【4】③
ー/ー 呆れや嘲笑ではない朗らかな弾んだ声が、瑛璃の中の警戒心やその他の身のうちに抱えていたくないいろいろなものを溶かして行くようだ。
もし昨夜何も聞いていなければ、その裏にある彼の努力が過ることもなくただ無邪気に喜んでいられたかもしれない。
「ありがとう。あの、私も『田舎来るの嫌』なんて全然思ってなかったよ。だって、夏休み全部潰れるのにわざわざ来たくもないとこ来る?」
屈託ない口調で告げながらも、心の底では来たくなどなかった。
厭々、仕方なく、とまではいかなくとも、気が進まなかったのは事実だ。できることなら帰りたいのが嘘偽りのない気持ちだった。
それでも認めたくなかった。
口にしたら「望まないまま遠くに追いやられた」己があまりにも惨めすぎる。
何よりも、心配したように冷たくあしらわれることもなく、本心がどうであれ瑛璃に心砕いてくれる航やその両親にだけは知られてはならない。
そう考えられる余裕があったのは幸いだった。
「いや、俺もこういうの久し振りでなんか楽しいよ! だってこんなことしようと思わないもん。あ、悪い意味じゃなくて! ああ、俺の町ってこんないいとこあったんだな、って。旅行で『海』に来る人は多いけど、こっちの浜は寂れてるから滅多に来ないし」
泳げない小せえ砂浜なんて、せっかく休み取って遊びに来た人には時間の無駄じゃん? と続ける彼。
これは本心からの言葉なのではないか。明るく柔らかな声がそう伝えてくれる気がした。
瑛璃の濁った内心など、この従兄には隠せていたようで安心する。
「……ゴメンな」
「え? 何か言った?」
航の呟きは耳に届いてはいたが、瑛璃は迷わず聞こえなかった振りをした。
これは反応してはいけない。おそらくは、──まず間違いなく「昨夜」に関わることだろうから。
「いや、何も! あー、そろそろいい時間だし帰ろうか。昼前には家に戻らないと」
「そうね、なんかあっという間だったわ。すごく楽しかった」
誤魔化す航に、素知らぬ風に返した。
「……瑛璃ちゃん、そんな色白いのに日焼け大丈夫か? あと、髪とか目も色の薄い人は陽が強いのよくないんじゃなかった? ごめん、俺もっと早く──」
ふと気づいたように慌てる彼の気遣いはありがたい。しかし、実際にはそこまでのこともないのだ。
「髪も瞳も特に気にしたことないわ。それにちゃんと日焼け止め塗ってるから大丈夫よ。海に来るっていうんで強力なの買って来たから。でも長時間は持たないからそろそろ塗り直した方がいいかも。だからタイミングぴったりよ。……そこまで気づくの、かえってすごいよね。男の子って全然わかんないんじゃないの?」
素で感心した瑛璃に、彼は軽く肩を竦めた。
「まあそれは環境かな。見るからに日差しが強い南国じゃなくても、海面や砂浜の照り返しなんかあんまり舐めない方がいい。旅行者で油断して、焼きすぎて火傷みたいになる人毎年必ずいるんだ。それも一人二人じゃなくてさ」
「じゃあ次は日傘持って来た方がいいかな」
小振りな紫外線遮断効果のあるパラソルも、母に買ってもらい持参している。
「ああ、そうだな! 日傘、あるなら差したほうがいいかもね。全然身なり構わない母さんでも、日焼け対策だけはしてるみたいだよ」
伯母の、年齢相応には見えない白く滑らかな肌。彼女の美しさはあの肌も大きい気がした。
航が渡してくれた柔らかなタオルで濡れた足を拭き、サンダルに入り込んだ砂を払って履く。
ひとつだけでもいい想い出ができた。
ここで過ごさなければならない夏の、結果的には支えになるかもしれない楽しい記憶。
瑛璃のために頑張って行動してくれている従兄の直ぐ傍で、今もそんなことを考えている悲観的な自分から目を逸らすことはできなかった。
