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15話 一条の光

ー/ー






 白龍から放たれる灼熱のブレスも、火球の砲撃も、雷鳴の枝も。
 全て〈蝶〉でいなし、防ぎ、返しながら、人のマシーナ反応がある建物を手当たり次第に駆け抜けた。
 通過するたびに補足する蛇の眷属を殺してまわり、外に出る瞬間白龍から放たれる高熱の質量攻撃を捌ききる。
 ラグナからすれば脅威的な動きを繰り返す人間程度には映っているだろうが、リーレニカは守る者が多すぎるため、攻めに転じることができないでいた。
 無我夢中で大蛇の眷属をスペツナズナイフで葬り続けた先。
 見覚えのある空間へ飛び出る。
 ――ここは。

「どうして来たッ。こいつは俺に任せて――」

 剣鬼の声。
 ――そうか。
 得心する。
 いずれこの場所に辿り着くよう、白龍は蛇の眷属を巧妙に配置していたわけだ。
 巨大な花の機人――ブリアーレイスの立つ場所に。
 すでに花の怪物は稼働状態だ。マシーナの感覚器を備える相手。当然、尋常ならざる力を保有するリーレニカが敵意の的になった。
 怪物の腕が眼前に広がる。思っていたよりも速い。
 避ければ後方の建物を殴り飛ばし、その先の避難民へ残骸を直撃させるかもしれない。
 まともに受ければ今度こそラグナの的になる。最大火力で受ければ剣鬼達といえど瞬時に黒炭に変えられてしまうだろう。
 巨大な拳はすでに目と鼻の先。
 逡巡(しゅんじゅん)する。

「〝グランゴヌールの館〟」

 巨大な貴婦人の上半身が出現し、花の巨人を殴り抜いた。
 虚空を薙いだ花の機人が奇妙に上体を反らせた横を、瞬時に状況把握したリーレニカが飛び抜ける。そのまま上空に漂う白龍へ、牽制程度に花の(やじり)を殺到させた。
 どういうわけか、黒い霧が建物の屋根に立ち込め、巨大な貴婦人が上半身を生やしているように見えた。
 花の機人は地に根を伸ばしている。根が繋ぎ止めた上体は倒れるに至らず、腹筋を使うように再度起き上がった。

「アルニスタ様の体で人を殺めないで頂けますか?」

 地上でざわめく兵士には見向きもせず、黒い霧の後ろで両腕を広げマシーナ操作する奇術師が空を仰いだ。
 ヴォルタスの隣へ屋根伝いに移動したベレッタが並ぶ。

「言われた通り、せんせーの置き土産処理してきたぜ」

 置き土産――機人モドキを一掃して廻り、有り余るマシーナウイルスを両拳の〈ディアブロ〉へ吸収させたらしい。
 ベレッタがディアブロの機能を実行すべく、起動句を吐いた。

「〝ブラスト〟」


     ****


 国の外れ。誰も近づかない場所。
 ここなら大量のマシーナ反応を放出しても機人すら近寄らない。
 自走箱(オートボット)が無人の配達先にたどり着くと、内部にいた人間が勢いよく棺を蹴り飛ばした。
 スピーカー部も壊れノイズ混じりの警告音がか細く喚く中、スタクが巨大な花を見上げている。
 その体には、まだ小さな芽が残っていた。
 棺の中に閉じ込められていた道中はひどい乗り心地だった。走行可能な道を選びながら自走したのだろうが、とても人を乗せていいような使い方ではない。
 運送が完了するまでは頑強なロックでいくら蹴っても開かなかった分、到着時は呆気に取られるほど簡単に蓋が吹き飛んだ。
 力を込めすぎて壊してしまったが。

「……俺がなんとかしないと」

 自走箱(オートボット)の中で――マシーナを介していたのだろう――リーレニカの吹き込んでいた声が聞こえていた。

『スタクさんの体は、今となっては放っておいても害がない状態です。それでも、あの怪物との繋がりは絶たれていません』

 どういう原理なのか、マシーナを介した言葉はイメージも流し込めるらしく、目を閉じれば何をすればいいのかがわかった。
 右手には幾度も使いこまれ、刃こぼれしたスペツナズナイフ。
 方法は理解した。
 理解はしたが、体がそれを拒むように震えている。

