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1話ギャンブラーの片鱗

ー/ー



 あたしはある女性に抱きつき、彼女はあたしの頭を温かい手で優しく撫でていた。
 どこかふわふわしていて、現実じゃないようなそんな感覚。
 彼女の手があたしの瞼を拭う。
 なんでだろ、わかんないけど涙を流して悲しかった記憶がある。

「マヤ姉」

 あたしは彼女のことをそう呼んだ。
 そうだ、これは夢だ。
 彼女との別れを惜しむいつもの夢。
 この時のあたしはマヤ姉との別れを惜しみ涙をながしていたんだった。

「マヤ姉」

 再度あたしがそう呼んだ彼女は、マーヤ・ディラント。
 腰まで伸びた三つ編みの黒髪が特徴。血の繋がりはない近所のお姉さんでもあり、あたしは親しげにマヤ姉とそう呼んだ。
 マヤ姉は同年代の女性と比べてもとても大人っぽく、優しく、素敵な女性。あたしは彼女の事がとても好きで憧れの対象だった。

あたし達の村は、王都へ続く街道沿いにあった。
行商人や冒険者がときおり立ち寄るおかげで、完全な田舎というわけでもない。
王都へ向かう街道だけは石畳が敷かれ、朝になれば小さな市が立ち、宿屋の煙突からは白い煙がのぼっていた。
 村の経営の要として宿は少なからず存在し、マヤ姉は宿を経営する一人娘。

 そんなある日のこと。

「マヤちゃんその子は?」

 あたしはその日、たまたまマヤ姉の宿でお手伝いをしていた。
 宿の常連らしき旅の商人のおじさんらしき人が話しかけてきた。
 マヤ姉はあたしの頭に手を置く。

「近所に住んでいる、フェルという子です。今日は宿のお手伝いをしているんですよ」
「へえ、まるで仲の良い姉妹みたいだね」

 おじさんに言われて、マヤ姉と家族のように見られていることが嬉しかった。

「それはそうとマヤちゃん、今回は負けないぞ」

 客のおじさんは皮の手袋を外し、カードの束を取り出してテーブルに置いた。
 テーブルは高いせいか、あたしはテーブルに覗き込むように視線を向けた。
 使い古されたカードは角が丸く擦れている。
 一瞬裏側が見えたときの数字からして、トランプだというのが分かった。
 あたしもマヤ姉とは何度かトランプを使ったゲームをしていたことがあるので、同じようになにかのゲームをすることは理解できた。

「ええ、私も負けません」

 意気込むように言いながら、マヤ姉は楽しそうな瞳で椅子に座って、おじさんとトランプを勤しむ。
 トランプ以外にもコインが置かれて、互いにいくつか前に出す。
 配られたカードや束から交換などして、なにかのゲームをしているのは理解はできた。
 ただ、どんなゲームをしているのかわからず、次第につまらなさそうにしてマヤ姉の服の裾を引っ張る。

「フェルも一回やってみる?」
「うん!」

 膝の上に抱き上げられ胸が高鳴る。
 机にはトランプのカードと金属の光沢を放つコインが置いてある。

「これなーに?」
「これはね。ポーカーと言って、カードを組み合わせて役を作るゲームなの。コインは賭けに使うんだけど、フェルは初めてだからカードだけね。ほら、カードが配られるから受け取ったら見てごらん」

 手札には(ダイヤ)7、(スペード)A、♠8、(ハート)3、(クラブ)9。

「この中で気に入らないカードを捨てて、その数だけこのカードの山札から新しく引いてくるの。同じ数字か絵柄を揃えるのが良いよ」

 あんまり理解してなかった。
 あたしは直感でピンとこない3枚を捨て、山札から3枚拾い上げる。
 おじさんが手札を公開するのを見て、あたしも真似するように公開した。

