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【1‐4】 神曰く「あ、あぶにゃかったぁぁぁ!」

ー/ー



 魔道具。

 それは、触媒となる魔石などに直接術式を書き入れて、少しの魔力を流すだけで、刻み込まれた術式が発動する道具の事を指す。

 一般的に流通している魔道具は、刻み込ま込まれた術式は一つまで。さらに付与できる魔力量や術式量、術式密度や強度も一定値までと規制されている。

 それ以上の特殊加工された魔道具を所持する場合、中級魔術師以上の魔術師資格と安全に保管できる設備が必要だ。

 アリストリア高等魔術学園の基礎魔術学では、そのような一般的魔道具と専門的魔道具を取り扱い、その活用方法と安全管理について学ぶ──。


────


「んじゃ、実物を見てもらおうね」

 講義室のステージの机に、様々な魔道具が並ぶ。
 右から火、水、風、土属性の魔道具がそれぞれ等級順に並んでおり、先生はその内の一つ、一番近くにあった風属性の魔道具を手に取った。

「例えばこれね、魔力を流すとサァーっと風を出してくれるのね。火起こしとか換気とか、あとは涼むのにもちょうどいい加減でね〜。単純な魔道具で、一般流通しているから知ってる人もいるんじゃないかね。」

 そう言って魔道具を置き、その後も杖を付いた白髪の先生は魔道具の説明を続けていく。

「これはね、どこでも火起こしできちゃう優れものでね。あけど、魔力流しすぎたら爆発しちゃうから注意ね。」

「これは水を生み出してくれるんだけどね、魔力濃度が高いからあんまり飲まない方が良いんだよね。ワシ、これ愛用してたら中毒で倒れちゃった事があってね~。」

「これは周囲の魔力を吸って溜め込めてね、余分な魔力とかを貯めておけば非常時に取り出して使えるのね。」

 白髪のおじいちゃん先生は淡々と魔道具の説明を続けていく。
 しかし、その愛嬌のある喋り方や、実際に日常使いで使う時の注意点や失敗談を交えながら説明していくので、退屈にはならなかった。

 ロンド王国は国民全員に教育を施しているため、魔道具の使い方も広く認知され、推奨されている。
 さらに、その母数の多さから研究は勿論、需要も莫大であり、ロンド王国は近隣諸国でも最も魔道具開発が盛んで浸透した国となっていた。

(湯沸かし魔道具の使い方わかんなくて、魔力流し込みすぎて壊したこともあったっけ……)

 「大丈夫、失敗は成功のもとよ」と母に慰められた記憶を思い出していると、隣に座るショルトメルニーャが話しかけてくる。

「ねえロミィ、あなたも魔道具使ったことがあるの?」

「えっ、あっ、はっ……は、はい」

 どうや「ロミィ」はロミエの愛称らしい。
 嬉しいやら緊張するやらで口元がムズムズしていると、ショルトメルニーャはぱぁっと目を見開く。

「まあ、羨(うらや)ましいわっ。帝国じゃあどれも高級品ばかりで、なかなか使う機会が無かったの……!」

 帝国といえば、ロンド王国の西側に位置するアナイア帝国だ。

 貴族と平民の交流が盛んで、魔術も広く普及しているロンド王国と違い、アナイア帝国は貴族による封建制が敷かれている。
 ゆえに、魔術も貴族などの上級階級に独占され、魔道具などの研究や普及も限定的だ。

 ショルトメルニーャは期待の籠った瞳で心を弾ませる。

「ねえロミィ、魔道具の授業の時は一緒にやりましょうよ」

「……えっ」

 その言葉に、ロミエの心臓が跳ねる。
 誰かに「一緒に」なんて言われたのはいつぶりだろうか。それこそ、以来だろうか……。
 ロミエは薄く唇を噛み締める。

(どうしよう、この人、とってもとっても優しいし、一緒に……友達に、なりたいな。)

 だけど――。
 ロミエは曖昧に笑いながら言う。

「……わかり、ました」
「決まりね!」

 ショルトメルニーャは嬉しそうにキャッキャッと笑う。
 その笑顔が眩しくて――いや、後ろめたさでそっと視線をそらした。

(また、嘘をついた)

