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 学校から帰っておばばのへやにもどると、私はすぐランドセルをあけた。
ミケが顔を出して、「にゃー」と鳴く。
――この声は、おなかをすかせてるんだな。
私はミケをだっこして、キッチンへ出ていった。

「……おかえり。今日は早かったのね」

 コンロの前で、お母さんがなべの番をしていた。
中をのぞくとレトルトカレー。グがぜんぜんはいっていない100きんの夕食だった。
なべはボコボコとふっとうして、たぶん料理はじゅうぶんあたたまっている。

「うん。今日はね、ミケを学校につれていったの。そしたらね、みんな大はしゃぎになって。美玖ちゃんも『かわいいね』ってよろこんでくれたんだ。先生にはおこられちゃったけど」

「……そう。よかったわね」

 お母さんは、なべの前でぼーっとしたままふりかえらない。こんな時、いつものお母さんなら「学校につれてっちゃだめでしょ!」って私をしかるはずなのに……。なんだかそれが変だと思って、私はお母さんに声をかけた。

「ねぇ、どうしたのお母さん? なんかぜんぜん元気ないよ?」

「……そんなことないわよ。私は普段通りよ」

「フユネちゃんのことがわすれられないの?」

 ガチャン! とお母さんがコンロの火を消した。
大きなものおとに、思わず私はビクッとする。

 けどふりかえったお母さんは、おこっているわけでもなかった。
なんの色もない、ゆうれいみたいな顔。
私はミケをギュッとだいたまま、下をむいてしまった。

「……聞いてたの?」

「うん、すごく大きな声だったから」

「どれくらい聞いてたの?」

「たぶん、ほとんどぜんぶ」

 つめよるお母さんに、私はしょうじきに答えた。
けどお母さんは、ぬすみ聞きした私をとくにしからなかった。
またコンロの火をつけて、目の前にある白いかべにぼんやりと目をうつす。

「……あんたには、中学に上がってから話そうって決めてたのに」

 ふっとうしたおゆが、またあふれそうなほど音を立ててふくれあがった。

「忘れられるわけないでしょ? 冬音は、私の娘なんだから。よく私のお腹を蹴って、元気な女の子が生まれてくるだろうって言われてた。だから、冬音があんなことになるなんて、夢にも思わなかった……」

 私のほうを見むきもせず、お母さんはフユネちゃんのことを話した。
なべからしぶきがとびちって、火にあたってジュワッときえる。
するとお母さんは、今さら気づいたようにコンロの火を止めなおした。
でもパンパンにふくれあがったレトルトのふくろには、まるで目をむけなかった。

「お母さんは、フユネちゃんのことをあいしていたの?」

 昨日の夜のことを思い出し、私はお母さんに質問する。
なんのためらいもなく、お母さんは答えをかえした。

「ええ、そうよ。私は、冬音を愛している」

「じゃあ、私は?」

 聞いたとたん、ミケが「にゃー」と鳴いた。ギュッとだかれたうでの中で、じたばたと足をうごかしている。けどそんなむじゃきなミケのようすを、お母さんは気にもとめなかった。

「愛してるわよ」

 時間がたって、お母さんはふりかえって私につぶやいた。
けどその時、ミケがするりと私のうでからはなれた。

「だから、あんたは心配しなくていいのよ。私がちゃんとあんたの面倒見て、大人になるまで一緒にいてあげるから。――愛してる。愛してる。愛さなきゃいけないから」

 ゆかに落ちたミケは、私のとなりで足を上げてほっぺたをかいていた。つめたいすきま風がどこからともなくふいてくる。ミケから目を上げると、お母さんはもう私のことを見てなくて、またとおい目をかべにむけていた。

