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13話 人間のくせに

ー/ー







 白龍――ラグナが翼もなく飛翔する。
 波状運動で空を掻き分けるように遊泳する姿は、地上で逃げ惑う民衆や兵士にさらなる動揺を与えた。

「なんだアレは」

 花の怪物を守るように立ち塞がる〈マネキン〉に斬撃を浴びせるファナリス隊は、突如自分達に影を落とした蛇のような生き物に目を奪われた。
 ミゲルの造花により動きを鈍らせた機人モドキも、花の怪物に近づくほど凶暴性を増す。それらを斬り伏せたファナリスが呟いた。

「リーレニカ……なのか?」

 白龍の飛翔で金髪を揺らしたファナリスの視界に映ったのは、一瞬にして空を制圧した白龍と。
 幻想的な蝶の翅をたたえた、コウモリスカートの少女だった。



     ****



 光で構成された蝶の翅を生やすリーレニカの足元には、常に足跡を刻むように花畑が咲き広がる。
 空に咲き広がってはマシーナ粒子となって散り続ける様相は、妖精の通り道を地上の生物に見せつけるかのようだった。

 地上から怒号と悲鳴が入り混じった混沌とした声が耳朶(じだ)を打つ。
 高く飛翔したリーレニカは、強風を浴びながら白龍の背中に追いついた。
 ラグナが全身をうねらせながら飛翔する空。そこに侵入できる生き物など居るはずがないと思っていた白龍は、追跡者の姿を見て驚きの声を上げた。

「貴様――妖精女王(ティターニア)か!」

 人間が空を飛ぶなど――生体型デバイスをここまで使いこなせるはずがない。
 ラグナは同じ古代獣であるAmaryllis(アマリリス)が、リーレニカの体を支配したのだと考えたらしい。
 リーレニカ自身がそれを否定した。

「あなたのお友達を返してもらうわよ」
「その口ぶり……人間か? どうやってここまで」
「原理はあなたと同じだと思うけれど」

 リーレニカの返答にラグナは納得しなかった。

「人間のお前がなぜそこまで力を引き出しているのか聞いてるんだ!」
「共生を諦めたあなたに言ったところで、詮無いことでしょ」
「共生だと?」

 ラグナの動揺した声。
 白龍の古代獣は、すぐに状況を把握した。

妖精女王(ティターニア)! 人間に肩入れするつもりか!」
『にひ』

 Amaryllis(アマリリス)が笑う。

『お前らと遊ぶより、この小娘と遊ぶ方が楽しいんでな』
「ふざけるな! 俺たちだけじゃない。同胞が人間の道具にされているんだぞ!」

 どうやらマシーナウイルスを介して会話できるらしい。
 ラグナの持つ人間に対する嫌悪が流れ込んでくる。
 龍は「まあいい」と説得を諦めたように牙の生え揃った口を大きく開く。
 攻撃の意思を知覚した。

「人間が俺に勝る道理はない。せいぜい巻き込まれないように逃げ回るといい」

 口腔から火の粉が散る。火が集い肥大化する。鼻先で巨大な火球が生まれた。
 リーレニカは瞬時に白銀の世界を展開する。
 白龍の肉体構造と火球を解析すると目を見開いた。
 マシーナウイルスの反応がない。
 未知のエネルギーが高熱を伴って具現化されている。
 古代の高位生命体に関する書物を読んだことがあるリーレニカは、ラグナの力に予感があった。
 まさか――魔術⁉︎

「さて、何匹死ぬかな」

 火球が放出される。
 それはリーレニカに対してではなかった。

「やめろ!」

 遅すぎる言葉は、猛烈な炎の軌跡を描く火球には届かない。
 火球は一際目立つ時計塔に着弾すると容易くへし折った。炎の余波は、辺り一帯に灼熱の波となって撒き散らされる。
 着弾した時計塔周辺で悲鳴が生まれた。
 ラグナの目的はあくまで大量虐殺。効率を重視しているのだろう。こちらに目を向ける素振りがない。
 ――なりふり構わずか。

