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ep.96 人形惨歌

ー/ー



 服についた血のシミは、血液中のたんぱく質が化学変化を起こして酸化し、時間が経つほど落ちにくくなるという。
 つまり、汚れてから時間がそれほど経過していなければ、取れないこともないというわけだ。まあ、他にもいろいろと気を遣わないといけない事柄はあるものの、汚れ自体は落ちるという話だ。
 そこまで調べると、ため息を吐きながらあたしはスマホの電源を落とした。
 自身の服を今一度見下ろしてみる。

(けれど、ここまで汚れちゃっているのなら、いっそ買い替えたほうが面倒じゃなくていいかもね)

 あたしはひとまず服を脱ぐときれいに折りたたんで、きれいな服に着替えることにする。この服はあたしのお気に入りだ。袖やスカートの中に様々な道具を仕込めるし、何より長年をともにした愛着というものがある。

「やれやれ、勝手に血が落ちる魔法のような魔装はないものかしら」

 もしそんな夢みたいな魔装があるのなら、いくら払ってでもモノにしたいところなんだけど。

「おや、随分と珍しい格好しとるのう。何や、肥溜めにでも落ちよったんかいな」

 あたしが服の洗濯について途方に暮れていると、不快な声とともに不快な人影が視界の端に視えた。一人、いや二人か。

「なんやねん。無視しんたってーな。俺も人やねんから傷つく心もあるっちゅうもんやで?」

 胡散臭い関西弁だ。この男の出自は知らないし興味もないが、おそらく関西人ということはないだろう。あたしも関西弁は詳しくないが、ところどころおかしな言い回しが癪に障るからだ。

「ほら、そないしかめっ面ばっかしとると皺がいって戻らんよーなるで? 人間愛嬌が大事や、ほら、にーっちゅうてな」

 男は口の端を両手で広げて笑顔を作る。

(ああ、ムカつく。クソうざい)

 あたしは可愛いものが好きだ。男の子でも女の子でも、人じゃなくても可愛ければ何でもいい。加えて言うなら作られた可愛さよりも純粋な可愛さが良い。だから小さな子が好きだ。
 あざといのは計算が入っていたら、まあマイナスポイントだけど、ギリギリ許容範囲といったところかな。
 だから、目の前の男はダメだ。何をやってもダメ。おまけに身長は二メートル弱。可愛くも何ともないし、不快感の塊でしかない。

 この男の名前は十方時矢(じっぽうときや)
 真っ赤で不潔そうなくせ毛、羽の意匠が入ったダサいサングラス。黒のクソださタンクトップに趣味の悪い濃い紫のジャケットを肩にかけて、袖をヒラつかせる鬱陶しい男だ。腕にはどこで買ったかもわからないシルバーアクセサリーを、鬱陶しくジャラジャラと見せつける。
 ダブルで鬱陶しい、ダブルウザ男だ。

「何の用? 馬鹿が感染(うつ)るから下らない話なら付き合う気はないのだけれど」

「ひっど! お前さんと俺の仲やんか。そんな酷いこと言わんといたってや。なあ、七宮」

「うん。そうだね」

 七宮と呼ばれた少女は短く返事を返す。意思疎通を図れない、この男とは違う意味で鬱陶しいタイプかもしれない。
 見た感じ、感情の起伏が少なく何を考えているかわからない。少なくとも第一印象であたしの好きになれるような要素は見受けられなかった。

 彼女の名前は七宮(ななみや)カナというらしい。
 腰下まで伸びる長い黒髪を左だけ束ねたサイドテール。トップは柄の入ったビキニ、ボトムはスラリとした長身に映えるダメージジーンズだ。肩に抱えているのは、これまた長い大太刀。

ep.96 人形惨歌

 あたしは時代劇なんてものに興味がないから分からないのだが、どうやってあの長さの刀を抜刀するのか興味はある。
 それに長いというのは重いと同義だ。いくらスタイルに恵まれているからといって、自分の丈ほどもある重量の刀を振り回して戦う必要性を感じられなかった。

「なあ、タルトレット。お前さんの目的。俺はようわからん。何考えとるんや?」

「目的? 導の消滅ってことでみんな納得してるんじゃないの? それに具体的な話については言わなくてもいいって集まりでしょ? それに、アナタこそ本当のところ何を考えているのか分からないし、仮に言ったとしてそれを証明する手段もない」

