197. アリスXI

ー/ー



 皇帝たちの視線が、一斉にレスター三世たちに向けられる。

 鋭い、値踏みするような視線だ。

 「お前たちも来たのか」

 「どこまで見せられた?」

 「何を考えている?」

 言葉にはしないが、そういう問いかけが視線の中に込められていた。

 レスター三世は諸侯たちに歩み寄ると、軽い挨拶を交わす。

「お元気そうで何より」

「陛下もご壮健で」

 表面上は和やかな挨拶だ。しかし、その裏では別の会話が交わされていた。

 目と目が合う。

 その瞳の奥に、同じ感情が渦巻いているのが見えた。

 ――とんでもないことになった。

 ――この国は、我々の想像を遥かに超えている。

 ――一体、どうすればいい?

 ――お前の国なら戦って勝てるか?

 言葉にはできない。しかし、皆が同じことを考えているのは明らかだった。

 一瞬の沈黙。

 キュッと口を結んだそれぞれの口。

 助けてくれ――――。

 そんな心の声さえ聞こえてきてしまう。

 レスター三世は苦笑して会釈することしかできなかった。

 今は知らねばならない。この国を、国王レオンを。

『敵を知り己を知れば百戦して危うからず』

 何も知らない今は動いてはならない。

 改めてそう決意すると、ミーシャに案内されるがままレスター三世は静かに席に着いた。


          ◇


「ウェルカムドリンクでございます」

 ミーシャの声が、室内に響いた。

「私どもの国で獲れたシャンパンですわ。どうぞ……」

 ミーシャの案内で、一人の女性が前に出てきた。

 レスター三世は、思わず目を見張った。

 美しい。

 光り輝く不思議な衣装を身にまとった、黒髪の女性だった。

 髪は美しく結い上げられ、うなじには一筋の後れ毛が垂れている。切れ長の目は知性を湛え、薄い唇には上品な微笑みが浮かんでいる。

 その立ち居振る舞いには、一分の隙もなかった。まるで、生まれた時から給仕のために存在しているかのような、完璧な所作だ。

 彼女は、キラキラと輝く美しいシャンパングラスを差し出した。

 グラス自体が芸術品のようだった。

 透明な器の中で、琥珀色の液体が揺れている。細かな泡がシュワシュワと立ち上り、グラスの縁で次々と弾けていく。

 そして――弾けた泡の後から、虹色の輝きがゆらゆらと舞い上がっているではないか。

 まるで、液体の中に小さな妖精たちが住んでいるかのようだ。

 レスター三世はキツネにつままれたような気分で、最高の笑顔を見せる彼女からグラスを受け取ろうと手を伸ばした。

 しかし――。

 レスター三世は、ふと違和感を覚えた。

 この女性、どこか現実感が薄い。

 美しすぎる、完璧すぎるのだ。人間には、どこかに欠点や個性があるはずだ。しかしこの女性には、それがない。まるで理想の給仕を具現化したかのような、非の打ちどころのない存在。

