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#5 「嘘、だろ……」

ー/ー



春一(はるかず)! 起きてるの!?」


 母さんの声と、ゴンゴンゴン、とドアノックの音が同時に不快に響く。


「んあぁ~……起きてるよぉ~……」
「だったら早く下りて来なさい。今日は入学式でしょ? 遅刻なんてしたら一年間の恥よ」
「まだ慌てるような時間じゃ──えっ……!?」


 母のその言葉が、微睡(まどろ)みの中にあった僕の意識を現実に引き戻した。


 いや、まさか。
 そんなはずは無い。


 ガバッと布団から跳ね起きて、カーテンを全開にする。


 春の朝は、どこか嘘臭い。
 まるで何かを誤魔化すかのように。


 空はやけに澄み切っていて、前の季節を無かったことにするみたいに明るい。
 差し込む光が、机の上の真新しい学生証を照らしていた。


 そして、日捲りカレンダーに視線を移す。


「嘘、だろ……」


 そこに示されていた日付は──【3月31日】。
 昨日確かに捲ったはずのカレンダーが、何故かまた戻っている。


「今日は……今日は何日だ……?」


 パジャマ姿のまま、ドタドタと階段を駆け下りてリビングへ向かった。
 テーブルには、朝食を食べる祖父。


「お早う、春一」
「爺ちゃん、その新聞貸して……!」
「おい、何をする……!?」


 挨拶をする祖父の手から新聞を引っ手繰り、日付を確かめる。


「何で……嘘だ……何で……今日は……」


 この部屋にだけ冬が戻ったような寒気が、僕の身をブルリと震わせた。


 馬鹿な。
 有り得ない。


 新聞に記されていた日付は──【4月1日】。
 新年度の到来を告げる、始まりの日だ。


 食卓に並ぶ朝食は、トーストと目玉焼き、それにサラダとヨーグルト。
 三連続だ。


 身体的には腹が減っているが、精神的にはまるで食欲が湧かない。


「昨日のあれも……予知夢じゃなかったのか? 同じ朝が……4月1日が、繰り返されてるのか……!?」


 信じ難い、しかしそうとしか思えない事実に、クラクラと目眩すら覚える。


「どうした春一、入学式だっていうのに暗い顔だな」
「……そう?」
「ああ、悪い夢でも見たように蒼褪めているぞ。具合でも悪いのか?」
「夢……ね、そうだったらいいね。悪いことは全部悪い夢であって欲しいよ」


 予知夢だとしても、二日続けて全く同じ夢を見るなど有り得ない。
 むしろ、何故昨日──否、前回の時点で気付かなかったのか、自分の鈍さに呆れ果ててしまう。


〈アメリカのニューマン大統領は、日本時間の昨日二十時にイギリスを訪問、ブラウン首相と会談し──〉


 テレビからは、例のニュースが流れていた。
 今やその音声も気持ち悪く感じられる。


「お爺ちゃん、訊いてもいい?」
「何だ?」
「その……お爺ちゃんは、この朝、何回目なの?」


 混乱冷めやらぬ頭を働かせ、恐る恐る尋ねてみた。


「……ん? すまん、もう一度言ってくれんか?」
「だから、昨日──じゃなくて、前と同じこの4月1日の朝は、何回目なのかってことだよ」
「…………すまん、お前が何を言っているのかさっぱり分からん。前と同じ4月1日が何回目? ……去年の今日、という意味か?」
「い、いや……何でもない。分からないのならいいんだ」


 どうやら、この4月1日のループを自覚しているのは僕一人だけのようだ。


 考えてみれば前回──最初のループによる二回目の4月1日も、僕以外の人は、僕が影響を与えない限り初回と全く同じことを繰り返していた。
 ループを自覚しているのなら、僕のように言動に何らかの変化が生じたはず。


「行ってきます」


 身支度を整えて自宅を発った僕を、朝の空気がやや冷たく出迎える。


 そして、この後に起きる出来事も既に二度も体験して知っている。


「ようハルイチ!」
「やあ、お早う」


 照沢雄人(てるさわゆうと)海野大吾(うんのだいご)浜田敦(はまだあつし)
 すぐそこの曲がり角から、自転車に乗った三人が現れた。


「雄人たちは……今日は始業式なんだっけ? 在校生との交流とか、部活動の勧誘や体験入部も始まるんだよね?」
「お、おう。よく知ってるな。言ったっけ?」
「さあ? 俺は言ってないけど」
「まあ勿論、俺たちはバスケ部一択だけどな」