「そらそうや。ごもっとも。けどお前さんには他にも、何かごっつう目的があるように思えて仕方ないんや」

 そう言いながら時矢はあたしのほうへ一歩、歩み寄る。その距離は五メートルほど。これ以上近づかれるのも不愉快なのであたしは制止させることにする。

「それ以上足を進めないほうがいいわよ? 身体がバラバラになってもいいのなら構わないけど」

「あん? なんでバラバラになるんや? ここにゃ妖怪鎌イタチでも住んどるんかいな。この丘にゃそんな伝承伝わっとらんかった気いするけどな」

「は? アナタ何を言って。え?」

 指に違和感がある。糸が、軽い。

「ああ、その糸が危ないっちゅー話かいな」

 時矢はしたり顔で隣にいる女。七宮カナに目線を送る。
 何の変哲もない。大き過ぎる刀は左肩にかけたまま。先ほどから何も変わらない。いや、その角度が少し違う?

「糸は危ないから斬っておいた」

「……」

 何も視えなかった。一体いつ斬られていた?
 刀で斬ったという事実も、刀を抜いたという所作も、全く視えなかった。
 確かにあたしの意識は何の害もなさそうなこの女ではなく、胡散臭い男のほうに向いていた。しかし、全く警戒していなかったというわけではない。
 そもそも、視野からは外していなかったのだ。動きがあればさすがに気づく。
 つまり、刀を抜いていないということになる。

 恐らくは何らかの異能(アクト)
 刀はブラフで念じるだけで物体を寸断するような念力系。もしくは時間に干渉して周りが制止している間に自由に動ける異能(アクト)か。それならば時間を止めている間に、刀を抜いて糸を一本一本斬り落とすことも可能だろう。
 これなら大きすぎる刀も、デメリットに働くことはないということか。
 どちらにせよ、敵に回したくないと思った。ここで事を起こしても、あたしの益になることは一つもない。
 他にもカラクリはあるかもしれないが、何の準備もなしに手に負える相手ではない。馬鹿にされているようで悔しいけれど、ここは大人しくしているほうが賢明だろう。