 友達は欲しい。親切にしてくれるのも嬉しい。もっと、いっぱいいっぱいお話がしてみたい――。
 けれどそんな欲望から逃げるように、ロミエはギュッと目を瞑る。

 わたしは――私はニヒリア。
 誰かと仲良くなる資格なんて無い。仲良くなっても、その人の邪魔になったり不幸にするだけだ。
 さっきは友達になりたいと近づいてしまったけれど、もう、思いあがるのは許されないのだ。

(……うん、もう友達なんか作っちゃいけない。、不幸にしちゃうから)

「……どうしたの?」

 「体調が優れないのかしら?」と、ショルトメルニーャが心配そうに声をかけてくれる。
 その事に、心のどこかでなお期待を馳せながらも、ぎこちなく笑みを返した。

「……ううん、だいっ、じょぶ……っ!」

 いまロミエ(わたし)の顔は、上手く笑えているだろうか。


***


「はあ……退屈ですわ……」


 講義室一階の窓辺に座る人物がいる。彼女は日傘を差し、退屈そうにクリーム色のウェーブがかった髪をクルクルと弄っていた。

 彼女の名はライラック・アシス・ツヴァイリム。
 表向きはシェード大公爵家令嬢として、アリストリア高等魔術学園に通っている高等科二年生である。
 ただ、そんな彼女のポケットにはとある命令書が入っている。

 ――都合よく第一王子がアリストリアに入学するから、ついでに護衛も頼んだ! このとーり!!

(なぁぁにがこの通りよ、勝手に仕事押し付けてきておいて!)

 思い出しただけで地団駄を踏みたくなり、その辺の小石を蹴り飛ばす。
 ただ、命令は命令。従わないほどライラックは不真面目じゃない。
 何より、自分にも理のある話だ。

(これなら、理由付けができますわね)

 うふふっと上品な笑みを扇子の影にこぼす。

「……とはいえ、問題は――」

 どう接触するか――。
 に接触しようにも、上級生であるライラックと何の接点もない彼女とコンタクトを取るのは少々目立つ。

(せめて、何か関わるキッカケが欲しいですわね)

 チラリ、と窓から少しだけ顔を覗かせ、中の様子を見る。
 護衛対象である第一王子は、傍付きの金髪騎士と共に、講義室の最前列で魔道具の説明を受けているらしい。

 ライラックはそこから視線を上げて、講義室一階の中腹に目をやる。
 彼女の深いエメラルドグリーンの瞳は、黒っぽい灰色の髪をした、俯きがちな少女を映していた。

(結構、可愛らしいお姿ですのね……うふふっ、妹にしたいですわぁ)

 あの子を妹にできたらどう可愛がってあげようかしら――と、そんなことを真面目な顔で考えていると、ふと悪寒を感じてバッ! と顔を上げた。

 殺意が向けられている――というわけではない。
 ただ、それと同種の危機感というか不安感に駆られ、咄嗟にライラックは感知魔術を使う。

 しかし、その感知に当たるのは講義室内で説明されている魔道具の反応のみ。
 それ以外、特に大きな異常は見当たらない。

「……いえ、何かあるはずよ。何か、何か見落としている――」

 再び意識を魔術に集中し、どんな微細な魔力変化も見落とさないように情報を拾っていく。
 そして、気が付いた。

「……っ! これはまさかっ……そんな……っ⁉」

 そう、気が付いてしまったのだった。

「もう、すぐにでも次元の亀裂が発生するじゃない……!」

 察したライラックは、すぐに講義室(発生源)へ目を向けた。

――いますぐここから逃げなさい――‼‼

 しかしその叫びが発される前に、講義室の魔道具の一つが「ボンッ」と爆発する。
 それと同時に、呆気なくは無くなった。

(あ、あれ? い、いったい誰が……魔法使い様達はここにいないし、まして援軍で誰か来たなんて聞いてないわ)

 ライラックは魔術師だ。ゆえに次元の亀裂を防ぐなんてできない。
 そもそも、〈〉の称号を持つこの国の魔法使いであっても、完璧に亀裂を防ぐことは不可能である。
 しかし、今の一瞬で講義室内の魔素が落ち着いたのもまた事実。

「いったい、誰が……?」

 ふと、心当たりのある人物がよぎる。ライラックはすぐに視線を向けた。

 それは黒っぽい灰色の髪をした新入生。彼女はさっきの様子と変わらず、席に俯きがちに座っている。
 しかし、彼女が安堵したように息を吐いたのを、ライラックは見逃さなかった。

貴女(あなた)様が、貴女(あなた)様がやってくださったのですわね‼)

 やはり、やはりそうだったのだ。
我々(シェード大公爵家)が崇拝するなのだ。
 そして、ライラックはその者の名を知っている。

「――ロミエ・ハルベリィ……ニヒリア様……っ。やっぱり、やっぱり貴女(あなた)(わらわ)の救世主なのですわぁぁぁ!」


***


 一方そのころ。渦中のロミエは安心と疲労で、机に突っ伏していた。

(あ、あぶにゃかったぁぁぁ! ギリギリ間に合ったぁぁぁ!)