 僕の言動が変われば、それに影響を受けた者の言動も変わる。


「──っと、急いでるんだった。じゃあな」
「また今度一緒に遊ぼうな」
「ハルイチも頑張れよ」


 別れの挨拶を告げて、三人はペダルを漕ぎ出す。


「……うん、また」


 駅の方角へ去る三つの背中を見送ってから、僕も自分の道を再び歩き始めた。


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次のエピソードへ進む #6 「これが『三回目』です」


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「|春一《はるかず》! 起きてるの!?」
 母さんの声と、ゴンゴンゴン、とドアノックの音が同時に不快に響く。
「んあぁ~……起きてるよぉ~……」
「だったら早く下りて来なさい。今日は入学式でしょ? 遅刻なんてしたら一年間の恥よ」
「まだ慌てるような時間じゃ──えっ……!?」
 母のその言葉が、|微睡《まどろ》みの中にあった僕の意識を現実に引き戻した。
 いや、まさか。
 そんなはずは無い。
 ガバッと布団から跳ね起きて、カーテンを全開にする。
 春の朝は、どこか嘘臭い。
 まるで何かを誤魔化すかのように。
 空はやけに澄み切っていて、前の季節を無かったことにするみたいに明るい。
 差し込む光が、机の上の真新しい学生証を照らしていた。
 そして、日捲りカレンダーに視線を移す。
「嘘、だろ……」
 そこに示されていた日付は──【3月31日】。
 昨日確かに捲ったはずのカレンダーが、何故かまた戻っている。
「今日は……今日は何日だ……?」
 パジャマ姿のまま、ドタドタと階段を駆け下りてリビングへ向かった。
 テーブルには、朝食を食べる祖父。
「お早う、春一」
「爺ちゃん、その新聞貸して……!」
「おい、何をする……!?」
 挨拶をする祖父の手から新聞を引っ手繰り、日付を確かめる。
「何で……嘘だ……何で……今日は……」
 この部屋にだけ冬が戻ったような寒気が、僕の身をブルリと震わせた。
 馬鹿な。
 有り得ない。
 新聞に記されていた日付は──【4月1日】。
 新年度の到来を告げる、始まりの日だ。
 食卓に並ぶ朝食は、トーストと目玉焼き、それにサラダとヨーグルト。
 三連続だ。
 身体的には腹が減っているが、精神的にはまるで食欲が湧かない。
「昨日のあれも……予知夢じゃなかったのか? 同じ朝が……4月1日が、繰り返されてるのか……!?」
 信じ難い、しかしそうとしか思えない事実に、クラクラと目眩すら覚える。
「どうした春一、入学式だっていうのに暗い顔だな」
「……そう?」
「ああ、悪い夢でも見たように蒼褪めているぞ。具合でも悪いのか?」
「夢……ね、そうだったらいいね。悪いことは全部悪い夢であって欲しいよ」
 予知夢だとしても、二日続けて全く同じ夢を見るなど有り得ない。
 むしろ、何故昨日──否、前回の時点で気付かなかったのか、自分の鈍さに呆れ果ててしまう。
〈アメリカのニューマン大統領は、日本時間の昨日二十時にイギリスを訪問、ブラウン首相と会談し──〉
 テレビからは、例のニュースが流れていた。
 今やその音声も気持ち悪く感じられる。
「お爺ちゃん、訊いてもいい?」
「何だ?」
「その……お爺ちゃんは、この朝、何回目なの?」
 混乱冷めやらぬ頭を働かせ、恐る恐る尋ねてみた。
「……ん? すまん、もう一度言ってくれんか?」
「だから、昨日──じゃなくて、前と同じこの4月1日の朝は、何回目なのかってことだよ」
「…………すまん、お前が何を言っているのかさっぱり分からん。前と同じ4月1日が何回目? ……去年の今日、という意味か?」
「い、いや……何でもない。分からないのならいいんだ」
 どうやら、この4月1日のループを自覚しているのは僕一人だけのようだ。
 考えてみれば前回──最初のループによる二回目の4月1日も、僕以外の人は、僕が影響を与えない限り初回と全く同じことを繰り返していた。
 ループを自覚しているのなら、僕のように言動に何らかの変化が生じたはず。
「行ってきます」
 身支度を整えて自宅を発った僕を、朝の空気がやや冷たく出迎える。
 そして、この後に起きる出来事も既に二度も体験して知っている。
「ようハルイチ!」
「やあ、お早う」
 |照沢雄人《てるさわゆうと》、|海野大吾《うんのだいご》、|浜田敦《はまだあつし》。
 すぐそこの曲がり角から、自転車に乗った三人が現れた。
「雄人たちは……今日は始業式なんだっけ? 在校生との交流とか、部活動の勧誘や体験入部も始まるんだよね?」
「お、おう。よく知ってるな。言ったっけ?」
「さあ? 俺は言ってないけど」
「まあ勿論、俺たちはバスケ部一択だけどな」
 僕の言動が変われば、それに影響を受けた者の言動も変わる。
「──っと、急いでるんだった。じゃあな」
「また今度一緒に遊ぼうな」
「ハルイチも頑張れよ」
 別れの挨拶を告げて、三人はペダルを漕ぎ出す。
「……うん、また」
 駅の方角へ去る三つの背中を見送ってから、僕も自分の道を再び歩き始めた。