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16.カードに能力が書かれていないクリーチャーの召喚コストを下げる

ー/ー




 古瀬の自嘲を耳にして、俺はふと昔のことを思い出した。
 当時の憧れだった篠崎に少しでも近づくため、今まで夢中になっていたもの(ドラクロ)を捨てて、自分を頑張って磨いたあの頃のことだ。

 今まで声をかけられなかった人とも仲良くなれるようにコミュニケーションを勉強して、激流のようにアップデートされる流行りの服も押さえて、それまで興味の欠片もなかった遊び方を必死で覚えた。

 スポーツや学力なんかで秀でた部分のなかった俺は、とにかくまずは皆が思うような“普通”の型に嵌れるよう、とにかくその一点を頑張った。


『篠崎、サッカー部キャプテンの石谷先輩と付き合い始めたらしいぞ』


 俺にとって救いだったのは、努力した結果仲良くなった人たちが――“特別”になれなかった“普通”の俺を肯定して、友達として迎えてくれたことだった。
 だからこそ、俺は“特別”に選ばれた人を憎んだり、疎ましく思ったりしなくても済んだんだ。


「古瀬っていつから水泳を?」
「小学生のころからだよ。海風さんと同じくらいの時から始めてるんだけど、なかなか伸びなくてねー」

「すごいな、それでもストイックに水泳続けてきたんだ」
「うーん、でも……」


 あれは、本当に幸運なことだったと思う。
 たいていの人は“特別”なものにばかり目が行ってしまうから、『こうでなきゃ』と思った自分になれなかったとき、“普通”の自分を見失ってしまうんだ。


「……そうだ。さっきのメモの内容と一緒に、坂野先輩か一条先輩のアドバイスもこっそり取り入れてみたら?」
「えっ」

「海風と同じことを後追いするより、もっと強い人の型も真似るんだ」
「で、でも……先輩たちはリレメンの育成に今忙しくて。それにズルしてるみたいでなんか……それは、海風さんにも申し訳ないと言うか……」


 古瀬は見るからにしどろもどろな様子だった。
 海風を心から疎ましく思っているのなら、きっとこうはならないだろう。


「たしかにタイミングは選ぶ必要があるかも。夏季総体は……いつだっけ?」
「来週の祝日だよ」

「そうか、だったらそれ以降でもいいと思う。ここまで水泳を続けられた古瀬から『教えてほしい』って頼まれて、無下にする先輩たちじゃないと思うよ。あのお二方は」
「そ、そう……かな」


