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04

ー/ー



 ユオとアリィは石造りの住居に案内される。

 ラニが住みながら管理しているそこは、たまにこの集落の中で会議場としても使われるようだ。

 谷底では最も大きい、城のような建物。

 アリィはひとまず大きめの服に着替えさせてもらい、ユオとラニの三人で話すことになった。

「結婚しても、数年はサラとも文通してたの。皇后に目を付けられてからは、手紙も捨てられるようになったけどね」

 ラニは香りの高いお茶を出し、アリィを心配そうに見つめる。

 息子が連れてきた美しい少女の中には、親友たるその母親の面影が宿っているのだ。

「ラニ様は表向きには亡くなっていると聞きました。やっぱり、皇后ですよね。星慧教団の聖女と言われていますが、私にとっては怖い印象しかなくて」

 アリィは昨晩の皇后を思い出しながら、恐る恐る問いかけた。

 皇后であるエイプリルは、星慧教団の聖母と呼ばれる存在で、外国の出身なので肌も白い。

(確か、皇后はメルヒェン共和国の旧貴族よ。カナン国内での支持基盤は薄いはず……それでも牛耳っているなら、世界政府と星慧教団がかなり入ってきているんだわ)

 アリィはユオと駆け落ち宣言をした時に、皇后の政治的な権力を垣間見たのだ。

「その感覚は当たってるわ。私は皇后にとって、特に邪魔だったんでしょうね」

 カップを持つラニの手が、僅かに震えていた。

 カナンの皇帝には二人の皇妃がいたというのは、アリィも聞いたことがある。

「酷いです……皇太子が第一皇子なら、ユオシェム様の間にもう一人、第二皇子様がいらっしゃったのですよね」

「えぇ。その子は美しくて優秀だったから、皇太子に目を付けられてね。ユオもまだ小さくて、懐いてたんだけど……第一皇妃様も一緒に殺されたわ」

「そんな……どうしてそんなことをして、裁かれないのですか?」

「世界政府と星慧教団のせいよ。先代皇帝の時代から、カナンは実質的に彼らの傘下なの。陛下も何もできなかったわ」

 アリィはカナンのことにさほど詳しくはないが、残った皇子がユオだけというのは把握している。

(思っていたよりも酷いわ……)

 あまりの所業に言葉を失うと同時に、安堵した。

 出鶴では身内の殺し合いこそなかったので、物語の中のことのような感覚だったのだ。

「ユオがティファや三つ子たちの病死を装って、ここに連れて帰ったの。それからは、ユオが一人で宮殿内で暗躍してるのよね」

 ラニは重くならないように、明るい口調で宮殿の内情を語る。

 ユオはアリィの隣で静かに聞いているが、異母兄のことを思い出す時は、一瞬だけ哀愁が滲んでいた。

(ユオシェム様は家族を守る優しい人だわ。第二皇子様が生きていらしたら、よかったのに)

 思い返せば、アリィも閉じ込められる前は、家族に愛されていた記憶しかないのだ。

「兄上は賢くて美しかったから殺された。だから僕は、バカで不細工なふりをして生き延びてきた。皇太子の引き立て役としてね」

 ユオは確かに不細工だと罵られていたが、アリィにはとてもそうは見えない。

 結婚式の騒動を見れば、バカなふりというのは十分に伝わるものだった。

「お兄様のこと、慕っていたのね」

「まぁね。君もそうじゃないのかい?」

「お兄様のことは好きよ。でも、十二歳になってからずっと閉じ込められていたから。連絡もないし、嫌われたかと……だから、お兄様がユオシェム様に私のことを頼んだというのが、とても不思議なの」

 アリィが軽く境遇を話すだけで、向かい側にいるラニは泣きそうな顔をする。

 心が麻痺していた彼女は、普通のことのように語っていたのだが。

「君のお兄さん……シノは不器用だからね。おおよそのところ、何も言わず急に閉じ込めたんだろうし」

「どうして私が閉じ込められたのか、ユオシェム様は知っているの?」

「まぁね。端的に言うと、皇太子のせいなんだ。心当たりはないかい?」

 ユオはアリィの隣で、申し訳なさそうにそう言った。

(そうだわ、あの時から……)

