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第2回

ー/ー



「……なら、さっさと連れて行けばどうだ? 先のように間隙(かんげき)を開けば、主の面前だろうがすぐさま移動できるんだろう」

 魅魎が利己意識の塊であることは百も承知しており、どういった返答が返ってくるかもおおよそ見当がついていたが、樋槻のあまりに手前勝手な言いようへの腹立たしさから、つい言い返してしまう。

 憎々しい気持ちをつめこんだその棘だらけの非難を、案の定、樋槻は鼻で笑った。

「できるさ。今だってときどき拝謁に行ってるもん、俺。でも、わがきみがお望みなのは、()()()()()()()たどりつくことだ。
 それに反することを、配下の俺がするとでも?」

 ――ああ、そうかい!

「でもほんと、なにが悲しくってこの俺が人間のお守りなんかしなくちゃいけないんだか。わがきみのご命令ででもなけりゃ、だれがするもんか。いい迷惑だ。
 わがきみを断つだって? ああばからしい。
 おまえなんか、あの場で切り刻まれちまってりゃよかったんだ。そうしたら俺だって、こんなつまんない役務なんか、申し付けられずにすんでたのに」

 などといった悪態を聞こえよがしにつぶやきながら間隙を開き、樋槻は再び姿を消した。あの様子では転移した先でもさんざん愚痴っていることだろう。

 どこまでも追って、絶対断ってやると宣言したのはたしかにこっちだが、案内役をくれと言った覚えはない。ひとの決意を遊びと同列化し、勝手に自分たちでルールをとりきめて押しつけてきたくせに、あのばかときたら口を開けば文句ばかりだ。

 望みもしないのにそれを毎日聞かされる理不尽さを思うとあまりいい気分ではないけれど、とにもかくにも傍らからいなくなったことに全身で息をつき、脱力すると、倒れこむように穴に背を押しつけた。

 ひんやりした砂地に指先を這わせると、また振動が伝わってきた。
 樋槻が砂虫を相手に遊んでいるのだ。
 地中深く移動する虫を宙で察知し、通り道へ向けて力を放つ。当たりなら肉片まじりの砂が降り、はずれれば砂だけが落ちてくる。それを楽しんでいるわけだ。

 主君の魅魔によって創られて、まだ半年も経たない魘魅(えんみ)には、知識はあっても経験がなく、まだまだ世界は新鮮な驚きの対象なのだろう。

 どおん、どおんと振動音は続く。今度は先よりも大分近い。
 きっと、わざとやっているのだ。はかどらない道程に、よほど鬱憤(うっぷん)がたまっているとみえる。

 子どもっぽいいやがらせ。無益な殺生はよせと言いたいが、言ってきく相手じゃないし、ストレス解消バラバラ殺戮(さつりく)の対象が人間に移る可能性も十分あり得るので、とりあえず黙認するしかない。

(…………違う。そんな理由じゃない……)

 寝返りを打って、震源地に背を向ける。

(あたしは、あいつとの関わりを極力もたないようにしたいと考えてるだけ)

 なにもかも忘れはて、見惚れてしまいそうになる麗姿。耳になじんだ、胸の底深くしみ入ってくる心地よい声音。
 全部あの人のもので、あいつは死んだあの人から奪っただけだと分かっているのに、それでもときおり惹きつけられる。
 でもその直後、あの人であれば絶対にしない表情や、口汚い言葉にますます憎しみがたぎって、行き場を求めて荒れ狂う。

 現実は残酷だった。一片の容赦もなく、無情で苛酷。
 だが、だれもに平等である分、まだ救いもある。
 それにまして悪趣味なのは、あの人を殺した魅魔のほう。あの人を殺し、内にあんな低劣極まりないばかを放りこんで、自分の根城までの案内役に仕立てた。

 まだ地図を渡されたほうがマシだ!

 魅魎が、己のありあまる力を移送して配下の者を創ることは知っている。けれど、それをなにもあの人ですることはないじゃないか!

 容姿のほうはまだいい。あの人はあんな、黒曜の瞳も、闇色の膚も、漆黒の髪もしていなかった。面も、目に入れさえしなければすむ。でも声は、声だけは、どうにもできない……。
 鼻の奥にツンときて、目をおおう。

「考えちゃだめ。もう、眠らないと……」

 陽が沈む夕方になれば、いやでもあいつがたたき起こしてくれる。
 進みが遅いとしきりに言うが、砂漠移動用動物も手に入れられず、正規ルートも通れない、こんな無謀な旅をしなければならない原因が自分にあることを、あいつは分かっているんだろうか?