もし昨夜何も聞いていなければ、その裏にある彼の努力が過ることもなくただ無邪気に喜んでいられたかもしれない。
「ありがとう。あの、私も『田舎来るの嫌』なんて全然思ってなかったよ。だって、夏休み全部潰れるのにわざわざ来たくもないとこ来る?」
屈託ない口調で告げながらも、心の底では来たくなどなかった。
厭々、仕方なく、とまではいかなくとも、気が進まなかったのは事実だ。できることなら帰りたいのが嘘偽りのない気持ちだった。
それでも認めたくなかった。
口にしたら「望まないまま遠くに追いやられた」己があまりにも惨めすぎる。
何よりも、心配したように冷たくあしらわれることもなく、本心がどうであれ瑛璃に心砕いてくれる航やその両親にだけは知られてはならない。
そう考えられる余裕があったのは幸いだった。
「いや、俺もこういうの久し振りでなんか楽しいよ! だってこんなことしようと思わないもん。あ、悪い意味じゃなくて! ああ、俺の町ってこんないいとこあったんだな、って。旅行で『海』に来る人は多いけど、こっちの浜は寂れてるから滅多に来ないし」
泳げない小せえ砂浜なんて、せっかく休み取って遊びに来た人には時間の無駄じゃん? と続ける彼。
これは本心からの言葉なのではないか。明るく柔らかな声がそう伝えてくれる気がした。
瑛璃の濁った内心など、この従兄には隠せていたようで安心する。
「……ゴメンな」
「え? 何か言った?」
航の呟きは耳に届いてはいたが、瑛璃は迷わず聞こえなかった振りをした。
これは反応してはいけない。おそらくは、──まず間違いなく「昨夜」に関わることだろうから。
「いや、何も! あー、そろそろいい時間だし帰ろうか。昼前には家に戻らないと」
「そうね、なんかあっという間だったわ。すごく楽しかった」
誤魔化す航に、素知らぬ風に返した。
「……瑛璃ちゃん、そんな色白いのに日焼け大丈夫か? あと、髪とか目も色の薄い人は陽が強いのよくないんじゃなかった? ごめん、俺もっと早く──」
ふと気づいたように慌てる彼の気遣いはありがたい。しかし、実際にはそこまでのこともないのだ。
「髪も瞳も特に気にしたことないわ。それにちゃんと日焼け止め塗ってるから大丈夫よ。海に来るっていうんで強力なの買って来たから。でも長時間は持たないからそろそろ塗り直した方がいいかも。だからタイミングぴったりよ。……そこまで気づくの、かえってすごいよね。男の子って全然わかんないんじゃないの?」
素で感心した瑛璃に、彼は軽く肩を竦めた。
「まあそれは環境かな。見るからに日差しが強い南国じゃなくても、海面や砂浜の照り返しなんかあんまり舐めない方がいい。旅行者で油断して、焼きすぎて火傷みたいになる人毎年必ずいるんだ。それも一人二人じゃなくてさ」
「じゃあ次は日傘持って来た方がいいかな」
小振りな紫外線遮断効果のあるパラソルも、母に買ってもらい持参している。
「ああ、そうだな! 日傘、あるなら差したほうがいいかもね。全然身なり構わない母さんでも、日焼け対策だけはしてるみたいだよ」
伯母の、年齢相応には見えない白く滑らかな肌。彼女の美しさはあの肌も大きい気がした。
航が渡してくれた柔らかなタオルで濡れた足を拭き、サンダルに入り込んだ砂を払って履く。
ひとつだけでもいい想い出ができた。
ここで過ごさなければならない夏の、結果的には支えになるかもしれない楽しい記憶。
瑛璃のために頑張って行動してくれている従兄の直ぐ傍で、今もそんなことを考えている悲観的な自分から目を逸らすことはできなかった。
