13_ユミル洞窟(2)
ー/ー(……ここが…。)
ルチアに手を引かれるがままに、けれど確かに自分の意思でユミル洞窟へと足を踏み入れたモナは、まだ入口だというのに既に洞窟内を漂う停滞した空気とカビの匂いとに眉を顰める。案の定と言うべきか、あるいは想定通りというべきか。敢えて有り触れた言葉を用いるならば当然人間の瞳ではすぐさま順応出来ない暗闇に、モナは名残惜しさを感じながらも繋いだ手を離す。
ルチアは不意に離れた手のひらに、モナが何をしようとしているかを即座に悟ると無言で腰のポーチからマッチを取り出した。次いで頭薬と即薬を素早く擦り付け、火を灯すと松明の先に近付ける。マッチの小さな火は面白いくらいに、すぐさま松明に移っていった。そしてパチパチという小気味好い音を立てながらぼんやりとした光を放っては、2人と1匹の周囲を照らした。
「ん、いいね。問題なさそうだし、それじゃあ行こうか。」
「はい…!」
「……ワン!!」
外と比べてしまえば些か頼りない光源だが、慎重に進んで行く分には問題ないだろう。目を凝らせば洞窟の壁の細かな傷跡を視認出来ることを確かめるとモナは勿論、普段案内係を買って出ているルチアも揃って同じ判断を下すと、2人は顔を見合わせた。
それからしっかりと互いの目と目を見遣り、頷いた後にモナは万が一に備えてワンドを、ルチアは見知った洞窟といえども余すところなく調査が出来るようにと地図とペンを懐から取り出しては、それぞれ構えた。
ルチルはそんな2人の足元で控えめな声ながらも一丁前に返事をした後、鼻をスピスピと鳴らしつつ耳を忙しなく前後に動かした。洞窟内の微細な空気の流れやモンスターの足音は無論、呼吸音のひとつも逃さないようにと、全神経を尖らせる。そして万が一の時に備え、今のうちからただでさえ短い足に力を込めて軽く前屈姿勢を取った。
とはいえ、ルチルは既に高齢に差し掛かる年齢であった。おまけに犬種としてはダックスフンドにあたる彼は短足胴長で、本来ならばマーモットのような地中に穴を掘って暮らす小動物の狩りを専門に行う猟犬であった。しかしルチアの意向もあって、ルチルは猪や鹿といった危険な野生動物の臭いに加えてイルクオーレ周辺に点在する洞窟や山に住む代表的なモンスター――オークやマンドラゴラ、果てはゴブリンといったものの臭いを把握していた。
加えてルチルはそれらを把握するだけでなく、時に果敢に立ち向かう勇敢さも持っていた。それでいて時には撤退する勇気も持ち合わせていた。それはもう10歳を迎えようとしている高齢犬とは思えないほどのパフォーマンスであると同時に、彼が長い時間を掛けて生得した理性でもあった。
――だからこそ、今回ルチアはルチルのことを連れてきたのだ。
ルチアは思う。
普段の通り、都会からやって来た騎士団や自警団で組まれた討伐隊ならばそれなりに場数を踏んでいるために、安心して任せられる。道案内だけならば、わざわざ年老いたルチルに鞭打つ必要もない。何故ならば彼らは戦闘のプロなのだから。
……けれど、モナは違う。
確かにあの時は自分を助けてはくれた。モナにとっては無我夢中だったのかもしれないけれど、でも、それでもあの時のルチアの目にはモナが遠い昔、母親に読み聞かせて貰った昔話に出てくる大魔法使いか英雄のように見えたのだ。
…………本当に、心の底から、忖度なしに。格好いいと、輝いていると、そう思ってしまったのだ。
しかし実際のところ、ルチアにとってはモナは記憶喪失の女の子なのだ。いわば意思疎通が出来るだけの赤ん坊のようなものなのだ。
事実、モナはしっかり者でこそあるものの家事というものはあまりしたことがないのか、あるいはやり方さえも綺麗サッパリ忘れてしまったのか。とにかく、ルチアから見たそれは自分以上に下手だった。畑仕事だって、最初のうちは雑草1本抜く時でさえルチアに確認を取るくらいに素人だったのだ。
それ故に恐らくはモナの言う通り、あの時は「たまたま」色んな条件が噛み合って上手くいっただけなのだということくらい、ルチアも充分に理解していた。何しろもうすぐ17になるのだ。もう子供ではいられないのだ。だからこそ、どれだけあの日のモナの姿がキラキラ輝いて見えたとはいえ現実と理想をきちんと分けなければいけないことくらい、分かりきっていた。