 魔道具は爆発してしまったが、本当にすんでのところで亀裂の発生を阻止できて、心の底から安堵する。

「…………ふぅぅぅ」

 バクバクと鳴る心臓を抑えながら、ロミエは今の出来事を振り返る。

 違和感に気がついたのはほんの数分前だ。
 魔道具の取り込む魔力の流れが変に周期的で、それと呼応するように周囲の魔素も特定の配列で集中していっていたのだ。

 それと同期するように、この空間のコマンドにも綻びが生じていて、次元の亀裂が入りかけていて、すぐにでも〈世界の本〉の取り出して対応せねばならなかったのだが──。

「どうしたの? 顔色悪いわよ?」

「……うぅん、だいじょうぶ」

 突っ伏しておきたい気持ちを抑えて、ロミエは背筋を伸ばした。

 隣にはショルトメルニーャが座っている。〈世界の本〉を取り出すわけにはいかない。
 そこでロミエは〈魔法〉を用いて、空間に直接働きかけたのである。

(うぅぅ……疲れたよぉぅぅ……結構魔力操作って集中力使うし、今のは精神力もすり減らされた…………うぅぅっ、早く人が居ないところ行きたいぃぃ……)

 机に突っ伏したいロミエの願いとは裏腹に、場は想像以上に混乱していた。
 なにせ、一つとはいえ魔道具が爆発したのだ。

 何事か、何があった、どうして突然爆発したのか──講義室全体でざわめきが広がっていく中、凛とした一喝がその場に響き渡った。


「皆の者静まれ!! その場を動くな!!」


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 魔道具。
 それは、触媒となる魔石などに直接術式を書き入れて、少しの魔力を流すだけで、刻み込まれた術式が発動する道具の事を指す。
 一般的に流通している魔道具は、刻み込ま込まれた術式は一つまで。さらに付与できる魔力量や術式量、術式密度や強度も一定値までと規制されている。
 それ以上の特殊加工された魔道具を所持する場合、中級魔術師以上の魔術師資格と安全に保管できる設備が必要だ。
 アリストリア高等魔術学園の基礎魔術学では、そのような一般的魔道具と専門的魔道具を取り扱い、その活用方法と安全管理について学ぶ──。
────
「んじゃ、実物を見てもらおうね」
 講義室のステージの机に、様々な魔道具が並ぶ。
 右から火、水、風、土属性の魔道具がそれぞれ等級順に並んでおり、先生はその内の一つ、一番近くにあった風属性の魔道具を手に取った。
「例えばこれね、魔力を流すとサァーっと風を出してくれるのね。火起こしとか換気とか、あとは涼むのにもちょうどいい加減でね〜。単純な魔道具で、一般流通しているから知ってる人もいるんじゃないかね。」
 そう言って魔道具を置き、その後も杖を付いた白髪の先生は魔道具の説明を続けていく。
「これはね、どこでも火起こしできちゃう優れものでね。あけど、魔力流しすぎたら爆発しちゃうから注意ね。」
「これは水を生み出してくれるんだけどね、魔力濃度が高いからあんまり飲まない方が良いんだよね。ワシ、これ愛用してたら中毒で倒れちゃった事があってね~。」
「これは周囲の魔力を吸って溜め込めてね、余分な魔力とかを貯めておけば非常時に取り出して使えるのね。」
 白髪のおじいちゃん先生は淡々と魔道具の説明を続けていく。
 しかし、その愛嬌のある喋り方や、実際に日常使いで使う時の注意点や失敗談を交えながら説明していくので、退屈にはならなかった。
 ロンド王国は国民全員に教育を施しているため、魔道具の使い方も広く認知され、推奨されている。
 さらに、その母数の多さから研究は勿論、需要も莫大であり、ロンド王国は近隣諸国でも最も魔道具開発が盛んで浸透した国となっていた。
(湯沸かし魔道具の使い方わかんなくて、魔力流し込みすぎて壊したこともあったっけ……)
 「大丈夫、失敗は成功のもとよ」と母に慰められた記憶を思い出していると、隣に座るショルトメルニーャが話しかけてくる。
