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【3】②

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「瑛璃ちゃん、ちょっといい?」
 決意を新たにしたところに、またノックの音と伯母の声が同時に耳に届いた。
「伯母さん、何でしょう?」
「ごめんね、さっき言い忘れちゃって。お風呂沸いたから、瑛璃ちゃん先に入ってよ」
「え、私は最後で──」
 驚いて口にし掛けた瑛璃に、彼女が微かに眉を寄せる。
「そういうのやめてよね。『普通』にしてくれてていいんだから。ああ、もしよそのお風呂に入るのは気になるとか、元々湯船に浸からないんならシャワーでいいのよ。慌てなくていいから着替え持って降りて来てね」
 それ以上瑛璃に何も言わせず、伯母は微笑んで階段に向かって歩いて行った。
 好意を無下にしてはいけない、とすぐに荷物を探ってパジャマと下着にバスタオルを取り出し、瑛璃は階段を降りてリビングルームに顔を出す。
「あの、伯母さん。すみません。それじゃお言葉に甘えて……」
「うん。お風呂と洗面所はここね。で、瑛璃ちゃんが入るときはドアにこれ掛けといて」
 渡されたのはスマートフォン程度の大きさのプラスティックのプレートだった。「入浴中」の文字が刻まれ、両端に細いチェーンが通されている。
 示されたドアには、このためなのだろうフックも付けられていた。
「こんなのまで……」
「大事でしょ〜。同じ家で暮らすのに、トラブルあったら互いに気まずいじゃないの。この入り口にはないけど中のドアは鍵掛かるのよ。でも、いくら曇りガラス越しでも洗面所まで誰か来たら嫌よね」
 ありがとうございます、と受け取って、伯母の目の前でフックにチェーンを掛けて見せる。
「タオルはこの棚に置いておくから自由に使ってくれていいのよ。もちろん自分のがよかったらそれでいいし。あと、洗濯物は遠慮しないでこのカゴに入れといて。でも人に見せたくない物とか、自分で洗って部屋に干したかったら好きにしてね」
 与えられた部屋には小型の室内用物干し台まで置かれていたのだ。
 おそらくは伯母が細かく考えて差配してくれたのだろうことは、考えるまでもなく予想がつく。
 入浴を終えて、瑛璃は洗面所の鏡で身なりを確かめた。
 家族以外の前に湯上がり姿で出るのは、中学の修学旅行以来だろうか。そもそも旅行自体、学校での集団以外ほぼ行ったことがなかった。
 どこもおかしいところはなさそうだ、と洗面道具と手洗いした下着類を入れた袋を手に取り、忘れ物がないか周囲を見渡す。
 生まれたときからマンション暮らしの瑛璃は、他所の一般家庭の風呂に入ったことはない。親戚付き合いもないに等しく、友人の家に泊まりに行ったこともなかったからだ。
 自宅マンションのバスルームも足を抱えて入らなければならないといった狭さではないが、一戸建てならではなのかゆったりしたバスタブは予想以上に快適だった。
 風呂場の床もきちんと流したし、シャンプーとコンディショナーは自前だが使わせてもらった備え付けのボディソープも元通りに直した。
 歯を磨いた洗面台の水はねも拭き取ってある。これでもう見落としはない筈だ。
 脱いだ服は、下着以外は籠に入れさせてもらった。「自分でやる」というのも、実際にするのも造作ないものの、一人分だけ別に洗濯機を回すのは不経済だしかえって迷惑だと自重したのだ。
 髪はまだタオルで拭いただけなのだが、持参したドライヤーを部屋で使っても構わないか確かめなければ。
 もし無理だとしても、真夏なのでタオルドライだけでも時間を置けば乾くので問題はない。
 とりあえず伯母に入浴が済んだことを知らせよう、とリビングルームのドアの前まで来た瑛璃は、中から聞こえる声に硬直した。


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みんなのリアクション

「瑛璃ちゃん、ちょっといい?」
 決意を新たにしたところに、またノックの音と伯母の声が同時に耳に届いた。
「伯母さん、何でしょう?」
「ごめんね、さっき言い忘れちゃって。お風呂沸いたから、瑛璃ちゃん先に入ってよ」
「え、私は最後で──」
 驚いて口にし掛けた瑛璃に、彼女が微かに眉を寄せる。
「そういうのやめてよね。『普通』にしてくれてていいんだから。ああ、もしよそのお風呂に入るのは気になるとか、元々湯船に浸からないんならシャワーでいいのよ。慌てなくていいから着替え持って降りて来てね」
 それ以上瑛璃に何も言わせず、伯母は微笑んで階段に向かって歩いて行った。
 好意を無下にしてはいけない、とすぐに荷物を探ってパジャマと下着にバスタオルを取り出し、瑛璃は階段を降りてリビングルームに顔を出す。
「あの、伯母さん。すみません。それじゃお言葉に甘えて……」
「うん。お風呂と洗面所はここね。で、瑛璃ちゃんが入るときはドアにこれ掛けといて」
 渡されたのはスマートフォン程度の大きさのプラスティックのプレートだった。「入浴中」の文字が刻まれ、両端に細いチェーンが通されている。
 示されたドアには、このためなのだろうフックも付けられていた。
「こんなのまで……」
「大事でしょ〜。同じ家で暮らすのに、トラブルあったら互いに気まずいじゃないの。この入り口にはないけど中のドアは鍵掛かるのよ。でも、いくら曇りガラス越しでも洗面所まで誰か来たら嫌よね」
 ありがとうございます、と受け取って、伯母の目の前でフックにチェーンを掛けて見せる。
「タオルはこの棚に置いておくから自由に使ってくれていいのよ。もちろん自分のがよかったらそれでいいし。あと、洗濯物は遠慮しないでこのカゴに入れといて。でも人に見せたくない物とか、自分で洗って部屋に干したかったら好きにしてね」
 与えられた部屋には小型の室内用物干し台まで置かれていたのだ。
 おそらくは伯母が細かく考えて差配してくれたのだろうことは、考えるまでもなく予想がつく。
 入浴を終えて、瑛璃は洗面所の鏡で身なりを確かめた。
 家族以外の前に湯上がり姿で出るのは、中学の修学旅行以来だろうか。そもそも旅行自体、学校での集団以外ほぼ行ったことがなかった。
 どこもおかしいところはなさそうだ、と洗面道具と手洗いした下着類を入れた袋を手に取り、忘れ物がないか周囲を見渡す。
 生まれたときからマンション暮らしの瑛璃は、他所の一般家庭の風呂に入ったことはない。親戚付き合いもないに等しく、友人の家に泊まりに行ったこともなかったからだ。
 自宅マンションのバスルームも足を抱えて入らなければならないといった狭さではないが、一戸建てならではなのかゆったりしたバスタブは予想以上に快適だった。
 風呂場の床もきちんと流したし、シャンプーとコンディショナーは自前だが使わせてもらった備え付けのボディソープも元通りに直した。
 歯を磨いた洗面台の水はねも拭き取ってある。これでもう見落としはない筈だ。
 脱いだ服は、下着以外は籠に入れさせてもらった。「自分でやる」というのも、実際にするのも造作ないものの、一人分だけ別に洗濯機を回すのは不経済だしかえって迷惑だと自重したのだ。
 髪はまだタオルで拭いただけなのだが、持参したドライヤーを部屋で使っても構わないか確かめなければ。
 もし無理だとしても、真夏なのでタオルドライだけでも時間を置けば乾くので問題はない。
 とりあえず伯母に入浴が済んだことを知らせよう、とリビングルームのドアの前まで来た瑛璃は、中から聞こえる声に硬直した。