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呆れや嘲笑ではない朗らかな弾んだ声が、瑛璃の中の警戒心やその他の身のうちに抱えていたくないいろいろなものを溶かして行くようだ。
もし昨夜何も聞いていなければ、その裏にある彼の努力が過ることもなくただ無邪気に喜んでいられたかもしれない。
「ありがとう。あの、私も『田舎来るの嫌』なんて全然思ってなかったよ。だって、夏休み全部潰れるのにわざわざ来たくもないとこ来る?」
屈託ない口調で告げながらも、心の底では来たくなどなかった。
厭々、仕方なく、とまではいかなくとも、気が進まなかったのは事実だ。できることなら帰りたいのが嘘偽りのない気持ちだった。
それでも認めたくなかった。
口にしたら「望まないまま遠くに追いやられた」己があまりにも惨めすぎる。
何よりも、心配したように冷たくあしらわれることもなく、本心がどうであれ瑛璃に心砕いてくれる航やその両親にだけは知られてはならない。
そう考えられる余裕があったのは幸いだった。
「いや、俺もこういうの久し振りでなんか楽しいよ! だってこんなことしようと思わないもん。あ、悪い意味じゃなくて! ああ、俺の町ってこんないいとこあったんだな、って。旅行で『海』に来る人は多いけど、こっちの浜は寂れてるから滅多に来ないし」
泳げない小せえ砂浜なんて、せっかく休み取って遊びに来た人には時間の無駄じゃん? と続ける彼。
これは本心からの言葉なのではないか。明るく柔らかな声がそう伝えてくれる気がした。
瑛璃の濁った内心など、この従兄には隠せていたようで安心する。
「……ゴメンな」
「え? 何か言った?」
航の呟きは耳に届いてはいたが、瑛璃は迷わず聞こえなかった振りをした。
これは反応してはいけない。おそらくは、──まず間違いなく「昨夜」に関わることだろうから。
「いや、何も! あー、そろそろいい時間だし帰ろうか。昼前には家に戻らないと」
「そうね、なんかあっという間だったわ。すごく楽しかった」
誤魔化す航に、素知らぬ風に返した。
「……瑛璃ちゃん、そんな色白いのに日焼け大丈夫か? あと、髪とか目も色の薄い人は陽が強いのよくないんじゃなかった? ごめん、俺もっと早く──」
ふと気づいたように慌てる彼の気遣いはありがたい。しかし、実際にはそこまでのこともないのだ。
「髪も瞳も特に気にしたことないわ。それにちゃんと日焼け止め塗ってるから大丈夫よ。海に来るっていうんで強力なの買って来たから。でも長時間は持たないからそろそろ塗り直した方がいいかも。だからタイミングぴったりよ。……そこまで気づくの、かえってすごいよね。男の子って全然わかんないんじゃないの?」
素で感心した瑛璃に、彼は軽く肩を竦めた。
「まあそれは環境かな。見るからに日差しが強い南国じゃなくても、海面や砂浜の照り返しなんかあんまり舐めない方がいい。旅行者で油断して、焼きすぎて火傷みたいになる人毎年必ずいるんだ。それも一人二人じゃなくてさ」
「じゃあ次は日傘持って来た方がいいかな」
小振りな|紫外線遮断《UVカット》効果のあるパラソルも、母に買ってもらい持参している。
「ああ、そうだな! 日傘、あるなら差したほうがいいかもね。全然身なり構わない母さんでも、日焼け対策だけはしてるみたいだよ」
伯母の、年齢相応には見えない白く滑らかな肌。彼女の美しさはあの肌も大きい気がした。
航が渡してくれた柔らかなタオルで濡れた足を拭き、サンダルに入り込んだ砂を払って履く。
ひとつだけでもいい想い出ができた。
ここで過ごさなければならない夏の、結果的には支えになるかもしれない楽しい記憶。
