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【2】

ー/ー



 中学の時、たまに話す隣の席の女子がやけに落ち込んでたことがあった。
 温和でとても頭が良くて、会話してて心地いい相手だった彼女、野間(のま) 凪沙(なぎさ)
 主席を争うライバル、って見做してた人たちが居たのも知ってる。僕も彼女も点数や順位に躍起になったりしないんだけどね。

 特別な想いなんかは全然なかったし、それは向こうも同じだと思う。あくまでも『友達』として、僕は野間さんの様子が妙に気になった。
 当然ながら放っておけなかったらしいクラスの仲良い子たちが、集まって来て彼女を取り囲む。みんな心配して、口々に慰めたり事情訊いたりしてたよ。
 自席で座ったままだった僕の耳には、彼女たちの話の内容が勝手に入って来た。

「い、いい気になってる、って、成績良いと思ってバカにしてるって。わたし塾にお友達いないから、一人でいるときに押されたり足蹴られたり……。わたし普通にしてるのに。見下したりとか、そんなことしたことない。本当に、あの」
 どうやら塾で、他校の女子に嫌がらせされたらしい。

「凪ちゃんがそういうことするわけないってみんなわかってるよ、大丈夫! そんな子じゃないもん。ね? そうだよねぇ⁉」
「そーだよ! 何、そいつ!」
 俯いて訥々と話す野間さんに、他の子たちの方が怒ってた。

「もう塾辞めたい。でも心配かけるから親にそんなこと言えないし、──それになんでわたしが逃げなきゃいけないの」
 涙混じりの声で野間さんが苦しそうに、それでもしっかりと意思表示してる。

「凪ちゃんの塾ってセイワ(かい)でしょ? ちょっと遠いから、うちの生徒はあんまり行ってないよねぇ。レベルも高いし。……あたしがそこにいたら絶対タダじゃ済まさないのに!」
 悔しそうに零す沢口(さわぐち) ゆかりが頭を振ると、二つに結った髪が揺れた。

「あ! セイワ会だっけ!? あたしが部活の試合でよく会う子たちが、何人かそこ通ってたはず。気をつけてもらうように言っとくわ。ホント許せない! どこ(ちゅう)のどんな子?」
 大柄で威勢のいい姉御肌の酒匂(さこう) 真弓(まゆみ)が甲高い声を上げながら振り回した手が、僕の肩に当たった。

「ゴメン! 茅島くん」
「平気だよ、気にしないで」
 気遣いじゃなく本音で酒匂さんに返す。

「凪ちゃんもだけど茅島くんもさ、ホントーに頭いい人って人間できてるってゆーかぁ」
 妙な関心の仕方をする沢口さん。野間さんはともかく、僕は褒められるようなことないんだけどね。

「そうだよねー。今もあたしが完全に悪いんだから『何すんだよ!』って怒鳴られてもしょーがないのに、茅島くん全然怒んないし」
「だからそのセイワの子みたいな、くだんねーやつに狙われんだろうけどね。だってもしあたしやマユだったら、そういうやつ絶対何も言えねーよ。凪ちゃんが大人しくていい子だから舐めてんだよ! 余計ハラ立つわ!」
 酒匂さんが同調するのに、沢口さんはさらに憤慨してる。
 僕は所謂『怒りの沸点』は高い方なんじゃないかな。こんな風に、友達(他人)のために真剣になれるこの子には好感しかない。
 優しくて思いやりのある野間さんは、地味ながら周りに好かれてた。
 声を荒げるでもなくただ哀しそうな彼女に、事情を知った他の女子の方がヒートアップして行ってたよ。
 特に聞き耳なんて立てなくても、僕は苛め女のだいたいの外見や学校名に名前まで知ることになった。通塾日も時間も。
 このまま無関心では居られない、よね?

 次の彼女の塾の日の夜、僕はこっそり様子を覗きに行った。
そのときは、本当にちょっと気が向いただけだったんだ。
 建物から出た野間さんを追い掛けて来て、後ろから乱暴に腕を掴んだ女子生徒も目にした。教室での話で聞いた通り、東中学の衿なしジャケットの制服に肩までの癖毛で痩せぎす。
 たぶんこれが例の「仁島(にしま) 佐知子(さちこ)」で間違いない。
 ただ他の子たちがすぐに助けに来たから、僕が何をする必要もなかったけどね。早速、あの酒匂さんに頼まれたのかな。