「ターゲット」

 リーレニカの視界に収めた白銀の世界は、Amaryllis(アマリリス)の力を充分に引き出したおかげで、マシーナウイルス反応――生存者の位置も正確に捉えられるようになっていた。
 一瞬にして火球の着弾地点へ急降下すると、紫の軌跡を描きながらある地点でブレーキをかけた。
 時計塔が折れ、地上の市民に落下していく。
 人々を圧し潰さんとする瓦礫は、不可視の力で落下軌道を停止した。
 リーレニカは広げた五指を握るように引き寄せる。

「〝()()()〟」

 透明な手に握り潰されるかのごとく、見上げていた市民の頭上で巨大な瓦礫は圧縮され――粉微塵になった。
 地上では「なにが起こった」とどよめきが広がるが、死に際に立っていたこともあり、すぐに避難を再開している。
 リーレニカは避難動線を確保すべく『蝶の鱗粉』を燃え広がった通路へ降り注がせた。
 それは炎を喰い荒らすように鎮火させ、市民は一方向に逃げていく。
 上空で見下ろすリーレニカは、市民が騎士団のもとへ逃げられるよう誘導したのだった。

「どこまで邪魔をするつもりだ!」

 龍の咆哮と共に怒りを示したラグナは、一際大きく吠えると、空へと首をもたげた。
 陽光が黒ずんだ雲に隠れていく。
 真昼であるにもかかわらず、真夜中のように不気味な闇が広がった。
 雲は雷を内包し、時折(ときおり)明滅すれば、白龍のシルエットを不気味に浮かび上がらせている。

「忌々しい人間め……ブリアーレイス!」

 白龍が遠くで(そび)える花の怪物へ呼びかけると。
 今まで不動を貫いていた巨体が活動を開始した。


     ****


 白龍と蝶の攻防は国の上空各所で目まぐるしく展開された。
 地上で騎士団や武装集団が機人モドキを討伐し、剣で機人の卵殻(マシーナシェル)を切り開き子供を助ける間も、白龍とコウモリスカートの衝突音が至る所で生まれている。
 花の怪物までたどり着いたファナリス一行(いっこう)は、白龍の咆哮に触発されて動き出した巨体に剣を構えた。

「来るぞ!」

 巨大な拳が騎士団の集う地点へ振り下ろされる。各々が回避行動を取り間一髪逃れたが、深々と穿たれた大地を見て、団員は血の気が引いた顔をしていた。
 近接装備だけで太刀打ちできる相手ではない。
 せめて市民が逃げる時間を稼ぐ程度だが、いつまで保つか。

「デバイス起動」

 怪物の腕を無数の斬撃が襲った。
 一瞬にして手首から先を残骸に変えた太刀筋に、団員の目の色が変わる。

「怯むなッ。図体がデカいだけだ! 首のコアを破壊するぞ!」

 剣鬼――ファナリス・フリートベルクの声だった。
 怪物の自己修復が著しく早い。
 ファナリスの剣によって損壊した拳は瞬く間に蔦を巻いて修復される。
 それをファナリスが再び斬り刻んだ。

「団長――危ない!」

 悲鳴のような声がファナリスに向けられる。
 不気味な雲が立ち込める空。深緑の輝きを放つと、狙ったように雷が周囲に落ちた。
 ファナリス隊に届くよりも早く、極彩色の蝶が束となって膜を張り、雷撃を防いだ。

「な、なんだあれ!」
「防壁――デバイスか⁉︎」
「俺たちの兵器じゃないぞ!」

 兵達は怪物を見据えながらも、見たことのない防壁に動揺が走る。
 唯一ファナリスだけはこの防壁に信頼を置いているのか、雷撃に目もくれない。花の巨体を撹乱するように駆け、ただ一心に斬りつけていた。

「……団長に続け! ファナリス騎士団の意地を見せろ!」

 迷いは死に繋がる。
 赤札の兵士が力強い号令を上げると、緑、青札の兵達も息を吹き返したように声を上げた。

 巨体の一撃は重いが、数名の緑札――重盾兵がデバイスを起動すれば、拳の軌道を逸らすことができた。
 どうやらその場から動くことはないようで、根を張るような足に赤札も斬りかかる。
 大木に剣を打ち付けるようなもので、浅い傷を残すことはできるがとても体勢を崩すまでに至らない。
 続々と降りかかる雷からは、謎の蝶が自分たちを守っている。

