187. 純白の鳥

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 元々レオンとしては、旧態依然とした国々と積極的に交易することに、さほど意義は見出せなかった。

 むしろ、彼らの価値観を持ち込まれることへの警戒心の方が強い。

 しかし、いつまでも鎖国しているわけにはいかなかった。

 この星には、まだ救われていない人々が無数にいる。

 奴隷として虐げられている者や貧困に喘ぐ者、才能を認められず腐らせている者。

 彼らを一人でも多く救うためには、この国の存在を、その価値を、世界に知らしめなければならない。

 今日こそが、その第一歩だ。

 この先進的な国を見せつけて、この星の文化レベルをアップデートさせる――そのきっかけを掴む、絶好の機会なのだ。


               ◇


 レスタリア王国の首都、王都――――。

 その壮麗な王宮の前に広がる石畳の広場で、国王レスター三世は腕を組んで立っていた。

 傍らには、隣国グロリアス聖王国から派遣された枢機卿の姿もある。

 二人とも広場の入り口を見つめている。

「どんな馬車で来るつもりじゃろうな?」

 レスター三世は、白く伸びた顎髭を撫でながら、訝しげに枢機卿に問いかけた。

 その声には、隠しきれない侮蔑が滲んでいる。

「ド田舎の新興国の馬車など、どうせ大したものではないでしょう」

 枢機卿は皺の刻まれた顔を撫でながら、同調するように頷いた。

「ただ……気がかりなのは、彼の国へはまともな街道すらないということです。普通なら一ヵ月はかかる道のりを、いったいどうするつもりなのか……」

「ふんっ!」

 レスター三世は大きく鼻を鳴らした。

「事務(かた)の連中が、行って会った方がいいなどと抜かすから出向いてやるが……。ろくなことにならなさそうで、まったく気が重いわい」

 国王は大きな溜め息をついた。

 正直なところ、彼はこの招待を断りたかった。

 冒険者が作ったという奴隷と貧民だらけの国。

 そんな得体の知れない場所に、一国の王が足を運ぶなど、本来ならばあり得ない話だ。

 しかし、近頃の不穏な噂の数々が、彼を突き動かしていた。

 ――あの国は、魔法を超えた力を持っているらしい。

 ――夜空を染める光は、神の奇跡に匹敵するという。

 ――あそこへ逃げ出した者たちは、二度と戻ってこない。

 無視を続けることは、もはやできなかった。

 その時だった。

 ゴォォォォと聞き慣れない轟音が、どこからか響いてきた。

「な、なんじゃ、この音は!?」

 レスター三世は思わず身構えた。

 護衛の騎士たちが、即座に剣を抜いて国王の周囲を固める。

 見回せば青空の彼方に、何やら銀色に輝く物体が近づいてくるのが見えた。

 キラキラと日の光を反射しながら、信じられない速度で、まっすぐにこちらへ向かってくる。

「ま、魔物か!?」

 レスター三世の声が裏返った。

「翼竜の変異種ではないでしょうな……!?」

 枢機卿も、杖を握りしめて身構える。

 その異様な飛行物体に、広場にいた全員が色めき立った。

 騎士団長は剣に手をかけ、鋭い眼光で空を睨みつける。

「陛下、お下がりください! 迎撃の準備を――――」

 しかし――。

 物体が近づいてくるにつれ、その全貌が明らかになっていった。

 純白の機体。

 鋭く張り出した翼。

 そして、その翼には見覚えのある紋章が輝いていた。

 剣に星の大アルカナ王国の国旗。

「ま、まさか……あれが……?」

 レスター三世の声が震えた。

 一同は、ただただ呆然と空を見上げるしかなかった。

 馬車でも寄越すのかと思っていたら、空から純白の鳥が飛んできたのだ。


               ◇


 それは、レヴィアが用意したシャトルだった。

 元々は海王星の軌道で運用されていた保守用の機体だったが、彼女が「ちょっと拝借」してきたのだ。

 純白の小型宇宙船は、一度轟音を響かせながら一行の頭上を高速で通過した。

 その衝撃波で、広場の旗が激しくはためく。

 侍女たちの悲鳴が上がり、兵士たちは反射的に膝をついた。

 シャトルはゆったりと弧を描きながら旋回し、徐々に速度を落としていく。

 そして最後は、ジェットエンジンの轟音を響かせながら、ゆっくりと広場の中央に降りてくる――――。

「な、なんじゃこりゃぁ……」「おわぁぁぁ……」

 レスター三世も枢機卿も言葉を失った。

 シャトルはズンと重い音を立てながら着陸する。

 キィィィィィィンーー。

 甲高いエンジン音が徐々に収まっていく。

 熱気がカゲロウのように立ち上り、周囲の空気が揺らめいた。

 全員が息を呑んで見守る中。ガチャッ、とドアが開き、純白のタラップが音もなく降りてくる。

 呆然と立ち尽くす一行の前に現れたのは――。

 クリーム色の法衣に身を包んだ、金髪の女性だった。

 陽光のように輝くツーサイドアップの髪。

 慈愛に満ちた空色の瞳。

 誰が見ても聖女と見間違えるほどの美貌が、そこにあった。