 ♠A(エース)、♠8、♦J(ジャック)、♦3、♥10。

「残念、揃わなかったね」
「もー! もう一回! もう一回!」
「はは、お嬢ちゃん強気だね。ならもう一回するかい? 今度は本当のギャンブルってやつを」

 そう言っておじさんはコインを数枚差し出した。

「ちょ、ちょっと。フェルは初心者だからまだ」
「そうかい? お嬢ちゃんは本気そうだぞ?」

 マヤ姉はため息をつき、同じ枚数のコインを差し出した。
 再度配られた手札を確認しながら、あたしは「うー」と唸りを上げる。

「フェル。そんなに考えなくていいの。あなたの思う通りに出してみて」

 マヤ姉がそう言うのだからと、あたしは数字を揃えてみたいと思い手を伸ばすも、ピタリと手が止まる。

「フェル、どうしたの?」
「んーん。なんでもない」

 気のせいだと思い交換した。

「むー!」

 カードを見て、思わず唸ってしまう。

「ははっ、お嬢ちゃんは揃えることができなかったかな。おじさんはほら、ツーペアだ」

 テーブルの上に♥7、♠7、♠5、♦5、♦10が開かれる。

「お嬢ちゃんもカードを出してみた……マヤちゃん、どうしたんだい?」
「いえ……これって……フェル、このカードをおじさんに見せるようにテーブルに置いてみて」

 マヤ姉はどこか緊張した面持ちで、あたしの手を掴み誘導した。
 広がるカードをおじさんは見て「えっ」と目を見開く。

「フラッシュだと……」

 ♦2、♦7、♦9、♦Q(クィーン)、♦K(キング)とバラバラだけど、良かったのかな?
 そんな疑問を出しているが、マヤ姉がテーブルに出されたコインを全てあたしの方へと持ってきてくれる。
 マヤ姉に視線を向けると、微笑んであたしの頭を撫でてくれる。
 そしてテーブルに出されたコインを全てあたしの方へと持ってきてくれた。

「ま、まあ初心者であるビギナーズラックみたいなもんだな。うん」

 おじさんはそう言って、気を取り直すようにカードをシャッフルする。
 びぎなー?
 よくわかんないや。とりあえず、あたしは配られたカードに目を通す。

 ♠K、♥A、♥8、♦3、♠Aとバラバラ。
 さっきみたいに揃えたらマヤ姉はまた頭を撫でてくれるかな?
 次はどれにしよう……。
 捨てるカードを選ぼうとした瞬間だった。
 ふと捨てるべきカード、引くべき枚数が無意識に指が動く。
 何故かこうするべきだと、確証はなくても確信があった。
 
 ♠の2枚を残し、残り3枚を交換へ。
 山札から手を伸ばしカードを引こうとした瞬間、また不意にピタリと手が止まる。
 たださっきみたいななんとなくではなく、次に来るカードがなにかあたしには分かった。
 そして、予想通り揃うカード。

「またカードが揃った! マヤ姉見て見て!」

 あたしは喜びのままに彼女を見た。てっきり一緒に笑顔になっているものだと思っていた。しかし、あたしが思い描いていたのとは違った。
 その表情は驚きを超えた無言の衝撃。そして瞳の奥底には、まるで未知の怪物を見るかのような、微かな畏怖の表情が宿っていた。
 マヤ姉のその視線は、あたしを少しだけ冷たくした。

「おじさん、賭けはどうしますか?」
「どうしたマヤちゃん。まさかまた良い手がきたってのかい? まあ流石に二度連続なんてのはないだろうし……そうだな賭けよう」

 コインを出すと、同じ数だけマヤ姉もコインを差し出した。

「お嬢ちゃんのツキがこっちにも回ってきたって所だ。ほらフラッシュだ」

 おじさんが出したカードは、♦2、♦5、♦7、♦9、♦J。

「フェル、ほらそのカードを出して。()()()()()()()()()()()()()()を」 

 ♠Q、♠A、♠10、♠J、♠K。

「ろ、ろいやるすれー?」

 マヤ姉の唇から漏れた言葉はよくわかんないや。
 ただ、すごい自信から良い手なんだろうなと分かった。

「おいおい……そんな役、何万回に一度だぞ……」

 おじさんの顔から、先ほどの強気は完全に消えていた。
 マヤ姉もおじさんも何か恐ろしいものを見ているようだったが、その「ロイヤルストレートフラッシュ」とやらが、当時のあたしにはわからなかった。
 おじさんは疲労の色を濃くし、眉間を深く摘まんでいた。

「そうだ初心者特有のビギナーズラックだ。間違いねえ。は……ははは」

 渇いた笑い。誰も笑っていないのに笑い声だけが宿の空気に残る。

「……」

 マヤ姉は何も言わなかった。
 黙るべきなのだろうか?
 あたしもよくわからないが、何か言わなくちゃいけない気がする。

「マヤ姉……もしかして悪かった……の?」
「ううん、問題ないよフェル。このゲームあなたの勝ちだよ。さあ、もう今日のゲームは終わり。降りてちょうだい」

 膝の上から、静かに降ろされた。
 頬を膨らましマヤ姉を見上げる。彼女はいつもの柔らかな表情に戻っていた。
 気のせいだと思おう。少し残念だけれど、ゲームをしたことは楽しかった……楽しかったはずだ。

