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第5話 りなちゃ……泉さんは名探偵

ー/ー



「相変わらず甘いね、雛子君は」

 いちごシェイクをずもももももとすすりながら、その少女は言った。

 冷たい口調に反した、やや舌足らずな声だ。とはいえ見た目は声通り。ボブカットの栗色の髪、背は低めの百四十センチ台。飾り気のない鈍色のヘアピンで、横髪を止めている。学校指定の鞄には、なんだかわからないクレーンゲームで取ったと思われる謎のぬいぐるみが山ほどつけられていた。

 図書委員の当番を終わらせた僕は、彼女と一緒に近所のハンバーガーチェーン店にやって来ていた。子供の遊ぶアスレチックコーナーも設置された店舗で、店内には家族連れの賑やかな声が響いている。

「甘いって、どういう意味? りなちゃ――」
「なにか言った?」

 食い気味に遮られた。言った本人は、冷たい目で僕を睨んでいる。

 彼女は、泉里奈いずみ りな。子供の頃、家が隣同士だった幼馴染というやつだ。子供の頃は「里奈ちゃん」と呼んでいたのだけど、小学校高学年くらいからその名で呼ぶのを許さなくなった。特に人目のあるところで呼ぶとめちゃくちゃ怒る。なので普段から心の中でも「泉さん」と呼ぶよう心掛けているのだが、つい油断すると昔の癖が出てしまう。

「ごめん……。泉さん」

 彼女は返事の代わりに鼻を鳴らした。そして僕のポテトを問答無用で数本奪っていく。それくらいで機嫌が戻るなら、安いものだと思っておこう……。

 ちなみに彼女の前にはハンバーガーが4つほど積み上がり、山盛りのポテトがある。僕は夕飯があるので、飲み物とポテトだけだ。とはいえ彼女も帰れば夕飯を食べるのだが。並の女子高生の胃袋ではない。

「……で、どういう意味なの?」
「みんな良い人だってところ。他に侵入した人の可能性は低いんだから、状況的に容疑者は絞られてるでしょ」
「容疑者って、なんか本当に事件みたいだ」
「事件は事件でしょ。図書室の展示コーナーを荒らした器物損壊罪」
「大げさだなあ。被害届は出てないよ」
「それはそう。でも、事件は事件。事件には必ず意図がある。秘密と謎も」
「秘密と謎……」
「現状の容疑者は四人。間宮詩織、君島大吾、一ノ瀬ひとは、雛子鷹」
「え、僕も入ってるの」

 自分の名前を呼ばれてドキリとする。幼馴染なのに、僕も犯人候補に入れるのか。

「当然でしょ。昨日、鍵を閉める直前の図書室に出入りしたひとりなんだから」
「それはそうだけど……ひどいなあ」
「私情で犯人候補から外したりしないよ」

 ポテトをつまみながら呟く。彼女は合理的な人だ。本当に僕を犯人候補に入れながら考えているのだろう。

「あのさ、僕と一ノ瀬先輩はともかく、君島先輩と間宮先輩も容疑者なの?」

 ふたりは第一発見者だ。事件の発生を知らせたのも彼らなわけで、犯人ならわざわざそんなことをするだろうか。

「正確には、第一発見者は君島先輩でしょ。先に図書室に入ったのは彼なんだから」

 それはそうだが、もし彼が犯人なら、自分で展示コーナーをめちゃくちゃにして、第一発見者のふりをしたということか? 第一発見者が犯人、というのはありがちな話だ。だけど結局なんでそんなことを……。