 言われてみれば、アリィにも心当たりはあった。

 気持ち悪いとしか感じなかった皇太子の包容。

 番犬のように噛み付いた兄のシノは、まだ十四歳だった。

 そんな少年を相手に、二十代後半の男は本気で激怒し、最悪な空気になったのを覚えている。

「あの男に抱きつかれたの。気持ち悪かったわ。お兄様は庇ってくれて……まさか、私を皇太子から守るためだったの……?」

 落ち着いてユオの話を聞くと、確かに矛盾はなかった。

 アリィの口から事実を聞き、ユオは僅かに笑顔を引きつらせる。

「うん。それで病気療養ってことにしたみたい」

「病気療養と発表したなら、無理に進めると問題になるものね」

「そうなんだ。それでひとまずは遠ざけたけど、君が禁書を読んだことを、世話係が通報したようだね。というか、その人は内通者だったんだろう。僕が投げた侍女だと思うけど、違う?」

 家族とのすれ違いの理由が紐解かれていく。

(禁書は存在自体を隠蔽したはずよ。それをユオシェム様がご存知なら、出鶴の王家と通じているのは間違いないわね)

 疑っているわけではなかったが、ユオが内情まで知っていることで、信憑性の後押しとなった。

「違わないわ。あの喜代古という侍女がやったの。あの人は、私やお母様のことが気に入らなかったみたいだから」

 喜代古、という名前を聞いた時に、ラニがぴくりと反応した。

 少し困惑したような顔をする。

 ユオは一瞬だけ視線が冷えるが、それはアリィに向けたものではなかった。

「君のお兄さんと出会ったのは、五年前だった。僕はまだ、今ほど強くなくてね。皇太子に逆らえば、真正面から世界政府とやり合うことになる。それはまだ出来なかった……だから、時が来たら君を迎えに行くつもりだった」

 落ち着いた声で、ユオは話した。

 瞳が揺れている。

 おちゃらけているようで、本気なのだとアリィは感じた。

「どうして? 会ったこともなかったのに」

「シノに頼まれたから、かな」

「お兄様……そうなのね」

 アリィの質問に、ユオは少し含みを持たせるように答える。

 他にも理由はありそうだったが、シノに頼まれたから、だというのは間違いなさそうだ。

「だけど、禁書の件で世界政府がキレたからね。君が病気でも何でも、嫁がせろって話になって……契約をあえて曖昧な形にして、君をカナンに送ることになったんだ。処分すると気付かれるから、侍女はそのまま同行させたよ」

 ユオの一連の説明は筋が通っている。

 信じられないわけでもなく、アリィはようやく家族のやったことの意味を理解した。

「連絡を断ったのも、私のため……?」

 嫌われていたと思ったが、まだ確信はない。

 アリィはテーブルの下で服を握りしめ、恐る恐る聞いた。

「うん。君のその件がきっかけで、シノと国王陛下は世界政府に逆らうと決めたんだって。何かあった時のために、君が一切関わってないようにしたかったからだよ」

 そんな彼女の不安を包むように、ユオは優しく返す。

 そうすると、アリィの顔色は少し良くなったのだ。

「喜代古って、サラの忠実な女官だったわよね。昔からサラが信頼してたもの。その人がまさか……」

 ぞわりと怖気が走るのを感じつつ、ラニはアリィを心配した。

「幼い頃からでした。容姿を貶されたり、お母様のことを悪く言われたり……両親やお兄様に言うなと言われて、私は従っていました。でも、私も悪いから……不細工で馬鹿で、何の役にも立たないから、仕方ないのです」

 喜代古の話になり、スイッチが入ったように、アリィは言われてきたことを復唱する。

 それからも、自分への罵詈雑言を語ろうとしたが――我慢できなくなったユオがいきなり立ち上がった。

 驚いたアリィは、ぴたりと言葉を止める。

 ラニが息子を睨むが、彼は暴力的な衝動を抑えてアリィを見下ろした。

「全部違うから! 君は賢いし、役に立つからね! 君が不細工なら、他の女なんて全て異形だよ! それくらい可愛いから!」

 テーブルを殴り付けそうな勢いだったが、ユオはそれを抑えた。

 咄嗟にアリィを抱き上げ、視線を合わせて喜代古の言葉を全否定する。

(私は、不細工じゃない……?)