「俺が死ぬだけで皆助かるんだ」

 棺の中で何度も言い聞かせた。
 ふと、脳裏にソフィアの顔が浮かぶ。
 ――何度、どれほど決断に揺らいだかわからない。
 このナイフはマシーナを分解し、死滅させる作用があるらしい。あの花の怪物とマシーナで繋がっているこの芽は、いわば()()()()()というわけだ。
 とはいえ刃物。人間に刺せば致命傷になる。
 ところがだ。一度刺せば、機人化の名残で即座に自己治癒するらしいのだ。
 そして、自己治癒の反動で悪性マシーナが増幅し、今度こそ機人化するらしい。
 死ぬのとさして変わらない。
 きっと機人化した後は、騎士団なり夜狐なりが後処理をしてくれるのだろう。
 それがソフィアじゃないことを祈る。
 ナイフを逆手に持ち替えた。
 数回、浅い呼吸を落ち着かせる。

「…………あとは頼む」

 胸の中心にある芽ごとナイフで貫くと、巨大な花の怪物が一層激しい咆哮をあげた。


     ****


 ソフィアがスラム街に着く頃には、あたり一帯が焦土と化していた。
 誰かがここの機人を焼き払ったのだろうか。
 騎士団が人員を割くとは思えず、逃げ遅れたスラムの人たちを助け出すことも考えていたが、杞憂だったらしい。だからもう一つの目的に移行した。
 リーレニカと別れる前、彼女は気になる事を言い残した。

『アルニスタが? 本当なの?』
『ここまでの破壊行動を起こしておきながら、死者がいないんです。もちろん負傷者はいますが、テロをするにはあまりにも半端でした』

 だとすると、アルニスタのテロ行為は本当に人を傷つけるだけのものだったのか?
 ソフィアは乱れる思考を引きずりながら廃材の積まれた場所に辿り着く。

 二年前、スタクの治療についてアルニスタと会話した時、彼がソフィアにある兵器を託していた。
 ――スカルデュラ家が製造した、移動式対レイヤー伍撃滅兵器だ。これの設置場所を任せたい。

 その兵器は足元に埋まっている。
 廃材とハリボテの床を乱暴に引き剥がし、布を剥ぎ取ると、砲撃兵器があらわになった。
 やや薄汚れているが、充分に起動可能だ。

「デバイス起動」

 ソフィアの声紋認証を受けて、格納された砲撃兵器が自立し、身の丈の数倍はあろうかという大きさまで組み上げられる。
 地中から顔を出した近代的な兵器に備えられたモニターには、照準器とマシーナウイルスのチャージ量が表示されていた。
 やかましい稼働音と共に、兵器に積まれた巨大なマシーナ溶液のカプセルから砲身へ注ぎ込まれ始める。チャージ量が五〇パーセントを超えると、周囲から不穏な影が沸いた。
 ソフィアを囲むように黒い沼が広がる。気泡が弾けるように、〝黒い大蛇〟が多数顕現(けんげん)した。

「私がなんとかしなきゃ」

 あの曇天の下、白龍に蝶の少女が立ち向かっている。アルニスタが遺した兵器がこの時のために用意されたものだとすれば、それを内側から見ているはずの龍が許すはずがない。
 ここで蛇の眷属が自分を殺し、今度こそリーレニカを殺すつもりなのだろう。
 ――そんな勝手は許さない。
 ソフィアは片手に短刀のデバイスを構えた。

「邪魔をするな!」

 ソフィアの敵意に反応した大蛇の数匹が飛びかかる。
 すぐに周囲で爆撃が発生し、大蛇の体を食い破るように四散した。

「なに……⁉︎」

 耳鳴りに顔をしかめながら周囲を確認する。
 この爆撃には見覚えがあった。
 これは……レイヴン隊直属の、工作員兵器。
 気づけば、夜狐の部隊三名がソフィアを囲むように背中を見せていた。
 うち一人が背中越しに振り返る。

「仮面もなしに単独行動か?」
「隊長――」

 まるで部隊の一員のように声をかける部隊長に、ソフィアは気まずそうな顔で目を合わせられなかった。
 壊れた仮面のデバイスでも位置情報は常にオンラインだ。ソフィアが不審な行動をとっていることも、この事態に一枚噛んでいたことも流石に見破られているだろう。

