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第34話 Komm, süsser Tod/甘き死よ、来たれ

ー/ー



 ビク、ビク、ビク――――――!

 あまりの衝撃に身体が反応し、

 ガンッ!

と、ひざ頭を学習用机の裏側にぶつけてしまう。

()つ〜〜〜〜〜」

 声を殺しながら、ひざ小僧の痛みに耐えていると、目の前の席に座る上坂部と久々知は、怪訝な表情でオレの表情をうかがっている。そして、この打撲傷の原因を作った張本人は、声こそ出さないものの、肩を震わせながら、オレの反応を楽しんでいるようだ。

「ゴメン。ちょっと、席を外す」

 小声で、上坂部と久々知に告げたオレは、隣に座る名和リッカに、

(ちょっと、付き合ってもらうぞ!)

と視線を送り、学習室を出て、「くつろぎのコーナー」と名付けられた、フリースペースに移動する。

 オレの視線の意味を読み取ったのか、後から付いて来たクラスメートは、クスクスと笑いながら、たずねてくる。

「どうしたの、立花クン? そんなに慌てて」

「どうしたもこうしたもない! どういうつもりだよ?」

 学習室ではないので、声のボリュームに神経質になる必要はないが、それでも、オレはなるべく大声にならないように、それでも、自分の意志がハッキリと伝わるよう、毅然とした態度で名和リッカを問い詰める。

「どういうつもり……って、声を出しちゃいけないから、ボディタッチで私の意志を伝えようとしただけだよ? でも―――女子に慣れていない立花クンには、ちょっと刺激が刺激が強すぎたかな?」

 クスリ―――と、小悪魔的な笑みを浮かべる彼女にたじろぎながらも、自分を落ち着かせるように息を吐いたあとで、オレは口を開く。

「どういう意図があるかオレの知ったことじゃないが、名和は、久々知と付き合ってるんだろ? アンタがあいつのことをどう思っていようが、彼氏の前で、そういう行動はやめてくれ!」

 今度もキッパリと断言するように、そう告げると、彼女はプクッと少しだけほおを膨らませて返答する。

「別に、アナタが気にすることじゃなくない?」

「気にするわ! 少しは、久々知の気持ちを考えろよ」

「ふ〜ん、相変わらずお人好しね。自分の立場が悪くなるとかは考えないんだ?」

「もちろん、それだってある。とにかく、これ以上、あいつら二人の前で、さっきみたいなことをするなら、オレは帰らせてもらうからな」

 オレが、自分の意志を明確に伝えると、彼女は、いかにも不服そうに、

「な〜んだ、つまらないの」

と、不満を述べる。

 この転校生の真意がどこにあるのか、いまのオレにはまるでわからないが……そんな自分にも理解できることはある。

 それは、ボディタッチなどを含めた名和リッカのオレに対するバグった距離感は、確実に交際相手の久々知大成の気分を害するであろう、ということだ。すでに、先日の一件(教室で四葉ちゃんに質問したことを自分で暴露した件)で、クラス内のオレへの評価は地を這うようなモノになっているのだろうが―――。

 それでも、自分の行動以外が原因で、クラスメートと無駄に対立する要素を作りたいとは思わなかった。

 しかし、その一方で、オレの言葉に相変わらず不服そうな態度を示している目の前の相手は、こちらに身体を寄せてきて、

「立花クンが、古典の勉強法を教えてくれるなら……私も、色々なことを教えてあげられるのにな―――」

などと、意味深な言葉をつぶやきながら、オレの胸元に人差し指をあて、クリクリとその指を小刻みに動かす。

 幸いなことに、まだ開館して間もない時間で図書館に人影は少なく、彼女の身体的接触に気圧されて後ずさった場所は、学習室の入口や受付、階段の踊り場などから死角になっている場所なので、この場面を誰かに目撃されることは無いだろうが……。

「だから、そういうことをやめてくれ、と……」

「いいじゃない、誰も見てないよ? もちろん、あの二人もね。いまは――――――私のことだけを見てほしいな……」

 そう言って微笑む妖艶な彼女の瞳は、思わず吸い込まれそうになるような感覚を覚えるほど蠱惑的だ。
 このまま、目の前の相手と落ちるところまで落ちてみたい……という欲求が、心の中から湧きあがってくる。