 ――まさか。

 レスター三世は、そっと眼鏡をズラして女性を見た。

 その瞬間――。

「へっ!?」

 レスター三世は、思わず奇声を上げた。

 そこには、人間ではないものが立っていた。

 丸いガラス玉の頭。

 銀色の金属でできた体。

 関節には複雑な機構が見え、胴体からは微かな駆動音が聞こえてくる。

 ロボットだ。

 あのエアモンのような幻ではない。実体を持った、金属の人形が、シャンパングラスを持って立っているのだ。

 慌てて眼鏡をかけなおす。

 すると、再びそこには黒髪を結んだ清潔感のある女性が、笑顔でたたずんでいた。

 何事もなかったかのように。当然のように。

 レスター三世は、その衝撃に気が遠くなる思いだった。

「こちらはアンドロイドのアリスXI(イレブン)さんですわ」

 ミーシャが、まるで古い友人を紹介するかのような気軽さで紹介する。

「ア、アンドロイド……?」

 聞いたことのない言葉だった。しかし、その意味は何となく理解できた。

 人の形をした、機械。

 人ではないのに、人のように振る舞う存在。

「そう、実体のあるエアモンだとお考えくださいませ」

 ミーシャは、にっこりと微笑んだ。

「この国には数百万体のこういうアンドロイドが働いておりますわ」

「数百万体!?」

 レスター三世は、耳を疑った。

 数百万。

 それは、自分の国の総人口に匹敵する数字だ。

 つまりこの国には、人間と同じ数だけの「人でないもの」が存在し、働いているということか。

 レスター三世はぽかんと口を開けたまま、アリスXI(イレブン)を見つめた。

 彼女は――いや、「それ」は――ニコッと笑ってシャンパンをさらに前に差し出した。

 その笑顔が、あまりにも自然で、あまりにも人間らしくて。

 レスター三世は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

「あ、ありがとう……」

 苦虫を嚙み潰したような表情で、シャンパングラスを受け取った。



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 皇帝たちの視線が、一斉にレスター三世たちに向けられる。
 鋭い、値踏みするような視線だ。
 「お前たちも来たのか」
 「どこまで見せられた?」
 「何を考えている?」
 言葉にはしないが、そういう問いかけが視線の中に込められていた。
 レスター三世は諸侯たちに歩み寄ると、軽い挨拶を交わす。
「お元気そうで何より」
「陛下もご壮健で」
 表面上は和やかな挨拶だ。しかし、その裏では別の会話が交わされていた。
 目と目が合う。
 その瞳の奥に、同じ感情が渦巻いているのが見えた。
 ――とんでもないことになった。
 ――この国は、我々の想像を遥かに超えている。
 ――一体、どうすればいい?
 ――お前の国なら戦って勝てるか?
 言葉にはできない。しかし、皆が同じことを考えているのは明らかだった。
 一瞬の沈黙。
 キュッと口を結んだそれぞれの口。
 助けてくれ――――。
 そんな心の声さえ聞こえてきてしまう。
 レスター三世は苦笑して会釈することしかできなかった。
 今は知らねばならない。この国を、国王レオンを。
『敵を知り己を知れば百戦して危うからず』
 何も知らない今は動いてはならない。
 改めてそう決意すると、ミーシャに案内されるがままレスター三世は静かに席に着いた。
          ◇
「ウェルカムドリンクでございます」
 ミーシャの声が、室内に響いた。
「私どもの国で獲れたシャンパンですわ。どうぞ……」
 ミーシャの案内で、一人の女性が前に出てきた。
 レスター三世は、思わず目を見張った。
 美しい。
 光り輝く不思議な衣装を身にまとった、黒髪の女性だった。
 髪は美しく結い上げられ、うなじには一筋の後れ毛が垂れている。切れ長の目は知性を湛え、薄い唇には上品な微笑みが浮かんでいる。
 その立ち居振る舞いには、一分の隙もなかった。まるで、生まれた時から給仕のために存在しているかのような、完璧な所作だ。
 彼女は、キラキラと輝く美しいシャンパングラスを差し出した。
 グラス自体が芸術品のようだった。
 透明な器の中で、琥珀色の液体が揺れている。細かな泡がシュワシュワと立ち上り、グラスの縁で次々と弾けていく。
 そして――弾けた泡の後から、虹色の輝きがゆらゆらと舞い上がっているではないか。
 まるで、液体の中に小さな妖精たちが住んでいるかのようだ。
 レスター三世はキツネにつままれたような気分で、最高の笑顔を見せる彼女からグラスを受け取ろうと手を伸ばした。
 しかし――。
 レスター三世は、ふと違和感を覚えた。
 この女性、どこか現実感が薄い。
 美しすぎる、完璧すぎるのだ。人間には、どこかに欠点や個性があるはずだ。しかしこの女性には、それがない。まるで理想の給仕を具現化したかのような、非の打ちどころのない存在。
 ――まさか。
 レスター三世は、そっと眼鏡をズラして女性を見た。
 その瞬間――。
「へっ!?」
 レスター三世は、思わず奇声を上げた。
 そこには、人間ではないものが立っていた。
 丸いガラス玉の頭。
 銀色の金属でできた体。
 関節には複雑な機構が見え、胴体からは微かな駆動音が聞こえてくる。
 ロボットだ。
 あのエアモンのような幻ではない。実体を持った、金属の人形が、シャンパングラスを持って立っているのだ。
 慌てて眼鏡をかけなおす。
 すると、再びそこには黒髪を結んだ清潔感のある女性が、笑顔でたたずんでいた。
 何事もなかったかのように。当然のように。
 レスター三世は、その衝撃に気が遠くなる思いだった。
「こちらはアンドロイドのアリス|XI《イレブン》さんですわ」
 ミーシャが、まるで古い友人を紹介するかのような気軽さで紹介する。
「ア、アンドロイド……?」
 聞いたことのない言葉だった。しかし、その意味は何となく理解できた。
 人の形をした、機械。
 人ではないのに、人のように振る舞う存在。
「そう、実体のあるエアモンだとお考えくださいませ」
 ミーシャは、にっこりと微笑んだ。
「この国には数百万体のこういうアンドロイドが働いておりますわ」
「数百万体!?」
 レスター三世は、耳を疑った。
 数百万。
 それは、自分の国の総人口に匹敵する数字だ。
 つまりこの国には、人間と同じ数だけの「人でないもの」が存在し、働いているということか。
 レスター三世はぽかんと口を開けたまま、アリス|XI《イレブン》を見つめた。
 彼女は――いや、「それ」は――ニコッと笑ってシャンパンをさらに前に差し出した。
 その笑顔が、あまりにも自然で、あまりにも人間らしくて。
 レスター三世は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「あ、ありがとう……」
 苦虫を嚙み潰したような表情で、シャンパングラスを受け取った。