瑛璃のために《《頑張って》》行動してくれている従兄の直ぐ傍で、今もそんなことを考えている悲観的な自分から目を逸らすことはできなかった。
もし昨夜何も聞いていなければ、その裏にある彼の努力が過ることもなくただ無邪気に喜んでいられたかもしれない。
「ありがとう。あの、私も『田舎来るの嫌』なんて全然思ってなかったよ。だって、夏休み全部潰れるのにわざわざ来たくもないとこ来る?」
屈託ない口調で告げながらも、心の底では来たくなどなかった。
厭々、仕方なく、とまではいかなくとも、気が進まなかったのは事実だ。できることなら帰りたいのが嘘偽りのない気持ちだった。
それでも認めたくなかった。
口にしたら「望まないまま遠くに追いやられた」己があまりにも惨めすぎる。
何よりも、心配したように冷たくあしらわれることもなく、本心がどうであれ瑛璃に心砕いてくれる航やその両親にだけは知られてはならない。
そう考えられる余裕があったのは幸いだった。
「いや、俺もこういうの久し振りでなんか楽しいよ! だってこんなことしようと思わないもん。あ、悪い意味じゃなくて! ああ、俺の町ってこんないいとこあったんだな、って。旅行で『海』に来る人は多いけど、こっちの浜は寂れてるから滅多に来ないし」
泳げない小せえ砂浜なんて、せっかく休み取って遊びに来た人には時間の無駄じゃん? と続ける彼。
これは本心からの言葉なのではないか。明るく柔らかな声がそう伝えてくれる気がした。
瑛璃の濁った内心など、この従兄には隠せていたようで安心する。
「……ゴメンな」
「え? 何か言った?」
航の呟きは耳に届いてはいたが、瑛璃は迷わず聞こえなかった振りをした。
これは反応してはいけない。おそらくは、──まず間違いなく「昨夜」に関わることだろうから。
「いや、何も! あー、そろそろいい時間だし帰ろうか。昼前には家に戻らないと」
「そうね、なんかあっという間だったわ。すごく楽しかった」
誤魔化す航に、素知らぬ風に返した。
「……瑛璃ちゃん、そんな色白いのに日焼け大丈夫か? あと、髪とか目も色の薄い人は陽が強いのよくないんじゃなかった? ごめん、俺もっと早く──」
ふと気づいたように慌てる彼の気遣いはありがたい。しかし、実際にはそこまでのこともないのだ。
「髪も瞳も特に気にしたことないわ。それにちゃんと日焼け止め塗ってるから大丈夫よ。海に来るっていうんで強力なの買って来たから。でも長時間は持たないからそろそろ塗り直した方がいいかも。だからタイミングぴったりよ。……そこまで気づくの、かえってすごいよね。男の子って全然わかんないんじゃないの?」
素で感心した瑛璃に、彼は軽く肩を竦めた。
「まあそれは環境かな。見るからに日差しが強い南国じゃなくても、海面や砂浜の照り返しなんかあんまり舐めない方がいい。旅行者で油断して、焼きすぎて火傷みたいになる人毎年必ずいるんだ。それも一人二人じゃなくてさ」
「じゃあ次は日傘持って来た方がいいかな」
小振りな|紫外線遮断《UVカット》効果のあるパラソルも、母に買ってもらい持参している。
「ああ、そうだな! 日傘、あるなら差したほうがいいかもね。全然身なり構わない母さんでも、日焼け対策だけはしてるみたいだよ」
伯母の、年齢相応には見えない白く滑らかな肌。彼女の美しさはあの肌も大きい気がした。
航が渡してくれた柔らかなタオルで濡れた足を拭き、サンダルに入り込んだ砂を払って履く。
ひとつだけでもいい想い出ができた。
ここで過ごさなければならない夏の、結果的には支えになるかもしれない楽しい記憶。
瑛璃のために《《頑張って》》行動してくれている従兄の直ぐ傍で、今もそんなことを考えている悲観的な自分から目を逸らすことはできなかった。