29話 思い込み

ー/ー








 今戦闘に参加できるのは俺とクラリスの二人だけだ。
 二人で高位生命体である魔人を打ち倒さなければならない。
 どう考えても人間が成し遂げるには不安が残った。

 武力国が極限まで鍛え上げた、勇者パーティなる魔王暗殺集団でさえ四人以上は必要だ。
 鍛え上げた兵士ならおよそ二〇人で陣形を組み、物量で畳み掛ける必要がある。
 なぜそこまでの人手が必要かといえば、まず持ち前の生命力の差が目に付く。数が揃わなければまず勝ち目はなく、ただ犬死にするからだ。

 それが人間と魔人の間で決して覆せない、絶対的理不尽な実力差である。

 それを今から俺とクラリス二人で覆さなければならない。
 アントンという男は気が気じゃないだろう。ただの中級魔獣を相手にするだけで死にかけたんだ。魔人はその比じゃない。
 情けない話、俺が一番不安だった。

「クラリス! 一撃でもあいつの攻撃は食らうな!」
「それ、おでこを小突かれるのもだめかしら?」
「尻叩かれようが足で小突かれようが絶対ダメだ! 竜を相手にしてると思え! そのくらいが丁度いい!」

 つまり、防御をしてもいけない。
 俺が竜人の魔法を真似したとしても、ビンタ一つで防御壁は簡単に砕かれるのだ。
 もし防御をしようと思うなら、それは体のどこかを捧げることを意味する。
 人間は皆が思っているよりかなり脆い生き物だ。

「私の呪法を避けきれると思っているのですか? 人間のくせに」

 ジェイトリックの声には聞く者が不安になるほどのプレッシャーがあった。
 それを真っ向から否定したのは、自尊心の塊のクラリスである。

「避ける? そんな必要無いわ」

 愛用の杖――砕いた魔石を混ぜた白い杖――を構える。

「攻撃させなきゃいいんでしょう?」

 俺が見たのは、中等部昇格試験とは比べ物にならない魔術の弾幕だった。
 ただ魔力の塊を練って弾丸にしているのではない。
 光の帯が幾重にも虚空を走り、広い空間を取り囲む。そこから退魔の力を宿した矢が錬成された。

 射出に予備動作も規則性も無い。
 各々が自由な軌道を描き、ジェイトリックめがけて次々と殺到した。
 ジェイトリックの周囲で発生した黒い煙が急速に増幅する。そのまま矢を呑み込むと、煙ごと消失した。魔人が持つ魔法障壁の類だ。
 退魔の力と魔人の力が衝突し、互いに打ち消し合う。
 それでも矢は無限に放たれていく。

「この空間、かなり丈夫ね」

 ダンジョンに伝わる衝撃を確認しながら、クラリスの放つ退魔の矢は出力と数を徐々に増やしていった。
 最初の一撃はダンジョンの崩落を気にしていたらしい。どこまで気をまわしているのかわからないが、クラリスに余裕があることだけは分かった。
 彼女の魔術を見て、国お抱えの魔導特攻部隊が一斉掃射した火弾を思い出した。
 コイツは一人でおよそ一〇人の成人が扱う魔術出力を実現している。
 厳密には魔力量が怪物級というわけではなく、いくつもの魔術回路を組み合わせて質量を増大させているようだが、魔術書に落とし込むなら気が遠くなるほどの文量が書けそうなオリジナルのロジックだと見える。
 いずれにしてもかなりデタラメな芸当だった。

「いつまで続ける気だ?」

 この短時間で一〇〇の矢がジェイトリックの黒煙に消えている。
 確かにやつの動きを抑えられてはいるが、傷を負わせるに至っていない。
 これでは消耗戦でいずれ潰される。

『スミレさん、そろそろかしら』

 クラリスの思念魔術がコチラへ届く。一体ここまででどれだけの魔術を同時に扱っているのか。
 本当に器用な女だ。

『俺がお前を待ってたんだ。勘違いするな』

 雷電竜ヴォルグラードの力を再現する。
 こいつは前世で俺が育てた竜人の一人だ。
 全身魔装をするにしても、自分自身を客観視して再現するより、一番知っている他人を真似したほうが効率が良かった。
 ――双角には紫電がフルチャージされている。