 驚きに心臓が跳ねるが、嫌な気はしない。

 ユオの孔雀色の目は、怒りとも悲しみとも取れるような感情に揺れている。

 それでいて、アリィを映す時はとても優しかった。

 むしろ、ずっと欲しかった言葉だったのかも知れない――アリィは優しい叫びを聞いて、目に涙を浮かべる。

「アリィちゃんはとっても可愛いからね。私も異形じゃないってことで済ませてくれる? それで……ユオ、無闇に女の子を抱き上げないの!」

 そんな様子を見て、ラニは安堵したように微笑みかける。

 そして、母親としてユオを叱り付けた。

(嘘でしょ……サラは絶世の美女と呼ばれてたのよ。母親にそっくりなアリィちゃんが、不細工だなんて思い込むだなんて。そこまで追い詰めたのね)

 ラニ自身も怒り心頭だ。

 この場にいる母親として表には出さないが、親友の娘が目に見えて弱っている。

 怒るとアリィが萎縮するかも知れないので、抑えていた。

 ラニの反応に、アリィは涙を拭いながら、少しだけ笑う。

「あはは、ごめんね。ねぇ、お姫様。恐らく、禁書って神秘の器(アルカナ)のことが書かれてたんじゃないのかな?」

 ユオはアリィが少しでも笑ったことに満足してか、そっと下ろして横に座らせた。

 それから自身も隣にまた腰かけて、頬杖をつきながら彼女の顔を眺める。

「そうよ。神秘の器(アルカナ)を知っているの?」

「うん。あれさえあれば、僕の目的は叶えられるからね」

神秘の器(アルカナ)は、かつて魔族を封印したものよ。星慧教団はそれを壊そうとしたみたい……もしかして、彼らに都合が悪いの? だから、彼らに対抗するために、それが必要なの?」

 アリィは虚ろだっただけで、頭は悪くない。

 神秘の器(アルカナ)と星慧教団の関係を考え、家族の意図を導き出したのだ。

 ユオはそんなアリィを優しく見つめる。

 彼女の顔を見つめながら話すのは、今は怒りを思い出さないためだった。

「君は賢いね。言わなくても自分で答えを出したじゃないか」

 素直に褒めるユオに、アリィは否定しそうになる。

「僕は星慧教団や世界政府が危険だと思ってる。彼らが危惧する神秘の器(アルカナ)を集めれば、きっと抵抗できる。だから、しばらく旅に出るつもりなんだ」

 彼女が自分をまた否定しようとしたのが分かったから、ユオは壮大な目的を話した。

(崇高な理由ね……結婚なんかで死にたいと思ってた私とは違う。この人こそ、大国の皇帝になるべきだわ)

 逆らいきれなかったアリィには、とても眩しく輝いて見える。

 もし神話の正当性を皆に伝えられたら、世界はきっと覆されるだろう。

 心のどこかで、それを望んでいた。

 そして、禁書の内容はアリィが最もよく知っている。

「禁書は終戦時の王の手記だったの。そこに現在の神秘の器(アルカナ)の在り処も書かれていたわ。場所は覚えたから、貴方にそれを託すわね」

 ユオが求める情報を、偶然にもアリィは持っていたのだ。

 初めて役に立てた気になって、少し嬉しくなってくる。

「いいね。託すんじゃなくて、君も一緒に行こうよ」

「でも、私なんか……」

「なんか、じゃないよ。君は賢くて役に立てる存在だよ。僕が証明するから。君のお兄さんも、近いうちに合流する予定だしね」

 熱弁するユオに、アリィは戸惑った。

 決して嫌ではないのだが、邪魔にならないかと不安になる。

 向かい側から見ていたラニが、お盆でユオの頭を軽く叩いた。

「がっつき過ぎよ。アリィちゃん、よく考えてから決めなさいね? 嫌なことは嫌って言っていいのよ」

 そのまま押し切られそうだったのを心配し、ラニはアリィがしっかりと考える時間を設けたのだ。

「また怒られちゃった。母上の言うとおり、しっかり考えてね。僕から言えるのは、君は家族から愛されてるってことだけだからさ。お兄さんと会って、話してみてもいいんじゃないかなって」