 どんなに気を損ねようと絶対に殺されない保証――それはレンにしかない。

 かといってこのままというわけにもいかなかった。
 樋槻がいない間に商隊に接触して、短剣と交換で食糧を手に入れたがそれももう残り少ない。
 シロエの町と樋槻は言った。とすると、ヒルカの町は迂回することになるわけだ。シロエまではどんなに急いでも6日はかかる。

「いよいよこれを売らなくちゃいけなくなるかも」

 ふうとため息をついて胸元に手をやり、その下に下げた金鎖を思う。
 うまく交渉すれば2日分くらいにはなるだろう。きりつめれば3~4日は大丈夫。あとは破魔の剣しかないけど、これだけは絶対に手放せないし……。

「ああ、やだやだ。休みだすと途端、頭痛くなることばかり次々浮かんでくるんだから。
 今はとにかく少しでも寝なくちゃ。ただでさえきつい旅なのに、これで体調を崩したらそれこそドライアップだわ」

 いやな考えを追い出すように、首を振って目を閉じる。
 眠るのはきらいじゃなかった。たとえ目覚めという残酷な別れが待っていようと、もう夢の中でしか逢えない人なのだから……。


◆◆◆


 夢の中で、レンは鬱蒼としげった深緑の木々をかきわけてだれかを探していた。はらってもはらっても執拗に前をふさぐ枝々に腹をたて、腰に手をあてる。

「もおっ! 邪魔しないでよあんたたちっ」

 憤慨しまくって言うが、動物以上に意志の疎通というものを欠く植物相手に都合を主張しても意味はない。

「いいわよ! あたしだって勝手にさせてもらうからっ。それで枝折れたりとか傷ついたって知らないわよ!」

 胸いっぱい空気を吸いこんで、再度挑戦とばかりに手を出す。
 今度は少し手荒な動作でしげみを掻きわけようとしたとき。手首が、後ろから伸びた手に優しくつかまれて止められた。

「そんな乱暴をして。傷つくのはきみの手のほうだよ、レン」

 優しくさとしてくる、穏やかな声。
 レンは笑顔で振り返り、彼の名を呼んで抱きついた。

「どうしたの? 今時分こんな場所で」
「あなたを捜していたのよ、この辺りで見かけたって聞いたから」

 答えつつ、首のあたりをごそごそする。気が()ってもたつく指先でどうにか引っ張り出したのは、細い金の鎖だった。

 きらきら木漏れ陽を弾くそれを目にした途端、ぱっと彼も表情を明るくする。

「最終実技試験、合格したんだねっ。それも金なんて。銀だってなかなかもらえないのに、すごいじゃないか!」
「そうよ。前期全部で10人いなかったんだって。もうびっくりして……一刻も早くあなたに見せたくて、式を途中で抜け出してきちゃった」

 褒めて褒めて、と胸を張るレンに、くすくす笑う。

「うん、えらい。頑張ったね。これできみも立派に上級退魔剣士だ。もういつだって出立できるよ」
「あら? まだよ。まだ肝心の魔断がいないもの。あなたと感応しなくちゃどこにも行けないわ。……行かないわ、絶対」

 とても大切なことを言うようにささやく。自然と笑みがこみあげて、笑顔で互いを抱きあって喜びを分かち合った。
 彼の清廉な赤い瞳を覗きこみ、そこに間違いなく自分が映っていることをたしかめる。それだけで、甘い幸福感が満ちてくる。

