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【1‐5】 この場に犯人はいない(目を向けながら)

ー/ー



「皆の者静まれ!! その場を動くな!!」


 凛とした声が講義室全体に走り、シン……とする。
 声の主、最前列に座っていた長身の女性は一振の直剣をさげていて、服装もこの学園の物ではない。

(……あれは、王子様の護衛?)

 視点をIDなど情報の世界へと切り替えたロミエはそう判断する。
 事実、彼女の隣には濃い金髪の第一王子が座っていた。
 護衛の騎士は鬼気迫る表情で講義室を見渡す。

「これはれっきとした王族の暗殺未遂事件だ、ゆえに事情聴取のため残ってもらおう‼」

 その視線は主に教師陣に向いていたが、再びざわめく生徒たちを一瞥すると、それも静まり返る。

「あ、アイリシカ、ぼくは大丈夫だ、なんともない。だから……」

 王子が何か言おうとする。
 しかし、「コンコン」と講義室の扉を叩いたとともに、「失礼するよ」と一人の男子生徒が入ってきた。

 亜麻色の髪をした生徒だ。
 制服のケープコートに施される刺繍の色的に、最高学年の4年生だろうか。
 全ての視線が集まる中、彼は涼しい顔で壇上に上がる。

「講義中に失礼。生徒会の者です。発破音がして参ったのだけれど……状況を説明してもらっても?」

 亜麻色の髪をし、「生徒会の者」と名乗った青年は教師陣に説明を求めた。

「ううむ、どうやら魔道具が暴走しちゃったっぽくてね?」

「なるほど……。しかし、こちらにはリフィル殿下がいらっしゃるから、誰かが暗殺を謀ったのではないか……というのが貴女の見立てだね? アイリシカ殿」

「はっ、その通りです。なのでこの場にいる全員に事情聴取を行おうかと」

 この場にいる全員、つまり約400人を一人一人に聞いていくということではないか。
 さらりと凄い事を言うアイリシカと呼ばれた護衛に、教師陣すら絶句していると、生徒会の青年が「ふむ……」と提案する。

「……そうだな、ここは我が生徒会に任せてはもらえないだろうか?」

「し、しかし、私は殿下の従者として犯人を炙り出さねば……」

「ああ、もちろん貴女にも協力を要請しよう。なんせ、王位継承者であるリフィル殿下のすぐそばで事故が起こったのだからね」

 護衛対象の暗殺未遂を前に冷静さを失っていたアイリシカを、青年は(なだ)めるような口調で諭す。

「しかし、だからこそ貴女には殿下の護衛に専念して頂きたいのだけれど、どうだろう?」

 護衛に専念して欲しい──そう言われてしまえばアイリシカも頷くしかない。
 アイリシカは不承不承といった様子で頷く。

「……承知した。お気遣い感謝いたします」

「それでは、この場は私に任せてもらおう。貴女は殿下を安全なところにお連れして頂きたい」

「承知した。行きましょう、殿下」

「は、はいっ。わかった……」

 アイリシカはまだ14歳の殿下を連れ、講義室を後にする。

「……さて――」

 その一言で講義室内に静かに緊張が走った。

 ロミエも自然と背筋を伸ばす。この青年は場の空気を支配するのがうまい。
 その一挙一動から醸し出される余裕で他人を威圧、ないしはを自覚させてくる。

「ひとまず、状況証拠的にこの場に犯人はいないと、私は結論づけた」

 そう言って亜麻色の髪の青年は、視線を教師陣から生徒に向ける。

(……えっ)

 目が合った。

 偶然か、と思って目を逸らし、またチラリと見直しても目が合った。
 彼は融和な笑みを浮かべてロミエだけを見ている。

(ばっばばっばばば、ばっバレたぁ!? か、勘づかれてるぅぅぅ?)