「ねえロミィ、あなたも魔道具使ったことがあるの?」
「えっ、あっ、はっ……は、はい」
 どうや「ロミィ」はロミエの愛称らしい。
 嬉しいやら緊張するやらで口元がムズムズしていると、ショルトメルニーャはぱぁっと目を見開く。
「まあ、羨《うらや》ましいわっ。帝国じゃあどれも高級品ばかりで、なかなか使う機会が無かったの……!」
 帝国といえば、ロンド王国の西側に位置するアナイア帝国だ。
 貴族と平民の交流が盛んで、魔術も広く普及しているロンド王国と違い、アナイア帝国は貴族による封建制が敷かれている。
 ゆえに、魔術も貴族などの上級階級に独占され、魔道具などの研究や普及も限定的だ。
 ショルトメルニーャは期待の籠った瞳で心を弾ませる。
「ねえロミィ、魔道具の授業の時は一緒にやりましょうよ」
「……えっ」
 その言葉に、ロミエの心臓が跳ねる。
 誰かに「一緒に」なんて言われたのはいつぶりだろうか。それこそ、《《あの友達》》以来だろうか……。
 ロミエは薄く唇を噛み締める。
(どうしよう、この人、とってもとっても優しいし、一緒に……友達に、なりたいな。)
 だけど――。
 ロミエは曖昧に笑いながら言う。
「……わかり、ました」
「決まりね!」
 ショルトメルニーャは嬉しそうにキャッキャッと笑う。
 その笑顔が眩しくて――いや、後ろめたさでそっと視線をそらした。
(また、嘘をついた)
 友達は欲しい。親切にしてくれるのも嬉しい。もっと、いっぱいいっぱいお話がしてみたい――。
 けれどそんな欲望から逃げるように、ロミエはギュッと目を瞑る。
 わたしは――私はニヒリア。
 誰かと仲良くなる資格なんて無い。仲良くなっても、その人の邪魔になったり不幸にするだけだ。
 さっきは友達になりたいと近づいてしまったけれど、もう、思いあがるのは許されないのだ。
(……うん、もう友達なんか作っちゃいけない。《《また》》、不幸にしちゃうから)
「……どうしたの?」
 「体調が優れないのかしら?」と、ショルトメルニーャが心配そうに声をかけてくれる。
 その事に、心のどこかでなお期待を馳せながらも、ぎこちなく笑みを返した。
「……ううん、だいっ、じょぶ……っ!」
 いま|ロミエ《わたし》の顔は、上手く笑えているだろうか。
***
「はあ……退屈ですわ……」
 講義室一階の窓辺に座る人物がいる。彼女は日傘を差し、退屈そうにクリーム色のウェーブがかった髪をクルクルと弄っていた。
 彼女の名はライラック・アシス・ツヴァイリム。
 表向きはシェード大公爵家令嬢として、アリストリア高等魔術学園に通っている高等科二年生である。
 ただ、そんな彼女のポケットにはとある命令書が入っている。
 ――都合よく第一王子がアリストリアに入学するから、ついでに護衛も頼んだ! このとーり!!
(なぁぁにがこの通りよ、勝手に仕事押し付けてきておいて!)
 思い出しただけで地団駄を踏みたくなり、その辺の小石を蹴り飛ばす。
 ただ、命令は命令。従わないほどライラックは不真面目じゃない。
 何より、自分にも理のある話だ。
(これなら、《《こちらが変な行動をしても》》理由付けができますわね)
 うふふっと上品な笑みを扇子の影にこぼす。
「……とはいえ、問題は――」
 どう接触するか――。
 《《あの方》》に接触しようにも、上級生であるライラックと何の接点もない彼女とコンタクトを取るのは少々目立つ。
(せめて、何か関わるキッカケが欲しいですわね)
 チラリ、と窓から少しだけ顔を覗かせ、中の様子を見る。
 護衛対象である第一王子は、傍付きの金髪騎士と共に、講義室の最前列で魔道具の説明を受けているらしい。
 ライラックはそこから視線を上げて、講義室一階の中腹に目をやる。
 彼女の深いエメラルドグリーンの瞳は、黒っぽい灰色の髪をした、俯きがちな少女を映していた。