 腰にまわされた手。ほかに何もいらないと、あらためて思った。この人と比べられるものなどこの世に存在し得ないのだから。

「見てて、あたし絡対あなたと感応してみせるから。金をとったからには大国と契約して、王都守護の任につくのだって夢――」

 そこでふと口をとめ、きょろきょろ周りへ視線をとばした。当然ながらそこにあるのは木としげみでどこからも気配はしない。

「なに?」
「……ううん、なんでもない。鈴か何かの音を聞いた気がしたの。でも、気のせいだったみたいね」

 せっかくの楽しいひとときを邪魔されたくない――おそらくはそんな気持ちが優先してしまったのだろう。答えるなり、レンはさっさと警戒を散らしてしまった。

 しかし鈴の音は確かに、しかも恰好の獲物を見つけた肉食獣の視線とふくみ笑い付きで、していたのである……。


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「……なら、さっさと連れて行けばどうだ? 先のように|間隙《かんげき》を開けば、主の面前だろうがすぐさま移動できるんだろう」
 魅魎が利己意識の塊であることは百も承知しており、どういった返答が返ってくるかもおおよそ見当がついていたが、樋槻のあまりに手前勝手な言いようへの腹立たしさから、つい言い返してしまう。
 憎々しい気持ちをつめこんだその棘だらけの非難を、案の定、樋槻は鼻で笑った。
「できるさ。今だってときどき拝謁に行ってるもん、俺。でも、わがきみがお望みなのは、|お《・》|ま《・》|え《・》|が《・》|自《・》|力《・》|で《・》たどりつくことだ。
 それに反することを、配下の俺がするとでも?」
 ――ああ、そうかい!
「でもほんと、なにが悲しくってこの俺が人間のお守りなんかしなくちゃいけないんだか。わがきみのご命令ででもなけりゃ、だれがするもんか。いい迷惑だ。
 わがきみを断つだって? ああばからしい。
 おまえなんか、あの場で切り刻まれちまってりゃよかったんだ。そうしたら俺だって、こんなつまんない役務なんか、申し付けられずにすんでたのに」
 などといった悪態を聞こえよがしにつぶやきながら間隙を開き、樋槻は再び姿を消した。あの様子では転移した先でもさんざん愚痴っていることだろう。
 どこまでも追って、絶対断ってやると宣言したのはたしかにこっちだが、案内役をくれと言った覚えはない。ひとの決意を遊びと同列化し、勝手に自分たちでルールをとりきめて押しつけてきたくせに、あのばかときたら口を開けば文句ばかりだ。
 望みもしないのにそれを毎日聞かされる理不尽さを思うとあまりいい気分ではないけれど、とにもかくにも傍らからいなくなったことに全身で息をつき、脱力すると、倒れこむように穴に背を押しつけた。
 ひんやりした砂地に指先を這わせると、また振動が伝わってきた。
 樋槻が砂虫を相手に遊んでいるのだ。
 地中深く移動する虫を宙で察知し、通り道へ向けて力を放つ。当たりなら肉片まじりの砂が降り、はずれれば砂だけが落ちてくる。それを楽しんでいるわけだ。
 主君の魅魔によって創られて、まだ半年も経たない|魘魅《えんみ》には、知識はあっても経験がなく、まだまだ世界は新鮮な驚きの対象なのだろう。
 どおん、どおんと振動音は続く。今度は先よりも大分近い。
 きっと、わざとやっているのだ。はかどらない道程に、よほど|鬱憤《うっぷん》がたまっているとみえる。
 子どもっぽいいやがらせ。無益な殺生はよせと言いたいが、言ってきく相手じゃないし、ストレス解消バラバラ|殺戮《さつりく》の対象が人間に移る可能性も十分あり得るので、とりあえず黙認するしかない。
(…………違う。そんな理由じゃない……)
 寝返りを打って、震源地に背を向ける。
(あたしは、あいつとの関わりを極力もたないようにしたいと考えてるだけ)
 なにもかも忘れはて、見惚れてしまいそうになる麗姿。耳になじんだ、胸の底深くしみ入ってくる心地よい声音。
 全部あの人のもので、あいつは死んだあの人から奪っただけだと分かっているのに、それでもときおり惹きつけられる。
 でもその直後、あの人であれば絶対にしない表情や、口汚い言葉にますます憎しみがたぎって、行き場を求めて荒れ狂う。
 現実は残酷だった。一片の容赦もなく、無情で苛酷。
 だが、だれもに平等である分、まだ救いもある。
 それにまして悪趣味なのは、あの人を殺した魅魔のほう。あの人を殺し、内にあんな低劣極まりないばかを放りこんで、自分の根城までの案内役に仕立てた。
 まだ地図を渡されたほうがマシだ!
