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18.綺麗

ー/ー





 フランシスがミルドレッドに初めて会ったのはアンバー家の養子となることが決まって、実家を出るちょうど前日のことだった。たまたま中庭に出たら姫がいて、なんて綺麗なんだろうと思った。造形的な美しさなんかじゃなくて、道端で偶然きらきらひかる小石を見つけたみたいに、大切に大切に小さい手の中に包んで。
 いいか、うまくやるんだぞと養父に言われながら、成人して約十年ぶりに城へ足を踏み入れた。

『…… そそのかせということですか?』
『人聞きの悪いことを言うな。…… 人には向き不向きがある。正しい方向へ導いてやるのも臣下の役目さ』

 要するに父は、アンバー卿は息子を使ってなんとしても政権に食い込みたいのだ。劇団に出入りするよう仕向けたのも父だが、その思惑もむなしく、〈グラス・ホッパー座〉は祭事の招待劇団から外されてしまった。本命は〈バタフライ座〉だったが、あそこは女性ばかりの劇団であるうえに父が劇団長にひどく嫌われているため入団どころか見学さえかなわなかった。

(べつに、劇団に入ったところで姫が自分を気に入ってくれるとは思っていなかったけれど)

 どこからか楽器の音がする。祭事が始まるのだ。五日間にわたって開催され、その初日と最終日に神の遣い役が城から神殿へ、そして神殿からまた城へと火を届ける。今年その役目をするのがミルドレッドだと聞いて、例年よりも多くの貴族が集まっている。

(だいたい、役者ならギルバートの方が有名だし、人気だし)

 あれに勝てるわけがないと思いつつ、城下に降りて広場の方へと足を向ける。姫は城から神官らを引き連れて神殿へ向かうので、姫が通る道には多くの人が集まっている。その中にひとり、知った姿を見つけてフランシスは声をかける。

「モニカ嬢は?」
「けんか」
「あんたと?」
「ザックと。―― 勘弁してほしいよ」

 ギルバートはうんざりした様子で言うと大通りへ目をやった。城の方から、衣装に身を包んだ集団がやってくる。
 ミルドレッドは綺麗だった。綺麗で、眩しくて、汚したくなる。ユージーンと同じだ。

「きれいだなぁ」
「うん」

 ギルバートが言って、フランシスは頷いた。

「ありゃ、もう行っちゃったか」

 突然後ろから聞こえた声に、フランシスは反射で振り返る。ギルバートは彼が来るのを知っていたのか、頭をかきながら列を見送るアイザックに「遅いんだよ」と文句を言った。

「劇の方、なんか準備に手間取ってるみたいでばたばたしてるなあと思って見てたらうっかり」
「見てたんなら手伝ってやればよかったのに」
「それが彼女たち、みんな隙のない感じでどうも声がかけづらくて……」

 ぼそぼそと言い訳を並べるアイザックと三人で城下に設営された観劇会場へ向かって歩き出す。
 〈グラス・ホッパー座〉に代わって公演することが決まった〈バタフライ座〉は、女性ばかりの劇団で、とある豪商に資金援助をしてもらっている。団員もほとんどを貴族で構成された〈グラス・ホッパー座〉とは違い、中流貴族から地方の山村の娘と様々で、身分の区別なく、ある意味国内ではもっとも自由に演技をしている劇団といえる。

「…… モニカも、ああいうところでやる方がいいのかもな」
「なに言い出すんだよ、あんたはもう」

 ギルバートがため息を吐きながら言った。

「そんなこと言って、本当にモニカが向こうへ行っちまったらどうすんだよ」
「そりゃあ俺だってそんなの困るけど……」

 アイザックはそう言いつつも、迷うように目を泳がせた。劇団に入ったばかりのフランシスにはわからない、複雑な事情が彼とモニカの間にはあるようだった。アイザックの煮え切らないような態度にギルバートがなにか言いかけた、その時だった。舞台上に現れた姿に、三人は一様に言葉を失った。





 時は数時間前にさかのぼる。
 身支度を終えたミルドレッドが部屋を出て廊下を歩いていると、反対側から歩いてきたユージーンと鉢合わせる。いつも近くにいたせいか、ほんの少し一緒にいなかったせいで長い時間離れていたような感じがする。

「団長のところにいなくていいの?」
「いや、その」

 何気ない様子で声をかけるとユージーンはもごもごと話し出した。彼らしくない。

「…… 本日はおそばにいられないので、それだけお伝えに」
「わざわざ言いに来なくても知ってるわ、そんなこと」

 ユージーンはそうですよね、と口にしつつもなにか言いたげにしている。ミルドレッドはそこで気づいた。
 そんなに心配か。私のことが。たしかに、たしかに頼りがいのあるどころか、出先でも帰ってからも次々問題を起こしてユージーンにとって目を離せないと再確認させたような数日間だっただろうけど。
 でも、もう心配ばかりかけさせたくないと、ほかでもないユージーンと対等になりたいという想いだけはあるのだ。