 水面のような水色の瞳に見据えられ、「あわわわ……」と声が出そうになるのを我慢しながら挙動不審になっていると、青年はフッと視線を逸らす。

「……先ほどの式典でも名乗ったけれど、私は生徒会会長リーンハルト・マークハリス。みんな、突然のことで混乱しているだろう」

(式典の時……? あ、俯いてたから気が付かなかったんだ)

 まあ、知っててもあそこまで直視されると平静を装えないのは変わらないけれど……。

(たっ、たぶん気付かれてるよねぇぇ……あの目線って、そういう事だよねぇぇぇ……)

 ヒヤリと冷たい汗が背中をつたう。バクバクと駆動する心臓は、より一層動揺を全身に巡らせた。
 そんなロミエを他所に、リーンハルトは穏やかに生徒達へ向けて告げた。

「けど安心してほしい。君たちの学園生活は我々生徒会が全力で支えよう。この件に関しても、生徒会が責任をもって捜査する」

 演説のように語るリーンハルトに、この場にいる生徒全員が釘付けになる。

 なんというか、彼の余裕の含んだ振る舞いは「この人なら何とかしてくれそう」という期待感を持たせてくれるのだ。
 ロミエに取っては真逆の、絶望感を持たせてくれる立ち振る舞いだが。

(この人ならわたしの事もわかった上で見てきてそぉぅ……)

 胃がキリキリしてきた。いよいよ机に突っ伏してしまいたい。
 けれど、それをしたら自白も自明なので、どうにか、かろうじて前を向き続ける。

「とはいえ、この学園の生徒数はとても多い。だから君たちも知っている情報があれば、どんな些細な情報でもいい、あとで私のところに来て教えてくれると嬉しいな」

 そう言って優しく微笑む姿は、まさにキラキラとした物語の中の王子様だ。

(あ……なんか、さっきのリフィル殿下よりも王子様っぽいなぁ……)

 現実逃避したロミエがそんな不敬な事を考えていると、リーンハルトは「じゃあ、とりあえず生徒の皆は寮に戻ってくれて構わないよ」と言い、退出を促す。

「なんか、大変な事になっちゃったわね……」

「……」

「あの爆発、偶然じゃなくて誰かが仕組んだものかしら……」

「……」

「……ねえ、貴女に言ってるのだけど?」

「えっ、ひゃっひゃい⁉」

「ばっ、シーっ……‼」

 「むぐぅ……っ」と口を塞がれる。面目ない。

「まったくもうっ、行くわよロミィ」

「は、はいぃ……」

(これ、逃げられないやつだぁ……)

 ロミエは苦笑いしつつショルトメルニーャについて歩いた。
 正直、これ以上仲良くなる前に離れたいのは山々だが、今は難しい。
 ……それに、少しだけ、ほんの少しだけこの出会いの糸を切り離すのが惜しいと、申し訳ないと……寂しいと、おもった。

 ――わたしは……どうしたいん、だろう……。

 ――決まっている。迷惑をかける前に消えるべきだ。

 ――けど、そしたらショル……トメルーニャ? 様に申し訳ない気がして……。

 ――友達になったつもりでいるの? そんな資格もないのに、なんて厚かましい。

 ――け、けどっ……けどっ……。

 ――自分が何者か分かっているの? ロミエ・ハルベリィは外側だけ。中身はニヒリア。幸せになったり、一生を楽しむ資格は無いの。

(…………うん、適当に付き合ってればいい、かな。面白くない人って思われたら、勝手に離れていくんだろうし……)

