第28話【魔王編】〝退屈なハッピーエンド〟魔王が愛でるのは、死せる人形か、生きる不純物か
ー/ー第28話【魔王編】〝退屈なハッピーエンド〟魔王が愛でるのは、死せる人形か、生きる不純物か
「……魔王様。帰還いたしました」
魔王城の謁見の間は、もはや〝間〟としての体をなしていなかった。
中央の天井には、巨大な隕石でも通り抜けたかのような大穴が開き、そこから不気味なほど美しい月光が差し込んでいる。
その破壊の跡に、漆黒の騎士服をボロボロにさせたアレスが、砂埃まみれで膝をついていた。
「……奴を仕留めるどころか、またしても〝場外〟へ押し出されてしまいました」
「おかえりなさい、アレスちゃん。盛大に吹っ飛ばされたわね」
ひらひらと白衣をなびかせ、怪しい紫色の液体が入ったフラスコを振る女性が近づいてくる。魔王軍の錬金術師、ベラドンナだ。
「私の計算では、あの角度ならあと30メートルは飛べたはずよ。新作の〝超・魔界プロテインEX〟飲む?筋肉が爆発してもっと飛べるわよ?」
「アレス様!ご無事で!」
ガシャガシャと音を立てて駆け寄ってきたのは、魔王軍の最下層を支えるスケルトン兵たちだ。
彼らは自分たちの肋骨を接着剤で補強しながら、テラに壊された城の瓦礫を健気に片付けている。
「やめろ!骨が城の備品に混ざると在庫管理が狂うだろ!」
帳簿を片手に怒鳴り散らしているのは、管理部長のカペラだ。
「酷すぎる……。この修理費、いったいどこから出せと……!今月の軍事費はもう、アレスのパン焼き窯の燃料代で底をついている!」
彼女は半壊した天井を見上げ、真っ青な顔で震えている。
「あの暴力勇者が壊した噴水、柱、そしてこの天井!どれだけ修理費が嵩むと思っているんだ!減価償却費を無視するのもいい加減にしてくれ!」
その喧騒の傍らで、モノクルの眼鏡をクイッと押し上げたのは、広報官兼言語学者のナブーである。
「カペラ殿、これは〝破壊〟ではない。勇者による〝物理的な宇宙の概念再構築〟と呼ぶべきだ。……実に非論理的で美しい」
――ドゴォォォォォォン!!
そこに一人の女の子が壁を突き破って現れた。
「みんな、聞いて!我が最高傑作、対勇者用・自動修復壁〝試作第99号〟が完成したよ〜!」
自称・兵器局長のメルクリアが、歯車とボルトが飛び出した怪しげな板を掲げる。
「これさえあれば、あの勇者の拳も跳ね返して!……あ、スイッチが……」
――ボォォォォォォン!!
次の瞬間、板は火を噴いて自爆し、メルクリアは黒焦げになって倒れ込んだ。
「……あの、報告が。……誰もボクに気づかない……悲しい」
あまりの影の薄さに、誰もアルファルドに気づいていない。
「……気にするな、カペラ。風通しが良くなって丁度いい」
魔王ユピテルは、玉座に深く腰掛けたまま、その喧騒を遠い目で見つめていた。
「それよりも、アレス。あの勇者はどうだった。彼女は、神が定めた〝正しい勇者の振る舞い〟に、少しは歩み寄っていたか?」
「……いえ。奴は、政府が仕掛けた呪具を、ただの〝怒り〟だけで握りつぶしました。あんなもの、どの魔術体系にも、どの教典にもありません。デタラメです」
「……そうか。やはり彼女は、この世界に投げ込まれた〝小石〟だな」
魔王はゆっくりと立ち上がった。その纏う空気が一変し、家臣たちは一斉に沈黙して道を開ける。
「アレス、ついてこい。お前に、私の〝仕事〟を手伝ってもらおう」
魔王に促され、アレスは城の最深部、重厚な封印が施された地下保管庫へと足を踏み入れた。
誰も入ることを許されない、真空のように静まり返った冷たく重苦しい空間。
アレスは息を呑む。
そこには、十数体もの彫刻が、等間隔に並んだ台座の上で精巧な〝人形〟のように静止していた。