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 服についた血のシミは、血液中のたんぱく質が化学変化を起こして酸化し、時間が経つほど落ちにくくなるという。
 つまり、汚れてから時間がそれほど経過していなければ、取れないこともないというわけだ。まあ、他にもいろいろと気を遣わないといけない事柄はあるものの、汚れ自体は落ちるという話だ。
 そこまで調べると、ため息を吐きながらあたしはスマホの電源を落とした。
 自身の服を今一度見下ろしてみる。
(けれど、ここまで汚れちゃっているのなら、いっそ買い替えたほうが面倒じゃなくていいかもね)
 あたしはひとまず服を脱ぐときれいに折りたたんで、きれいな服に着替えることにする。この服はあたしのお気に入りだ。袖やスカートの中に様々な道具を仕込めるし、何より長年をともにした愛着というものがある。
「やれやれ、勝手に血が落ちる魔法のような魔装はないものかしら」
 もしそんな夢みたいな魔装があるのなら、いくら払ってでもモノにしたいところなんだけど。
「おや、随分と珍しい格好しとるのう。何や、肥溜めにでも落ちよったんかいな」
 あたしが服の洗濯について途方に暮れていると、不快な声とともに不快な人影が視界の端に視えた。一人、いや二人か。
「なんやねん。無視しんたってーな。俺も人やねんから傷つく心もあるっちゅうもんやで?」
 胡散臭い関西弁だ。この男の出自は知らないし興味もないが、おそらく関西人ということはないだろう。あたしも関西弁は詳しくないが、ところどころおかしな言い回しが癪に障るからだ。
「ほら、そないしかめっ面ばっかしとると皺がいって戻らんよーなるで? 人間愛嬌が大事や、ほら、にーっちゅうてな」
 男は口の端を両手で広げて笑顔を作る。
(ああ、ムカつく。クソうざい)
 あたしは可愛いものが好きだ。男の子でも女の子でも、人じゃなくても可愛ければ何でもいい。加えて言うなら作られた可愛さよりも純粋な可愛さが良い。だから小さな子が好きだ。
 あざといのは計算が入っていたら、まあマイナスポイントだけど、ギリギリ許容範囲といったところかな。
 だから、目の前の男はダメだ。何をやってもダメ。おまけに身長は二メートル弱。可愛くも何ともないし、不快感の塊でしかない。
 この男の名前は|十方時矢《じっぽうときや》。
 真っ赤で不潔そうなくせ毛、羽の意匠が入ったダサいサングラス。黒のクソださタンクトップに趣味の悪い濃い紫のジャケットを肩にかけて、袖をヒラつかせる鬱陶しい男だ。腕にはどこで買ったかもわからないシルバーアクセサリーを、鬱陶しくジャラジャラと見せつける。
 ダブルで鬱陶しい、ダブルウザ男だ。
「何の用? 馬鹿が|感染《うつ》るから下らない話なら付き合う気はないのだけれど」
「ひっど! お前さんと俺の仲やんか。そんな酷いこと言わんといたってや。なあ、七宮」
「うん。そうだね」
 七宮と呼ばれた少女は短く返事を返す。意思疎通を図れない、この男とは違う意味で鬱陶しいタイプかもしれない。
 見た感じ、感情の起伏が少なく何を考えているかわからない。少なくとも第一印象であたしの好きになれるような要素は見受けられなかった。
 彼女の名前は|七宮《ななみや》カナというらしい。
 腰下まで伸びる長い黒髪を左だけ束ねたサイドテール。トップは柄の入ったビキニ、ボトムはスラリとした長身に映えるダメージジーンズだ。肩に抱えているのは、これまた長い大太刀。
 あたしは時代劇なんてものに興味がないから分からないのだが、どうやってあの長さの刀を抜刀するのか興味はある。
 それに長いというのは重いと同義だ。いくらスタイルに恵まれているからといって、自分の丈ほどもある重量の刀を振り回して戦う必要性を感じられなかった。
「なあ、タルトレット。お前さんの目的。俺はようわからん。何考えとるんや?」
「目的? 導の消滅ってことでみんな納得してるんじゃないの? それに具体的な話については言わなくてもいいって集まりでしょ? それに、アナタこそ本当のところ何を考えているのか分からないし、仮に言ったとしてそれを証明する手段もない」
「そらそうや。ごもっとも。けどお前さんには他にも、何かごっつう目的があるように思えて仕方ないんや」
 そう言いながら時矢はあたしのほうへ一歩、歩み寄る。その距離は五メートルほど。これ以上近づかれるのも不愉快なのであたしは制止させることにする。
「それ以上足を進めないほうがいいわよ? 身体がバラバラになってもいいのなら構わないけど」
「あん? なんでバラバラになるんや? ここにゃ妖怪鎌イタチでも住んどるんかいな。この丘にゃそんな伝承伝わっとらんかった気いするけどな」
「は? アナタ何を言って。え?」
 指に違和感がある。糸が、軽い。
「ああ、その糸が危ないっちゅー話かいな」
 時矢はしたり顔で隣にいる女。七宮カナに目線を送る。
 何の変哲もない。大き過ぎる刀は左肩にかけたまま。先ほどから何も変わらない。いや、その角度が少し違う?
「糸は危ないから斬っておいた」
「……」
 何も視えなかった。一体いつ斬られていた?
 刀で斬ったという事実も、刀を抜いたという所作も、全く視えなかった。
 確かにあたしの意識は何の害もなさそうなこの女ではなく、胡散臭い男のほうに向いていた。しかし、全く警戒していなかったというわけではない。
 そもそも、視野からは外していなかったのだ。動きがあればさすがに気づく。
 つまり、刀を抜いていないということになる。
 恐らくは何らかの|異能《アクト》。
 刀はブラフで念じるだけで物体を寸断するような念力系。もしくは時間に干渉して周りが制止している間に自由に動ける|異能《アクト》か。それならば時間を止めている間に、刀を抜いて糸を一本一本斬り落とすことも可能だろう。
 これなら大きすぎる刀も、デメリットに働くことはないということか。
 どちらにせよ、敵に回したくないと思った。ここで事を起こしても、あたしの益になることは一つもない。
 他にもカラクリはあるかもしれないが、何の準備もなしに手に負える相手ではない。馬鹿にされているようで悔しいけれど、ここは大人しくしているほうが賢明だろう。