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第17話 「証拠はあるのか?」

ー/ー



 静かな時間が流れた。重たい沈黙。責めるようなものではない。ただ、どうして、という疑問と憐みの目が向けられている。
 もっとも、それを向けているのは間宮先輩だけか。一ノ瀬先輩はぼんやりとしたまま彼を見ている。

「君島……」

 間宮先輩が立ち上がり、絞り出すような声を上げた。その声に反応して、君島先輩が顔を上げる。その顔は意外に晴れやかだ。

「なるほど。もっともらしい推理だな。本当に本の中の探偵みたいだ。……けど全部君の推測だろう? それらしい話をしていたけど、証拠はない」

 そこまで言ってから、君島先輩は自嘲気味に笑った。

「なんて、本当に犯人みたいなセリフだな。犯人扱いされると、ついこう言いたくなってしまうものなんだな」
「……君島、あんた本当にやってないの?」
「ああ、俺はなにもやってないよ」
「別に、隠さなくたっていいのよ。そりゃ、悪気があってやったなら私だって怒るけど、なにか事情があったんでしょ? 必死になって隠さなくたっていい」

 間宮先輩はどこか泣きそうな顔だった。友達だと思っていた友人の意図が分からない行動に困惑しているようだ。

「ねえ、ひとはも何か言ってよ」

 一ノ瀬先輩は、その言葉にふっと口をゆがめて笑った。その反応に間宮先輩はますます弱弱しい表情になる。

「証拠がないわけじゃないですよ」

 泉さんのきっぱりとした言葉に君島先輩は目を瞬かせる。

「どういうことだ?」
「確かに、私の話は全て推測です。けれど私の話が当たっているなら、今証拠を提示することができます」
「本当なの?」
「ええ。私の話では、君島先輩はとっさに本を隠した。隠すとしたら自分の鞄の中でしょう。なら、その本はどこに行ったのか? 処分したか、家に今も置いてあるか。いいえ、それはしていないはずです。なぜなら、私の予想が正しければ、その本はこの図書室のものだからです。君島先輩はその本を一刻も早く元の形に戻したかった。それはつまり、本を返却したかったということです。けれど、それはもともと君島先輩が借りたものではない。君島先輩の手からは返却できない。誰にも見つからずに本を返却するには、自分がカウンター当番の日に、自分の手で返却処理を進めてしまうことです。そして、事件の日から今日まで、君島先輩のカウンター当番はなかった。……今日の放課後を除いて」

 ああ、なるほど。ようやく合点がいった。だから彼女は僕に、今日一日カウンターから離れないよう命令したのか。

「ですが今日はカウンターに雛子君が張り付いていた。さぞかし鬱陶しかったでしょうね。しかしそのおかげで、君島先輩は誰にも見とがめられずに返却処理をすることはできなかった。つまり、今、君島先輩の鞄には増えた本が入っているはずです」

 はあー、という長い溜息が聞こえた。君島先輩が天井を仰いでいる。眼鏡を外し、目元を手のひらで覆う。やがてしばしの沈黙ののち、眼鏡をかけなおすと、力なく微笑んだ。

「まいった。本当に何でも見透かしてるんだな。まさか、ブックスタンドひとつ片付け忘れただけで全部ばれるとは」
「……君島。やっぱりあんたが」
「うん。そうだな。俺がやった。ほら、これ」

 君島先輩は足元の鞄から一冊の本を取り出す。それを見て、間宮先輩は息をのんだ。

「それ……」

 青い表紙のハードカバー。僕はその本のタイトルに見覚えがあった。
 督促状に書かれていたタイトル。この本は、久野巧が借りていたものだ。

「一言、謝ってほしかっただけなんだあ」

 一ノ瀬先輩が、いつものようなどこか間延びした声音で言った。彼女は泣いているような笑っているような、疲れ切った表情を浮かべている。

「久野君に一言、ごめんねって言ってほしかったの。それだけだったんだよ」

 一ノ瀬先輩はそう言って、俯いてしまった。小柄な彼女の肩がいつもよりずっと小さく見える。

「なに? なんなの? どういうこと?」

 小さく見えるのは間宮先輩も一緒だ。いつも強気ではきはきしていた彼女は明らかにうろたえている。彼女はこの件で唯一何もしていない。なのに一番追い詰められているように見えた。

「私から話しましょうか」

 泉さんの言葉に、一ノ瀬先輩は顔を伏せたまま頷いた。話す気力はないのだろう。君島先輩は力なく座り込んだまま、そんな彼女を見ている。彼にも、なぜ彼女がこの本を持っていたのかわかっていないのかもしれない。