「処罰は受けます」

 アルニスタには国家施設への侵入を幇助(ほうじょ)している。死罪になってもおかしくない。
 だがその前に、この失態の落とし前はつけなければならない。
 全て見破られている前提で答えると、隊長はため息をついた。

「レイヴン隊長にこっ酷く叱られるな」

 他二人の部隊員も嫌そうに鼻で笑う。

「あいつ子供のくせに偉そうなのよね」
「聞かれるぞ」
「どうせ私たち病気なんだから、今更なにも怖くないでしょ」

 ソフィアは困惑した表情になった。

「あの」
「お前はしばらくタダ働きだ。奉仕作業に従事して、毎日質素な食事をしながら反省するんだな」
「ついでに私の家の中も今回ので荒れちゃったし、片付けしてもらおうかな」
「お前の家は元からゴミ屋敷だろうが」

 隊長達と自分の温度差に困惑していると、再び周囲の泥沼が黒く染まった。

「敵影。五、七、十――止まりません!」
「よく集まる。砲撃デバイスが目立ち過ぎだな。起爆装置は?」
「あと二発です」
「二時、五時方向に反応多数」
「アルファ、シグマ。やれ」

 再び爆撃が右方で土塊を散らした。
 蛇の肉塊が夜狐に降り注ぐと、虚空で粒子に還る。だからといって黒い大蛇の出現が止まるわけではなかった。
 今度こそ耳を塞いでいたソフィアに、隊長が声を張る。

「弾は!」
「……三分で射出可能! 再装填に一時間です!」
「一発勝負だな、最高だッ。総員武器を構えろ! ベータの砲撃までここを死守する!」

 残り二人の隊員も了解の返事を返すと、ソフィアを守るように前へ出た。

「ベータはあの龍に風穴空けることだけ考えろッ」
「蛇ちょっと苦手なんだよなあ」

 不真面目な同僚も口だけで、いざ戦闘行動に入ると充分に信頼足り得る実力があった。
 隊長に部隊員二名が続き、黒い大蛇の群れに対しても速度で翻弄し、片手で身の丈はある鉄骨の廃材を振り回す改造人間っぷりを披露した。
 その間、すでにソフィアは遥か遠方で火花を散らしている白龍に照準を合わせている。
 砲撃兵器のエネルギーはすでに最大だ。

「標的捕捉――仰角、距離、風速よし。マーク!」
「撃てぇああああああ!」
「ぶち抜け――!」

 部隊員の檄に背中を押され、トリガーを引き絞る。
 砲口に集った光球が大きく膨れ上がると、あたり一帯を衝撃波が襲い、流星のように一条の光が空を目指し伸びた。
 スカルデュラ家自慢の機人殺傷兵器が、瞬く間に白龍へ到達する。

 少しして、空を眩い光が支配した。


     ****


 一分前。
 リーレニカがラグナの眼前に躍り出た時点で、大蛇の眷属を一掃することは諦めていた。
 いずれにせよ、親であるラグナを仕留めないことには根本的な解決にならないからだ。
 白龍を覆う堅牢な鱗を剥がすため、縦横無尽に飛翔し打撃を浴びせる。
 いい加減ラグナが苛立ちの声を上げた。

「足掻くなッ」

 直後、遥か前方から猛スピードで近づく脅威を知覚する。
 どこからともなく現れた、高密度の極大な光線だ。
 確実にラグナのうなじを捉えたかと思ったが、白龍はマシーナの感覚器を有している分、リーレニカより勘が鋭い。器用に全身をうねらせると、紙一重でそれをかわした。

「アルニスタの置き土産か。惜しかったな」
「〝杭打ち〟」

 即座にリーレニカが瞳を金色に輝かせる。
 逸れたはずの光線が、ある地点で四方に裂ける。それぞれが方向を変え――白龍の逃げ道を潰すように、収束する形で着弾。曇天を引き裂く勢いをもって炸裂した。

 ――これは後で分かったことだが、スカルデュラ家渾身の対レイヤー伍撃滅兵器は、古代獣のマシーナウイルスを内側から急速に弱体化させる毒でもあったらしい。
 全身の軟化した龍の体は酷く脆い。
 リーレニカは陽の差す雲の割れ目まで飛翔し、龍の頭に踵を鎮め、開けた大地まで叩き落とした。