『全力でいく。避けろよ』

 出力一〇〇パーセントの雷電砲をジェイトリックめがけて放出する。
 近くの壁を焦がし、通過した地面は溶けるようにして輪郭を失った。
 衝突する。
 黒煙は雷撃に食い破られるようにして穴が開くと、そのままジェイトリックの左腕を容赦なく灼いた。

(この体ではここが限界か)

 何しろ、精度が低すぎる。
 本物のヴォルグラードなら標的を貫通させる程の魔力密度とコントロールで紫電を放つことができる。俺が真似事で撃った紫電は周りの障害物に干渉してしまうほど、まとまりがなかった。

 それはそれとして――奴は反射的に腕でガードしたらしい。
 いや、雷電竜のブレスを腕一本で止めること自体があり得ないことなのだが、それは俺が未成熟な人間だから置いておこう。
 ひとまず、

「通用した!」

 クラリスが目の色を変える。明らかに喜んでいた。
 そもそも魔人の防御魔法を突破するだけでもかなりの人数が必要だから、いつもの澄まし顔が崩れるのは無理のない話だ。
 そのままクラリスは詠唱を即座に終わらせる。

「続けるわよ!」
「…………いけないなあ」

 魔人が焼かれた左腕に視線を落とし、舌打ちをした。

「だめだだめだだめだ。調子にのってはいけない」

 低い声でぶつぶつと呟いている。
 無数の生き物が地中を蠢いている気配がした。
 直後、紫水晶で出来た壁に数え切れないほどの穴が空いた。不気味な闇が続いている。その最奥に、嫌な気配がいくつもした。
 魔人がコチラを睨むと、無事な方の手で指を鳴らす。

「お前達は人間なんだぞ?」

 弾かれるようにして巨大ミミズの魔獣が一斉に飛び出した。
 俺達の周りでぼとぼとと肉を打ち付ける音がして、奇声を発しながら身をうねらせて突進してくる。
 一〇、二〇、三〇……広大な空間を埋め尽くすミミズが未だ溢れていく光景に、俺は数えるのをやめた。
 魔人はここの魔獣を完全に飼いならしていた。

「クラリス! ブラッカを守れ!」

 これではジェイトリックどころではない。
 クラリスの魔術はすでに標的を切り替えていた。きっとこのくらいの修羅場は何度か経験していたのだろう。機転が利く。 

「ラッキー! クレア達を頼む!」

 もうこっちからは向こうの様子が見えないが、勇ましい雄叫びがたしかに聞こえた。
 あいつはここの魔獣より知性もあるし、はるかに強い。それだけは間違いない。
 クレアたちは空間の入口手前にいたから、一方向からなだれ込むミミズに対しては中級竜種のレッドリザードが守ってくれる。あいつに頼るしかなかった。

「聖女は魔王様への捧げ物です」

 俺の焦りを否定するように、耳打ちをする距離で低い声がした。

「余計な心配をしなくても彼女は殺しません。今は」

 悪寒を振り払うように、俺は身をひねると無意識的に鉤爪を振り上げた。
 魔人の右手に魔法陣が貼り付いている。鉤爪をぶち込むと、異なる魔力同士が反発してスパークが起こった。

「魔女が竜人の真似をするのですか。我々の弱点をよく研究したようで」

 強烈な反動だ。俺の腕が痺れている。
 紫と黒の稲妻が周囲を灼く。近づいたミミズの魔獣は衝撃で吹き飛ばされた。

「どうしてお前らはクレアを狙う。人間ならいくらでもいるだろうが」
「まさか聖女の価値を知らないのですか?」

 遠くから魔術による激しい衝突音と振動が伝わってくる。クラリスが抵抗しているようだった。
 あまり時間はかけられない。

「クレアがどれだけいい女かは知ってるさ!」

 魔獣は知性がない分、本能で活動し続ける。勘だが、きっと目立つポイントに突進するはずだ。
 反対の手でジェイトリックの腕を掴む。踏み込む足に力を込めると、魔鉱石の大地に広く亀裂が走った。

 ――今この瞬間。ここで、俺の手で魔人を殺す。
 それしかない。
 今持ち得る全魔力を練り上げる。こいつさえ黙らせれば、あとは百体ほどの魔獣を皆殺しにすればいい。
 この攻撃で魔力が尽きたとしても、どうにかして実行してやる。必ずクレアを助ける。