「魔王様、これは……?捕虜、にしては美しすぎますが。歴代の功労者たちの彫像……でしょうか?」
それらはどれも、禍々しい角や翼、あるいは異形の四肢を持つ、見るからに強大な魔族の姿をしていた。
だが、その瞳には光がなく、ただの硝子玉のように虚空を見つめている。
「……役目を終えた、人形だよ」
魔王は、その中の一体、端正な顔立ちの人形の頬を銀の布で静かに拭い始めた。
「彼らは皆、優秀だった。約束された戦いを演じ、決められた運命を受け入れ、静かにここで眠りについている」
魔王の手つきは、壊れたアンティークを慈しむようでもあり、同時に、使い古された「備品」を点検するようでもあった。
「……だが、私はこの結末の繰り返しに飽きている。誰もが同じ場所を目指し、最後には同じ〝虚無〟へと辿り着く。この世界の完璧すぎる〝予定調和〟にな」
人形の虚ろな瞳が、アレスを映し出している。そこには、過去に何が起きたのかという形跡すら残っていない。
「……虚無、ですか。魔王軍がいつか必ず勝利する、黄金の未来を求めておられるのでしょうか?」
魔王は答えず、ただ人形の乱れた襟元を整え、その冷たい肌を磨き続ける。
「アレス。お前はもう一度、あの勇者に会いに行け。戦いでもパンでも構わん。彼女という〝不純物〟が、この世界をどう掻き乱してくれるか。その一部始終を見てくるのだ」
「はっ……!つまり、私の〝闇(あん)パン〟の不純な甘みで、世界ごと奴を染め上げろということですね!承知いたしました!」
アレスは、魔王の言葉を自分なりに超解釈し、再び闘志を燃やして保管庫を去っていった。
一人残された魔王ユピテルは、磨き上げた人形の隣に腰を下ろし、ぽつりと独り言を漏らした。
「テラ……そしてアレス。お前たちなら、この永劫に続く〝退屈なハッピーエンド〟の世界を、粉々に砕いてくれるのか?」
魔王の独り言に、静止した人形たちが答えることはなかった。
「……魔王様。帰還いたしました」
魔王城の謁見の間は、もはや〝間〟としての体をなしていなかった。
中央の天井には、巨大な隕石でも通り抜けたかのような大穴が開き、そこから不気味なほど美しい月光が差し込んでいる。
その破壊の跡に、漆黒の騎士服をボロボロにさせたアレスが、砂埃まみれで膝をついていた。
「……奴を仕留めるどころか、またしても〝場外〟へ押し出されてしまいました」
「おかえりなさい、アレスちゃん。盛大に吹っ飛ばされたわね」
ひらひらと白衣をなびかせ、怪しい紫色の液体が入ったフラスコを振る女性が近づいてくる。魔王軍の錬金術師、ベラドンナだ。
「私の計算では、あの角度ならあと30メートルは飛べたはずよ。新作の〝超・魔界プロテインEX〟飲む?筋肉が爆発してもっと飛べるわよ?」
「アレス様!ご無事で!」
ガシャガシャと音を立てて駆け寄ってきたのは、魔王軍の最下層を支えるスケルトン兵たちだ。
彼らは自分たちの肋骨を接着剤で補強しながら、テラに壊された城の瓦礫を健気に片付けている。
「やめろ!骨が城の備品に混ざると在庫管理が狂うだろ!」
帳簿を片手に怒鳴り散らしているのは、管理部長のカペラだ。
「酷すぎる……。この修理費、いったいどこから出せと……!今月の軍事費はもう、アレスのパン焼き窯の燃料代で底をついている!」
彼女は半壊した天井を見上げ、真っ青な顔で震えている。
「あの暴力勇者が壊した噴水、柱、そしてこの天井!どれだけ修理費が嵩むと思っているんだ!減価償却費を無視するのもいい加減にしてくれ!」
その喧騒の傍らで、モノクルの眼鏡をクイッと押し上げたのは、広報官兼言語学者のナブーである。
「カペラ殿、これは〝破壊〟ではない。勇者による〝物理的な宇宙の概念再構築〟と呼ぶべきだ。……実に非論理的で美しい」
――ドゴォォォォォォン!!
