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生命の光

ー/ー



 生命の光が灯る。静かに、細やかに、しかし懸命に。それは、この季節にしか見ることのない仄かな光。
 火垂る袋はぼんやりと、闇の中に薄紫の灯を醸した。それは小さくて、儚くて、いかにも消えそうだった。
 花の提灯が消えた……そう思った僕の目には、暗闇の中へと向かう一筋の光が映った。消えたのではない。蛍は火垂る袋から飛び出して、自由になったのだ。光は夜に舞い飛ぶ其れ等に紛れて、真っ黒な闇に縦横無尽の筋を描いた。
「逃げちゃったね。蛍……」
 寂しそうに、君が呟く。薄紫の火垂る袋は闇に飲まれて、輪郭を不確かにした。
 火垂る袋は、釣鐘形をした花だ。その名の由来は、子供達が花の中に蛍を閉じ込め、家に持ち帰ったからとされる。
 僕達が子供の頃は、夏になると火垂る袋の由来に倣って、花の中に蛍を入れた。袋のようにも見える花は、蛍が灯す生命の光で輝いていて……僕達は、その小さな提灯を見て心躍らせていた。
 数年ぶりに都会から戻ってきた君は、また、火垂る袋を灯らせたいと言った。それは、昔から僕達の夏の恒例行事であり、花火大会に代わるほどに特別なものだった。
 蛍の光で花の提灯が灯ると、まるで僕達の心にも灯が点いたかのように、気持ちが弾んだ。嫌なことがあっても、忘れることができた。
 それは、夏の始まり。自然豊かな故郷では、虫採りや魚釣りなど、様々な楽しみが押し寄せる季節の開始でもあった。ぼんやりと輝く花の提灯は、僕達の夏を映し出す象徴であった。
 しかし、故郷に帰った君と見る火垂る袋は、何処か物悲しかった。それは、僕が変わってしまった所為なのか、君が変わってしまった所為なのか。それとも……。
 僕達が成長しても、川の流れもせせらぎも、変わることはなかった。だから、蛍の舞い飛ぶ風景は変わらなかった。
 考えてみると、それは尊いことであった。何故なら、多くの場合は、時間が経過するにつれて自然は壊されてゆくものだから。でも、僕達の故郷は決して侵されることはなく、孤高を保つかのように、変わらず美しいままだったのだ。


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 生命の光が灯る。静かに、細やかに、しかし懸命に。それは、この季節にしか見ることのない仄かな光。
 火垂る袋はぼんやりと、闇の中に薄紫の灯を醸した。それは小さくて、儚くて、いかにも消えそうだった。
 花の提灯が消えた……そう思った僕の目には、暗闇の中へと向かう一筋の光が映った。消えたのではない。蛍は火垂る袋から飛び出して、自由になったのだ。光は夜に舞い飛ぶ其れ等に紛れて、真っ黒な闇に縦横無尽の筋を描いた。
「逃げちゃったね。蛍……」
 寂しそうに、君が呟く。薄紫の火垂る袋は闇に飲まれて、輪郭を不確かにした。
 火垂る袋は、釣鐘形をした花だ。その名の由来は、子供達が花の中に蛍を閉じ込め、家に持ち帰ったからとされる。
 僕達が子供の頃は、夏になると火垂る袋の由来に倣って、花の中に蛍を入れた。袋のようにも見える花は、蛍が灯す生命の光で輝いていて……僕達は、その小さな提灯を見て心躍らせていた。
 数年ぶりに都会から戻ってきた君は、また、火垂る袋を灯らせたいと言った。それは、昔から僕達の夏の恒例行事であり、花火大会に代わるほどに特別なものだった。
 蛍の光で花の提灯が灯ると、まるで僕達の心にも灯が点いたかのように、気持ちが弾んだ。嫌なことがあっても、忘れることができた。
 それは、夏の始まり。自然豊かな故郷では、虫採りや魚釣りなど、様々な楽しみが押し寄せる季節の開始でもあった。ぼんやりと輝く花の提灯は、僕達の夏を映し出す象徴であった。
 しかし、故郷に帰った君と見る火垂る袋は、何処か物悲しかった。それは、僕が変わってしまった所為なのか、君が変わってしまった所為なのか。それとも……。
 僕達が成長しても、川の流れもせせらぎも、変わることはなかった。だから、蛍の舞い飛ぶ風景は変わらなかった。
 考えてみると、それは尊いことであった。何故なら、多くの場合は、時間が経過するにつれて自然は壊されてゆくものだから。でも、僕達の故郷は決して侵されることはなく、孤高を保つかのように、変わらず美しいままだったのだ。