「リネリットッ! 全部俺に寄越せェ!」
『は、はいっ……!』

 リネリットは俺の言葉で、何を求め、何をやろうとしているのか分かっただろう。
 竜人族の魔力を、この人間の身体に供給するよう命じたのだ。
 魔装を無理やり完璧な状態に仕上げる。竜人が魔人に敗れる道理はない。
 それだけで決着がつけられる。俺はそう考えた。

 リネリットも理解していたはずだ。
 そのうえで、竜人族の妖精は指示通りの行動をしてくれた。

 ――俺の失敗を挙げるとすれば、どこを取ってもこの生き方一つに集約されていたのかもしれない。
 飽きるほど生きてきた俺が、ずっと側につけてきたリネリットのことさえよく理解していなかったのだ。
 いや、理解しようとしなかった。俺のために動いて当たり前だと思い込んでいた。

 確かに背中からほのかに流れてくる魔力は感じた。
 しかし今の俺に対する遠慮もあった。微量で中途半端な魔力がそれを裏付けていた。
 きっと、俺の体が耐えられるはずがないという心配をしたのだ。

「…………!」

 ジェイトリックの顔めがけて振り抜いた竜の爪は、とうとう未完成のままに終わる。
 防御の素振りも見せない魔人。その顔に触れたそばから、俺の竜爪は乾いた泥のように脆く崩れ去った。

「ふざけているのですか?」

 景色が急速に横へ流れていった。
 俺が投げ飛ばされたのだと気づいたのは、強烈な衝撃を背中に感じた後だった。

「――レ、――ミレ、さん!」

 耳鳴りをくぐるように、遠くからクラリスの声が聞こえる。
 世界が赤い。
 感覚が鈍い。俺はどうなったんだ? 払い飛ばされて――。

 視界の端で、早々にミミズの屍骸を積み上げていたクラリスが見える。
 いつの間にか彼女の目の前に移動していた魔人は、自分の腕を撫でる動作一つで灼けた腕を完治させて見せた。
 表情から戦意が削げ落ちた銀髪の魔女を、俺にしてみせたように腕を薙いで吹き飛ばした。