 そう結論付け、ロミエはサラサラと長い金髪を揺らすショルトメルニーャについて行く。
 仄かに香る香水を無意識に嗅ぎながら、講義室を後にしようとして──

「あ、そこのお嬢さん。ちょっといいかな?」

「…………へ」

 呼び止められた。

「君はたしか……ロミエ・ハルベリィさん、だったっけ」

 ギギギ……と振り返ると、生徒会長リーンハルト・マークハリスが笑顔でロミエを手招いていた。

「え、ロミィ貴女(あなた)、何かしたの⁉」

「な、ななっななな何もしてないぃぃぃぃぃ……」

 ですますを付けるのも忘れて、首をぶんぶんぶんぶんと、ちぎれる勢いで横に振る。

「あ」

「え」

 ヒタ、と肩に手が置かれる。
 ピタ……と首を止めると、リーンハルトの水面のような薄い水色の瞳がロミエを覗き込んでいた。


「生徒会に入らないかい? 新入生筆記試験主席、ロミエ・ハルベリィ嬢」


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次のエピソードへ進む 【1‐6】 ようこそ生徒会へ


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「皆の者静まれ!! その場を動くな!!」
 凛とした声が講義室全体に走り、シン……とする。
 声の主、最前列に座っていた長身の女性は一振の直剣をさげていて、服装もこの学園の物ではない。
(……あれは、王子様の護衛?)
 視点をIDなど情報の世界へと切り替えたロミエはそう判断する。
 事実、彼女の隣には濃い金髪の第一王子が座っていた。
 護衛の騎士は鬼気迫る表情で講義室を見渡す。
「これはれっきとした王族の暗殺未遂事件だ、ゆえに事情聴取のため残ってもらおう‼」
 その視線は主に教師陣に向いていたが、再びざわめく生徒たちを一瞥すると、それも静まり返る。
「あ、アイリシカ、ぼくは大丈夫だ、なんともない。だから……」
 王子が何か言おうとする。
 しかし、「コンコン」と講義室の扉を叩いたとともに、「失礼するよ」と一人の男子生徒が入ってきた。
 亜麻色の髪をした生徒だ。
 制服のケープコートに施される刺繍の色的に、最高学年の4年生だろうか。
 全ての視線が集まる中、彼は涼しい顔で壇上に上がる。
「講義中に失礼。生徒会の者です。発破音がして参ったのだけれど……状況を説明してもらっても?」
 亜麻色の髪をし、「生徒会の者」と名乗った青年は教師陣に説明を求めた。
「ううむ、どうやら魔道具が暴走しちゃったっぽくてね?」
「なるほど……。しかし、こちらにはリフィル殿下がいらっしゃるから、誰かが暗殺を謀ったのではないか……というのが貴女の見立てだね? アイリシカ殿」
「はっ、その通りです。なのでこの場にいる全員に事情聴取を行おうかと」
 この場にいる全員、つまり約400人を一人一人に聞いていくということではないか。
 さらりと凄い事を言うアイリシカと呼ばれた護衛に、教師陣すら絶句していると、生徒会の青年が「ふむ……」と提案する。
「……そうだな、ここは我が生徒会に任せてはもらえないだろうか?」
「し、しかし、私は殿下の従者として犯人を炙り出さねば……」
「ああ、もちろん貴女にも協力を要請しよう。なんせ、王位継承者であるリフィル殿下のすぐそばで事故が起こったのだからね」
 護衛対象の暗殺未遂を前に冷静さを失っていたアイリシカを、青年は宥《なだ》めるような口調で諭す。
「しかし、だからこそ貴女には殿下の護衛に専念して頂きたいのだけれど、どうだろう?」
 護衛に専念して欲しい──そう言われてしまえばアイリシカも頷くしかない。
 アイリシカは不承不承といった様子で頷く。
「……承知した。お気遣い感謝いたします」
「それでは、この場は私に任せてもらおう。貴女は殿下を安全なところにお連れして頂きたい」
「承知した。行きましょう、殿下」
「は、はいっ。わかった……」
 アイリシカはまだ14歳の殿下を連れ、講義室を後にする。
「……さて――」
 その一言で講義室内に静かに緊張が走った。
 ロミエも自然と背筋を伸ばす。この青年は場の空気を支配するのがうまい。
 その一挙一動から醸し出される余裕で他人を威圧、ないしは《《どちらが上か》》を自覚させてくる。
「ひとまず、状況証拠的にこの場に犯人はいないと、私は結論づけた」
 そう言って亜麻色の髪の青年は、視線を教師陣から生徒に向ける。
