃねえよ。スープもないフルコースなんてあるか! 前菜と主菜しかないだろ!?」
「えー、だってメイン三つもあるし! これ、肉も魚も全部メインだよね。で、こっちのでかい皿のが前菜? このちまちましたのも郁海が作ったんでしょ? 買って来たんじゃなくて。プチトマトいちいちくり抜いたわけ? 人参もめっちゃ細いし! 相変わらず手先器用だなぁ」
「そーだよ。全部俺が『チマチマ』作ったの! 前菜なんだから野菜の詰め物はでかいのよりプチトマトの方が食い易くていいだろ! 千切り人参サラダなんか細くなきゃダメじゃん。雅も好きだからわかってるよな!?」
「あ、あの。俺が我儘言ったんです。テレビで見たローストビーフとか、魚丸ごと蒸した? やつとか、他にもいろいろ『食べたいな~』って言ったら、郁海さん全部作ってくれて……」
途切れない台詞の応酬に祥真はどうにか口を挟んだが、雅の返答は厳しかった。
「それはまとめていっぺんに作る郁海が悪い。君には何の責任もないでしょ」
「そんな! せめて『一回ずつ違うもの』って言えばよかったんです。だから俺が」
その程度のこともいちいち口にされなければわからない、と言っているのも同然だとは、この場で祥真だけが理解していない。
「どうでもいいから食うぞ! 冷たいもんは冷たいうちに、熱いもんは熱いうちにが一番美味いんだよ! さあ、食え!」
無理やり断ち切って仕切る郁海に、雅は黙ることはなかった。
「それも全部並べたあんたのせいじゃん。最初はまず前菜からでしょ? ローストビーフは冷蔵庫に入れときゃいいんじゃないの? 逆にローストビーフ出すなら、このチキンとか魚は鍋に入れたままにしといてあとで持って来るか。どうせ順番にしか食べないんだからさ。あたし、言ってくれたら火入れたり運ぶくらいするよ?」
「それこそコースじゃないんだから、順番に食う必要ねーだろ!」
「あ、俺、いろんなもん一口ずつ食べるの好きなんです! もちろん半端に口付けるだけじゃなくて全部食べますよ! ちょっと行儀悪いんで外ではあんまりしませんけど、郁海さんは俺のために全部──」
先輩二人の喧嘩にも聞こえる掛け合いに、祥真が必至で郁海を庇う。
「……わかった。やっぱあたしは、あんたたちのための『刺激』なんだな」
「は?」
雅の話す意味が分からない祥真が首を捻るのに、郁海が一旦座った状態から膝立ちになった。
「だから違うって! 外からの刺激なんて必要ねーんだよ、俺には!」
「はいはい。刺激はお二人で十分ですよねー」
所詮は戯言だったようで、雅は噛み付くように抗議する郁海に向けてニヤリと笑い、棒読みの台詞を口にした。
「それよりさぁ、郁海。部屋どーしたの? なんかやけにキレイじゃん。この部屋で洗濯物が床にないのなんて初めて見たよ!」
いきなり口調を変えた彼女が、座った部屋を見回して告げる。
「たまにはあっただろ。乾いてないときはそのまま干してあったじゃん」
「あんたが恋人のために張り切って苦手なことも頑張ります! て全然らしくないんだけど。そんだけ原田は特別ってこと?」
すでに弁解にもなっていない郁海の苦し紛れの言い分を、雅は聞こえなかったかのように無視した。
「……祥真が片付けてくれてんだよ。以前、お前がやってくれてたみたいに、もっとずっと念入りにな。だから俺も、ちょっとでもその状態保とうってくらいはしてんの」
諦めて正直に告げた郁海に、彼女は真顔で重々しく頷いて見せた。
「ちょっと、郁海。後でちゃんと原田に説明しときなよ。あたしがあんたの『男』に会うのはこれが正真正銘初めてだ、ってさ。あの子、誤解してんじゃない?」
玄関先で別れを告げようとした郁海を外まで連れ出した雅の潜めた声に、郁海はそのことにようやく気付かされる。
挨拶したあとキッチンで皿を洗っている祥真には、いくら窓を隔てただけのすぐ近くとはいえ水音で聞こえていない筈だ。
彼女は祥真にとっても親しい先輩で、三人纏めて友人の括り程度の意識しかなかったのだが、確かに「いつも『郁海の恋人を加えた三人』で楽しく過ごしていた」と受け取られても仕方がない。
そう思われること自体よりも、祥真を傷付けるかもしれないのはやはり気になった。
郁海も祥真が初めての恋人だなどとは口が裂けても言えないし、実際に数えきれないほどではないが、彼に知らせたくないと感じる程度の男と付き合っては来ている。
大学では雅以外には隠したかったため、常に『外』の男だったが。
「あたしから教えた方が自然ならそうするよ。美味しいもん食べさせてもらったお礼、ってのはともかく、原田はあたしにも可愛い大事な後輩だからね」
「俺から話す、のは全然平気なんだけど、あいつにとってはどっちがいいんだ? 俺がわざわざ説明すんの、なんか言い訳がましくないか? 逆に嘘っぽいてか」
本当に判断に困って訊いた郁海に、雅は少し考えて頭を上げた。
「わかった。あたしが言う。──たぶん、その方がいいと思うわ」
頭の回転もよく演技力もある彼女なら、祥真を言い包めることなど造作もないだろう。
しかしそんなことは関係なく、雅自身の言葉通り何よりも祥真のことを考えて対応してくれると信じられる。
これまでも彼女には、郁海と祥真の間で何かと神経を遣わせた筈だ。
それなのに、二人に対して公正で誠実だった友人には心から感謝している。決して口には出せないけれど。
──お前だけ愛してる。本当に、それだけが真実だから。
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