「動機がわからないのは、全員一緒」

 それはその通りだ。動機だけで言うなら現状誰にもないように見える。皆、親切な図書委員だし、展示コーナーを荒らしたところで得られるメリットも想像がつかない。

「間宮先輩はどうなのさ。鍵を開けたのが君島先輩なら、彼女には絶対不可能じゃない?」
「そんなことない。君島先輩に鍵を渡す前に、図書室に入ってる可能性がある」

 僕が疑問を口にすると、泉さんは素早く切り捨てる。
 なるほど、その可能性もあるのか。僕はどうにも言われたことを素直に信じすぎるきらいがあるようだ。

 まず、間宮先輩は朝一番に学校にやってきて、職員室で鍵を受け取る。その後図書室に入って展示コーナーを荒らす。それから鍵を閉めて、やってきた君島先輩に、さも今鍵を貰ってきたかのように言えば、朝一番に図書室に入るのは君島先輩になる。

 とはいえ、理由はまったくわからない。彼女は展示コーナーの企画を主導していた人間だし、今もなお犯人を探すと息巻いているのだ。だがさっきも言ったように、動機がわからないのは皆一緒だ。

「起きたことには意図がある。人が起こしたものなんだから必ず。……ねえ、どうして人が嘘をつくのかわかる?」
「え……。怒られたくないからとか?」
「そうだね。自分が傷つくのを恐れてる。怒られたり、罰せられたりしたくないから」
「あとは……誰かのためとか」
「うん。でも、嘘の底にあるのはどれも同じ。嘘には、想いが隠れてる。だから謎は、人の想いが作り出すものなんだよ」

 シェイクの残りを音を立てて吸い込んで、つまらなそうに泉さんは言う。それが本当なら、謎を解くことは、人の隠したい想いを暴きたてることなのかもしれない。

「だから、大事なことはいつも真実から始まるの」

 それは、彼女の口癖だった。すべては、真実から始まる。でも僕は、いつも怖くなる。真実を求めることの先に、意味があるのか。彼女が暴きたてる真実が、たくさんの人を傷つけてしまわないか。

 僕は今日のことを話してしまったことを少し後悔し始めていた。一度話してしまえば止まらない。どこかにある正しさを求める彼女は、目の前にある謎を暴かずにはいられないのだ。