 口ごもる古瀬を見て、思わず俺は昨日の海風の言葉を思い出した。


『自分のやり方で――どんな手を使ってでも勝つんだから』


「それに、たぶんだけど……海風は海風で、この手の“ズル”をもうこっそりやってると思う」
「えっ、そうなの?」

「うん……海風はみんなが思ってる以上に勝ちにこだわるタイプだから、たぶんやる……」


 最後の一言は、小声だったとはいえ少し漏らしすぎたかもしれない。
 古瀬は目をぱちぱちとして、少しの間を置いてからまた口を開いた。


「なんか海風さんのこと、妙に詳しい感じだね」
「……えと、一度だけエ……トランプ遊びを嗜んだまでです……」

「へぇ……」
「あ、あと。海風は雨でぬれた時に、このタオルを貸してくれたんだ。ズルいところはあるけど、結構いいやつなことも知ってるぞ」


 分からないことに、土足で入り込むつもりはなかった。
 でも、俺が知ってる“海風の良いところ”なら、誰かに伝えてもいいはずだ。


「あ、手に持ってるその袋、中身タオルだったんだ」
「そー。しかも『え、この人こういうタオル持ってるの?』って感じの意外なデザインで……」

「え。なに、その気になる言い方っ」
「しかし中身は開けられねぇ。守秘義務ってやつだ」


 古瀬相手にそのようなことを話していると、後ろから海風の声がした。


「何が守秘義務なの?」
「ヒエッ!」
「あ、海風さん」

「いや、な、なんでも……ナイヨ?ただ、タオルを返しにきただけで……」
「んー……ん……?」


 ぽかんとしている海風に、少し焦る俺。
 そんな俺たちを見て、古瀬が少し笑った。


「海風さん、その袋の中身……どんなタオルなの?」
「えっ」

「私、気になるなぁ」
「いや、そんな……これはそんな大したものじゃ……」


 二人が話し始めた様子を確認してから、俺はその場を静かに離れた。
 海風は困惑しながら俺をじっとりとした目で見てくるが、俺は知らないふりをした。


「いいじゃん。私、もっと海風さんのことを知りたいなぁ」
「……っ」


 俺はただ、“特別”じゃない“普通”の部分を見てくれる人が、一人でも多く必要だと思った。
 古瀬にも、そして海風にも。


「忍……やっぱりお前、古瀬のこと……」
「ちゃうわい」


 俺の机の前では、めんどくさいモードの西垣が待っていた。


 ◆


 高校入学と同時に始めたバイトにも、ようやく慣れてきた。

 お客さんからの注文がモニターに表示されたら、バンズをトースターに入れる。
 敷いたラップの上に温かくなったバンズを開いて置いて、指定のソースを落とす。
 いくつかの野菜をその上に置いたところで、隣の佐々木さんにその先を引き継ぐ。
 そして、次の注文分のバンズをトースターに入れる。

 ハンバーガーを作る工程は、実際にやってみると料理というより、工場での組立てをしているような感覚だった。
 そして学校とはうって変わって、この銀色の調理台に囲まれた空間には様々な年齢、立場の人が集まっていて、とても新鮮な環境だと思った。


「室井くん、最近シフトの入りがあまり良くない気がするんだけど……学業厳しい?」
「いえ、そういうわけでは……」


 だからかもしれない。
 ここの店長は、『勉強以上に大事なこともあるよ』といったことを時々囁いてくる。


「そう。じゃあ来週の懇親会は来られるかな?」
「来週……のいつでしたっけ?たぶん、行けると思うんですけど」

「来週の祝日だよ。来れるなら来た方がいいと思うよ……社会に出たら、こういった場に顔を出すことが当たり前になってくるからね……」


 祝日……祝日……あれ。

 この日、何かあったような気が……?