     ****


 事態の収束はほぼ同時だった。
 巨大な花の機人も何故か突然苦しみだし、隙を突いたベレッタが最大チャージした〈ブラスト〉によって凍結した足を砕き。
 ルーテンリッヒ・ボア・エリゴールがバランスを崩した上体を全力で殴り抜いて地に倒し。
 剣鬼ファナリスの一刀で無数の斬撃が蔦の鎧を斬り崩し。
 レイヴンが巨大な槍を生成し、(あらわ)になった胸部のコアを地中から貫く。


 シュテインリッヒ国を脅かしたマシーナの災害が、リーレニカたちの手によって引導を渡された。


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 全て〈蝶〉でいなし、防ぎ、返しながら、人のマシーナ反応がある建物を手当たり次第に駆け抜けた。
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 |逡巡《しゅんじゅん》する。
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 虚空を薙いだ花の機人が奇妙に上体を反らせた横を、瞬時に状況把握したリーレニカが飛び抜ける。そのまま上空に漂う白龍へ、牽制程度に花の|鏃《やじり》を殺到させた。
 どういうわけか、黒い霧が建物の屋根に立ち込め、巨大な貴婦人が上半身を生やしているように見えた。
 花の機人は地に根を伸ばしている。根が繋ぎ止めた上体は倒れるに至らず、腹筋を使うように再度起き上がった。
「アルニスタ様の体で人を殺めないで頂けますか?」
 地上でざわめく兵士には見向きもせず、黒い霧の後ろで両腕を広げマシーナ操作する奇術師が空を仰いだ。
 ヴォルタスの隣へ屋根伝いに移動したベレッタが並ぶ。
「言われた通り、せんせーの置き土産処理してきたぜ」
 置き土産――機人モドキを一掃して廻り、有り余るマシーナウイルスを両拳の〈ディアブロ〉へ吸収させたらしい。
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「〝ブラスト〟」
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 国の外れ。誰も近づかない場所。
 ここなら大量のマシーナ反応を放出しても機人すら近寄らない。
 |自走箱《オートボット》が無人の配達先にたどり着くと、内部にいた人間が勢いよく棺を蹴り飛ばした。
 スピーカー部も壊れノイズ混じりの警告音がか細く喚く中、スタクが巨大な花を見上げている。
 その体には、まだ小さな芽が残っていた。
 棺の中に閉じ込められていた道中はひどい乗り心地だった。走行可能な道を選びながら自走したのだろうが、とても人を乗せていいような使い方ではない。
 運送が完了するまでは頑強なロックでいくら蹴っても開かなかった分、到着時は呆気に取られるほど簡単に蓋が吹き飛んだ。
 力を込めすぎて壊してしまったが。
「……俺がなんとかしないと」
 |自走箱《オートボット》の中で――マシーナを介していたのだろう――リーレニカの吹き込んでいた声が聞こえていた。
『スタクさんの体は、今となっては放っておいても害がない状態です。それでも、あの怪物との繋がりは絶たれていません』
 どういう原理なのか、マシーナを介した言葉はイメージも流し込めるらしく、目を閉じれば何をすればいいのかがわかった。
 右手には幾度も使いこまれ、刃こぼれしたスペツナズナイフ。
 方法は理解した。
 理解はしたが、体がそれを拒むように震えている。
「俺が死ぬだけで皆助かるんだ」
 棺の中で何度も言い聞かせた。
 ふと、脳裏にソフィアの顔が浮かぶ。
 ――何度、どれほど決断に揺らいだかわからない。
 このナイフはマシーナを分解し、死滅させる作用があるらしい。あの花の怪物とマシーナで繋がっているこの芽は、いわば|第《・》|二《・》|の《・》|心《・》|臓《・》というわけだ。