だというのに、自分が執拗にモナがいかに優秀で勇敢な魔法使いだったかを願望込みの熱弁を以て執拗に語ってしまったものだから、様々な事情が巡り巡って彼女に災難として降り掛かることとなったのだ。
ルチアは幾ら自身が割合いい加減な性格をしている自覚があるとはいえ、責任を感じずにはいられなかった。誰にも見せないものの、これじゃあ能天気じゃなくて脳足りんだと珍しく頭を抱えては悶えるくらいには後悔していた。
だからこそ、ルチアはせめてもの償いとしてルチルを連れてきたのだった。熟練の彼ならば自分たちの経験不足を補って余りあると踏んでのことだった。
「――――よし。気合い入れていくよ、ルチル!」
「わう!!」
「ちょ、ちょっと2人とも。声!声!!」
どうかお互いに怪我をすることもなく、かつ何事もなく終えられますように――。そんな思いを込めてルチアは軽く自身の頬を叩いて気合いを入れると、頭のてっぺんからつま先まで充填されたそれを相棒に伝えるように声を上げた。それから足元の相棒を見つめると、ルチルもまた、それに応えるかのように元気よく鳴き声を上げるとふんすと鼻を鳴らした。
……が、あくまでも今回の目的はモンスターの討伐ではなく調査なのだ。あまり大きな声や物音を立ててしまっては却って面倒なことになりかねない。何よりもモナには、複数のモンスターからルチアとルチルを守り切る自信など少しもなかった。故に慌てて口元に人差し指を当てると、頼むから静かにしてくれと態度で懇願する。
「あはは、ごめんごめん。」
それを見たルチアはどうにも単細胞な自分の脳味噌に愛想笑いを零しながら頭を搔くと、反省しているには少々軽快すぎる謝罪の言葉を口にした。それから改めてモナの左手に掲げられた松明の下で地図を広げると、現在地に丸をつける。次いでこの先の三叉路にも同じように丸をつけると、2点を線で繋いだ。
「まずはこの三叉路の手前まで行こっか。で、先にそのうちの行き止まりの2本を軽く調べてから奥に進もうと思うんだけど――何か質問は?」
「分かりました。……あの、わざわざ突き当たりが行き止まりの2本を調べる理由は、何かあるんですか?」
「おっ。いい質問だねえ、モナくん!」
軽い気持ちで先輩ぶって発した言葉から的確に聞いて欲しかった箇所を探り当てては質問してくるモナに、ルチアは満足そうに頷く。それから以前から漠然と感じていたものの、改めてモナが自分とは正反対の非常に頭が良い人間であることを確信すると何故だか誇らしい気持ちになった。
それは例えるならば、自分の手で一から育てた作物が品評会で良い評価を貰った時のような気持ちだった。要するに、さらに分かりやすく説明するのならば親のような気持ちだったのだ。そう歳が変わらないとはいえカルガモの親子のように自分のあとを着いて歩いては真似をするモナのことを、ルチアは心底気に入っているのだ。
だからこそ彼女が賢く、また聡明であることが嬉しくて堪らないのだ。
「大抵、この入口付近の三叉路の突き当たりはモンスターの排泄場所か、もしくはあたしたちの目を盗んで町からくすねていった盗品の保管場所なの。だからまずはこのあたりを調べて、排泄の量や盗品の数からからだいたいの個体数を予測するんだ。……どう?賢いでしょ!」
「なるほど。確かにそれは賢いですね……!」
「でしょう!……ま、討伐隊の隊長からの受け売りだけど。」
モナはルチアにしては非常に合理的な思考に思わず目を見開いては絶賛する。褒められたルチアはフッと余裕のある大人の笑みを浮かべてから胸を張った。――が、すぐに他人から借りた知恵をまるで自分のもののように振りかざす恥ずかしさに耐えられなくなると、モナから視線を逸らしながら白状した。
次いでルチアはその場のノリとはいえ手柄顔をしてしまったことを誤魔化すように、モナの返答を待たずに歩き出す。モナは感情で生きているルチアらしいと言えばらしいものの、なんとも性急な行動に首を傾げつつその後を慌てて追い掛けた。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
作者の他の作品
この作者の他作品はありません。
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。