 兵士たちは無我夢中で怪物を斬りつけた。


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 波状運動で空を掻き分けるように遊泳する姿は、地上で逃げ惑う民衆や兵士にさらなる動揺を与えた。
「なんだアレは」
 花の怪物を守るように立ち塞がる〈マネキン〉に斬撃を浴びせるファナリス隊は、突如自分達に影を落とした蛇のような生き物に目を奪われた。
 ミゲルの造花により動きを鈍らせた機人モドキも、花の怪物に近づくほど凶暴性を増す。それらを斬り伏せたファナリスが呟いた。
「リーレニカ……なのか?」
 白龍の飛翔で金髪を揺らしたファナリスの視界に映ったのは、一瞬にして空を制圧した白龍と。
 幻想的な蝶の翅をたたえた、コウモリスカートの少女だった。
     ****
 光で構成された蝶の翅を生やすリーレニカの足元には、常に足跡を刻むように花畑が咲き広がる。
 空に咲き広がってはマシーナ粒子となって散り続ける様相は、妖精の通り道を地上の生物に見せつけるかのようだった。
 地上から怒号と悲鳴が入り混じった混沌とした声が|耳朶《じだ》を打つ。
 高く飛翔したリーレニカは、強風を浴びながら白龍の背中に追いついた。
 ラグナが全身をうねらせながら飛翔する空。そこに侵入できる生き物など居るはずがないと思っていた白龍は、追跡者の姿を見て驚きの声を上げた。
「貴様――|妖精女王《ティターニア》か!」
 人間が空を飛ぶなど――生体型デバイスをここまで使いこなせるはずがない。
 ラグナは同じ古代獣である|Amaryllis《アマリリス》が、リーレニカの体を支配したのだと考えたらしい。
 リーレニカ自身がそれを否定した。
「あなたのお友達を返してもらうわよ」
「その口ぶり……人間か? どうやってここまで」
「原理はあなたと同じだと思うけれど」
 リーレニカの返答にラグナは納得しなかった。
「人間のお前がなぜそこまで力を引き出しているのか聞いてるんだ!」
「共生を諦めたあなたに言ったところで、詮無いことでしょ」
「共生だと?」
 ラグナの動揺した声。
 白龍の古代獣は、すぐに状況を把握した。
「|妖精女王《ティターニア》! 人間に肩入れするつもりか!」
『にひ』
 |Amaryllis《アマリリス》が笑う。
『お前らと遊ぶより、この小娘と遊ぶ方が楽しいんでな』
「ふざけるな! 俺たちだけじゃない。同胞が人間の道具にされているんだぞ!」
 どうやらマシーナウイルスを介して会話できるらしい。
 ラグナの持つ人間に対する嫌悪が流れ込んでくる。
 龍は「まあいい」と説得を諦めたように牙の生え揃った口を大きく開く。
 攻撃の意思を知覚した。
「人間が俺に勝る道理はない。せいぜい巻き込まれないように逃げ回るといい」
 口腔から火の粉が散る。火が集い肥大化する。鼻先で巨大な火球が生まれた。
 リーレニカは瞬時に白銀の世界を展開する。
 白龍の肉体構造と火球を解析すると目を見開いた。
 マシーナウイルスの反応がない。
 未知のエネルギーが高熱を伴って具現化されている。
 古代の高位生命体に関する書物を読んだことがあるリーレニカは、ラグナの力に予感があった。
 まさか――魔術⁉︎
「さて、何匹死ぬかな」
 火球が放出される。
 それはリーレニカに対してではなかった。
「やめろ!」
 遅すぎる言葉は、猛烈な炎の軌跡を描く火球には届かない。
 火球は一際目立つ時計塔に着弾すると容易くへし折った。炎の余波は、辺り一帯に灼熱の波となって撒き散らされる。
 着弾した時計塔周辺で悲鳴が生まれた。
 ラグナの目的はあくまで大量虐殺。効率を重視しているのだろう。こちらに目を向ける素振りがない。
 ――なりふり構わずか。
「ターゲット」
 リーレニカの視界に収めた白銀の世界は、|Amaryllis《アマリリス》の力を充分に引き出したおかげで、マシーナウイルス反応――生存者の位置も正確に捉えられるようになっていた。