 叱られたことを戯けて笑うユオに、アリィも思わず笑みがこぼれてくる。

 彼はとても強いのに、母親の前では少し子どもっぽい。

 人間の温度を感じるかのようで、アリィの心は少しだけほだされた。

「うん……少しだけ、考えさせて」

 心配してくれるラニのことも考えて、返事は保留にする。

 内心では、(冒険みたいで、楽しそうね)と考えていた。


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 ユオとアリィは石造りの住居に案内される。
 ラニが住みながら管理しているそこは、たまにこの集落の中で会議場としても使われるようだ。
 谷底では最も大きい、城のような建物。
 アリィはひとまず大きめの服に着替えさせてもらい、ユオとラニの三人で話すことになった。
「結婚しても、数年はサラとも文通してたの。皇后に目を付けられてからは、手紙も捨てられるようになったけどね」
 ラニは香りの高いお茶を出し、アリィを心配そうに見つめる。
 息子が連れてきた美しい少女の中には、親友たるその母親の面影が宿っているのだ。
「ラニ様は表向きには亡くなっていると聞きました。やっぱり、皇后ですよね。星慧教団の聖女と言われていますが、私にとっては怖い印象しかなくて」
 アリィは昨晩の皇后を思い出しながら、恐る恐る問いかけた。
 皇后であるエイプリルは、星慧教団の聖母と呼ばれる存在で、外国の出身なので肌も白い。
(確か、皇后はメルヒェン共和国の旧貴族よ。カナン国内での支持基盤は薄いはず……それでも牛耳っているなら、世界政府と星慧教団がかなり入ってきているんだわ)
 アリィはユオと駆け落ち宣言をした時に、皇后の政治的な権力を垣間見たのだ。
「その感覚は当たってるわ。私は皇后にとって、特に邪魔だったんでしょうね」
 カップを持つラニの手が、僅かに震えていた。
 カナンの皇帝には二人の皇妃がいたというのは、アリィも聞いたことがある。
「酷いです……皇太子が第一皇子なら、ユオシェム様の間にもう一人、第二皇子様がいらっしゃったのですよね」
「えぇ。その子は美しくて優秀だったから、皇太子に目を付けられてね。ユオもまだ小さくて、懐いてたんだけど……第一皇妃様も一緒に殺されたわ」
「そんな……どうしてそんなことをして、裁かれないのですか?」
「世界政府と星慧教団のせいよ。先代皇帝の時代から、カナンは実質的に彼らの傘下なの。陛下も何もできなかったわ」
 アリィはカナンのことにさほど詳しくはないが、残った皇子がユオだけというのは把握している。
(思っていたよりも酷いわ……)
 あまりの所業に言葉を失うと同時に、安堵した。
 出鶴では身内の殺し合いこそなかったので、物語の中のことのような感覚だったのだ。
「ユオがティファや三つ子たちの病死を装って、ここに連れて帰ったの。それからは、ユオが一人で宮殿内で暗躍してるのよね」
 ラニは重くならないように、明るい口調で宮殿の内情を語る。
 ユオはアリィの隣で静かに聞いているが、異母兄のことを思い出す時は、一瞬だけ哀愁が滲んでいた。
(ユオシェム様は家族を守る優しい人だわ。第二皇子様が生きていらしたら、よかったのに)
 思い返せば、アリィも閉じ込められる前は、家族に愛されていた記憶しかないのだ。
「兄上は賢くて美しかったから殺された。だから僕は、バカで不細工なふりをして生き延びてきた。皇太子の引き立て役としてね」
 ユオは確かに不細工だと罵られていたが、アリィにはとてもそうは見えない。
 結婚式の騒動を見れば、バカなふりというのは十分に伝わるものだった。
「お兄様のこと、慕っていたのね」
「まぁね。君もそうじゃないのかい?」
「お兄様のことは好きよ。でも、十二歳になってからずっと閉じ込められていたから。連絡もないし、嫌われたかと……だから、お兄様がユオシェム様に私のことを頼んだというのが、とても不思議なの」
 アリィが軽く境遇を話すだけで、向かい側にいるラニは泣きそうな顔をする。
 心が麻痺していた彼女は、普通のことのように語っていたのだが。
「君のお兄さん……シノは不器用だからね。おおよそのところ、何も言わず急に閉じ込めたんだろうし」
「どうして私が閉じ込められたのか、ユオシェム様は知っているの?」