「それにしても君も強いね。これなら王都へ行けば名を残せるんじゃないかな。なにせ王都には――」

 おじさんの言葉を遮るように、マヤ姉は手を二度叩いた。

「さっ、休憩時間は終わり。フェル、お手伝いの再開しましょう」
「うん!」

 あとになって、王都には何があるのだろうと。
 おじさんが言おうとしたこと、マヤ姉が遮ったこと、その理由はあたしに教えてもらえなかった。
 気にしても仕方がない、あたしには関係がないと思い忘れることにした。
 マヤ姉と一緒に居て、楽しい日々がこのまま永遠に続くんだし。

 と疑いもしなかった。

 そんなある日、彼女は唐突に王都へと行くと言った。
 冒険者からの入れ知恵なのか、あるいは長年の秘めた憧れなのかはわからない。
 ただ、その瞳は強い決意の炎に満ちていた。
 王都なんだからマヤ姉は冒険者になりたいのだと、幼いあたしは単純にそう思っていた。
 一度、あたしはマヤ姉に将来冒険者になりたいのかと尋ねた事があった。
 マヤ姉は「王都へ行ったらフェルあなたと……ううんなんでもない」とはぐらかされてしまった。

 そして月日が流れ、マヤ姉の年齢がとうとう15になった。

「王都行きの馬車が来たから、行くねフェル」

 相変わらず優しく微笑みながら、あたしの頭をそっと撫でた。
 嬉しいのに悲しい。矛盾した気持ちがあたしの中で渦巻いた。

「本当に、本当に行くの……? マヤ姉」

 あたしの目には涙を浮かべ、行ってほしくないという気持ちであふれ出そうだった。

「相変わらず泣き虫ね。ほら、涙を浮かべないの。フェル……いいえ、フェル・ラグンダルト。あなたも15歳になれば一人前の成人となるんだから。だからその時は私のいる王都へ迷わずおいで」

 うん、とあたしは強く頷くと「マヤ姉、約束」小指を差し出した。
 マヤ姉はあたしの小指を絡める。
 馬車が来るまでの間、マヤ姉はずっとあたしの手を握っていた。その手は、いつもより少し冷たかった。旅立ちの緊張だと思った。そう思うことにした。

 馬車が来て、マヤ姉は乗り込んだ。
 車輪がきしむ音と共に馬車が動き出す。

「マヤ姉、大きくなったら必ずあたしも王都へ行くから! マヤ姉と一緒に旅をするからね!」

 小さいあたしは遠ざかるマヤ姉に向かって、力いっぱい手を振った。
 マヤ姉も同じように手を振り返し、「待ってるから」そう言い終えた途端、鮮明だった夢は唐突に途切れた。


 目を開けると頬を伝う冷たい感触に気づく。
 夢の中で涙を流していたのだろう、あたしは涙を拭った。

 もうマヤ姉はいない……。
 その事実をあたしは何年経っても上手に飲み込めない。
 長い沈黙が続く。
 気分が落ち込む……起きないと……。

 カサっと音がなるのにそちらに視線を向けた。
 そこにあったのは封筒とその隣には1枚の手紙。
 寝る前に読み返したんだっけ。
 あたしはその手紙を手に取ると、内容にはこう書かれている。


『フェルへ
 元気にしてますか?
 お姉ちゃんは王都で順調よ。約束、覚えてるかな。15歳になったら会いに来てね。待ってるから。マーヤより』


 マヤ姉が王都へ発ってから数年が経ち、あたし宛てに送られた初めて来た手紙。そして2枚目が来ることのない最後の手紙。
 その一枚を読み返すたびに、あたしはちゃんと待ってくれているのかと不安になる。それでも読み返す。なぜなら、それしかないから。
 これまで辛くなろうともこの手紙を読んで元気づけられた。