 そのあまりに甘美な誘惑は、柑橘の実を思わせる香りを伴っていた。

 体温さえ感じられるほどの距離で漂う柔らかな香りがオレの理性を静かに溶かしてゆく。自分に向けられた瞳と彼女の頬の赤みに、胸の奥がうずいた。

(これ以上は、危ない……)

 頭の中では、警鐘が鳴り響いているのに、まるで磁石のように惹きつけられる心は止められない。彼女の吐息が肌に触れるたびに、これまで、他人(特に異性)と関わらないことで積み上げてきた自制心は砂の城のように脆く崩れ、自ら甘美な奈落へと一歩ずつ足を踏み入れていこうとする。

 不意に、むかし見た劇場用アニメの挿入歌が頭の中に流れた。

 ♪ It all returns to nothing, it all comes tumbling down, tumbling down, tumbling down
 (全てが無へと還っていき、全てが崩れていく)

 ♪ It all returns to nothing, I just keep letting me down, letting me down, letting me down
 (全てが無になり、私の心が壊れていく)

 ああ、もう……すべてを委ねて、このまま堕ちて行っても良いか――――――。

 そう感じて、本能に抗う理性を手放そうとした瞬間…………。

「リッカ〜、立花クン〜? どこに居るの〜?」

 周囲に配慮したのか、遠慮がちに問いかける上坂部葉月の声が耳に入った。

 かろうじて、理性を取り戻したオレが、ふたたび、目の前の少女に視線を送ると、彼女の瞳は、目前に立つオレではなく、どこか虚空を見つめているように感じられた。

 オレが我に返るのとほぼ同時に、二人の姿を見つけた上坂部は、

「なにしてるの、二人とも? せっかく、図書館に来たんだから試験勉強の続きをしないとダメだよ」

と、クラス委員らしく注意する。

 その後、学習室に戻ってからは、これ以上、危うい出来事は起こらなかったのだが……。

 オレは、帰り際に頼りになる親類に、LANEのメッセージを送っておいた。
 
 ================
 【緊急】
 彼氏持ちの女子からアプローチ
 されたときの対処法を教えて(><)
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 ビク、ビク、ビク――――――!
 あまりの衝撃に身体が反応し、
 ガンッ!
と、ひざ頭を学習用机の裏側にぶつけてしまう。
「|痛《い》つ〜〜〜〜〜」
 声を殺しながら、ひざ小僧の痛みに耐えていると、目の前の席に座る上坂部と久々知は、怪訝な表情でオレの表情をうかがっている。そして、この打撲傷の原因を作った張本人は、声こそ出さないものの、肩を震わせながら、オレの反応を楽しんでいるようだ。
「ゴメン。ちょっと、席を外す」
 小声で、上坂部と久々知に告げたオレは、隣に座る名和リッカに、
(ちょっと、付き合ってもらうぞ!)
と視線を送り、学習室を出て、「くつろぎのコーナー」と名付けられた、フリースペースに移動する。
 オレの視線の意味を読み取ったのか、後から付いて来たクラスメートは、クスクスと笑いながら、たずねてくる。
「どうしたの、立花クン? そんなに慌てて」
「どうしたもこうしたもない! どういうつもりだよ?」
 学習室ではないので、声のボリュームに神経質になる必要はないが、それでも、オレはなるべく大声にならないように、それでも、自分の意志がハッキリと伝わるよう、毅然とした態度で名和リッカを問い詰める。
「どういうつもり……って、声を出しちゃいけないから、ボディタッチで私の意志を伝えようとしただけだよ? でも―――女子に慣れていない立花クンには、ちょっと刺激が刺激が強すぎたかな?」
 クスリ―――と、小悪魔的な笑みを浮かべる彼女にたじろぎながらも、自分を落ち着かせるように息を吐いたあとで、オレは口を開く。
「どういう意図があるかオレの知ったことじゃないが、名和は、久々知と付き合ってるんだろ? アンタがあいつのことをどう思っていようが、彼氏の前で、そういう行動はやめてくれ!」
 今度もキッパリと断言するように、そう告げると、彼女はプクッと少しだけほおを膨らませて返答する。
「別に、アナタが気にすることじゃなくない?」
「気にするわ! 少しは、久々知の気持ちを考えろよ」