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次のエピソードへ進む 30話 反撃の兆し


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 今戦闘に参加できるのは俺とクラリスの二人だけだ。
 二人で高位生命体である魔人を打ち倒さなければならない。
 どう考えても人間が成し遂げるには不安が残った。
 武力国が極限まで鍛え上げた、勇者パーティなる魔王暗殺集団でさえ四人以上は必要だ。
 鍛え上げた兵士ならおよそ二〇人で陣形を組み、物量で畳み掛ける必要がある。
 なぜそこまでの人手が必要かといえば、まず持ち前の生命力の差が目に付く。数が揃わなければまず勝ち目はなく、ただ犬死にするからだ。
 それが人間と魔人の間で決して覆せない、絶対的理不尽な実力差である。
 それを今から俺とクラリス二人で覆さなければならない。
 アントンという男は気が気じゃないだろう。ただの中級魔獣を相手にするだけで死にかけたんだ。魔人はその比じゃない。
 情けない話、俺が一番不安だった。
「クラリス! 一撃でもあいつの攻撃は食らうな!」
「それ、おでこを小突かれるのもだめかしら?」
「尻叩かれようが足で小突かれようが絶対ダメだ! 竜を相手にしてると思え! そのくらいが丁度いい!」
 つまり、防御をしてもいけない。
 俺が竜人の魔法を真似したとしても、ビンタ一つで防御壁は簡単に砕かれるのだ。
 もし防御をしようと思うなら、それは体のどこかを捧げることを意味する。
 人間は皆が思っているよりかなり脆い生き物だ。
「私の呪法を避けきれると思っているのですか? 人間のくせに」
 ジェイトリックの声には聞く者が不安になるほどのプレッシャーがあった。
 それを真っ向から否定したのは、自尊心の塊のクラリスである。
「避ける? そんな必要無いわ」
 愛用の杖――砕いた魔石を混ぜた白い杖――を構える。
「攻撃させなきゃいいんでしょう?」
 俺が見たのは、中等部昇格試験とは比べ物にならない魔術の弾幕だった。
 ただ魔力の塊を練って弾丸にしているのではない。
 光の帯が幾重にも虚空を走り、広い空間を取り囲む。そこから退魔の力を宿した矢が錬成された。
 射出に予備動作も規則性も無い。
 各々が自由な軌道を描き、ジェイトリックめがけて次々と殺到した。
 ジェイトリックの周囲で発生した黒い煙が急速に増幅する。そのまま矢を呑み込むと、煙ごと消失した。魔人が持つ魔法障壁の類だ。
 退魔の力と魔人の力が衝突し、互いに打ち消し合う。
 それでも矢は無限に放たれていく。
「この空間、かなり丈夫ね」
 ダンジョンに伝わる衝撃を確認しながら、クラリスの放つ退魔の矢は出力と数を徐々に増やしていった。
 最初の一撃はダンジョンの崩落を気にしていたらしい。どこまで気をまわしているのかわからないが、クラリスに余裕があることだけは分かった。
 彼女の魔術を見て、国お抱えの魔導特攻部隊が一斉掃射した火弾を思い出した。
 コイツは一人でおよそ一〇人の成人が扱う魔術出力を実現している。
 厳密には魔力量が怪物級というわけではなく、いくつもの魔術回路を組み合わせて質量を増大させているようだが、魔術書に落とし込むなら気が遠くなるほどの文量が書けそうなオリジナルのロジックだと見える。
 いずれにしてもかなりデタラメな芸当だった。
「いつまで続ける気だ?」
 この短時間で一〇〇の矢がジェイトリックの黒煙に消えている。
 確かにやつの動きを抑えられてはいるが、傷を負わせるに至っていない。
 これでは消耗戦でいずれ潰される。
『スミレさん、そろそろかしら』
 クラリスの思念魔術がコチラへ届く。一体ここまででどれだけの魔術を同時に扱っているのか。
 本当に器用な女だ。
『俺がお前を待ってたんだ。勘違いするな』
 雷電竜ヴォルグラードの力を再現する。
 こいつは前世で俺が育てた竜人の一人だ。
 全身魔装をするにしても、自分自身を客観視して再現するより、一番知っている他人を真似したほうが効率が良かった。
 ――双角には紫電がフルチャージされている。
『全力でいく。避けろよ』
 出力一〇〇パーセントの雷電砲をジェイトリックめがけて放出する。
 近くの壁を焦がし、通過した地面は溶けるようにして輪郭を失った。
 衝突する。
 黒煙は雷撃に食い破られるようにして穴が開くと、そのままジェイトリックの左腕を容赦なく灼いた。
(この体ではここが限界か)
 何しろ、精度が低すぎる。
 本物のヴォルグラードなら標的を貫通させる程の魔力密度とコントロールで紫電を放つことができる。俺が真似事で撃った紫電は周りの障害物に干渉してしまうほど、まとまりがなかった。
 それはそれとして――奴は反射的に腕でガードしたらしい。
 いや、雷電竜のブレスを腕一本で止めること自体があり得ないことなのだが、それは俺が未成熟な人間だから置いておこう。
 ひとまず、
「通用した!」
 クラリスが目の色を変える。明らかに喜んでいた。