「野間さーん、待ってよ。さ、帰ろ!」
「あ、梨木(なしき)さ──」
 僕は見たことがないセーラー服の三人の女の子が、仁島からさり気なく引き離すみたいにして野間さんを連れて行こうとした。
 そういえば酒匂さんはバスケ部だっけ。だからなのか、小柄な子はいない。
 野間さんも特別低くはないけど、彼女たちに囲まれるとひとりだけ小さく感じる。

「ちょっと!」
「何? あたしの『友達』に何か用!?」
 思わずといった調子で声を上げた仁島に対して、三人の中でも目立つくらい背の高い気の強そうな子が、文字通り上から鋭い口調で言い放つ。

「梨木さん……」
 ほっとしたのか意外なのか真意は不明だけど、野間さんが呟いた。長身の「梨木さん」は、安心させるように彼女の背に手を当てて笑顔を向けてる。
 仁島が怯んだ隙に、そのまま三人が野間さんを庇うようにして去るのを僕は感心して眺めてただけだった。
 軽くあしらわれた仁島が、面白くなさそうに不貞腐れて逆方向へ歩いて行くのも。

 その数日後。
 同じように塾に行って、僕は出入口の見えるところで授業が終わった生徒が出て来るのを見張る。
 野間さんが他の子たちと帰るのを確かめてからでないとね。間違っても疑いが向かないように。
 だって彼女が仁島とトラブル抱えてたのは、大勢が知ってる筈だから。
 今日も邪魔が入って何もできないまま、仁島は一人で帰って行く。
 苛々してるのか、後ろを付かず離れず歩いている僕のことなんか気にも留めてないらしかった。
 だから凄く簡単だったよ。向こうにしたら、抵抗する間もなく何が起こったのかもわからないまま終わったって感じかもね。
 人生(すべて)が。

 事件(・・)が発覚した直後は、野間さんも動揺してたみたいだったな。
 沢口さんや酒匂さんたちがやっぱり寄り添って励ましてた。
 それはそうか。どんな嫌な奴だって、近しい知り合いが突然いなくなったら平然とはしてられないよね。彼女みたいに性格のいい人ならなおさら。
 そのあと、元通り穏やかな明るい笑みを浮かべるようになった姿に安心したのを、はっきりと覚えてる。