 魅魎が、己のありあまる力を移送して配下の者を創ることは知っている。けれど、それをなにもあの人ですることはないじゃないか!
 容姿のほうはまだいい。あの人はあんな、黒曜の瞳も、闇色の膚も、漆黒の髪もしていなかった。面も、目に入れさえしなければすむ。でも声は、声だけは、どうにもできない……。
 鼻の奥にツンときて、目をおおう。
「考えちゃだめ。もう、眠らないと……」
 陽が沈む夕方になれば、いやでもあいつがたたき起こしてくれる。
 進みが遅いとしきりに言うが、砂漠移動用動物も手に入れられず、正規ルートも通れない、こんな無謀な旅をしなければならない原因が自分にあることを、あいつは分かっているんだろうか?
 どんなに気を損ねようと絶対に殺されない保証――それはレンにしかない。
 かといってこのままというわけにもいかなかった。
 樋槻がいない間に商隊に接触して、短剣と交換で食糧を手に入れたがそれももう残り少ない。
 シロエの町と樋槻は言った。とすると、ヒルカの町は迂回することになるわけだ。シロエまではどんなに急いでも6日はかかる。
「いよいよこれを売らなくちゃいけなくなるかも」
 ふうとため息をついて胸元に手をやり、その下に下げた金鎖を思う。
 うまく交渉すれば2日分くらいにはなるだろう。きりつめれば3~4日は大丈夫。あとは破魔の剣しかないけど、これだけは絶対に手放せないし……。
「ああ、やだやだ。休みだすと途端、頭痛くなることばかり次々浮かんでくるんだから。
 今はとにかく少しでも寝なくちゃ。ただでさえきつい旅なのに、これで体調を崩したらそれこそドライアップだわ」
 いやな考えを追い出すように、首を振って目を閉じる。
 眠るのはきらいじゃなかった。たとえ目覚めという残酷な別れが待っていようと、もう夢の中でしか逢えない人なのだから……。
◆◆◆
 夢の中で、レンは鬱蒼としげった深緑の木々をかきわけてだれかを探していた。はらってもはらっても執拗に前をふさぐ枝々に腹をたて、腰に手をあてる。
「もおっ! 邪魔しないでよあんたたちっ」
 憤慨しまくって言うが、動物以上に意志の疎通というものを欠く植物相手に都合を主張しても意味はない。
「いいわよ! あたしだって勝手にさせてもらうからっ。それで枝折れたりとか傷ついたって知らないわよ!」
 胸いっぱい空気を吸いこんで、再度挑戦とばかりに手を出す。
 今度は少し手荒な動作でしげみを掻きわけようとしたとき。手首が、後ろから伸びた手に優しくつかまれて止められた。
「そんな乱暴をして。傷つくのはきみの手のほうだよ、レン」
 優しくさとしてくる、穏やかな声。
 レンは笑顔で振り返り、彼の名を呼んで抱きついた。
「どうしたの? 今時分こんな場所で」
「あなたを捜していたのよ、この辺りで見かけたって聞いたから」
 答えつつ、首のあたりをごそごそする。気が|急《せ》ってもたつく指先でどうにか引っ張り出したのは、細い金の鎖だった。
 きらきら木漏れ陽を弾くそれを目にした途端、ぱっと彼も表情を明るくする。
「最終実技試験、合格したんだねっ。それも金なんて。銀だってなかなかもらえないのに、すごいじゃないか!」
「そうよ。前期全部で10人いなかったんだって。もうびっくりして……一刻も早くあなたに見せたくて、式を途中で抜け出してきちゃった」
 褒めて褒めて、と胸を張るレンに、くすくす笑う。
「うん、えらい。頑張ったね。これできみも立派に上級退魔剣士だ。もういつだって出立できるよ」
「あら? まだよ。まだ肝心の魔断がいないもの。あなたと感応しなくちゃどこにも行けないわ。……行かないわ、絶対」
 とても大切なことを言うようにささやく。自然と笑みがこみあげて、笑顔で互いを抱きあって喜びを分かち合った。
 彼の清廉な赤い瞳を覗きこみ、そこに間違いなく自分が映っていることをたしかめる。それだけで、甘い幸福感が満ちてくる。
 腰にまわされた手。ほかに何もいらないと、あらためて思った。この人と比べられるものなどこの世に存在し得ないのだから。
「見てて、あたし絡対あなたと感応してみせるから。金をとったからには大国と契約して、王都守護の任につくのだって夢――」
 そこでふと口をとめ、きょろきょろ周りへ視線をとばした。当然ながらそこにあるのは木としげみでどこからも気配はしない。
「なに?」
「……ううん、なんでもない。鈴か何かの音を聞いた気がしたの。でも、気のせいだったみたいね」
 せっかくの楽しいひとときを邪魔されたくない――おそらくはそんな気持ちが優先してしまったのだろう。答えるなり、レンはさっさと警戒を散らしてしまった。
 しかし鈴の音は確かに、しかも恰好の獲物を見つけた肉食獣の視線とふくみ笑い付きで、していたのである……。