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 古瀬の自嘲を耳にして、俺はふと昔のことを思い出した。
 当時の憧れだった篠崎に少しでも近づくため、今まで夢中になっていた|もの《ドラクロ》を捨てて、自分を頑張って磨いたあの頃のことだ。
 今まで声をかけられなかった人とも仲良くなれるようにコミュニケーションを勉強して、激流のようにアップデートされる流行りの服も押さえて、それまで興味の欠片もなかった遊び方を必死で覚えた。
 スポーツや学力なんかで秀でた部分のなかった俺は、とにかくまずは皆が思うような“普通”の型に嵌れるよう、とにかくその一点を頑張った。
『篠崎、サッカー部キャプテンの石谷先輩と付き合い始めたらしいぞ』
 俺にとって救いだったのは、努力した結果仲良くなった人たちが――“特別”になれなかった“普通”の俺を肯定して、友達として迎えてくれたことだった。
 だからこそ、俺は“特別”に選ばれた人を憎んだり、疎ましく思ったりしなくても済んだんだ。
「古瀬っていつから水泳を?」
「小学生のころからだよ。海風さんと同じくらいの時から始めてるんだけど、なかなか伸びなくてねー」
「すごいな、それでもストイックに水泳続けてきたんだ」
「うーん、でも……」
 あれは、本当に幸運なことだったと思う。
 たいていの人は“特別”なものにばかり目が行ってしまうから、『こうでなきゃ』と思った自分になれなかったとき、“普通”の自分を見失ってしまうんだ。
「……そうだ。さっきのメモの内容と一緒に、坂野先輩か一条先輩のアドバイスもこっそり取り入れてみたら?」
「えっ」
「海風と同じことを後追いするより、もっと強い人の型も真似るんだ」
「で、でも……先輩たちはリレメンの育成に今忙しくて。それにズルしてるみたいでなんか……それは、海風さんにも申し訳ないと言うか……」
 古瀬は見るからにしどろもどろな様子だった。
 海風を心から疎ましく思っているのなら、きっとこうはならないだろう。
「たしかにタイミングは選ぶ必要があるかも。夏季総体は……いつだっけ?」
「来週の祝日だよ」
「そうか、だったらそれ以降でもいいと思う。ここまで水泳を続けられた古瀬から『教えてほしい』って頼まれて、無下にする先輩たちじゃないと思うよ。あのお二方は」
「そ、そう……かな」
 口ごもる古瀬を見て、思わず俺は昨日の海風の言葉を思い出した。
『自分のやり方で――どんな手を使ってでも勝つんだから』
「それに、たぶんだけど……海風は海風で、この手の“ズル”をもうこっそりやってると思う」
「えっ、そうなの?」
「うん……海風はみんなが思ってる以上に勝ちにこだわるタイプだから、たぶんやる……」
 最後の一言は、小声だったとはいえ少し漏らしすぎたかもしれない。
 古瀬は目をぱちぱちとして、少しの間を置いてからまた口を開いた。
「なんか海風さんのこと、妙に詳しい感じだね」
「……えと、一度だけエ……トランプ遊びを嗜んだまでです……」
「へぇ……」
「あ、あと。海風は雨でぬれた時に、このタオルを貸してくれたんだ。ズルいところはあるけど、結構いいやつなことも知ってるぞ」
 分からないことに、土足で入り込むつもりはなかった。
 でも、俺が知ってる“海風の良いところ”なら、誰かに伝えてもいいはずだ。
「あ、手に持ってるその袋、中身タオルだったんだ」
「そー。しかも『え、この人こういうタオル持ってるの?』って感じの意外なデザインで……」
「え。なに、その気になる言い方っ」
「しかし中身は開けられねぇ。守秘義務ってやつだ」
 古瀬相手にそのようなことを話していると、後ろから海風の声がした。
「何が守秘義務なの?」
「ヒエッ!」
「あ、海風さん」
「いや、な、なんでも……ナイヨ?ただ、タオルを返しにきただけで……」
「んー……ん……?」
 ぽかんとしている海風に、少し焦る俺。
 そんな俺たちを見て、古瀬が少し笑った。
「海風さん、その袋の中身……どんなタオルなの?」
「えっ」
「私、気になるなぁ」
「いや、そんな……これはそんな大したものじゃ……」
 二人が話し始めた様子を確認してから、俺はその場を静かに離れた。
 海風は困惑しながら俺をじっとりとした目で見てくるが、俺は知らないふりをした。
「いいじゃん。私、もっと海風さんのことを知りたいなぁ」
「……っ」
 俺はただ、“特別”じゃない“普通”の部分を見てくれる人が、一人でも多く必要だと思った。
 古瀬にも、そして海風にも。
「忍……やっぱりお前、古瀬のこと……」
「ちゃうわい」
 俺の机の前では、めんどくさいモードの西垣が待っていた。
 ◆
 高校入学と同時に始めたバイトにも、ようやく慣れてきた。
 お客さんからの注文がモニターに表示されたら、バンズをトースターに入れる。
 敷いたラップの上に温かくなったバンズを開いて置いて、指定のソースを落とす。
 いくつかの野菜をその上に置いたところで、隣の佐々木さんにその先を引き継ぐ。
 そして、次の注文分のバンズをトースターに入れる。
 ハンバーガーを作る工程は、実際にやってみると料理というより、工場での組立てをしているような感覚だった。
 そして学校とはうって変わって、この銀色の調理台に囲まれた空間には様々な年齢、立場の人が集まっていて、とても新鮮な環境だと思った。
「室井くん、最近シフトの入りがあまり良くない気がするんだけど……学業厳しい?」
「いえ、そういうわけでは……」
 だからかもしれない。
 ここの店長は、『勉強以上に大事なこともあるよ』といったことを時々囁いてくる。
「そう。じゃあ来週の懇親会は来られるかな?」
「来週……のいつでしたっけ?たぶん、行けると思うんですけど」
「来週の祝日だよ。来れるなら来た方がいいと思うよ……社会に出たら、こういった場に顔を出すことが当たり前になってくるからね……」
 祝日……祝日……あれ。
 この日、何かあったような気が……?