(結構、可愛らしいお姿ですのね……うふふっ、妹にしたいですわぁ)
 あの子を妹にできたらどう可愛がってあげようかしら――と、そんなことを真面目な顔で考えていると、ふと悪寒を感じてバッ! と顔を上げた。
 殺意が向けられている――というわけではない。
 ただ、それと同種の危機感というか不安感に駆られ、咄嗟にライラックは感知魔術を使う。
 しかし、その感知に当たるのは講義室内で説明されている魔道具の反応のみ。
 それ以外、特に大きな異常は見当たらない。
「……いえ、何かあるはずよ。何か、何か見落としている――」
 再び意識を魔術に集中し、どんな微細な魔力変化も見落とさないように情報を拾っていく。
 そして、気が付いた。
「……っ! これはまさかっ……そんな……っ⁉」
 そう、気が付いてしまったのだった。
「もう、すぐにでも次元の亀裂が発生するじゃない……!」
 察したライラックは、すぐに|講義室《発生源》へ目を向けた。
――いますぐここから逃げなさい――‼‼
 しかしその叫びが発される前に、講義室の魔道具の一つが「ボンッ」と爆発する。
 それと同時に、呆気なく《《その動き》》は無くなった。
(あ、あれ? い、いったい誰が……魔法使い様達はここにいないし、まして援軍で誰か来たなんて聞いてないわ)
 ライラックは魔術師だ。ゆえに次元の亀裂を防ぐなんてできない。
 そもそも、〈《《魔法伯》》〉の称号を持つこの国の魔法使いであっても、完璧に亀裂を防ぐことは不可能である。
 しかし、今の一瞬で講義室内の魔素が落ち着いたのもまた事実。
「いったい、誰が……?」
 ふと、心当たりのある人物がよぎる。ライラックはすぐに視線を向けた。
 それは黒っぽい灰色の髪をした新入生。彼女はさっきの様子と変わらず、席に俯きがちに座っている。
 しかし、彼女が安堵したように息を吐いたのを、ライラックは見逃さなかった。
(貴女《あなた》様が、貴女《あなた》様がやってくださったのですわね‼)
 やはり、やはりそうだったのだ。
《《彼女こそ》》、|我々《シェード大公爵家》が崇拝する《《神》》なのだ。
 そして、ライラックはその者の名を知っている。
「――ロミエ・ハルベリィ……ニヒリア様……っ。やっぱり、やっぱり貴女《あなた》は妾《わらわ》の救世主なのですわぁぁぁ!」
***
 一方そのころ。渦中のロミエは安心と疲労で、机に突っ伏していた。
(あ、あぶにゃかったぁぁぁ! ギリギリ間に合ったぁぁぁ!)
 魔道具は爆発してしまったが、本当にすんでのところで亀裂の発生を阻止できて、心の底から安堵する。
「…………ふぅぅぅ」
 バクバクと鳴る心臓を抑えながら、ロミエは今の出来事を振り返る。
 違和感に気がついたのはほんの数分前だ。
 魔道具の取り込む魔力の流れが変に周期的で、それと呼応するように周囲の魔素も特定の配列で集中していっていたのだ。
 それと同期するように、この空間のコマンドにも綻びが生じていて、次元の亀裂が入りかけていて、すぐにでも〈世界の本〉の取り出して対応せねばならなかったのだが──。
「どうしたの? 顔色悪いわよ?」
「……うぅん、だいじょうぶ」
 突っ伏しておきたい気持ちを抑えて、ロミエは背筋を伸ばした。
 隣にはショルトメルニーャが座っている。〈世界の本〉を取り出すわけにはいかない。
 そこでロミエは〈魔法〉を用いて、空間に直接働きかけたのである。
(うぅぅ……疲れたよぉぅぅ……結構魔力操作って集中力使うし、今のは精神力もすり減らされた…………うぅぅっ、早く人が居ないところ行きたいぃぃ……)
 机に突っ伏したいロミエの願いとは裏腹に、場は想像以上に混乱していた。
 なにせ、一つとはいえ魔道具が爆発したのだ。
 何事か、何があった、どうして突然爆発したのか──講義室全体でざわめきが広がっていく中、凛とした一喝がその場に響き渡った。
「皆の者静まれ!! その場を動くな!!」