「そうだ、気持ちを入れ替えなくちゃ」

 あたしは両手でほっぺを2度ほど叩いた。
 今日からあたしは15歳。マヤ姉と同じ15歳だ!
 そう思うと、先ほどの空虚感は決意の熱にゆっくりと溶かされていった。

「さあ、あたしも今日からマヤ姉に会いに王都へ行くんだ!」



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 あたしはある女性に抱きつき、彼女はあたしの頭を温かい手で優しく撫でていた。
 どこかふわふわしていて、現実じゃないようなそんな感覚。
 彼女の手があたしの瞼を拭う。
 なんでだろ、わかんないけど涙を流して悲しかった記憶がある。
「マヤ姉」
 あたしは彼女のことをそう呼んだ。
 そうだ、これは夢だ。
 彼女との別れを惜しむいつもの夢。
 この時のあたしはマヤ姉との別れを惜しみ涙をながしていたんだった。
「マヤ姉」
 再度あたしがそう呼んだ彼女は、マーヤ・ディラント。
 腰まで伸びた三つ編みの黒髪が特徴。血の繋がりはない近所のお姉さんでもあり、あたしは親しげにマヤ姉とそう呼んだ。
 マヤ姉は同年代の女性と比べてもとても大人っぽく、優しく、素敵な女性。あたしは彼女の事がとても好きで憧れの対象だった。
あたし達の村は、王都へ続く街道沿いにあった。
行商人や冒険者がときおり立ち寄るおかげで、完全な田舎というわけでもない。
王都へ向かう街道だけは石畳が敷かれ、朝になれば小さな市が立ち、宿屋の煙突からは白い煙がのぼっていた。
 村の経営の要として宿は少なからず存在し、マヤ姉は宿を経営する一人娘。
 そんなある日のこと。
「マヤちゃんその子は?」
 あたしはその日、たまたまマヤ姉の宿でお手伝いをしていた。
 宿の常連らしき旅の商人のおじさんらしき人が話しかけてきた。
 マヤ姉はあたしの頭に手を置く。
「近所に住んでいる、フェルという子です。今日は宿のお手伝いをしているんですよ」
「へえ、まるで仲の良い姉妹みたいだね」
 おじさんに言われて、マヤ姉と家族のように見られていることが嬉しかった。
「それはそうとマヤちゃん、今回は負けないぞ」
 客のおじさんは皮の手袋を外し、カードの束を取り出してテーブルに置いた。
 テーブルは高いせいか、あたしはテーブルに覗き込むように視線を向けた。
 使い古されたカードは角が丸く擦れている。
 一瞬裏側が見えたときの数字からして、トランプだというのが分かった。
 あたしもマヤ姉とは何度かトランプを使ったゲームをしていたことがあるので、同じようになにかのゲームをすることは理解できた。
「ええ、私も負けません」
 意気込むように言いながら、マヤ姉は楽しそうな瞳で椅子に座って、おじさんとトランプを勤しむ。
 トランプ以外にもコインが置かれて、互いにいくつか前に出す。
 配られたカードや束から交換などして、なにかのゲームをしているのは理解はできた。
 ただ、どんなゲームをしているのかわからず、次第につまらなさそうにしてマヤ姉の服の裾を引っ張る。
「フェルも一回やってみる?」
「うん!」
 膝の上に抱き上げられ胸が高鳴る。
 机にはトランプのカードと金属の光沢を放つコインが置いてある。
「これなーに?」
「これはね。ポーカーと言って、カードを組み合わせて役を作るゲームなの。コインは賭けに使うんだけど、フェルは初めてだからカードだけね。ほら、カードが配られるから受け取ったら見てごらん」
 手札には|♦《ダイヤ》7、|♠《スペード》A、♠8、|♥《ハート》3、|♣《クラブ》9。
「この中で気に入らないカードを捨てて、その数だけこのカードの山札から新しく引いてくるの。同じ数字か絵柄を揃えるのが良いよ」
 あんまり理解してなかった。
 あたしは直感でピンとこない3枚を捨て、山札から3枚拾い上げる。
 おじさんが手札を公開するのを見て、あたしも真似するように公開した。
 ♠|A《エース》、♠8、♦|J《ジャック》、♦3、♥10。
「残念、揃わなかったね」
「もー! もう一回! もう一回!」
「はは、お嬢ちゃん強気だね。ならもう一回するかい? 今度は本当のギャンブルってやつを」
 そう言っておじさんはコインを数枚差し出した。