 泉さんは窓の外を眺めながら、食事を続けていた。通りすぎる通行人を横目に、彼女の脳はすでに回転を始めているのだろう。


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「相変わらず甘いね、雛子君は」
 いちごシェイクをずもももももとすすりながら、その少女は言った。
 冷たい口調に反した、やや舌足らずな声だ。とはいえ見た目は声通り。ボブカットの栗色の髪、背は低めの百四十センチ台。飾り気のない鈍色のヘアピンで、横髪を止めている。学校指定の鞄には、なんだかわからないクレーンゲームで取ったと思われる謎のぬいぐるみが山ほどつけられていた。
 図書委員の当番を終わらせた僕は、彼女と一緒に近所のハンバーガーチェーン店にやって来ていた。子供の遊ぶアスレチックコーナーも設置された店舗で、店内には家族連れの賑やかな声が響いている。
「甘いって、どういう意味? りなちゃ――」
「なにか言った?」
 食い気味に遮られた。言った本人は、冷たい目で僕を睨んでいる。
 彼女は、泉里奈いずみ りな。子供の頃、家が隣同士だった幼馴染というやつだ。子供の頃は「里奈ちゃん」と呼んでいたのだけど、小学校高学年くらいからその名で呼ぶのを許さなくなった。特に人目のあるところで呼ぶとめちゃくちゃ怒る。なので普段から心の中でも「泉さん」と呼ぶよう心掛けているのだが、つい油断すると昔の癖が出てしまう。
「ごめん……。泉さん」
 彼女は返事の代わりに鼻を鳴らした。そして僕のポテトを問答無用で数本奪っていく。それくらいで機嫌が戻るなら、安いものだと思っておこう……。
 ちなみに彼女の前にはハンバーガーが4つほど積み上がり、山盛りのポテトがある。僕は夕飯があるので、飲み物とポテトだけだ。とはいえ彼女も帰れば夕飯を食べるのだが。並の女子高生の胃袋ではない。
「……で、どういう意味なの?」
「みんな良い人だってところ。他に侵入した人の可能性は低いんだから、状況的に容疑者は絞られてるでしょ」
「容疑者って、なんか本当に事件みたいだ」
「事件は事件でしょ。図書室の展示コーナーを荒らした器物損壊罪」
「大げさだなあ。被害届は出てないよ」
「それはそう。でも、事件は事件。事件には必ず意図がある。秘密と謎も」
「秘密と謎……」
「現状の容疑者は四人。間宮詩織、君島大吾、一ノ瀬ひとは、雛子鷹」
「え、僕も入ってるの」
 自分の名前を呼ばれてドキリとする。幼馴染なのに、僕も犯人候補に入れるのか。
「当然でしょ。昨日、鍵を閉める直前の図書室に出入りしたひとりなんだから」
「それはそうだけど……ひどいなあ」
「私情で犯人候補から外したりしないよ」
 ポテトをつまみながら呟く。彼女は合理的な人だ。本当に僕を犯人候補に入れながら考えているのだろう。
「あのさ、僕と一ノ瀬先輩はともかく、君島先輩と間宮先輩も容疑者なの?」
 ふたりは第一発見者だ。事件の発生を知らせたのも彼らなわけで、犯人ならわざわざそんなことをするだろうか。
「正確には、第一発見者は君島先輩でしょ。先に図書室に入ったのは彼なんだから」
 それはそうだが、もし彼が犯人なら、自分で展示コーナーをめちゃくちゃにして、第一発見者のふりをしたということか? 第一発見者が犯人、というのはありがちな話だ。だけど結局なんでそんなことを……。
「動機がわからないのは、全員一緒」
 それはその通りだ。動機だけで言うなら現状誰にもないように見える。皆、親切な図書委員だし、展示コーナーを荒らしたところで得られるメリットも想像がつかない。
「間宮先輩はどうなのさ。鍵を開けたのが君島先輩なら、彼女には絶対不可能じゃない?」
「そんなことない。君島先輩に鍵を渡す前に、図書室に入ってる可能性がある」
 僕が疑問を口にすると、泉さんは素早く切り捨てる。
 なるほど、その可能性もあるのか。僕はどうにも言われたことを素直に信じすぎるきらいがあるようだ。
 まず、間宮先輩は朝一番に学校にやってきて、職員室で鍵を受け取る。その後図書室に入って展示コーナーを荒らす。それから鍵を閉めて、やってきた君島先輩に、さも今鍵を貰ってきたかのように言えば、朝一番に図書室に入るのは君島先輩になる。
 とはいえ、理由はまったくわからない。彼女は展示コーナーの企画を主導していた人間だし、今もなお犯人を探すと息巻いているのだ。だがさっきも言ったように、動機がわからないのは皆一緒だ。
「起きたことには意図がある。人が起こしたものなんだから必ず。……ねえ、どうして人が嘘をつくのかわかる?」
「え……。怒られたくないからとか?」
「そうだね。自分が傷つくのを恐れてる。怒られたり、罰せられたりしたくないから」
「あとは……誰かのためとか」
「うん。でも、嘘の底にあるのはどれも同じ。嘘には、想いが隠れてる。だから謎は、人の想いが作り出すものなんだよ」
 シェイクの残りを音を立てて吸い込んで、つまらなそうに泉さんは言う。それが本当なら、謎を解くことは、人の隠したい想いを暴きたてることなのかもしれない。
「だから、大事なことはいつも真実から始まるの」
 それは、彼女の口癖だった。すべては、真実から始まる。でも僕は、いつも怖くなる。真実を求めることの先に、意味があるのか。彼女が暴きたてる真実が、たくさんの人を傷つけてしまわないか。
 僕は今日のことを話してしまったことを少し後悔し始めていた。一度話してしまえば止まらない。どこかにある正しさを求める彼女は、目の前にある謎を暴かずにはいられないのだ。
 泉さんは窓の外を眺めながら、食事を続けていた。通りすぎる通行人を横目に、彼女の脳はすでに回転を始めているのだろう。