 一瞬にして火球の着弾地点へ急降下すると、紫の軌跡を描きながらある地点でブレーキをかけた。
 時計塔が折れ、地上の市民に落下していく。
 人々を圧し潰さんとする瓦礫は、不可視の力で落下軌道を停止した。
 リーレニカは広げた五指を握るように引き寄せる。
「〝|閉《・》|じ《・》|ろ《・》〟」
 透明な手に握り潰されるかのごとく、見上げていた市民の頭上で巨大な瓦礫は圧縮され――粉微塵になった。
 地上では「なにが起こった」とどよめきが広がるが、死に際に立っていたこともあり、すぐに避難を再開している。
 リーレニカは避難動線を確保すべく『蝶の鱗粉』を燃え広がった通路へ降り注がせた。
 それは炎を喰い荒らすように鎮火させ、市民は一方向に逃げていく。
 上空で見下ろすリーレニカは、市民が騎士団のもとへ逃げられるよう誘導したのだった。
「どこまで邪魔をするつもりだ!」
 龍の咆哮と共に怒りを示したラグナは、一際大きく吠えると、空へと首をもたげた。
 陽光が黒ずんだ雲に隠れていく。
 真昼であるにもかかわらず、真夜中のように不気味な闇が広がった。
 雲は雷を内包し、|時折《ときおり》明滅すれば、白龍のシルエットを不気味に浮かび上がらせている。
「忌々しい人間め……ブリアーレイス!」
 白龍が遠くで|聳《そび》える花の怪物へ呼びかけると。
 今まで不動を貫いていた巨体が活動を開始した。
     ****
 白龍と蝶の攻防は国の上空各所で目まぐるしく展開された。
 地上で騎士団や武装集団が機人モドキを討伐し、剣で|機人の卵殻《マシーナシェル》を切り開き子供を助ける間も、白龍とコウモリスカートの衝突音が至る所で生まれている。
 花の怪物までたどり着いたファナリス|一行《いっこう》は、白龍の咆哮に触発されて動き出した巨体に剣を構えた。
「来るぞ!」
 巨大な拳が騎士団の集う地点へ振り下ろされる。各々が回避行動を取り間一髪逃れたが、深々と穿たれた大地を見て、団員は血の気が引いた顔をしていた。
 近接装備だけで太刀打ちできる相手ではない。
 せめて市民が逃げる時間を稼ぐ程度だが、いつまで保つか。
「デバイス起動」
 怪物の腕を無数の斬撃が襲った。
 一瞬にして手首から先を残骸に変えた太刀筋に、団員の目の色が変わる。
「怯むなッ。図体がデカいだけだ! 首のコアを破壊するぞ!」
 剣鬼――ファナリス・フリートベルクの声だった。
 怪物の自己修復が著しく早い。
 ファナリスの剣によって損壊した拳は瞬く間に蔦を巻いて修復される。
 それをファナリスが再び斬り刻んだ。
「団長――危ない!」
 悲鳴のような声がファナリスに向けられる。
 不気味な雲が立ち込める空。深緑の輝きを放つと、狙ったように雷が周囲に落ちた。
 ファナリス隊に届くよりも早く、極彩色の蝶が束となって膜を張り、雷撃を防いだ。
「な、なんだあれ!」
「防壁――デバイスか⁉︎」
「俺たちの兵器じゃないぞ!」
 兵達は怪物を見据えながらも、見たことのない防壁に動揺が走る。
 唯一ファナリスだけはこの防壁に信頼を置いているのか、雷撃に目もくれない。花の巨体を撹乱するように駆け、ただ一心に斬りつけていた。
「……団長に続け! ファナリス騎士団の意地を見せろ!」
 迷いは死に繋がる。
 赤札の兵士が力強い号令を上げると、緑、青札の兵達も息を吹き返したように声を上げた。
 巨体の一撃は重いが、数名の緑札――重盾兵がデバイスを起動すれば、拳の軌道を逸らすことができた。
 どうやらその場から動くことはないようで、根を張るような足に赤札も斬りかかる。
 大木に剣を打ち付けるようなもので、浅い傷を残すことはできるがとても体勢を崩すまでに至らない。
 続々と降りかかる雷からは、謎の蝶が自分たちを守っている。
 兵士たちは無我夢中で怪物を斬りつけた。