「―― あのね、ユー……」
「馬鹿なこと言わないで!」

 突然聞こえた大声に、一同が身をすくませた。


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 フランシスがミルドレッドに初めて会ったのはアンバー家の養子となることが決まって、実家を出るちょうど前日のことだった。たまたま中庭に出たら姫がいて、なんて綺麗なんだろうと思った。造形的な美しさなんかじゃなくて、道端で偶然きらきらひかる小石を見つけたみたいに、大切に大切に小さい手の中に包んで。
 いいか、うまくやるんだぞと養父に言われながら、成人して約十年ぶりに城へ足を踏み入れた。
『…… そそのかせということですか?』
『人聞きの悪いことを言うな。…… 人には向き不向きがある。正しい方向へ導いてやるのも臣下の役目さ』
 要するに父は、アンバー卿は息子を使ってなんとしても政権に食い込みたいのだ。劇団に出入りするよう仕向けたのも父だが、その思惑もむなしく、〈グラス・ホッパー座〉は祭事の招待劇団から外されてしまった。本命は〈バタフライ座〉だったが、あそこは女性ばかりの劇団であるうえに父が劇団長にひどく嫌われているため入団どころか見学さえかなわなかった。
(べつに、劇団に入ったところで姫が自分を気に入ってくれるとは思っていなかったけれど)
 どこからか楽器の音がする。祭事が始まるのだ。五日間にわたって開催され、その初日と最終日に神の遣い役が城から神殿へ、そして神殿からまた城へと火を届ける。今年その役目をするのがミルドレッドだと聞いて、例年よりも多くの貴族が集まっている。
(だいたい、役者ならギルバートの方が有名だし、人気だし)
 あれに勝てるわけがないと思いつつ、城下に降りて広場の方へと足を向ける。姫は城から神官らを引き連れて神殿へ向かうので、姫が通る道には多くの人が集まっている。その中にひとり、知った姿を見つけてフランシスは声をかける。
「モニカ嬢は?」
「けんか」
「あんたと?」
「ザックと。―― 勘弁してほしいよ」
 ギルバートはうんざりした様子で言うと大通りへ目をやった。城の方から、衣装に身を包んだ集団がやってくる。
 ミルドレッドは綺麗だった。綺麗で、眩しくて、汚したくなる。ユージーンと同じだ。
「きれいだなぁ」
「うん」
 ギルバートが言って、フランシスは頷いた。
「ありゃ、もう行っちゃったか」
 突然後ろから聞こえた声に、フランシスは反射で振り返る。ギルバートは彼が来るのを知っていたのか、頭をかきながら列を見送るアイザックに「遅いんだよ」と文句を言った。
「劇の方、なんか準備に手間取ってるみたいでばたばたしてるなあと思って見てたらうっかり」
「見てたんなら手伝ってやればよかったのに」
「それが彼女たち、みんな隙のない感じでどうも声がかけづらくて……」
 ぼそぼそと言い訳を並べるアイザックと三人で城下に設営された観劇会場へ向かって歩き出す。
 〈グラス・ホッパー座〉に代わって公演することが決まった〈バタフライ座〉は、女性ばかりの劇団で、とある豪商に資金援助をしてもらっている。団員もほとんどを貴族で構成された〈グラス・ホッパー座〉とは違い、中流貴族から地方の山村の娘と様々で、身分の区別なく、ある意味国内ではもっとも自由に演技をしている劇団といえる。
「…… モニカも、ああいうところでやる方がいいのかもな」
「なに言い出すんだよ、あんたはもう」
 ギルバートがため息を吐きながら言った。
「そんなこと言って、本当にモニカが向こうへ行っちまったらどうすんだよ」
「そりゃあ俺だってそんなの困るけど……」
 アイザックはそう言いつつも、迷うように目を泳がせた。劇団に入ったばかりのフランシスにはわからない、複雑な事情が彼とモニカの間にはあるようだった。アイザックの煮え切らないような態度にギルバートがなにか言いかけた、その時だった。舞台上に現れた姿に、三人は一様に言葉を失った。
 時は数時間前にさかのぼる。
 身支度を終えたミルドレッドが部屋を出て廊下を歩いていると、反対側から歩いてきたユージーンと鉢合わせる。いつも近くにいたせいか、ほんの少し一緒にいなかったせいで長い時間離れていたような感じがする。
「団長のところにいなくていいの?」
「いや、その」
 何気ない様子で声をかけるとユージーンはもごもごと話し出した。彼らしくない。
「…… 本日はおそばにいられないので、それだけお伝えに」
「わざわざ言いに来なくても知ってるわ、そんなこと」
 ユージーンはそうですよね、と口にしつつもなにか言いたげにしている。ミルドレッドはそこで気づいた。
 そんなに心配か。私のことが。たしかに、たしかに頼りがいのあるどころか、出先でも帰ってからも次々問題を起こしてユージーンにとって目を離せないと再確認させたような数日間だっただろうけど。
 でも、もう心配ばかりかけさせたくないと、ほかでもないユージーンと対等になりたいという想いだけはあるのだ。
「―― あのね、ユー……」
「馬鹿なこと言わないで!」
 突然聞こえた大声に、一同が身をすくませた。