 とはいえ刃物。人間に刺せば致命傷になる。
 ところがだ。一度刺せば、機人化の名残で即座に自己治癒するらしいのだ。
 そして、自己治癒の反動で悪性マシーナが増幅し、今度こそ機人化するらしい。
 死ぬのとさして変わらない。
 きっと機人化した後は、騎士団なり夜狐なりが後処理をしてくれるのだろう。
 それがソフィアじゃないことを祈る。
 ナイフを逆手に持ち替えた。
 数回、浅い呼吸を落ち着かせる。
「…………あとは頼む」
 胸の中心にある芽ごとナイフで貫くと、巨大な花の怪物が一層激しい咆哮をあげた。
     ****
 ソフィアがスラム街に着く頃には、あたり一帯が焦土と化していた。
 誰かがここの機人を焼き払ったのだろうか。
 騎士団が人員を割くとは思えず、逃げ遅れたスラムの人たちを助け出すことも考えていたが、杞憂だったらしい。だからもう一つの目的に移行した。
 リーレニカと別れる前、彼女は気になる事を言い残した。
『アルニスタが? 本当なの?』
『ここまでの破壊行動を起こしておきながら、死者がいないんです。もちろん負傷者はいますが、テロをするにはあまりにも半端でした』
 だとすると、アルニスタのテロ行為は本当に人を傷つけるだけのものだったのか?
 ソフィアは乱れる思考を引きずりながら廃材の積まれた場所に辿り着く。
 二年前、スタクの治療についてアルニスタと会話した時、彼がソフィアにある兵器を託していた。
 ――スカルデュラ家が製造した、移動式対レイヤー伍撃滅兵器だ。これの設置場所を任せたい。
 その兵器は足元に埋まっている。
 廃材とハリボテの床を乱暴に引き剥がし、布を剥ぎ取ると、砲撃兵器があらわになった。
 やや薄汚れているが、充分に起動可能だ。
「デバイス起動」
 ソフィアの声紋認証を受けて、格納された砲撃兵器が自立し、身の丈の数倍はあろうかという大きさまで組み上げられる。
 地中から顔を出した近代的な兵器に備えられたモニターには、照準器とマシーナウイルスのチャージ量が表示されていた。
 やかましい稼働音と共に、兵器に積まれた巨大なマシーナ溶液のカプセルから砲身へ注ぎ込まれ始める。チャージ量が五〇パーセントを超えると、周囲から不穏な影が沸いた。
 ソフィアを囲むように黒い沼が広がる。気泡が弾けるように、〝黒い大蛇〟が多数|顕現《けんげん》した。
「私がなんとかしなきゃ」
 あの曇天の下、白龍に蝶の少女が立ち向かっている。アルニスタが遺した兵器がこの時のために用意されたものだとすれば、それを内側から見ているはずの龍が許すはずがない。
 ここで蛇の眷属が自分を殺し、今度こそリーレニカを殺すつもりなのだろう。
 ――そんな勝手は許さない。
 ソフィアは片手に短刀のデバイスを構えた。
「邪魔をするな!」
 ソフィアの敵意に反応した大蛇の数匹が飛びかかる。
 すぐに周囲で爆撃が発生し、大蛇の体を食い破るように四散した。
「なに……⁉︎」
 耳鳴りに顔をしかめながら周囲を確認する。
 この爆撃には見覚えがあった。
 これは……レイヴン隊直属の、工作員兵器。
 気づけば、夜狐の部隊三名がソフィアを囲むように背中を見せていた。
 うち一人が背中越しに振り返る。
「仮面もなしに単独行動か?」
「隊長――」
 まるで部隊の一員のように声をかける部隊長に、ソフィアは気まずそうな顔で目を合わせられなかった。
 壊れた仮面のデバイスでも位置情報は常にオンラインだ。ソフィアが不審な行動をとっていることも、この事態に一枚噛んでいたことも流石に見破られているだろう。
「処罰は受けます」
 アルニスタには国家施設への侵入を|幇助《ほうじょ》している。死罪になってもおかしくない。
 だがその前に、この失態の落とし前はつけなければならない。
 全て見破られている前提で答えると、隊長はため息をついた。
「レイヴン隊長にこっ酷く叱られるな」
 他二人の部隊員も嫌そうに鼻で笑う。
「あいつ子供のくせに偉そうなのよね」
