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第63話 鬼に名を

ー/ー



 道を往来するものにとっては死角となるここでなら、周りの目を気にせずに会話を交わすことが可能だった。

 男にとってはもちろんのこと、京極家の名前を背負う御言にとっても鬼と隣り合う状況は誰にも知られるわけにはいかない。

「私は、京極御言。伝統あるあやかし退治を生業とする京極家の人間だ。歳は今年で十五になる」

 そう、忌まわしき十五の歳。京極家の者は、十五になると各々の能力に応じた職務を決められる。基本的に一生変わることのない職務を。身体能力に優れ、結界陣の扱いに長けたものは大きく上段、中段、下段に分かれる実戦部隊へ、実戦にそぐわないと認められたものは事務職や世話役に回る。

 幼い頃から才能を発揮していた御言は、そのなかでも特別な最上段、そして次期当主への道が半ば約束されていた。

「京極……御言……」

「そうだ。仰々しい名前だろう。御言なんて神の使いにでもなったような名前だ」

 この名前のせいで、名前だけで、どれだけ周囲の人間から特別視されてきたことか。「あれは京極の子」「京極御言って呪いでもかけられそう」──瞬間、身体に染み付くほどの不躾な視線の嵐が蘇る。

 幼い頃から修行に明け暮れ、鳥籠の中で育てられた私は、物心ついたときにはもうすでに人と違う道を選択せざるを得なかった。どれだけ近付きたいと願っても、周りが離れていくのだから。京極家それ自体が妖怪みたいなものだ。

「確かに。だけど、君は京極御言っていう感じがする」

「……何を言ってる?」

「意志が強そうで力強くて。そんな感じの音の響きが君らしいというか。ただの第一印象に過ぎないけれどね」

 これには御言もポカンと口を開けることしかできなかった。微笑を浮かべたその男の表情からは、からかうでもなく実直に本当にそう思ったんだなということが見てとれた。

「お前、変わった奴と言われないか」

「どうだろう、わからない。こんなに話をすること自体が初めてのことだから」

 男は、柔らかく眉を広げて笑った。その表情の奥にある哀しみをしかし、御言は感じ取っていた。──そこにあるのはきっと。

「それに名前があるだけで羨ましいよ。名があるということは、他と自分がしっかり区分けされているってことだろう? 俺は、呼ばれたとしても『鬼』とか『妖怪』とか、その他大勢といっしょくたにした呼び方しかされないから」

「そうか──。そうだな、そしたら……」

 御言は頭を傾けると目を閉じた。こんなにも無防備な状態をさらけ出すとは、と自分自身に驚きながら。「鬼」に、そうだな弱々しいが、決して弱いわけではない。昔、梓が言っていた。「弱さを知り、悩める者こそが、最も強いのです」と。

「決めた」

 御言の切れ長の瞳が瞬いた。

「お前の名は。鬼の神にいつくしむ意味を持つ怜、そして強弱の強、|鬼神怜強(きしんれいじ)、だ。人を傷つけることを恐れる鬼にはピッタリな名だ」

「鬼神……怜強……」

 まるで自分の名前を初めて発見したときの子どものように、何度も何度も噛み締めるようにその名を呟いた怜強は、鬼には似つかわしくない大きな眸を、少年のそれのように輝かせた。

 ふと気が付けば、雨の音が止んでいた。

 そろそろ頃合いだ、と名残惜しそうにゆっくりと重い腰を上げると、御言は降り続いた雨で背を伸ばした雑草に絡まった傘を手に取り、怜強の額に手を当てた。

「これで私がいなくても鬼の力は弱まったはずだ。……しばらく、ここにいるのか?」

「そうだね。まだ一雨来そうだから。晴れ間が見えるまでは、きっと」

「そうか。では、また、怜強」

 濡れる心配もないのに傘に隠れた後ろ姿に向かって、怜強は大きく頷く。名を与えられた自分の存在を確認するように。

「ああ、また、御言」

 そうして怜強の元から御言は去っていった。少しぬかるんだ地を踏む足音が軽快なリズムを奏でる。橙色の街の灯が見えると、日常が少し火照った体を冷ましていくと同時に、一つわかったことがある。怜強と自分とは似ているんだということを。


