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プロローグ

ー/ー



 2月のとある日、大企業がひしめく東京のビル群の1フロアの中に男の姿はあった。

 男の名前は岡崎透(おかざきとおる)。45歳の独身だ。

 岡崎の人生は争いの連続だった。有名大学に入って将来を安定させるため受験勉強に明け暮れた。

 とにかく大手に入らなければ安定した社会人ライフは送れないと信じ必死になって就活した。

 大企業に就職できても、岡崎が就職したのは派閥争いと権力闘争が激しい会社だった。

 岡崎は常に上司の顔色を伺い媚びを売り続け、その上仕事でも成果を挙げなくてはならないという地獄を経験して生き延びてきた。

 自分の実績を上げる為に同僚が狙っている営業先に先回りしたり、時に告げ口や噂話を流して同僚の評判を落としていった。

 (やっと手に入れた部長ポストだ......! 俺の本当の人生はここからやっと始まる......!)

 そう意気込んでいた矢先、岡崎の将来は音を立てて崩れる。

 「解雇ですか?」

 社長室で告げられたのは解雇の一言。
 理由は監督不行届(かんとくふゆきとどき)だという。

 つい先日部下と取った大口の契約。
 売上も社員数も何倍もあるような大企業と契約を取れたのがよほど嬉しかったのだろう。

 部下は居酒屋で契約の事を友人に話し、SNSにも契約内容を書いてしまったというのだ。

 そのせいで会社は契約破棄を突きつけられ、その責任は部下だけでなく教育を怠った岡崎にもあると断定し、解雇に踏み切ったという。

 岡崎は努めて冷静な態度で会社の判断を受け入れる。
 しかし内心は、煮え滾るマグマのように噴き上がっていた。

 (なんで俺が部下のプライベートまで躾なくちゃいけないんだ......!

 俺はちゃんと教育してきた! 
 トーク術もマナーや所作も叩き込んだ!
 俺が責任を取るべきは契約を勝ち取って会社に貢献する人材に育てる責任であって、他人のプライベートでの失敗の面倒を見る必要なんて無いだろ!

 こういうリテラシーに関係する所は会社が教育するんじゃないのか!?)

 どれだけ考えても腹の虫が収まらない岡崎は、部下に怒りの矛先を向けようとするが、部下は既に自主退職という名の解雇を言い渡され、今は有給を消化中だった。

 これでは怒りのぶつけようがない。40半ばで不祥事で職を失っては、どこの大企業も再雇用はしてくれないだろう。(厳密には自分のせいではないが)

 大企業にこだわらなければ多少なりとも選択肢はあるのかもしれないが、中小企業に再就職しようにも、安定を捨ててグレードの低い会社に行くにはそれ相応の理由がいる。

 これだけの不祥事はどう取り繕っても隠しきれない。
 その為、中小企業も受け入れてくれるかは難しい。

 「あーあ、岡崎さん終わったな。仕事だけは出来る人だからあの人の下なら安心だと思ったのに」

 「岡崎さんならまだ上に行けそうだからアピールしとこうかなぁなんて思ってたのに、あんな落ちぶれちゃうなんてね。

 別の親父に色目使った方がよさそうだわ」

 敗者に投げかけられる言葉はいつも残酷だ。
 昨日までは尊敬の眼差しで見ていた後輩も、今はゴミクズを見るような目で見下し、事務の女も俺を嘲り笑っている。

 心の中で同僚たちの陰口に憤りを感じながらも表情には出さず自分のデスクに向かう。

 淡々とデスクの荷物整理を終え、同僚や上司、後輩たちに形だけの謝罪と感謝を伝え会社を後にする。

 東京 郊外のとあるビル 岡崎宅

 「これは経済学、こっちは政治学、これはなんだ?
 軍事学? 昔の俺はとにかく何でも勉強したなぁ」

 就職後も資格勉強や会社の上司、取引先と会話を合わせる為に様々な勉強をしていた。
 解雇された今となってはそのどれもが無用の長物と化してしまっている。

 身の回りの整理を終え、部屋の中を見渡す。

 この部屋、こんなに広かったっけ?と不意に引っ越してきた時の事を思い出す。

 課長に昇進したばかりの頃、上京したての部屋から別れを告げ、より家賃の高い今の部屋に移り住んだ時も同じ感想を抱いていた。

 一通りの荷物整理と思い出を振り返った後、遺書をしたためる。

 「俺は死んでまで迷惑はかけたくない。

 だからこの家で死ぬ気はないさ。事故物件なんて気味が悪いからな」

 白封筒の中に遺書を収め、茶封筒の中に3ヶ月分の家賃を入れる。

 もししばらく発見されなかったとしても家賃を滞納しない為だ。

 そして深夜2時、近くの川まで来た岡崎は心の中で念じる。

 (来世が本当にあるとしたら、次こそは権力闘争に追われない人生でありますように!)

