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ソーダと青と

ー/ー



 自分には、この佇まいが似合わないなあ、と思った。
 広告でよく見たから。ローカルエリアの紹介雑誌で見たから。

「観光地らしい観光地って、行ったことないんだよね」

 それがきっかけだったと思う。
 とある友人を、ある意味試した時のこと。

 わりと狭い店と聞いていた。
 ここで、何もなかったら多分本当に、なにもない関係性だろう。自分の区切りをつけるためのいい機会に選ばれたのが観光客で回転もよくしている喫茶店でよかったと思う。

 もっと話したくても、もう帰らなきゃ、でも、きっと有意義な思い出になるだろうから。
 その考えは間違いではなかったと、今は思う。

 カランと氷がグラスにぶつかる音に、ぱちぱちと炭酸がはじける小さな音色。それがそこかしこから響いている。重ねて、シャッター音。ざわめきの中にいるはずなのに、機械的な音が混ざり合う不思議な空間だと思ったことをよく覚えている。
 が、そこで話した内容はだいぶ色あせてしまった。
 友人としか思われていないことも、ちゃんとした性別「らしさ」では見てもらえなかったことも好意的にとらえていた。

 趣味の話はたのしかった。毎週のドラマでなにがよかった、かっこよかった、なんて話せばすぐに時間は過ぎていく。

 自分が、そうやって生きていたときみたいで、とても、いいと思っていたのに。
 結局は、どうにもならなくて、自然と連絡を取らなくなった。

 同じベクトルでは楽しめなかった。
 自分のペースで情報を集めたかった。
 ある種類の即効性を求めていたひとだったから、疎遠になるしかなかった。
 情報減は確かか、そういうのを、確認する術もなかったのだから仕方がない。

「それでも」

 あのときと同じようにサーブされるドリンク。透けているのも、全体を色づけている青さも、なにも変わらないように思うのに、自分だけがとても遠い異世界に迷い込んでしまったかのように、現実味がない。

 自分はそのひとが好きだった。
 きっと、好きになりたかった。
 好きになれると思いたかった。

 ゼリーとともに、しゅわしゅわと膨らむ二酸化炭素を自分の口、喉へと通して、飲み込んだ。
 ――大丈夫。
 泣いてなんかいない。
 ただ、さみしさに甘えていただけだ。

 きっと、そのひとにとって私は数あるSNSアイコンと同じ程度の薄さで生きていたのだ。だから、フォローリムーブよろしく、ボタンひとつで消えた人間のことなど気にしないだろう。

「また遊びに行きたいと、思ってたんだよなあ」

 それを塗り替えたくて、こうしてまた、別の人間とここにきている。
 味も溢れるブルー。はかなげに消えそうな赤みのある色彩。外よりもずっと深海に浸るような、世界のなか。
 私は、あのときと同じ席に座って、別人と話している。

「なんの話、してたっけ」
「恋に恋しちゃってたときの話」
「それはよかった」

 眩しい屋外に出てすぐ、木陰を探して目を休める。目に刺さるような照り返しに、思わず足を止めてしまった。帽子を深くかぶっても、地面からの光からは逃れられない。

「さすがに、冷えた体にはこたえるよ」
「そうだね……ちょっとくらっときたかも」
「まあ、ゆっくり帰ろう。そのために薄着で来たんだし」

 ドレスコードはTシャツにハーフパンツ。そんな無茶を言ってくる人間は、目の前の奴くらいだろう。
 観光客らしく観光しようよ、なんてことを言われて乗ってしまった。いわゆる「観光客」のコスプレで「観光」がしたい、というたいしたことのない願いだ。

 だから、乗り慣れている路線でも必ずマップと掲示板はチェックしたし、行ったと思ったら帰ってきてまた別の道へ、なんてありきたりなことを朝からしてきたのだ。
 なにやってるんだろうね、とは思っていたが、案外このロールプレイは難しい。
 いかに現地の方らしく見える人に道を尋ねてみたり、ちょっとクセのつよい発音をして別の言語を引き出して困惑させたり。
 まあ、ほどほどに迷惑な二人組だったと思う。
 疲労度の意味でも、もう二度としないと心に誓った。

 家に帰るまでが遠足、とはいったものの、正直そんな気力はない。揺れる地下鉄で、先ほどと同じくらいに膝が触れる。

「観光客っぽかったかな?」
「今はちゃんと外国語話せたほうがらしいと思う」
「そっか」
「そうだよ」

 自分はまったくやる気がなかったが、どうやら相手は本気で「観光客」をマスターする気でいるらしい。
 仕方ない。あくびをひとつかみ殺して、言った。

「まあ、次はもっと、研究してからね」

 まだまだ、自分に対しても研さんが足りないぞ、と言いたくなったのは、なぜだろうか。
 私は爽やかな後味を思い出しながら、二度とリベンジさせないぞ、と心に誓ったのだった。