そこに一人の女の子が壁を突き破って現れた。
「みんな、聞いて!我が最高傑作、対勇者用・自動修復壁〝試作第99号〟が完成したよ〜!」
自称・兵器局長のメルクリアが、歯車とボルトが飛び出した怪しげな板を掲げる。
「これさえあれば、あの勇者の拳も跳ね返して!……あ、スイッチが……」
――ボォォォォォォン!!
次の瞬間、板は火を噴いて自爆し、メルクリアは黒焦げになって倒れ込んだ。
「……あの、報告が。……誰もボクに気づかない……悲しい」
あまりの影の薄さに、誰もアルファルドに気づいていない。
「……気にするな、カペラ。風通しが良くなって丁度いい」
魔王ユピテルは、玉座に深く腰掛けたまま、その喧騒を遠い目で見つめていた。
「それよりも、アレス。あの勇者はどうだった。彼女は、神が定めた〝正しい勇者の振る舞い〟に、少しは歩み寄っていたか?」
「……いえ。奴は、政府が仕掛けた呪具を、ただの〝怒り〟だけで握りつぶしました。あんなもの、どの魔術体系にも、どの教典にもありません。デタラメです」
「……そうか。やはり彼女は、この世界に投げ込まれた〝小石〟だな」
魔王はゆっくりと立ち上がった。その纏う空気が一変し、家臣たちは一斉に沈黙して道を開ける。
「アレス、ついてこい。お前に、私の〝仕事〟を手伝ってもらおう」
魔王に促され、アレスは城の最深部、重厚な封印が施された地下保管庫へと足を踏み入れた。
誰も入ることを許されない、真空のように静まり返った冷たく重苦しい空間。
アレスは息を呑む。
そこには、十数体もの彫刻が、等間隔に並んだ台座の上で精巧な〝人形〟のように静止していた。
「魔王様、これは……?捕虜、にしては美しすぎますが。歴代の功労者たちの彫像……でしょうか?」
それらはどれも、禍々しい角や翼、あるいは異形の四肢を持つ、見るからに強大な魔族の姿をしていた。
だが、その瞳には光がなく、ただの硝子玉のように虚空を見つめている。
「……役目を終えた、人形だよ」
魔王は、その中の一体、端正な顔立ちの人形の頬を銀の布で静かに拭い始めた。
「彼らは皆、優秀だった。約束された戦いを演じ、決められた運命を受け入れ、静かにここで眠りについている」
魔王の手つきは、壊れたアンティークを慈しむようでもあり、同時に、使い古された「備品」を点検するようでもあった。
「……だが、私はこの結末の繰り返しに飽きている。誰もが同じ場所を目指し、最後には同じ〝虚無〟へと辿り着く。この世界の完璧すぎる〝予定調和〟にな」
人形の虚ろな瞳が、アレスを映し出している。そこには、過去に何が起きたのかという形跡すら残っていない。
「……虚無、ですか。魔王軍がいつか必ず勝利する、黄金の未来を求めておられるのでしょうか?」
魔王は答えず、ただ人形の乱れた襟元を整え、その冷たい肌を磨き続ける。
「アレス。お前はもう一度、あの勇者に会いに行け。戦いでもパンでも構わん。彼女という〝不純物〟が、この世界をどう掻き乱してくれるか。その一部始終を見てくるのだ」
「はっ……!つまり、私の〝闇(あん)パン〟の不純な甘みで、世界ごと奴を染め上げろということですね!承知いたしました!」
アレスは、魔王の言葉を自分なりに超解釈し、再び闘志を燃やして保管庫を去っていった。
一人残された魔王ユピテルは、磨き上げた人形の隣に腰を下ろし、ぽつりと独り言を漏らした。
「テラ……そしてアレス。お前たちなら、この永劫に続く〝退屈なハッピーエンド〟の世界を、粉々に砕いてくれるのか?」
魔王の独り言に、静止した人形たちが答えることはなかった。
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