1.相手プレイヤーは、あなたのカードを場に好きな枚数置く
ー/ー 海風叶は、日ごろ接点のないクラスメイトだ。
あの短く切られた髪とほどよく焼けた肌は、半袖の白いブラウスと合わさり健康的なコントラストを生み出している。
小柄ながらもその引き締まった腕と脚、そして少しだけガチっとした肩まわりは、彼女が水泳の特待生としてこの高校に入学したという背景に、この上ない説得力を持たせていた。
そんな彼女は口をぽかんと開けたあどけない表情のまま、夕日が差し込む教室の中にいる。
そして、名刺サイズにカットされた無数のコピー用紙を俺の机の上に並べ、その中からある一点を凝視していた。
――『殲滅漆黒神魔龍アブソリュート・シュナイダー・ドラゴン』
パワーが15000もある黒陣営のクリーチャー。
場に出た時すべての相手クリーチャーを破壊するが、次の自分のターンで勝利できなければ自身が特殊敗北するという効果が書かれている。
レアリティはスーパーウルトラレア。
フレーバーテキストは「我、滅亡ヲモタラス者ナリ」。
ご丁寧に“illus.Shinobu Muroi”とまで書かれている。
そんな俺が考えたカードゲーム“滅亡戦記エターナルデモンズ”第一弾の目玉カードを、彼女は目を大きく見開きながら硬直し、ずっと見つめている。
――あっ、俺の学園生活終わったわ。
俺は今まさに、かつての情熱を捨てきれなかったことの代償を払おうとしている。
今更買い戻すこともできない、在りし日の楽しかったあの“創世ドラゴンズクロニクル”三昧の日々をふと思い出し、年甲斐もなくオリジナルカードなんてものを作り出した。
あまつさえ、それをお守り代わりに“普通の生活”の延長に持ち出し、挙げ句机の上に置き忘れるという愚行を犯した。
笑える話だ。
自分で考えたカードには“いかにも”なハイリスクハイリターンの謳い文句をこれでもかと書き連ねておきながら、俺自身がリスクを抱える覚悟を持ち合わせていなかったのだから。
「Muroi、むろい……あぁ、室井くんかぁ……へぇ……」
へぇ、ってなんだよ。
海風は目を大きく開いて、『殲滅漆黒神――あぁ、今はもう言葉にもしたくない。
例のアレを手に持って「意外……」「ほー……」等と呟きながら、まじまじと見つめていた。
胃の奥から酸っぱい何かが込み上げてくる。
人生で、これほど「やめてくれ」と思った瞬間はない。
ドアの影から飛び出して「違うんだ」と叫びたいのに、飛び出せない。
だって、違わないから。
それに、そんなことをしたって今すぐに終わりを迎えるか、少しでも延命して後で終わりを迎えるかの違いでしかない。
そして、こんな状況になってもまだ後者を選ぼうとしている自分自身の人間としての器に、さらに嫌気が差してきた。
しかし、そんな俺の意識が、混濁の末に限界を迎えようとした――そのとき。
「……あ。これ、もしかして」
とても不思議なことが起こった。
彼女は何かに気が付いたかと思えば、周囲をキョロキョロと見回したあと、机の上に並べていた無数の紙から色の揃った30枚を選び――ぺランぺランとたわむコピー紙の癖に戸惑いながらも、たどたどしくシャッフルを始めたのだ。
思わず「えっ」と声が漏れそうになるが、慌てて手で口を塞ぐ。
そのまま観察を続けていると、彼女はやがて机の上に3枚のカードを裏向きに並べ、5枚の“手札”を持ち始めた。
しかもご丁寧に、同じようにデッキとカード配置をもう一つ作って、仮想の相手の場まで作り上げている。
この一連の動作は、紛れもなくあの“創世ドラゴンズクロニクル”のルールに則ったものだ。
一応、俺が自作した“滅亡戦記エターナルデモンズ”はわずかにルールを変えているものの、土台が“ドラクロ”なので、おそらくあのままでも遊べてしまうとは思う。
「あはは、懐かしい」
――懐かしい?
その一言が、俺には信じられなかった。
だって公園もショップも、ドラクロで遊んでいるのはおバカな同年代か、やべー雰囲気を放つ兄ちゃん達ばかりだった。
女の子なんて、どこにもいなかったじゃないか。
「あーなるほど……これが『精霊粉』……とかだったっけ、それと同じような効果なのかぁ」
しかし、目の前で行われている一人回しはまさしく“ドラクロ”そのものだ。
しかも、彼女はイベントカードを使ってクリーチャーを場に出すのに必要な“マナ”を順当に加速していく、お手本のような動きを見せている。
気が付けば自分の場、相手の場ともに、それなりの数のカードが置かれていた。
「えっと、これなんて読むんだろ。『てんちかい……へき?くせ?のだーくねすわー……む』でいいのかな?」
糸くずみたいな線がニョロニョロと描かれたそれは、『天地開闢のダークネスワーム』だよ。
場に出たらノーリスクで手札を2枚引けるすごいやつだよ……わざわざ口に出さなくていいっ。
「……あ、出せる」
そしてついに――奴が場に出た。
『殲滅漆黒神魔龍アブソリュート・シュナイダー・ドラゴン』だ。
有象無象のカードで削減した作画コストを上乗せしたそれは、漆黒というより鉛筆で塗りつぶした跡の反射でもはや輝きと化した、背景ストーリーの王。
辞書を引きながら書いたため微妙に膨らんだ“殲”と“漆”の文字、一目で分かる豪快な効果と、ただでは済まされないリスクを併せ持つ、俺の“エタデモ”を象徴する一枚だ。
彼女は表情を崩すことなくコイツを場に出すと、相手の場で壁となっていたクリーチャーたちはペチペチと墓地に置かれ、複数並んだ『天地開闢のダークネスワーム』が相手を守る裏向きとなったカードを、次々と手札送りにする。
本家“ドラクロ”にはここから逆転するためのキーカードが存在したが、純然な実力こそ至高で運ゲーはクソだと思っていた俺は、“エタデモ”でその要素を排除したために、もはや相手に逆転の目は殆どない。
そして次のターン、明らかに画力が劣化している2枚目の『殲滅漆黒神魔龍アブソリュート・シュナイダー・ドラゴン』が場に出たことで、壁となるべく再び立てられたクリーチャーたちは虚しくもペチペチと一掃され、海風の勝利(?)は確定した。
俺はこの瞬間――緊張と興奮の坩堝に呑まれていた。
俺が世に出したカードのせいで、俺の人生が終わるかもしれない。
俺が世に出したカードを、遊んでくれた人間がいる。
そんな二律背反する、このどうしようもない気持ちを……彼女は知らないだろう。
「……ふっ」
だからこそ、海風は鼻で笑いながら、平然とこんなことができる。
『殲滅漆黒神魔龍アブソリュート・シュナイダー・ドラゴン』と『天地開闢のダークネスワーム』を彼女はデッキから弾いて――あろうことか禁止カードにしたのだ。
俺は心の中で憤慨した。
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