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 中学の時、たまに話す隣の席の女子がやけに落ち込んでたことがあった。
 温和でとても頭が良くて、会話してて心地いい相手だった彼女、|野間《のま》 |凪沙《なぎさ》。
 主席を争うライバル、って見做してた人たちが居たのも知ってる。僕も彼女も点数や順位に躍起になったりしないんだけどね。
 特別な想いなんかは全然なかったし、それは向こうも同じだと思う。あくまでも『友達』として、僕は野間さんの様子が妙に気になった。
 当然ながら放っておけなかったらしいクラスの仲良い子たちが、集まって来て彼女を取り囲む。みんな心配して、口々に慰めたり事情訊いたりしてたよ。
 自席で座ったままだった僕の耳には、彼女たちの話の内容が勝手に入って来た。
「い、いい気になってる、って、成績良いと思ってバカにしてるって。わたし塾にお友達いないから、一人でいるときに押されたり足蹴られたり……。わたし普通にしてるのに。見下したりとか、そんなことしたことない。本当に、あの」
 どうやら塾で、他校の女子に嫌がらせされたらしい。
「凪ちゃんがそういうことするわけないってみんなわかってるよ、大丈夫! そんな子じゃないもん。ね? そうだよねぇ⁉」
「そーだよ! 何、そいつ!」
 俯いて訥々と話す野間さんに、他の子たちの方が怒ってた。
「もう塾辞めたい。でも心配かけるから親にそんなこと言えないし、──それになんでわたしが逃げなきゃいけないの」
 涙混じりの声で野間さんが苦しそうに、それでもしっかりと意思表示してる。
「凪ちゃんの塾ってセイワ|会《かい》でしょ? ちょっと遠いから、うちの生徒はあんまり行ってないよねぇ。レベルも高いし。……あたしがそこにいたら絶対タダじゃ済まさないのに!」
 悔しそうに零す|沢口《さわぐち》 ゆかりが頭を振ると、二つに結った髪が揺れた。
「あ! セイワ会だっけ!? あたしが部活の試合でよく会う子たちが、何人かそこ通ってたはず。気をつけてもらうように言っとくわ。ホント許せない! どこ|中《ちゅう》のどんな子?」
 大柄で威勢のいい姉御肌の|酒匂《さこう》 |真弓《まゆみ》が甲高い声を上げながら振り回した手が、僕の肩に当たった。
「ゴメン! 茅島くん」
「平気だよ、気にしないで」
 気遣いじゃなく本音で酒匂さんに返す。
「凪ちゃんもだけど茅島くんもさ、ホントーに頭いい人って人間できてるってゆーかぁ」
 妙な関心の仕方をする沢口さん。野間さんはともかく、僕は褒められるようなことないんだけどね。
「そうだよねー。今もあたしが完全に悪いんだから『何すんだよ!』って怒鳴られてもしょーがないのに、茅島くん全然怒んないし」
「だからそのセイワの子みたいな、くだんねーやつに狙われんだろうけどね。だってもしあたしやマユだったら、そういうやつ絶対何も言えねーよ。凪ちゃんが大人しくていい子だから舐めてんだよ! 余計ハラ立つわ!」
 酒匂さんが同調するのに、沢口さんはさらに憤慨してる。
 僕は所謂『怒りの沸点』は高い方なんじゃないかな。こんな風に、|友達《他人》のために真剣になれるこの子には好感しかない。
 優しくて思いやりのある野間さんは、地味ながら周りに好かれてた。
 声を荒げるでもなくただ哀しそうな彼女に、事情を知った他の女子の方がヒートアップして行ってたよ。
 特に聞き耳なんて立てなくても、僕は苛め女のだいたいの外見や学校名に名前まで知ることになった。通塾日も時間も。
 このまま無関心では居られない、よね?
 次の彼女の塾の日の夜、僕はこっそり様子を覗きに行った。
そのときは、本当にちょっと気が向いただけだったんだ。
 建物から出た野間さんを追い掛けて来て、後ろから乱暴に腕を掴んだ女子生徒も目にした。教室での話で聞いた通り、東中学の衿なしジャケットの制服に肩までの癖毛で痩せぎす。
 たぶんこれが例の「|仁島《にしま》 |佐知子《さちこ》」で間違いない。
 ただ他の子たちがすぐに助けに来たから、僕が何をする必要もなかったけどね。早速、あの酒匂さんに頼まれたのかな。
「野間さーん、待ってよ。さ、帰ろ!」
「あ、|梨木《なしき》さ──」
 僕は見たことがないセーラー服の三人の女の子が、仁島からさり気なく引き離すみたいにして野間さんを連れて行こうとした。
 そういえば酒匂さんはバスケ部だっけ。だからなのか、小柄な子はいない。
 野間さんも特別低くはないけど、彼女たちに囲まれるとひとりだけ小さく感じる。
「ちょっと!」
「何? あたしの『友達』に何か用!?」
 思わずといった調子で声を上げた仁島に対して、三人の中でも目立つくらい背の高い気の強そうな子が、文字通り上から鋭い口調で言い放つ。
「梨木さん……」
 ほっとしたのか意外なのか真意は不明だけど、野間さんが呟いた。長身の「梨木さん」は、安心させるように彼女の背に手を当てて笑顔を向けてる。
 仁島が怯んだ隙に、そのまま三人が野間さんを庇うようにして去るのを僕は感心して眺めてただけだった。
 軽くあしらわれた仁島が、面白くなさそうに不貞腐れて逆方向へ歩いて行くのも。
 その数日後。
 同じように塾に行って、僕は出入口の見えるところで授業が終わった生徒が出て来るのを見張る。
 野間さんが他の子たちと帰るのを確かめてからでないとね。間違っても疑いが向かないように。
 だって彼女が仁島とトラブル抱えてたのは、大勢が知ってる筈だから。
 今日も邪魔が入って何もできないまま、仁島は一人で帰って行く。
 苛々してるのか、後ろを付かず離れず歩いている僕のことなんか気にも留めてないらしかった。
 だから凄く簡単だったよ。向こうにしたら、抵抗する間もなく何が起こったのかもわからないまま終わったって感じかもね。
 |人生《すべて》が。
 |事件《・・》が発覚した直後は、野間さんも動揺してたみたいだったな。
 沢口さんや酒匂さんたちがやっぱり寄り添って励ましてた。
 それはそうか。どんな嫌な奴だって、近しい知り合いが突然いなくなったら平然とはしてられないよね。彼女みたいに性格のいい人ならなおさら。
 そのあと、元通り穏やかな明るい笑みを浮かべるようになった姿に安心したのを、はっきりと覚えてる。