「まぁね。端的に言うと、皇太子のせいなんだ。心当たりはないかい?」
 ユオはアリィの隣で、申し訳なさそうにそう言った。
(そうだわ、あの時から……)
 言われてみれば、アリィにも心当たりはあった。
 気持ち悪いとしか感じなかった皇太子の包容。
 番犬のように噛み付いた兄のシノは、まだ十四歳だった。
 そんな少年を相手に、二十代後半の男は本気で激怒し、最悪な空気になったのを覚えている。
「あの男に抱きつかれたの。気持ち悪かったわ。お兄様は庇ってくれて……まさか、私を皇太子から守るためだったの……?」
 落ち着いてユオの話を聞くと、確かに矛盾はなかった。
 アリィの口から事実を聞き、ユオは僅かに笑顔を引きつらせる。
「うん。それで病気療養ってことにしたみたい」
「病気療養と発表したなら、無理に進めると問題になるものね」
「そうなんだ。それでひとまずは遠ざけたけど、君が禁書を読んだことを、世話係が通報したようだね。というか、その人は内通者だったんだろう。僕が投げた侍女だと思うけど、違う?」
 家族とのすれ違いの理由が紐解かれていく。
(禁書は存在自体を隠蔽したはずよ。それをユオシェム様がご存知なら、出鶴の王家と通じているのは間違いないわね)
 疑っているわけではなかったが、ユオが内情まで知っていることで、信憑性の後押しとなった。
「違わないわ。あの喜代古という侍女がやったの。あの人は、私やお母様のことが気に入らなかったみたいだから」
 喜代古、という名前を聞いた時に、ラニがぴくりと反応した。
 少し困惑したような顔をする。
 ユオは一瞬だけ視線が冷えるが、それはアリィに向けたものではなかった。
「君のお兄さんと出会ったのは、五年前だった。僕はまだ、今ほど強くなくてね。皇太子に逆らえば、真正面から世界政府とやり合うことになる。それはまだ出来なかった……だから、時が来たら君を迎えに行くつもりだった」
 落ち着いた声で、ユオは話した。
 瞳が揺れている。
 おちゃらけているようで、本気なのだとアリィは感じた。
「どうして? 会ったこともなかったのに」
「シノに頼まれたから、かな」
「お兄様……そうなのね」
 アリィの質問に、ユオは少し含みを持たせるように答える。
 他にも理由はありそうだったが、シノに頼まれたから、だというのは間違いなさそうだ。
「だけど、禁書の件で世界政府がキレたからね。君が病気でも何でも、嫁がせろって話になって……契約をあえて曖昧な形にして、君をカナンに送ることになったんだ。処分すると気付かれるから、侍女はそのまま同行させたよ」
 ユオの一連の説明は筋が通っている。
 信じられないわけでもなく、アリィはようやく家族のやったことの意味を理解した。
「連絡を断ったのも、私のため……?」
 嫌われていたと思ったが、まだ確信はない。
 アリィはテーブルの下で服を握りしめ、恐る恐る聞いた。
「うん。君のその件がきっかけで、シノと国王陛下は世界政府に逆らうと決めたんだって。何かあった時のために、君が一切関わってないようにしたかったからだよ」
 そんな彼女の不安を包むように、ユオは優しく返す。
 そうすると、アリィの顔色は少し良くなったのだ。
「喜代古って、サラの忠実な女官だったわよね。昔からサラが信頼してたもの。その人がまさか……」
 ぞわりと怖気が走るのを感じつつ、ラニはアリィを心配した。
「幼い頃からでした。容姿を貶されたり、お母様のことを悪く言われたり……両親やお兄様に言うなと言われて、私は従っていました。でも、私も悪いから……不細工で馬鹿で、何の役にも立たないから、仕方ないのです」
 喜代古の話になり、スイッチが入ったように、アリィは言われてきたことを復唱する。
 それからも、自分への罵詈雑言を語ろうとしたが――我慢できなくなったユオがいきなり立ち上がった。
 驚いたアリィは、ぴたりと言葉を止める。
 ラニが息子を睨むが、彼は暴力的な衝動を抑えてアリィを見下ろした。
「全部違うから! 君は賢いし、役に立つからね! 君が不細工なら、他の女なんて全て異形だよ! それくらい可愛いから!」
 テーブルを殴り付けそうな勢いだったが、ユオはそれを抑えた。
 咄嗟にアリィを抱き上げ、視線を合わせて喜代古の言葉を全否定する。