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 静かな時間が流れた。重たい沈黙。責めるようなものではない。ただ、どうして、という疑問と憐みの目が向けられている。
 もっとも、それを向けているのは間宮先輩だけか。一ノ瀬先輩はぼんやりとしたまま彼を見ている。
「君島……」
 間宮先輩が立ち上がり、絞り出すような声を上げた。その声に反応して、君島先輩が顔を上げる。その顔は意外に晴れやかだ。
「なるほど。もっともらしい推理だな。本当に本の中の探偵みたいだ。……けど全部君の推測だろう? それらしい話をしていたけど、証拠はない」
 そこまで言ってから、君島先輩は自嘲気味に笑った。
「なんて、本当に犯人みたいなセリフだな。犯人扱いされると、ついこう言いたくなってしまうものなんだな」
「……君島、あんた本当にやってないの?」
「ああ、俺はなにもやってないよ」
「別に、隠さなくたっていいのよ。そりゃ、悪気があってやったなら私だって怒るけど、なにか事情があったんでしょ? 必死になって隠さなくたっていい」
 間宮先輩はどこか泣きそうな顔だった。友達だと思っていた友人の意図が分からない行動に困惑しているようだ。
「ねえ、ひとはも何か言ってよ」
 一ノ瀬先輩は、その言葉にふっと口をゆがめて笑った。その反応に間宮先輩はますます弱弱しい表情になる。
「証拠がないわけじゃないですよ」
 泉さんのきっぱりとした言葉に君島先輩は目を瞬かせる。
「どういうことだ?」
「確かに、私の話は全て推測です。けれど私の話が当たっているなら、今証拠を提示することができます」
「本当なの?」
「ええ。私の話では、君島先輩はとっさに本を隠した。隠すとしたら自分の鞄の中でしょう。なら、その本はどこに行ったのか? 処分したか、家に今も置いてあるか。いいえ、それはしていないはずです。なぜなら、私の予想が正しければ、その本はこの図書室のものだからです。君島先輩はその本を一刻も早く元の形に戻したかった。それはつまり、本を返却したかったということです。けれど、それはもともと君島先輩が借りたものではない。君島先輩の手からは返却できない。誰にも見つからずに本を返却するには、自分がカウンター当番の日に、自分の手で返却処理を進めてしまうことです。そして、事件の日から今日まで、君島先輩のカウンター当番はなかった。……今日の放課後を除いて」
 ああ、なるほど。ようやく合点がいった。だから彼女は僕に、今日一日カウンターから離れないよう命令したのか。
「ですが今日はカウンターに雛子君が張り付いていた。さぞかし鬱陶しかったでしょうね。しかしそのおかげで、君島先輩は誰にも見とがめられずに返却処理をすることはできなかった。つまり、今、君島先輩の鞄には増えた本が入っているはずです」
 はあー、という長い溜息が聞こえた。君島先輩が天井を仰いでいる。眼鏡を外し、目元を手のひらで覆う。やがてしばしの沈黙ののち、眼鏡をかけなおすと、力なく微笑んだ。
「まいった。本当に何でも見透かしてるんだな。まさか、ブックスタンドひとつ片付け忘れただけで全部ばれるとは」
「……君島。やっぱりあんたが」
「うん。そうだな。俺がやった。ほら、これ」
 君島先輩は足元の鞄から一冊の本を取り出す。それを見て、間宮先輩は息をのんだ。
「それ……」
 青い表紙のハードカバー。僕はその本のタイトルに見覚えがあった。
 督促状に書かれていたタイトル。この本は、久野巧が借りていたものだ。
「一言、謝ってほしかっただけなんだあ」
 一ノ瀬先輩が、いつものようなどこか間延びした声音で言った。彼女は泣いているような笑っているような、疲れ切った表情を浮かべている。
「久野君に一言、ごめんねって言ってほしかったの。それだけだったんだよ」
 一ノ瀬先輩はそう言って、俯いてしまった。小柄な彼女の肩がいつもよりずっと小さく見える。
「なに? なんなの? どういうこと?」
 小さく見えるのは間宮先輩も一緒だ。いつも強気ではきはきしていた彼女は明らかにうろたえている。彼女はこの件で唯一何もしていない。なのに一番追い詰められているように見えた。
「私から話しましょうか」
 泉さんの言葉に、一ノ瀬先輩は顔を伏せたまま頷いた。話す気力はないのだろう。君島先輩は力なく座り込んだまま、そんな彼女を見ている。彼にも、なぜ彼女がこの本を持っていたのかわかっていないのかもしれない。