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【1】②

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「ねえ、ママ。(ゆずる)叔父さんにもらったあのペン、一本お友達にあげてもいい……?」
 母の弟である叔父の譲に、海外出張の土産だと渡された色違いの二本のボールペン。
 シルバーのボディにそれぞれブルーとピンクのストライプの、大人びたスタイリッシュな文房具だ。
 外国の有名なメーカーの品で、子どもが持つものではなさそうなのもわかっていた。
 宏基が格好いいと言ってくれた、あのペン。

「もちろんよ。……陽奈、先生には転校の手続きとかあるから明日ママから連絡するけど、お友達には自分で話す?」
「うん」
 こんなものを渡したら困らせるだろうか。
 けれど、せめて何かの繫がりが欲しかった。陽奈の気持ちの上だけでいい。……すぐに捨てられてしまっても構わない。

 ──だって引っ越したらもう会えないんだから。

 今までに転校していった友人を見送ったことはある。
 しかしその全員が首都圏、それも都内や神奈川、千葉だったため、休日に東京(こちら)に遊びに来た彼女たちとは約束して普通に会っていた。
 だが名古屋ではそうは行かない。
 遠い街。新幹線で移動するような、旅行で訪ねるような、未知の土地。

 女子の友人には、自分の口から転校について告げた。
 皆が別れを惜しんでくれて、涙を滲ませる者までいた。
 担任には、クラス全体に知らせるのは一学期の終業式の日にしてほしい、と母を通じて要請してある。
 もうあと一ヶ月もない。
 できれば終業式に新しい住所を周知できたら、と考えていたのだが、肝心の住まいがなかなかはっきりしなかった。
 父の会社の社宅に入ることになっているのだが、どういう事情かはともかく複数ある社宅のどこに割り当てられるかが決まらないのだという。
 ただ、転居作業に関しては会社がかなりの部分を負担してくれるらしく、両親はそれほど気にしてもいないようだった。

 結局、父の異動は八月半ばで社宅もその直前まで待って欲しいとのことだったらしい。
 そのため、終業式にクラスメイトに新しい住所を、というのは不可能だった。
 友人たちには個別に知らせれば済むが、宏基に届ける術がない。もちろん彼にも直接知らせる方法はあるが、その勇気は流石になかった。
 だからせめて、を。

小野寺(おのでら)くん、あげるからもらって。これ男の子みたいだから、あたしはピンクのだけでいいし」
 終業式の日の帰りがけ。
 何が何だかわからないといった様子で戸惑う彼に、有無を言わさず押し付けたブルーのストライプのボールペン。
 勢いに押されたように受け取ってランドセルに仕舞った宏基の、「名古屋行っても元気でね」は単なる「しゃこうじれい(社交辞令)」かもしれない。それでも、間違いなく「宏基から陽奈への言葉」だ。

 彼との間に「特別なもの」などなにもなかった。単なるクラスメイトの一人でしかない。
 それでも同じ町で暮らしていればいつでも顔を合わせて言葉を交わすことはできる。それさえもう叶わなくなるのだ。
 ごく普通の毎日が幸せで満たされていたことを、失なうことになって初めて知った。
 さようなら、ありがとう。あたしの──。

 誰にも言えないけれど、本当は東京を離れるのが辛かった。寂しかった。
 家族と、……両親と共にいたい一心で選んだ未来に、光など見つけられない気がしていた。




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「ねえ、ママ。|譲《ゆずる》叔父さんにもらったあのペン、一本お友達にあげてもいい……?」
 母の弟である叔父の譲に、海外出張の土産だと渡された色違いの二本のボールペン。
 シルバーのボディにそれぞれブルーとピンクのストライプの、大人びたスタイリッシュな文房具だ。
 外国の有名なメーカーの品で、子どもが持つものではなさそうなのもわかっていた。
 宏基が格好いいと言ってくれた、あのペン。
「もちろんよ。……陽奈、先生には転校の手続きとかあるから明日ママから連絡するけど、お友達には自分で話す?」
「うん」
 こんなものを渡したら困らせるだろうか。
 けれど、せめて何かの繫がりが欲しかった。陽奈の気持ちの上だけでいい。……すぐに捨てられてしまっても構わない。
 ──だって引っ越したらもう会えないんだから。
 今までに転校していった友人を見送ったことはある。
 しかしその全員が首都圏、それも都内や神奈川、千葉だったため、休日に|東京《こちら》に遊びに来た彼女たちとは約束して普通に会っていた。
 だが名古屋ではそうは行かない。
 遠い街。新幹線で移動するような、旅行で訪ねるような、未知の土地。
 女子の友人には、自分の口から転校について告げた。
 皆が別れを惜しんでくれて、涙を滲ませる者までいた。
 担任には、クラス全体に知らせるのは一学期の終業式の日にしてほしい、と母を通じて要請してある。
 もうあと一ヶ月もない。
 できれば終業式に新しい住所を周知できたら、と考えていたのだが、肝心の住まいがなかなかはっきりしなかった。
 父の会社の社宅に入ることになっているのだが、どういう事情かはともかく複数ある社宅のどこに割り当てられるかが決まらないのだという。
 ただ、転居作業に関しては会社がかなりの部分を負担してくれるらしく、両親はそれほど気にしてもいないようだった。
 結局、父の異動は八月半ばで社宅もその直前まで待って欲しいとのことだったらしい。
 そのため、終業式にクラスメイトに新しい住所を、というのは不可能だった。
 友人たちには個別に知らせれば済むが、宏基に届ける術がない。もちろん彼にも直接知らせる方法はあるが、その勇気は流石になかった。
 だからせめて、《《これ》》を。
「|小野寺《おのでら》くん、あげるからもらって。これ男の子みたいだから、あたしはピンクのだけでいいし」
 終業式の日の帰りがけ。
 何が何だかわからないといった様子で戸惑う彼に、有無を言わさず押し付けたブルーのストライプのボールペン。
 勢いに押されたように受け取ってランドセルに仕舞った宏基の、「名古屋行っても元気でね」は単なる「|しゃこうじれい《社交辞令》」かもしれない。それでも、間違いなく「宏基から陽奈への言葉」だ。
 彼との間に「特別なもの」などなにもなかった。単なるクラスメイトの一人でしかない。
 それでも同じ町で暮らしていればいつでも顔を合わせて言葉を交わすことはできる。それさえもう叶わなくなるのだ。
 ごく普通の毎日が幸せで満たされていたことを、失なうことになって初めて知った。
 さようなら、ありがとう。あたしの──。
 誰にも言えないけれど、本当は東京を離れるのが辛かった。寂しかった。
 家族と、……両親と共にいたい一心で選んだ未来に、光など見つけられない気がしていた。