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 道を往来するものにとっては死角となるここでなら、周りの目を気にせずに会話を交わすことが可能だった。
 男にとってはもちろんのこと、京極家の名前を背負う御言にとっても鬼と隣り合う状況は誰にも知られるわけにはいかない。
「私は、京極御言。伝統あるあやかし退治を生業とする京極家の人間だ。歳は今年で十五になる」
 そう、忌まわしき十五の歳。京極家の者は、十五になると各々の能力に応じた職務を決められる。基本的に一生変わることのない職務を。身体能力に優れ、結界陣の扱いに長けたものは大きく上段、中段、下段に分かれる実戦部隊へ、実戦にそぐわないと認められたものは事務職や世話役に回る。
 幼い頃から才能を発揮していた御言は、そのなかでも特別な最上段、そして次期当主への道が半ば約束されていた。
「京極……御言……」
「そうだ。仰々しい名前だろう。御言なんて神の使いにでもなったような名前だ」
 この名前のせいで、名前だけで、どれだけ周囲の人間から特別視されてきたことか。「あれは京極の子」「京極御言って呪いでもかけられそう」──瞬間、身体に染み付くほどの不躾な視線の嵐が蘇る。
 幼い頃から修行に明け暮れ、鳥籠の中で育てられた私は、物心ついたときにはもうすでに人と違う道を選択せざるを得なかった。どれだけ近付きたいと願っても、周りが離れていくのだから。京極家それ自体が妖怪みたいなものだ。
「確かに。だけど、君は京極御言っていう感じがする」
「……何を言ってる?」
「意志が強そうで力強くて。そんな感じの音の響きが君らしいというか。ただの第一印象に過ぎないけれどね」
 これには御言もポカンと口を開けることしかできなかった。微笑を浮かべたその男の表情からは、からかうでもなく実直に本当にそう思ったんだなということが見てとれた。
「お前、変わった奴と言われないか」
「どうだろう、わからない。こんなに話をすること自体が初めてのことだから」
 男は、柔らかく眉を広げて笑った。その表情の奥にある哀しみをしかし、御言は感じ取っていた。──そこにあるのはきっと。
「それに名前があるだけで羨ましいよ。名があるということは、他と自分がしっかり区分けされているってことだろう? 俺は、呼ばれたとしても『鬼』とか『妖怪』とか、その他大勢といっしょくたにした呼び方しかされないから」
「そうか──。そうだな、そしたら……」
 御言は頭を傾けると目を閉じた。こんなにも無防備な状態をさらけ出すとは、と自分自身に驚きながら。「鬼」に、そうだな弱々しいが、決して弱いわけではない。昔、梓が言っていた。「弱さを知り、悩める者こそが、最も強いのです」と。
「決めた」
 御言の切れ長の瞳が瞬いた。
「お前の名は。鬼の神にいつくしむ意味を持つ怜、そして強弱の強、|鬼神怜強(きしんれいじ)、だ。人を傷つけることを恐れる鬼にはピッタリな名だ」
「鬼神……怜強……」
 まるで自分の名前を初めて発見したときの子どものように、何度も何度も噛み締めるようにその名を呟いた怜強は、鬼には似つかわしくない大きな眸を、少年のそれのように輝かせた。
 ふと気が付けば、雨の音が止んでいた。
 そろそろ頃合いだ、と名残惜しそうにゆっくりと重い腰を上げると、御言は降り続いた雨で背を伸ばした雑草に絡まった傘を手に取り、怜強の額に手を当てた。
「これで私がいなくても鬼の力は弱まったはずだ。……しばらく、ここにいるのか?」
「そうだね。まだ一雨来そうだから。晴れ間が見えるまでは、きっと」
「そうか。では、また、怜強」
 濡れる心配もないのに傘に隠れた後ろ姿に向かって、怜強は大きく頷く。名を与えられた自分の存在を確認するように。
「ああ、また、御言」
 そうして怜強の元から御言は去っていった。少しぬかるんだ地を踏む足音が軽快なリズムを奏でる。橙色の街の灯が見えると、日常が少し火照った体を冷ましていくと同時に、一つわかったことがある。怜強と自分とは似ているんだということを。