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第1話【再会】

ー/ー



 分厚い雲の向こうで日が沈もうとしている。
 黒い空は今にも泣き出しそうだった。

 暗くなりゆく東京の街は、光を失わないように自ら光り出す。聳え立つビル群。コンビニ、信号、屋台の光。星空より明るく鮮やかな街明かりの弾幕の中を行く、数多の人の声。走り去る車。電車の車輪がレールの繋ぎ目を越える音。

 歩道の隅の枯葉に紛れ込む、棄てられたタバコの吸殻。
 フラフラの挙動で自転車を漕ぐ、ニット帽の痩せた男性。
 腕を組みながら歩く若い男女。
 恐ろしく短いスカートの女子高生。
 スマホを見続けながら歩く男性。

 ──そんな街並みを、1人の少女がゆく。

 目を引くのは緋色の長い髪。身長はやや低め。マフラーに埋めた小さな顔。髪と同じく緋色の瞳。前が開かれた黒いコートの中は学生服。身体はかなり細いのだが、胸部にはブラウスの容量ギリギリの膨らみがある。
 そして、機材とギターケースを乗せたキャリーカートを引いている。

 名前を『終(つい)(ひいろ)』。

 スターを夢見る15歳、中学3年生である。

 ネオンサインの下、人通りがほどほどで通行の邪魔にならない場所を見繕い、機材の設営を始める。
 キャリーカートに乗った荷物のファスナーを下げ、小さなアンプを2つ下ろし、カートに乗せたままのポータブル電源と繋ぐ。マイクスタンドを立てマイクをセットし、エフェクターボードを足元に広げる。
 ギターケースを地面に下ろし、開く。
 取り出したのはFender・ジャズマスター。オリンピックホワイトのボディにべっ甲柄のピックガード。アームは無い。
 プラグをぶっ刺し、自分の音感を信じて弦を(はじ)きながらペグを回す。

 細い指でアンプの電源を入れる。
 上着のポケットに手を突っ込んで取り出したトライアングル型のピックを三本指で持ち、アンプのボリュームを上げながら、弦を数回軽く弾く。
 ハムノイズに続く歪んだ音が、心地よく鳴り響いた。

「あー、あ、あ」

 マイクの音量も調整。ギターと相談しながら二つのアンプの音量をそろえていく。
 ペダルも踏みつつ音色のチェック。

 軽く、さっとアルペジオを弾いてみる。

「…よっし……」

 少し首を振って長い髪を顔から払う
 マイクに手を置いて口を近づけ、一言。

「シンガーソングライター、終(つい)(ひいろ)と申します!ライブやるので一曲だけでも聴いていってくださいっ。……This one's called 『Skyblue』」