「ちょ、ちょっと。フェルは初心者だからまだ」
「そうかい? お嬢ちゃんは本気そうだぞ?」
 マヤ姉はため息をつき、同じ枚数のコインを差し出した。
 再度配られた手札を確認しながら、あたしは「うー」と唸りを上げる。
「フェル。そんなに考えなくていいの。あなたの思う通りに出してみて」
 マヤ姉がそう言うのだからと、あたしは数字を揃えてみたいと思い手を伸ばすも、ピタリと手が止まる。
「フェル、どうしたの?」
「んーん。なんでもない」
 気のせいだと思い交換した。
「むー!」
 カードを見て、思わず唸ってしまう。
「ははっ、お嬢ちゃんは揃えることができなかったかな。おじさんはほら、ツーペアだ」
 テーブルの上に♥7、♠7、♠5、♦5、♦10が開かれる。
「お嬢ちゃんもカードを出してみた……マヤちゃん、どうしたんだい?」
「いえ……これって……フェル、このカードをおじさんに見せるようにテーブルに置いてみて」
 マヤ姉はどこか緊張した面持ちで、あたしの手を掴み誘導した。
 広がるカードをおじさんは見て「えっ」と目を見開く。
「フラッシュだと……」
 ♦2、♦7、♦9、♦|Q《クィーン》、♦|K《キング》とバラバラだけど、良かったのかな?
 そんな疑問を出しているが、マヤ姉がテーブルに出されたコインを全てあたしの方へと持ってきてくれる。
 マヤ姉に視線を向けると、微笑んであたしの頭を撫でてくれる。
 そしてテーブルに出されたコインを全てあたしの方へと持ってきてくれた。
「ま、まあ初心者であるビギナーズラックみたいなもんだな。うん」
 おじさんはそう言って、気を取り直すようにカードをシャッフルする。
 びぎなー?
 よくわかんないや。とりあえず、あたしは配られたカードに目を通す。
 ♠K、♥A、♥8、♦3、♠Aとバラバラ。
 さっきみたいに揃えたらマヤ姉はまた頭を撫でてくれるかな?
 次はどれにしよう……。
 捨てるカードを選ぼうとした瞬間だった。
 ふと捨てるべきカード、引くべき枚数が無意識に指が動く。
 何故かこうするべきだと、確証はなくても確信があった。
 ♠の2枚を残し、残り3枚を交換へ。
 山札から手を伸ばしカードを引こうとした瞬間、また不意にピタリと手が止まる。
 たださっきみたいななんとなくではなく、次に来るカードがなにかあたしには分かった。
 そして、予想通り揃うカード。
「またカードが揃った! マヤ姉見て見て!」
 あたしは喜びのままに彼女を見た。てっきり一緒に笑顔になっているものだと思っていた。しかし、あたしが思い描いていたのとは違った。
 その表情は驚きを超えた無言の衝撃。そして瞳の奥底には、まるで未知の怪物を見るかのような、微かな畏怖の表情が宿っていた。
 マヤ姉のその視線は、あたしを少しだけ冷たくした。
「おじさん、賭けはどうしますか?」
「どうしたマヤちゃん。まさかまた良い手がきたってのかい? まあ流石に二度連続なんてのはないだろうし……そうだな賭けよう」
 コインを出すと、同じ数だけマヤ姉もコインを差し出した。
「お嬢ちゃんのツキがこっちにも回ってきたって所だ。ほらフラッシュだ」
 おじさんが出したカードは、♦2、♦5、♦7、♦9、♦J。
「フェル、ほらそのカードを出して。|ロ《・》|イ《・》|ヤ《・》|ル《・》|ス《・》|ト《・》|レ《・》|ー《・》|ト《・》|フ《・》|ラ《・》|ッ《・》|シ《・》|ュ《・》を」 
 ♠Q、♠A、♠10、♠J、♠K。
「ろ、ろいやるすれー?」
 マヤ姉の唇から漏れた言葉はよくわかんないや。
 ただ、すごい自信から良い手なんだろうなと分かった。
「おいおい……そんな役、何万回に一度だぞ……」
 おじさんの顔から、先ほどの強気は完全に消えていた。
 マヤ姉もおじさんも何か恐ろしいものを見ているようだったが、その「ロイヤルストレートフラッシュ」とやらが、当時のあたしにはわからなかった。
 おじさんは疲労の色を濃くし、眉間を深く摘まんでいた。
「そうだ初心者特有のビギナーズラックだ。間違いねえ。は……ははは」
 渇いた笑い。誰も笑っていないのに笑い声だけが宿の空気に残る。
「……」
 マヤ姉は何も言わなかった。
 黙るべきなのだろうか?
