名もなき者が語った話
ー/ー「ねえ、ネットニュース見た? また人里に熊が出たんですって」
「見た見た。でも、あれだろ。公式発表では猟友会が駆除したってことになってるけど……」
「そうそう。本当は、また例の“黒いトビウオ”がやったって噂よ。銃も何も使わず、あっという間に三頭倒したって」
「すげえな。でも、マジで何者なんだろ」
――大学のキャンパスで不意にそんな噂話が耳に入り、僕はその会話をしていた男女二人組に声をかけた。
「あの……今、お話しされてたことって」
「え? あっ、あなた……!」
「突然割り込んですみません。今、お二人が話されてたことがどうしても気になって……」
「謎の救助隊のことか? 聞いたことないのか」
「はい。僕、先日大和からこちらへ来たばかりなので、この国のことをあまりよく知らなくて……」
「この守吏里で、時々目撃されるんだよ。熊が出たとか、災害とか事故の現場にどこからともなく現れる救助隊がいるんだ」
「そうなのよ。公設の救助隊ですら太刀打ちできないような状況でも、人間離れした働きで颯爽と飛び込んで行くんですって。でも、正体がまったく分からないの。ただひとつ分かってるのは、真っ黒な救助服の背中に、アイノの伝統的な文様があるってことくらいで」
「アイノ……先住民族の名前でしたっけ。へえ、そんな人たちがいるんですね」
礼を告げてその場を立ち去ろうとすると、その男女二人のうち、男性の方が何か他のことに心を奪われたように声を上げた。
「おっ、瀬名ちゃんだ」
彼の視線の先にあったのは、黒いショートヘアを風に靡かせながら歩く一人の女子学生の姿だった。ことさら目を向けているのは、ショートパンツから覗くすらりとした美しい脚であるようだ。
「カッコ可愛いよなあ。まさに八頭身美女ってやつだ。あと胸だけあれば言うことなしなんだけど。でも、それを差し引いても高嶺の花だわ」
鼻の下が伸びるとはこういうことなのだろう。連れの女性がややムッとした顔をしているが、残念なことに彼は気付いていないらしい。
「……瀬名朝陽さん、でしたっけ」
「おっ、知ってる?」
「目立ちますよねえ、彼女。恋人なんているんでしょうか」
そう呟くと、男女二人組は少し驚いたように僕の方を見てきた。
「えっと、ほら、あの人じゃないか? 檜山……なんつったっけ」
「檜山……ひょっとして、檜山虎太郎さん……ですか?」
「そうそう。あの人と親しそうに話してるとこよく見かけるけど。災害科学研究室の人で、すげえ優秀なんだってさ」
「へえ……その人が瀬名さんの彼氏なんですか?」
「彼氏かどうかまでは知らないけど。でもなあ、何ていうか……見た目が釣り合ってないんだよな」
「そうね。言っちゃ悪いけど、檜山サンの方が地味っていうか……ダサい?」
「それな。正直、災害科学ってのもなんか今ひとつマイナーじゃね?」
カップルと思しき二人の浅ましい会話に閉口しながらも、僕は努めて平常心を装った。
「色々教えてくださってありがとうございます。それじゃ」
そう告げて、その場を立ち去ろうとした。だがその前に一度くるりと振り返り、とびっきりの笑顔で言い忘れた言葉を放った。
「あ。ちなみにですが、僕も災害科学志望なんです」
決まり悪そうに固まってしまった二人に今度こそ背を向け、僕は再び歩き出した。
「……あいつ、岬とか言ったっけ。確か、編入生の。なんか変な奴」
「ああ……やってしまったわ。せっかくあのイケメンと話せたのにい」
「見た見た。でも、あれだろ。公式発表では猟友会が駆除したってことになってるけど……」
「そうそう。本当は、また例の“黒いトビウオ”がやったって噂よ。銃も何も使わず、あっという間に三頭倒したって」
「すげえな。でも、マジで何者なんだろ」
――大学のキャンパスで不意にそんな噂話が耳に入り、僕はその会話をしていた男女二人組に声をかけた。
「あの……今、お話しされてたことって」
「え? あっ、あなた……!」
「突然割り込んですみません。今、お二人が話されてたことがどうしても気になって……」
「謎の救助隊のことか? 聞いたことないのか」
「はい。僕、先日大和からこちらへ来たばかりなので、この国のことをあまりよく知らなくて……」
「この守吏里で、時々目撃されるんだよ。熊が出たとか、災害とか事故の現場にどこからともなく現れる救助隊がいるんだ」
「そうなのよ。公設の救助隊ですら太刀打ちできないような状況でも、人間離れした働きで颯爽と飛び込んで行くんですって。でも、正体がまったく分からないの。ただひとつ分かってるのは、真っ黒な救助服の背中に、アイノの伝統的な文様があるってことくらいで」
「アイノ……先住民族の名前でしたっけ。へえ、そんな人たちがいるんですね」
礼を告げてその場を立ち去ろうとすると、その男女二人のうち、男性の方が何か他のことに心を奪われたように声を上げた。
「おっ、瀬名ちゃんだ」
彼の視線の先にあったのは、黒いショートヘアを風に靡かせながら歩く一人の女子学生の姿だった。ことさら目を向けているのは、ショートパンツから覗くすらりとした美しい脚であるようだ。
「カッコ可愛いよなあ。まさに八頭身美女ってやつだ。あと胸だけあれば言うことなしなんだけど。でも、それを差し引いても高嶺の花だわ」
鼻の下が伸びるとはこういうことなのだろう。連れの女性がややムッとした顔をしているが、残念なことに彼は気付いていないらしい。
「……瀬名朝陽さん、でしたっけ」
「おっ、知ってる?」
「目立ちますよねえ、彼女。恋人なんているんでしょうか」
そう呟くと、男女二人組は少し驚いたように僕の方を見てきた。
「えっと、ほら、あの人じゃないか? 檜山……なんつったっけ」
「檜山……ひょっとして、檜山虎太郎さん……ですか?」
「そうそう。あの人と親しそうに話してるとこよく見かけるけど。災害科学研究室の人で、すげえ優秀なんだってさ」
「へえ……その人が瀬名さんの彼氏なんですか?」
「彼氏かどうかまでは知らないけど。でもなあ、何ていうか……見た目が釣り合ってないんだよな」
「そうね。言っちゃ悪いけど、檜山サンの方が地味っていうか……ダサい?」
「それな。正直、災害科学ってのもなんか今ひとつマイナーじゃね?」
カップルと思しき二人の浅ましい会話に閉口しながらも、僕は努めて平常心を装った。
「色々教えてくださってありがとうございます。それじゃ」
そう告げて、その場を立ち去ろうとした。だがその前に一度くるりと振り返り、とびっきりの笑顔で言い忘れた言葉を放った。
「あ。ちなみにですが、僕も災害科学志望なんです」
決まり悪そうに固まってしまった二人に今度こそ背を向け、僕は再び歩き出した。
「……あいつ、岬とか言ったっけ。確か、編入生の。なんか変な奴」
「ああ……やってしまったわ。せっかくあのイケメンと話せたのにい」
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