 マイクから話した左手は手癖のCアド9を抑え、右手は優しく弾き鳴らした。

 ――『蒼色(スカイブルー)』。

 会いたいあなたを想う歌。


 緋が歌う理由。それは緋自身がスターに憧れを抱いているのもそうだが、それ以上に、ある人と交わした約束があるから、というのが大きい。

 大切な幼馴染と交わした約束のために。

 ——絶対また会おう。

 まずはそれを成し遂げるために。


 鉄の柔らかく軋む音が、温かみのあるオーバードライブを纏って街に響き渡る。

 歌詞は英語。

 日本の街をゆく大半は歌詞を聞き取れないが、緋にとって大切なのは言葉より音。もとより歌詞にメッセージなどなく、ただの独り言にすぎない。

 雨音のようにぽつぽつと鳴るアルペジオに乗せ、よく通る声で、歌う。

 通行人の何人かは足を止め、その音に耳を澄ませた。

 静かでメランコリックなバラード。
 孤独と喪失感。雨に打たれたような冷たさと痛みを現すDサス4のエモーショナルな旋律。

 そんな中で、緋の湿った歌声に呼応するように小雨が降り出した。

 雨粒の一つ一つが街のネオンを反射して煌めく。

 ギターのヘッドを振ってサビへ。気持ちが高ぶって少し声が掠れ喉が熱くなる。

 三本指で握りしめたピックに、6年前の記憶を乗せて。

 前髪にくっついた雨粒が光って視界をぼやけさせた。

 光る町を背景に、今、緋の視界には蒼色がちらついている。

 緋は確かに目の前にいる観客を目に焼き付け、最後は叫ぶように歌いきり、そして最後のコードを鳴らす。

「ありがとうございました、Skyblueという曲でし……た――」

 ——歌い終わって、残響がフェードアウトしていく中で。

 まともに正面を見て、焦点が合っていき、気付く。

 蒼い髪が視界の真ん中で揺れている。

「——ひいろ…?」

「——」

 ——音が止まった。

 この一瞬。彼女の声がしたその瞬間だけ。数人の拍手も、通り過ぎる人の足音も、走り去る車のタイヤの音も。都会が放つノイズさえ、すべてが聞こえなかった。

 ——緋の目の前には、一人の少女がいた。

 蒼色の長い髪。星空のように煌めく蒼色の瞳。整った顔立ち、柔らかそうな唇。ほんの少し高い身長。

「……(あおい)……なの……!?」

 ——その名前を呼べる日を、どれだけ夢に見ていたか。

「緋っ!!」
「蒼っ!!」

 お互い、考えるより先に体が動いて、飛びついていた。

 ふたりの体に挟まれたジャズマスターはアンプから悲鳴を上げる。

 けれど、相棒のことなど頭から消え去るくらいに、緋は失われたふたりの時間を取り戻そうと必死だった。

「会いたかった……!ずっとずっと!!」
「私もよ…!ずっと緋に会いたかった!」

 ——これが、終(つい)(ひいろ)霜夜(しもよ)(あおい)の、二度目の出逢いだった。



……To be continued


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 分厚い雲の向こうで日が沈もうとしている。
 黒い空は今にも泣き出しそうだった。
 暗くなりゆく東京の街は、光を失わないように自ら光り出す。聳え立つビル群。コンビニ、信号、屋台の光。星空より明るく鮮やかな街明かりの弾幕の中を行く、数多の人の声。走り去る車。電車の車輪がレールの繋ぎ目を越える音。
 歩道の隅の枯葉に紛れ込む、棄てられたタバコの吸殻。
 フラフラの挙動で自転車を漕ぐ、ニット帽の痩せた男性。
 腕を組みながら歩く若い男女。
 恐ろしく短いスカートの女子高生。
 スマホを見続けながら歩く男性。
 ──そんな街並みを、1人の少女がゆく。
 目を引くのは緋色の長い髪。身長はやや低め。マフラーに埋めた小さな顔。髪と同じく緋色の瞳。前が開かれた黒いコートの中は学生服。身体はかなり細いのだが、胸部にはブラウスの容量ギリギリの膨らみがある。
 そして、機材とギターケースを乗せたキャリーカートを引いている。
 名前を『終《つい》緋《ひいろ》』。
 スターを夢見る15歳、中学3年生である。
 ネオンサインの下、人通りがほどほどで通行の邪魔にならない場所を見繕い、機材の設営を始める。
 キャリーカートに乗った荷物のファスナーを下げ、小さなアンプを2つ下ろし、カートに乗せたままのポータブル電源と繋ぐ。マイクスタンドを立てマイクをセットし、エフェクターボードを足元に広げる。
 ギターケースを地面に下ろし、開く。
 取り出したのはFender・ジャズマスター。オリンピックホワイトのボディにべっ甲柄のピックガード。アームは無い。
 プラグをぶっ刺し、自分の音感を信じて弦を弾《はじ》きながらペグを回す。
 細い指でアンプの電源を入れる。
 上着のポケットに手を突っ込んで取り出したトライアングル型のピックを三本指で持ち、アンプのボリュームを上げながら、弦を数回軽く弾く。
 ハムノイズに続く歪んだ音が、心地よく鳴り響いた。
「あー、あ、あ」
 マイクの音量も調整。ギターと相談しながら二つのアンプの音量をそろえていく。
 ペダルも踏みつつ音色のチェック。
 軽く、さっとアルペジオを弾いてみる。
「…よっし……」
 少し首を振って長い髪を顔から払う
 マイクに手を置いて口を近づけ、一言。
「シンガーソングライター、終《つい》緋《ひいろ》と申します!ライブやるので一曲だけでも聴いていってくださいっ。……This one's called 『Skyblue』」
 マイクから話した左手は手癖のCアド9を抑え、右手は優しく弾き鳴らした。
 ――『蒼色《スカイブルー》』。
 会いたいあなたを想う歌。
 緋が歌う理由。それは緋自身がスターに憧れを抱いているのもそうだが、それ以上に、ある人と交わした約束があるから、というのが大きい。
 大切な幼馴染と交わした約束のために。
 ——絶対また会おう。
 まずはそれを成し遂げるために。
 鉄の柔らかく軋む音が、温かみのあるオーバードライブを纏って街に響き渡る。
 歌詞は英語。
 日本の街をゆく大半は歌詞を聞き取れないが、緋にとって大切なのは言葉より音。もとより歌詞にメッセージなどなく、ただの独り言にすぎない。
 雨音のようにぽつぽつと鳴るアルペジオに乗せ、よく通る声で、歌う。
 通行人の何人かは足を止め、その音に耳を澄ませた。
 静かでメランコリックなバラード。
 孤独と喪失感。雨に打たれたような冷たさと痛みを現すDサス4のエモーショナルな旋律。
 そんな中で、緋の湿った歌声に呼応するように小雨が降り出した。
 雨粒の一つ一つが街のネオンを反射して煌めく。
 ギターのヘッドを振ってサビへ。気持ちが高ぶって少し声が掠れ喉が熱くなる。
 三本指で握りしめたピックに、6年前の記憶を乗せて。
 前髪にくっついた雨粒が光って視界をぼやけさせた。
 光る町を背景に、今、緋の視界には蒼色がちらついている。
 緋は確かに目の前にいる観客を目に焼き付け、最後は叫ぶように歌いきり、そして最後のコードを鳴らす。
「ありがとうございました、Skyblueという曲でし……た――」
 ——歌い終わって、残響がフェードアウトしていく中で。
 まともに正面を見て、焦点が合っていき、気付く。
 蒼い髪が視界の真ん中で揺れている。
「——ひいろ…?」
「——」
 ——音が止まった。
 この一瞬。彼女の声がしたその瞬間だけ。数人の拍手も、通り過ぎる人の足音も、走り去る車のタイヤの音も。都会が放つノイズさえ、すべてが聞こえなかった。
 ——緋の目の前には、一人の少女がいた。
 蒼色の長い髪。星空のように煌めく蒼色の瞳。整った顔立ち、柔らかそうな唇。ほんの少し高い身長。
「……蒼《あおい》……なの……!?」
 ——その名前を呼べる日を、どれだけ夢に見ていたか。
「緋っ!!」
「蒼っ!!」
 お互い、考えるより先に体が動いて、飛びついていた。
 ふたりの体に挟まれたジャズマスターはアンプから悲鳴を上げる。
 けれど、相棒のことなど頭から消え去るくらいに、緋は失われたふたりの時間を取り戻そうと必死だった。
「会いたかった……!ずっとずっと!!」
「私もよ…!ずっと緋に会いたかった!」
 ——これが、終《つい》緋《ひいろ》と霜夜《しもよ》蒼《あおい》の、二度目の出逢いだった。
……To be continued