 ミーシャ・アルカナ。

 大アルカナ王国の「聖女」の異名を持つ王妃である。



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 元々レオンとしては、旧態依然とした国々と積極的に交易することに、さほど意義は見出せなかった。
 むしろ、彼らの価値観を持ち込まれることへの警戒心の方が強い。
 しかし、いつまでも鎖国しているわけにはいかなかった。
 この星には、まだ救われていない人々が無数にいる。
 奴隷として虐げられている者や貧困に喘ぐ者、才能を認められず腐らせている者。
 彼らを一人でも多く救うためには、この国の存在を、その価値を、世界に知らしめなければならない。
 今日こそが、その第一歩だ。
 この先進的な国を見せつけて、この星の文化レベルをアップデートさせる――そのきっかけを掴む、絶好の機会なのだ。
               ◇
 レスタリア王国の首都、王都――――。
 その壮麗な王宮の前に広がる石畳の広場で、国王レスター三世は腕を組んで立っていた。
 傍らには、隣国グロリアス聖王国から派遣された枢機卿の姿もある。
 二人とも広場の入り口を見つめている。
「どんな馬車で来るつもりじゃろうな?」
 レスター三世は、白く伸びた顎髭を撫でながら、訝しげに枢機卿に問いかけた。
 その声には、隠しきれない侮蔑が滲んでいる。
「ド田舎の新興国の馬車など、どうせ大したものではないでしょう」
 枢機卿は皺の刻まれた顔を撫でながら、同調するように頷いた。
「ただ……気がかりなのは、彼の国へはまともな街道すらないということです。普通なら一ヵ月はかかる道のりを、いったいどうするつもりなのか……」
「ふんっ!」
 レスター三世は大きく鼻を鳴らした。
「事務|方《かた》の連中が、行って会った方がいいなどと抜かすから出向いてやるが……。ろくなことにならなさそうで、まったく気が重いわい」
 国王は大きな溜め息をついた。
 正直なところ、彼はこの招待を断りたかった。
 冒険者が作ったという奴隷と貧民だらけの国。
 そんな得体の知れない場所に、一国の王が足を運ぶなど、本来ならばあり得ない話だ。
 しかし、近頃の不穏な噂の数々が、彼を突き動かしていた。
 ――あの国は、魔法を超えた力を持っているらしい。
 ――夜空を染める光は、神の奇跡に匹敵するという。
 ――あそこへ逃げ出した者たちは、二度と戻ってこない。
 無視を続けることは、もはやできなかった。
 その時だった。
 ゴォォォォと聞き慣れない轟音が、どこからか響いてきた。
「な、なんじゃ、この音は!?」
 レスター三世は思わず身構えた。
 護衛の騎士たちが、即座に剣を抜いて国王の周囲を固める。
 見回せば青空の彼方に、何やら銀色に輝く物体が近づいてくるのが見えた。
 キラキラと日の光を反射しながら、信じられない速度で、まっすぐにこちらへ向かってくる。
「ま、魔物か!?」
 レスター三世の声が裏返った。
「翼竜の変異種ではないでしょうな……!?」
 枢機卿も、杖を握りしめて身構える。
 その異様な飛行物体に、広場にいた全員が色めき立った。
 騎士団長は剣に手をかけ、鋭い眼光で空を睨みつける。
「陛下、お下がりください! 迎撃の準備を――――」
 しかし――。
 物体が近づいてくるにつれ、その全貌が明らかになっていった。
 純白の機体。
 鋭く張り出した翼。
 そして、その翼には見覚えのある紋章が輝いていた。
 剣に星の大アルカナ王国の国旗。
「ま、まさか……あれが……?」
 レスター三世の声が震えた。
 一同は、ただただ呆然と空を見上げるしかなかった。
 馬車でも寄越すのかと思っていたら、空から純白の鳥が飛んできたのだ。
               ◇
 それは、レヴィアが用意したシャトルだった。
 元々は海王星の軌道で運用されていた保守用の機体だったが、彼女が「ちょっと拝借」してきたのだ。
 純白の小型宇宙船は、一度轟音を響かせながら一行の頭上を高速で通過した。
 その衝撃波で、広場の旗が激しくはためく。
 侍女たちの悲鳴が上がり、兵士たちは反射的に膝をついた。
 シャトルはゆったりと弧を描きながら旋回し、徐々に速度を落としていく。
 そして最後は、ジェットエンジンの轟音を響かせながら、ゆっくりと広場の中央に降りてくる――――。
「な、なんじゃこりゃぁ……」「おわぁぁぁ……」
 レスター三世も枢機卿も言葉を失った。
 シャトルはズンと重い音を立てながら着陸する。
 キィィィィィィンーー。
 甲高いエンジン音が徐々に収まっていく。
 熱気がカゲロウのように立ち上り、周囲の空気が揺らめいた。
 全員が息を呑んで見守る中。ガチャッ、とドアが開き、純白のタラップが音もなく降りてくる。
 呆然と立ち尽くす一行の前に現れたのは――。
 クリーム色の法衣に身を包んだ、金髪の女性だった。
 陽光のように輝くツーサイドアップの髪。
 慈愛に満ちた空色の瞳。
 誰が見ても聖女と見間違えるほどの美貌が、そこにあった。
 ミーシャ・アルカナ。
 大アルカナ王国の「聖女」の異名を持つ王妃である。