「ふ〜ん、相変わらずお人好しね。自分の立場が悪くなるとかは考えないんだ?」
「もちろん、それだってある。とにかく、これ以上、あいつら二人の前で、さっきみたいなことをするなら、オレは帰らせてもらうからな」
 オレが、自分の意志を明確に伝えると、彼女は、いかにも不服そうに、
「な〜んだ、つまらないの」
と、不満を述べる。
 この転校生の真意がどこにあるのか、いまのオレにはまるでわからないが……そんな自分にも理解できることはある。
 それは、ボディタッチなどを含めた名和リッカのオレに対するバグった距離感は、確実に交際相手の久々知大成の気分を害するであろう、ということだ。すでに、先日の一件(教室で四葉ちゃんに質問したことを自分で暴露した件)で、クラス内のオレへの評価は地を這うようなモノになっているのだろうが―――。
 それでも、自分の行動以外が原因で、クラスメートと無駄に対立する要素を作りたいとは思わなかった。
 しかし、その一方で、オレの言葉に相変わらず不服そうな態度を示している目の前の相手は、こちらに身体を寄せてきて、
「立花クンが、古典の勉強法を教えてくれるなら……私も、色々なことを教えてあげられるのにな―――」
などと、意味深な言葉をつぶやきながら、オレの胸元に人差し指をあて、クリクリとその指を小刻みに動かす。
 幸いなことに、まだ開館して間もない時間で図書館に人影は少なく、彼女の身体的接触に気圧されて後ずさった場所は、学習室の入口や受付、階段の踊り場などから死角になっている場所なので、この場面を誰かに目撃されることは無いだろうが……。
「だから、そういうことをやめてくれ、と……」
「いいじゃない、誰も見てないよ? もちろん、あの二人もね。いまは――――――私のことだけを見てほしいな……」
 そう言って微笑む妖艶な彼女の瞳は、思わず吸い込まれそうになるような感覚を覚えるほど蠱惑的だ。
 このまま、目の前の相手と落ちるところまで落ちてみたい……という欲求が、心の中から湧きあがってくる。
 そのあまりに甘美な誘惑は、柑橘の実を思わせる香りを伴っていた。
 体温さえ感じられるほどの距離で漂う柔らかな香りがオレの理性を静かに溶かしてゆく。自分に向けられた瞳と彼女の頬の赤みに、胸の奥がうずいた。
(これ以上は、危ない……)
 頭の中では、警鐘が鳴り響いているのに、まるで磁石のように惹きつけられる心は止められない。彼女の吐息が肌に触れるたびに、これまで、他人(特に異性)と関わらないことで積み上げてきた自制心は砂の城のように脆く崩れ、自ら甘美な奈落へと一歩ずつ足を踏み入れていこうとする。
 不意に、むかし見た劇場用アニメの挿入歌が頭の中に流れた。
 ♪ It all returns to nothing, it all comes tumbling down, tumbling down, tumbling down
 (全てが無へと還っていき、全てが崩れていく)
 ♪ It all returns to nothing, I just keep letting me down, letting me down, letting me down
 (全てが無になり、私の心が壊れていく)
 ああ、もう……すべてを委ねて、このまま堕ちて行っても良いか――――――。
 そう感じて、本能に抗う理性を手放そうとした瞬間…………。
「リッカ〜、立花クン〜? どこに居るの〜?」
 周囲に配慮したのか、遠慮がちに問いかける上坂部葉月の声が耳に入った。
 かろうじて、理性を取り戻したオレが、ふたたび、目の前の少女に視線を送ると、彼女の瞳は、目前に立つオレではなく、どこか虚空を見つめているように感じられた。
 オレが我に返るのとほぼ同時に、二人の姿を見つけた上坂部は、
「なにしてるの、二人とも? せっかく、図書館に来たんだから試験勉強の続きをしないとダメだよ」
と、クラス委員らしく注意する。
 その後、学習室に戻ってからは、これ以上、危うい出来事は起こらなかったのだが……。
 オレは、帰り際に頼りになる親類に、LANEのメッセージを送っておいた。
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 【緊急】
 彼氏持ちの女子からアプローチ
 されたときの対処法を教えて(><)
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