 そもそも魔人の防御魔法を突破するだけでもかなりの人数が必要だから、いつもの澄まし顔が崩れるのは無理のない話だ。
 そのままクラリスは詠唱を即座に終わらせる。
「続けるわよ!」
「…………いけないなあ」
 魔人が焼かれた左腕に視線を落とし、舌打ちをした。
「だめだだめだだめだ。調子にのってはいけない」
 低い声でぶつぶつと呟いている。
 無数の生き物が地中を蠢いている気配がした。
 直後、紫水晶で出来た壁に数え切れないほどの穴が空いた。不気味な闇が続いている。その最奥に、嫌な気配がいくつもした。
 魔人がコチラを睨むと、無事な方の手で指を鳴らす。
「お前達は人間なんだぞ?」
 弾かれるようにして巨大ミミズの魔獣が一斉に飛び出した。
 俺達の周りでぼとぼとと肉を打ち付ける音がして、奇声を発しながら身をうねらせて突進してくる。
 一〇、二〇、三〇……広大な空間を埋め尽くすミミズが未だ溢れていく光景に、俺は数えるのをやめた。
 魔人はここの魔獣を完全に飼いならしていた。
「クラリス! ブラッカを守れ!」
 これではジェイトリックどころではない。
 クラリスの魔術はすでに標的を切り替えていた。きっとこのくらいの修羅場は何度か経験していたのだろう。機転が利く。 
「ラッキー! クレア達を頼む!」
 もうこっちからは向こうの様子が見えないが、勇ましい雄叫びがたしかに聞こえた。
 あいつはここの魔獣より知性もあるし、はるかに強い。それだけは間違いない。
 クレアたちは空間の入口手前にいたから、一方向からなだれ込むミミズに対しては中級竜種のレッドリザードが守ってくれる。あいつに頼るしかなかった。
「聖女は魔王様への捧げ物です」
 俺の焦りを否定するように、耳打ちをする距離で低い声がした。
「余計な心配をしなくても彼女は殺しません。今は」
 悪寒を振り払うように、俺は身をひねると無意識的に鉤爪を振り上げた。
 魔人の右手に魔法陣が貼り付いている。鉤爪をぶち込むと、異なる魔力同士が反発してスパークが起こった。
「魔女が竜人の真似をするのですか。我々の弱点をよく研究したようで」
 強烈な反動だ。俺の腕が痺れている。
 紫と黒の稲妻が周囲を灼く。近づいたミミズの魔獣は衝撃で吹き飛ばされた。
「どうしてお前らはクレアを狙う。人間ならいくらでもいるだろうが」
「まさか聖女の価値を知らないのですか?」
 遠くから魔術による激しい衝突音と振動が伝わってくる。クラリスが抵抗しているようだった。
 あまり時間はかけられない。
「クレアがどれだけいい女かは知ってるさ!」
 魔獣は知性がない分、本能で活動し続ける。勘だが、きっと目立つポイントに突進するはずだ。
 反対の手でジェイトリックの腕を掴む。踏み込む足に力を込めると、魔鉱石の大地に広く亀裂が走った。
 ――今この瞬間。ここで、俺の手で魔人を殺す。
 それしかない。
 今持ち得る全魔力を練り上げる。こいつさえ黙らせれば、あとは百体ほどの魔獣を皆殺しにすればいい。
 この攻撃で魔力が尽きたとしても、どうにかして実行してやる。必ずクレアを助ける。
「リネリットッ! 全部俺に寄越せェ!」
『は、はいっ……!』
 リネリットは俺の言葉で、何を求め、何をやろうとしているのか分かっただろう。
 竜人族の魔力を、この人間の身体に供給するよう命じたのだ。
 魔装を無理やり完璧な状態に仕上げる。竜人が魔人に敗れる道理はない。
 それだけで決着がつけられる。俺はそう考えた。
 リネリットも理解していたはずだ。
 そのうえで、竜人族の妖精は指示通りの行動をしてくれた。
 ――俺の失敗を挙げるとすれば、どこを取ってもこの生き方一つに集約されていたのかもしれない。
 飽きるほど生きてきた俺が、ずっと側につけてきたリネリットのことさえよく理解していなかったのだ。
 いや、理解しようとしなかった。俺のために動いて当たり前だと思い込んでいた。
 確かに背中からほのかに流れてくる魔力は感じた。
 しかし今の俺に対する遠慮もあった。微量で中途半端な魔力がそれを裏付けていた。
 きっと、俺の体が耐えられるはずがないという心配をしたのだ。
「…………!」
 ジェイトリックの顔めがけて振り抜いた竜の爪は、とうとう未完成のままに終わる。
 防御の素振りも見せない魔人。その顔に触れたそばから、俺の竜爪は乾いた泥のように脆く崩れ去った。
「ふざけているのですか?」
 景色が急速に横へ流れていった。
 俺が投げ飛ばされたのだと気づいたのは、強烈な衝撃を背中に感じた後だった。
「――レ、――ミレ、さん!」
 耳鳴りをくぐるように、遠くからクラリスの声が聞こえる。
 世界が赤い。
 感覚が鈍い。俺はどうなったんだ? 払い飛ばされて――。
 視界の端で、早々にミミズの屍骸を積み上げていたクラリスが見える。
 いつの間にか彼女の目の前に移動していた魔人は、自分の腕を撫でる動作一つで灼けた腕を完治させて見せた。
 表情から戦意が削げ落ちた銀髪の魔女を、俺にしてみせたように腕を薙いで吹き飛ばした。