(……えっ)
 目が合った。
 偶然か、と思って目を逸らし、またチラリと見直しても目が合った。
 彼は融和な笑みを浮かべてロミエだけを見ている。
(ばっばばっばばば、ばっバレたぁ!? か、勘づかれてるぅぅぅ?)
 水面のような水色の瞳に見据えられ、「あわわわ……」と声が出そうになるのを我慢しながら挙動不審になっていると、青年はフッと視線を逸らす。
「……先ほどの式典でも名乗ったけれど、私は生徒会会長リーンハルト・マークハリス。みんな、突然のことで混乱しているだろう」
(式典の時……? あ、俯いてたから気が付かなかったんだ)
 まあ、知っててもあそこまで直視されると平静を装えないのは変わらないけれど……。
(たっ、たぶん気付かれてるよねぇぇ……あの目線って、そういう事だよねぇぇぇ……)
 ヒヤリと冷たい汗が背中をつたう。バクバクと駆動する心臓は、より一層動揺を全身に巡らせた。
 そんなロミエを他所に、リーンハルトは穏やかに生徒達へ向けて告げた。
「けど安心してほしい。君たちの学園生活は我々生徒会が全力で支えよう。この件に関しても、生徒会が責任をもって捜査する」
 演説のように語るリーンハルトに、この場にいる生徒全員が釘付けになる。
 なんというか、彼の余裕の含んだ振る舞いは「この人なら何とかしてくれそう」という期待感を持たせてくれるのだ。
 ロミエに取っては真逆の、絶望感を持たせてくれる立ち振る舞いだが。
(この人ならわたしの事もわかった上で見てきてそぉぅ……)
 胃がキリキリしてきた。いよいよ机に突っ伏してしまいたい。
 けれど、それをしたら自白も自明なので、どうにか、かろうじて前を向き続ける。
「とはいえ、この学園の生徒数はとても多い。だから君たちも知っている情報があれば、どんな些細な情報でもいい、あとで私のところに来て教えてくれると嬉しいな」
 そう言って優しく微笑む姿は、まさにキラキラとした物語の中の王子様だ。
(あ……なんか、さっきのリフィル殿下よりも王子様っぽいなぁ……)
 現実逃避したロミエがそんな不敬な事を考えていると、リーンハルトは「じゃあ、とりあえず生徒の皆は寮に戻ってくれて構わないよ」と言い、退出を促す。
「なんか、大変な事になっちゃったわね……」
「……」
「あの爆発、偶然じゃなくて誰かが仕組んだものかしら……」
「……」
「……ねえ、貴女に言ってるのだけど?」
「えっ、ひゃっひゃい⁉」
「ばっ、シーっ……‼」
 「むぐぅ……っ」と口を塞がれる。面目ない。
「まったくもうっ、行くわよロミィ」
「は、はいぃ……」
(これ、逃げられないやつだぁ……)
 ロミエは苦笑いしつつショルトメルニーャについて歩いた。
 正直、これ以上仲良くなる前に離れたいのは山々だが、今は難しい。
 ……それに、少しだけ、ほんの少しだけこの出会いの糸を切り離すのが惜しいと、申し訳ないと……寂しいと、おもった。
 ――わたしは……どうしたいん、だろう……。
 ――決まっている。迷惑をかける前に消えるべきだ。
 ――けど、そしたらショル……トメルーニャ? 様に申し訳ない気がして……。
 ――友達になったつもりでいるの? そんな資格もないのに、なんて厚かましい。
 ――け、けどっ……けどっ……。
 ――自分が何者か分かっているの? ロミエ・ハルベリィは外側だけ。中身はニヒリア。幸せになったり、一生を楽しむ資格は無いの。
(…………うん、適当に付き合ってればいい、かな。面白くない人って思われたら、勝手に離れていくんだろうし……)
 そう結論付け、ロミエはサラサラと長い金髪を揺らすショルトメルニーャについて行く。
 仄かに香る香水を無意識に嗅ぎながら、講義室を後にしようとして──
「あ、そこのお嬢さん。ちょっといいかな?」
「…………へ」
 呼び止められた。
「君はたしか……ロミエ・ハルベリィさん、だったっけ」
 ギギギ……と振り返ると、生徒会長リーンハルト・マークハリスが笑顔でロミエを手招いていた。
「え、ロミィ貴女《あなた》、何かしたの⁉」
「な、ななっななな何もしてないぃぃぃぃぃ……」
 ですますを付けるのも忘れて、首をぶんぶんぶんぶんと、ちぎれる勢いで横に振る。
「あ」
「え」
 ヒタ、と肩に手が置かれる。
 ピタ……と首を止めると、リーンハルトの水面のような薄い水色の瞳がロミエを覗き込んでいた。
「生徒会に入らないかい? 新入生筆記試験主席、ロミエ・ハルベリィ嬢」