「聞かれるぞ」
「どうせ私たち病気なんだから、今更なにも怖くないでしょ」
 ソフィアは困惑した表情になった。
「あの」
「お前はしばらくタダ働きだ。奉仕作業に従事して、毎日質素な食事をしながら反省するんだな」
「ついでに私の家の中も今回ので荒れちゃったし、片付けしてもらおうかな」
「お前の家は元からゴミ屋敷だろうが」
 隊長達と自分の温度差に困惑していると、再び周囲の泥沼が黒く染まった。
「敵影。五、七、十――止まりません!」
「よく集まる。砲撃デバイスが目立ち過ぎだな。起爆装置は?」
「あと二発です」
「二時、五時方向に反応多数」
「アルファ、シグマ。やれ」
 再び爆撃が右方で土塊を散らした。
 蛇の肉塊が夜狐に降り注ぐと、虚空で粒子に還る。だからといって黒い大蛇の出現が止まるわけではなかった。
 今度こそ耳を塞いでいたソフィアに、隊長が声を張る。
「弾は!」
「……三分で射出可能! 再装填に一時間です!」
「一発勝負だな、最高だッ。総員武器を構えろ! ベータの砲撃までここを死守する!」
 残り二人の隊員も了解の返事を返すと、ソフィアを守るように前へ出た。
「ベータはあの龍に風穴空けることだけ考えろッ」
「蛇ちょっと苦手なんだよなあ」
 不真面目な同僚も口だけで、いざ戦闘行動に入ると充分に信頼足り得る実力があった。
 隊長に部隊員二名が続き、黒い大蛇の群れに対しても速度で翻弄し、片手で身の丈はある鉄骨の廃材を振り回す改造人間っぷりを披露した。
 その間、すでにソフィアは遥か遠方で火花を散らしている白龍に照準を合わせている。
 砲撃兵器のエネルギーはすでに最大だ。
「標的捕捉――仰角、距離、風速よし。マーク!」
「撃てぇああああああ!」
「ぶち抜け――!」
 部隊員の檄に背中を押され、トリガーを引き絞る。
 砲口に集った光球が大きく膨れ上がると、あたり一帯を衝撃波が襲い、流星のように一条の光が空を目指し伸びた。
 スカルデュラ家自慢の機人殺傷兵器が、瞬く間に白龍へ到達する。
 少しして、空を眩い光が支配した。
     ****
 一分前。
 リーレニカがラグナの眼前に躍り出た時点で、大蛇の眷属を一掃することは諦めていた。
 いずれにせよ、親であるラグナを仕留めないことには根本的な解決にならないからだ。
 白龍を覆う堅牢な鱗を剥がすため、縦横無尽に飛翔し打撃を浴びせる。
 いい加減ラグナが苛立ちの声を上げた。
「足掻くなッ」
 直後、遥か前方から猛スピードで近づく脅威を知覚する。
 どこからともなく現れた、高密度の極大な光線だ。
 確実にラグナのうなじを捉えたかと思ったが、白龍はマシーナの感覚器を有している分、リーレニカより勘が鋭い。器用に全身をうねらせると、紙一重でそれをかわした。
「アルニスタの置き土産か。惜しかったな」
「〝杭打ち〟」
 即座にリーレニカが瞳を金色に輝かせる。
 逸れたはずの光線が、ある地点で四方に裂ける。それぞれが方向を変え――白龍の逃げ道を潰すように、収束する形で着弾。曇天を引き裂く勢いをもって炸裂した。
 ――これは後で分かったことだが、スカルデュラ家渾身の対レイヤー伍撃滅兵器は、古代獣のマシーナウイルスを内側から急速に弱体化させる毒でもあったらしい。
 全身の軟化した龍の体は酷く脆い。
 リーレニカは陽の差す雲の割れ目まで飛翔し、龍の頭に踵を鎮め、開けた大地まで叩き落とした。
     ****
 事態の収束はほぼ同時だった。
 巨大な花の機人も何故か突然苦しみだし、隙を突いたベレッタが最大チャージした〈ブラスト〉によって凍結した足を砕き。
 ルーテンリッヒ・ボア・エリゴールがバランスを崩した上体を全力で殴り抜いて地に倒し。
 剣鬼ファナリスの一刀で無数の斬撃が蔦の鎧を斬り崩し。
 レイヴンが巨大な槍を生成し、|顕《あらわ》になった胸部のコアを地中から貫く。
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