(私は、不細工じゃない……?)
 驚きに心臓が跳ねるが、嫌な気はしない。
 ユオの孔雀色の目は、怒りとも悲しみとも取れるような感情に揺れている。
 それでいて、アリィを映す時はとても優しかった。
 むしろ、ずっと欲しかった言葉だったのかも知れない――アリィは優しい叫びを聞いて、目に涙を浮かべる。
「アリィちゃんはとっても可愛いからね。私も異形じゃないってことで済ませてくれる? それで……ユオ、無闇に女の子を抱き上げないの!」
 そんな様子を見て、ラニは安堵したように微笑みかける。
 そして、母親としてユオを叱り付けた。
(嘘でしょ……サラは絶世の美女と呼ばれてたのよ。母親にそっくりなアリィちゃんが、不細工だなんて思い込むだなんて。そこまで追い詰めたのね)
 ラニ自身も怒り心頭だ。
 この場にいる母親として表には出さないが、親友の娘が目に見えて弱っている。
 怒るとアリィが萎縮するかも知れないので、抑えていた。
 ラニの反応に、アリィは涙を拭いながら、少しだけ笑う。
「あはは、ごめんね。ねぇ、お姫様。恐らく、禁書って|神秘の器《アルカナ》のことが書かれてたんじゃないのかな?」
 ユオはアリィが少しでも笑ったことに満足してか、そっと下ろして横に座らせた。
 それから自身も隣にまた腰かけて、頬杖をつきながら彼女の顔を眺める。
「そうよ。|神秘の器《アルカナ》を知っているの?」
「うん。あれさえあれば、僕の目的は叶えられるからね」
「|神秘の器《アルカナ》は、かつて魔族を封印したものよ。星慧教団はそれを壊そうとしたみたい……もしかして、彼らに都合が悪いの? だから、彼らに対抗するために、それが必要なの?」
 アリィは虚ろだっただけで、頭は悪くない。
 |神秘の器《アルカナ》と星慧教団の関係を考え、家族の意図を導き出したのだ。
 ユオはそんなアリィを優しく見つめる。
 彼女の顔を見つめながら話すのは、今は怒りを思い出さないためだった。
「君は賢いね。言わなくても自分で答えを出したじゃないか」
 素直に褒めるユオに、アリィは否定しそうになる。
「僕は星慧教団や世界政府が危険だと思ってる。彼らが危惧する|神秘の器《アルカナ》を集めれば、きっと抵抗できる。だから、しばらく旅に出るつもりなんだ」
 彼女が自分をまた否定しようとしたのが分かったから、ユオは壮大な目的を話した。
(崇高な理由ね……結婚なんかで死にたいと思ってた私とは違う。この人こそ、大国の皇帝になるべきだわ)
 逆らいきれなかったアリィには、とても眩しく輝いて見える。
 もし神話の正当性を皆に伝えられたら、世界はきっと覆されるだろう。
 心のどこかで、それを望んでいた。
 そして、禁書の内容はアリィが最もよく知っている。
「禁書は終戦時の王の手記だったの。そこに現在の|神秘の器《アルカナ》の在り処も書かれていたわ。場所は覚えたから、貴方にそれを託すわね」
 ユオが求める情報を、偶然にもアリィは持っていたのだ。
 初めて役に立てた気になって、少し嬉しくなってくる。
「いいね。託すんじゃなくて、君も一緒に行こうよ」
「でも、私なんか……」
「なんか、じゃないよ。君は賢くて役に立てる存在だよ。僕が証明するから。君のお兄さんも、近いうちに合流する予定だしね」
 熱弁するユオに、アリィは戸惑った。
 決して嫌ではないのだが、邪魔にならないかと不安になる。
 向かい側から見ていたラニが、お盆でユオの頭を軽く叩いた。
「がっつき過ぎよ。アリィちゃん、よく考えてから決めなさいね? 嫌なことは嫌って言っていいのよ」
 そのまま押し切られそうだったのを心配し、ラニはアリィがしっかりと考える時間を設けたのだ。
「また怒られちゃった。母上の言うとおり、しっかり考えてね。僕から言えるのは、君は家族から愛されてるってことだけだからさ。お兄さんと会って、話してみてもいいんじゃないかなって」
 叱られたことを戯けて笑うユオに、アリィも思わず笑みがこぼれてくる。
 彼はとても強いのに、母親の前では少し子どもっぽい。
 人間の温度を感じるかのようで、アリィの心は少しだけほだされた。
「うん……少しだけ、考えさせて」
 心配してくれるラニのことも考えて、返事は保留にする。
 内心では、(冒険みたいで、楽しそうね)と考えていた。