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 自分には、この佇まいが似合わないなあ、と思った。
 広告でよく見たから。ローカルエリアの紹介雑誌で見たから。
「観光地らしい観光地って、行ったことないんだよね」
 それがきっかけだったと思う。
 とある友人を、ある意味試した時のこと。
 わりと狭い店と聞いていた。
 ここで、何もなかったら多分本当に、なにもない関係性だろう。自分の区切りをつけるためのいい機会に選ばれたのが観光客で回転もよくしている喫茶店でよかったと思う。
 もっと話したくても、もう帰らなきゃ、でも、きっと有意義な思い出になるだろうから。
 その考えは間違いではなかったと、今は思う。
 カランと氷がグラスにぶつかる音に、ぱちぱちと炭酸がはじける小さな音色。それがそこかしこから響いている。重ねて、シャッター音。ざわめきの中にいるはずなのに、機械的な音が混ざり合う不思議な空間だと思ったことをよく覚えている。
 が、そこで話した内容はだいぶ色あせてしまった。
 友人としか思われていないことも、ちゃんとした性別「らしさ」では見てもらえなかったことも好意的にとらえていた。
 趣味の話はたのしかった。毎週のドラマでなにがよかった、かっこよかった、なんて話せばすぐに時間は過ぎていく。
 自分が、そうやって生きていたときみたいで、とても、いいと思っていたのに。
 結局は、どうにもならなくて、自然と連絡を取らなくなった。
 同じベクトルでは楽しめなかった。
 自分のペースで情報を集めたかった。
 ある種類の即効性を求めていたひとだったから、疎遠になるしかなかった。
 情報減は確かか、そういうのを、確認する術もなかったのだから仕方がない。
「それでも」
 あのときと同じようにサーブされるドリンク。透けているのも、全体を色づけている青さも、なにも変わらないように思うのに、自分だけがとても遠い異世界に迷い込んでしまったかのように、現実味がない。
 自分はそのひとが好きだった。
 きっと、好きになりたかった。
 好きになれると思いたかった。
 ゼリーとともに、しゅわしゅわと膨らむ二酸化炭素を自分の口、喉へと通して、飲み込んだ。
 ――大丈夫。
 泣いてなんかいない。
 ただ、さみしさに甘えていただけだ。
 きっと、そのひとにとって私は数あるSNSアイコンと同じ程度の薄さで生きていたのだ。だから、フォローリムーブよろしく、ボタンひとつで消えた人間のことなど気にしないだろう。
「また遊びに行きたいと、思ってたんだよなあ」
 それを塗り替えたくて、こうしてまた、別の人間とここにきている。
 味も溢れるブルー。はかなげに消えそうな赤みのある色彩。外よりもずっと深海に浸るような、世界のなか。
 私は、あのときと同じ席に座って、別人と話している。
「なんの話、してたっけ」
「恋に恋しちゃってたときの話」
「それはよかった」
 眩しい屋外に出てすぐ、木陰を探して目を休める。目に刺さるような照り返しに、思わず足を止めてしまった。帽子を深くかぶっても、地面からの光からは逃れられない。
「さすがに、冷えた体にはこたえるよ」
「そうだね……ちょっとくらっときたかも」
「まあ、ゆっくり帰ろう。そのために薄着で来たんだし」
 ドレスコードはTシャツにハーフパンツ。そんな無茶を言ってくる人間は、目の前の奴くらいだろう。
 観光客らしく観光しようよ、なんてことを言われて乗ってしまった。いわゆる「観光客」のコスプレで「観光」がしたい、というたいしたことのない願いだ。
 だから、乗り慣れている路線でも必ずマップと掲示板はチェックしたし、行ったと思ったら帰ってきてまた別の道へ、なんてありきたりなことを朝からしてきたのだ。
 なにやってるんだろうね、とは思っていたが、案外このロールプレイは難しい。
 いかに現地の方らしく見える人に道を尋ねてみたり、ちょっとクセのつよい発音をして別の言語を引き出して困惑させたり。
 まあ、ほどほどに迷惑な二人組だったと思う。
 疲労度の意味でも、もう二度としないと心に誓った。
 家に帰るまでが遠足、とはいったものの、正直そんな気力はない。揺れる地下鉄で、先ほどと同じくらいに膝が触れる。
「観光客っぽかったかな?」
「今はちゃんと外国語話せたほうがらしいと思う」
「そっか」
「そうだよ」
 自分はまったくやる気がなかったが、どうやら相手は本気で「観光客」をマスターする気でいるらしい。
 仕方ない。あくびをひとつかみ殺して、言った。
「まあ、次はもっと、研究してからね」
 まだまだ、自分に対しても研さんが足りないぞ、と言いたくなったのは、なぜだろうか。
 私は爽やかな後味を思い出しながら、二度とリベンジさせないぞ、と心に誓ったのだった。