 プルルルルルッ プルルルルルッ

 その時、デンワの音が鳴った。リビングにおかれたお母さんのスマホだった。お母さんは私のよこをとおりすぎて、すぐ自分の耳にスマホを当てる。

「もしもし、理道です。……はい。はい。えっ? お義母さんが? ……はい。……はい。……わかりました」

 ピッ

 デンワを切ると、お母さんはガタンと音を立ててスマホをおいた。

「真由貴、おばあちゃん死んじゃったんだって」



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 学校から帰っておばばのへやにもどると、私はすぐランドセルをあけた。
ミケが顔を出して、「にゃー」と鳴く。
――この声は、おなかをすかせてるんだな。
私はミケをだっこして、キッチンへ出ていった。
「……おかえり。今日は早かったのね」
 コンロの前で、お母さんがなべの番をしていた。
中をのぞくとレトルトカレー。グがぜんぜんはいっていない100きんの夕食だった。
なべはボコボコとふっとうして、たぶん料理はじゅうぶんあたたまっている。
「うん。今日はね、ミケを学校につれていったの。そしたらね、みんな大はしゃぎになって。美玖ちゃんも『かわいいね』ってよろこんでくれたんだ。先生にはおこられちゃったけど」
「……そう。よかったわね」
 お母さんは、なべの前でぼーっとしたままふりかえらない。こんな時、いつものお母さんなら「学校につれてっちゃだめでしょ!」って私をしかるはずなのに……。なんだかそれが変だと思って、私はお母さんに声をかけた。
「ねぇ、どうしたのお母さん? なんかぜんぜん元気ないよ?」
「……そんなことないわよ。私は普段通りよ」
「フユネちゃんのことがわすれられないの?」
 ガチャン! とお母さんがコンロの火を消した。
大きなものおとに、思わず私はビクッとする。
 けどふりかえったお母さんは、おこっているわけでもなかった。
なんの色もない、ゆうれいみたいな顔。
私はミケをギュッとだいたまま、下をむいてしまった。
「……聞いてたの?」
「うん、すごく大きな声だったから」
「どれくらい聞いてたの?」
「たぶん、ほとんどぜんぶ」
 つめよるお母さんに、私はしょうじきに答えた。
けどお母さんは、ぬすみ聞きした私をとくにしからなかった。
またコンロの火をつけて、目の前にある白いかべにぼんやりと目をうつす。
「……あんたには、中学に上がってから話そうって決めてたのに」
 ふっとうしたおゆが、またあふれそうなほど音を立ててふくれあがった。
「忘れられるわけないでしょ? 冬音は、私の娘なんだから。よく私のお腹を蹴って、元気な女の子が生まれてくるだろうって言われてた。だから、冬音があんなことになるなんて、夢にも思わなかった……」
 私のほうを見むきもせず、お母さんはフユネちゃんのことを話した。
なべからしぶきがとびちって、火にあたってジュワッときえる。
するとお母さんは、今さら気づいたようにコンロの火を止めなおした。
でもパンパンにふくれあがったレトルトのふくろには、まるで目をむけなかった。
「お母さんは、フユネちゃんのことをあいしていたの?」
 昨日の夜のことを思い出し、私はお母さんに質問する。
なんのためらいもなく、お母さんは答えをかえした。
「ええ、そうよ。私は、冬音を愛している」
「じゃあ、私は?」
 聞いたとたん、ミケが「にゃー」と鳴いた。ギュッとだかれたうでの中で、じたばたと足をうごかしている。けどそんなむじゃきなミケのようすを、お母さんは気にもとめなかった。
「愛してるわよ」
 時間がたって、お母さんはふりかえって私につぶやいた。
けどその時、ミケがするりと私のうでからはなれた。
「だから、あんたは心配しなくていいのよ。私がちゃんとあんたの面倒見て、大人になるまで一緒にいてあげるから。――愛してる。愛してる。愛さなきゃいけないから」
 ゆかに落ちたミケは、私のとなりで足を上げてほっぺたをかいていた。つめたいすきま風がどこからともなくふいてくる。ミケから目を上げると、お母さんはもう私のことを見てなくて、またとおい目をかべにむけていた。
 プルルルルルッ プルルルルルッ
 その時、デンワの音が鳴った。リビングにおかれたお母さんのスマホだった。お母さんは私のよこをとおりすぎて、すぐ自分の耳にスマホを当てる。
「もしもし、理道です。……はい。はい。えっ? お義母さんが? ……はい。……はい。……わかりました」
 ピッ
 デンワを切ると、お母さんはガタンと音を立ててスマホをおいた。
「真由貴、おばあちゃん死んじゃったんだって」