 聞いているのか分からない神様にそう懇願し、岡崎は川に身を投げ死んだ。

 享年45歳。


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次のエピソードへ進む 第一話 謎の青年現る


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 2月のとある日、大企業がひしめく東京のビル群の1フロアの中に男の姿はあった。
 男の名前は|岡崎透《おかざきとおる》。45歳の独身だ。
 岡崎の人生は争いの連続だった。有名大学に入って将来を安定させるため受験勉強に明け暮れた。
 とにかく大手に入らなければ安定した社会人ライフは送れないと信じ必死になって就活した。
 大企業に就職できても、岡崎が就職したのは派閥争いと権力闘争が激しい会社だった。
 岡崎は常に上司の顔色を伺い媚びを売り続け、その上仕事でも成果を挙げなくてはならないという地獄を経験して生き延びてきた。
 自分の実績を上げる為に同僚が狙っている営業先に先回りしたり、時に告げ口や噂話を流して同僚の評判を落としていった。
 (やっと手に入れた部長ポストだ......! 俺の本当の人生はここからやっと始まる......!)
 そう意気込んでいた矢先、岡崎の将来は音を立てて崩れる。
 「解雇ですか?」
 社長室で告げられたのは解雇の一言。
 理由は監督不行届(かんとくふゆきとどき)だという。
 つい先日部下と取った大口の契約。
 売上も社員数も何倍もあるような大企業と契約を取れたのがよほど嬉しかったのだろう。
 部下は居酒屋で契約の事を友人に話し、SNSにも契約内容を書いてしまったというのだ。
 そのせいで会社は契約破棄を突きつけられ、その責任は部下だけでなく教育を怠った岡崎にもあると断定し、解雇に踏み切ったという。
 岡崎は努めて冷静な態度で会社の判断を受け入れる。
 しかし内心は、煮え滾るマグマのように噴き上がっていた。
 (なんで俺が部下のプライベートまで躾なくちゃいけないんだ......!
 俺はちゃんと教育してきた! 
 トーク術もマナーや所作も叩き込んだ!
 俺が責任を取るべきは契約を勝ち取って会社に貢献する人材に育てる責任であって、他人のプライベートでの失敗の面倒を見る必要なんて無いだろ!
 こういうリテラシーに関係する所は会社が教育するんじゃないのか!?)
 どれだけ考えても腹の虫が収まらない岡崎は、部下に怒りの矛先を向けようとするが、部下は既に自主退職という名の解雇を言い渡され、今は有給を消化中だった。
 これでは怒りのぶつけようがない。40半ばで不祥事で職を失っては、どこの大企業も再雇用はしてくれないだろう。(厳密には自分のせいではないが)
 大企業にこだわらなければ多少なりとも選択肢はあるのかもしれないが、中小企業に再就職しようにも、安定を捨ててグレードの低い会社に行くにはそれ相応の理由がいる。
 これだけの不祥事はどう取り繕っても隠しきれない。
 その為、中小企業も受け入れてくれるかは難しい。
 「あーあ、岡崎さん終わったな。仕事だけは出来る人だからあの人の下なら安心だと思ったのに」
 「岡崎さんならまだ上に行けそうだからアピールしとこうかなぁなんて思ってたのに、あんな落ちぶれちゃうなんてね。
 別の親父に色目使った方がよさそうだわ」
 敗者に投げかけられる言葉はいつも残酷だ。
 昨日までは尊敬の眼差しで見ていた後輩も、今はゴミクズを見るような目で見下し、事務の女も俺を嘲り笑っている。
 心の中で同僚たちの陰口に憤りを感じながらも表情には出さず自分のデスクに向かう。
 淡々とデスクの荷物整理を終え、同僚や上司、後輩たちに形だけの謝罪と感謝を伝え会社を後にする。
 東京 郊外のとあるビル 岡崎宅
 「これは経済学、こっちは政治学、これはなんだ?
 軍事学? 昔の俺はとにかく何でも勉強したなぁ」
 就職後も資格勉強や会社の上司、取引先と会話を合わせる為に様々な勉強をしていた。
 解雇された今となってはそのどれもが無用の長物と化してしまっている。
 身の回りの整理を終え、部屋の中を見渡す。
 この部屋、こんなに広かったっけ?と不意に引っ越してきた時の事を思い出す。
 課長に昇進したばかりの頃、上京したての部屋から別れを告げ、より家賃の高い今の部屋に移り住んだ時も同じ感想を抱いていた。
 一通りの荷物整理と思い出を振り返った後、遺書をしたためる。
 「俺は死んでまで迷惑はかけたくない。
 だからこの家で死ぬ気はないさ。事故物件なんて気味が悪いからな」
 白封筒の中に遺書を収め、茶封筒の中に3ヶ月分の家賃を入れる。
 もししばらく発見されなかったとしても家賃を滞納しない為だ。
 そして深夜2時、近くの川まで来た岡崎は心の中で念じる。
 (来世が本当にあるとしたら、次こそは権力闘争に追われない人生でありますように!)
 聞いているのか分からない神様にそう懇願し、岡崎は川に身を投げ死んだ。
 享年45歳。