 あたしもよくわからないが、何か言わなくちゃいけない気がする。
「マヤ姉……もしかして悪かった……の?」
「ううん、問題ないよフェル。このゲームあなたの勝ちだよ。さあ、もう今日のゲームは終わり。降りてちょうだい」
 膝の上から、静かに降ろされた。
 頬を膨らましマヤ姉を見上げる。彼女はいつもの柔らかな表情に戻っていた。
 気のせいだと思おう。少し残念だけれど、ゲームをしたことは楽しかった……楽しかったはずだ。
「それにしても君も強いね。これなら王都へ行けば名を残せるんじゃないかな。なにせ王都には――」
 おじさんの言葉を遮るように、マヤ姉は手を二度叩いた。
「さっ、休憩時間は終わり。フェル、お手伝いの再開しましょう」
「うん!」
 あとになって、王都には何があるのだろうと。
 おじさんが言おうとしたこと、マヤ姉が遮ったこと、その理由はあたしに教えてもらえなかった。
 気にしても仕方がない、あたしには関係がないと思い忘れることにした。
 マヤ姉と一緒に居て、楽しい日々がこのまま永遠に続くんだし。
 と疑いもしなかった。
 そんなある日、彼女は唐突に王都へと行くと言った。
 冒険者からの入れ知恵なのか、あるいは長年の秘めた憧れなのかはわからない。
 ただ、その瞳は強い決意の炎に満ちていた。
 王都なんだからマヤ姉は冒険者になりたいのだと、幼いあたしは単純にそう思っていた。
 一度、あたしはマヤ姉に将来冒険者になりたいのかと尋ねた事があった。
 マヤ姉は「王都へ行ったらフェルあなたと……ううんなんでもない」とはぐらかされてしまった。
 そして月日が流れ、マヤ姉の年齢がとうとう15になった。
「王都行きの馬車が来たから、行くねフェル」
 相変わらず優しく微笑みながら、あたしの頭をそっと撫でた。
 嬉しいのに悲しい。矛盾した気持ちがあたしの中で渦巻いた。
「本当に、本当に行くの……? マヤ姉」
 あたしの目には涙を浮かべ、行ってほしくないという気持ちであふれ出そうだった。
「相変わらず泣き虫ね。ほら、涙を浮かべないの。フェル……いいえ、フェル・ラグンダルト。あなたも15歳になれば一人前の成人となるんだから。だからその時は私のいる王都へ迷わずおいで」
 うん、とあたしは強く頷くと「マヤ姉、約束」小指を差し出した。
 マヤ姉はあたしの小指を絡める。
 馬車が来るまでの間、マヤ姉はずっとあたしの手を握っていた。その手は、いつもより少し冷たかった。旅立ちの緊張だと思った。そう思うことにした。
 馬車が来て、マヤ姉は乗り込んだ。
 車輪がきしむ音と共に馬車が動き出す。
「マヤ姉、大きくなったら必ずあたしも王都へ行くから! マヤ姉と一緒に旅をするからね!」
 小さいあたしは遠ざかるマヤ姉に向かって、力いっぱい手を振った。
 マヤ姉も同じように手を振り返し、「待ってるから」そう言い終えた途端、鮮明だった夢は唐突に途切れた。
 目を開けると頬を伝う冷たい感触に気づく。
 夢の中で涙を流していたのだろう、あたしは涙を拭った。
 もうマヤ姉はいない……。
 その事実をあたしは何年経っても上手に飲み込めない。
 長い沈黙が続く。
 気分が落ち込む……起きないと……。
 カサっと音がなるのにそちらに視線を向けた。
 そこにあったのは封筒とその隣には1枚の手紙。
 寝る前に読み返したんだっけ。
 あたしはその手紙を手に取ると、内容にはこう書かれている。
『フェルへ
 元気にしてますか?
 お姉ちゃんは王都で順調よ。約束、覚えてるかな。15歳になったら会いに来てね。待ってるから。マーヤより』
 マヤ姉が王都へ発ってから数年が経ち、あたし宛てに送られた初めて来た手紙。そして2枚目が来ることのない最後の手紙。
 その一枚を読み返すたびに、あたしはちゃんと待ってくれているのかと不安になる。それでも読み返す。なぜなら、それしかないから。
 これまで辛くなろうともこの手紙を読んで元気づけられた。
「そうだ、気持ちを入れ替えなくちゃ」
 あたしは両手でほっぺを2度ほど叩いた。
 今日からあたしは15歳。マヤ姉と同じ15歳だ!
 そう思うと、先ほどの空虚感は決意の熱にゆっくりと溶かされていった。
「さあ、あたしも今日からマヤ姉に会いに王都へ行くんだ!」