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ep.85 曇天を裂く白昼夢2

ー/ー



(お嬢様が私に何かを隠している。そしてそれは私に相談できない事)

 それがいったい何なのか、なんで隠しているのか、なんで相談してくれないのか。ということはいくら考えても分からなかった。
 別にいい。私に話さないということは私が知るべきではない事なのだ。自分の口からでは言いづらい事もあるだろう。だから、こちらから詰め寄って問い質してほしいと思うこともあるかもしれない。
 けど、私はそれでも待つ。それが私の中の正しさだから。私の信頼はこの信念に基づく。
 私は踵を返し、朝食を作るため厨房に向かうことにした。ディナーともなれば専属のシェフに任せることもあるが、朝食は基本的に私が作っている。庭師やメイド、運転手など、住み込みで働いてもらう機会がないので人手が必要ないからだ。

 それに料理は私の密かな楽しみでもある。
 今日作る献立を厨房に向かうまでにあらかた決めておいて、食材を見て実際に作る料理を決める。
 普段であればお嬢様がまだお目覚めではないので、ここまで早い時間に作ることはないのだが、これがいつもの朝のルーティンだった。

 今朝は洋食、軽いパン料理と決めていた。厨房にあったイングリッシュマフィンが目についたので、エッグベネディクトをつくることに決める。
 鍋にお湯を沸かし、クッキングヒーターに乗せたフライパンを温めているうちに、慣れた手つきで冷蔵庫からベーコン、卵、バターを取り出す。エッグベネディクトの肝は見た目と味を両立したお洒落さにある。沸騰寸前まで加熱したお湯に、酢と塩を適量入れポーチドエッグを作る。
 それと並行してベーコンを焼き始め、その間にイングリッシュマフィンに切れ目を入れる。

(イングリッシュマフィンは少し焼いたほうが香ばしくなって美味しくなりますね。今日は少し焼いてみましょうか)

 なんてことない、いつもと変わらない日常だった。
 今日も何事もなく過ぎていく。
 そう思っていた。

「ねえ、クラマいるの?」

 突然声をかけられる。お嬢様の声だった。
 聴き慣れた声。私の大好きな人の声。それなのに今日は上手く言えないが、胸の辺りがざわつくようなそんな違和感を感じた。
 お嬢様は声をかけてくれた。自室にいない私を求めて厨房まで足を運んでくれたのだ。
 それなのに私はこうして不可解な気持ちを抱いている。別に悪い事をしたわけでもないのに不義理を働いているような、そんな罪悪感が生まれた。
 それはきっと、今日は気分が重いからだ。そう思い込むことにした。

「はい、お嬢様! クラマはここに」

 調理中なので手は離せない。お嬢様には申し訳ないがこちらまで来てもらうしかないだろう。

「いいわ、いるのなら。今日は他に誰もいないわよね?」

「はい。ですが、今日は午後に千寿流ちゃんが遊びに来てくれる予定です。なので、お菓子の材料を午前中に買い出しに行こうと考えています」

「……」

 お嬢様からの返事は返ってこなかった。肯定の合図でもある。別にこれは珍しい事ではない。お嬢様は考え事があると集中してしまう癖があるのだ。きっと、外部との交流などで頭を悩ませることもあるのだろう。
 できれば相談してほしいところではあるのだが、私への負担にならないようにと、基本的にはご自身で解決されている。

「お嬢様、もう少しで朝食が出来上がりますので、食堂でお待ちいただけますでしょうか?」

 考え事をしているお嬢様の妨げにならないように、目線に配慮し機を見計らって声をかける。

「ええ、ありがとう。朝は紅茶じゃなくてコーヒーがいいわね。よろしく、クラマ」

「はい! 畏まりました!」

 ようやくお嬢様とちゃんと目が合った。今朝見かけた理由も今考え事をしていた件に違いない。もしかしたら何か問題ごとを抱えているのかもしれない。だから、いつ相談を持ち掛けられても応えられるようにしよう。
 私に出来ることはそれだけなのだから。


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(お嬢様が私に何かを隠している。そしてそれは私に相談できない事)
 それがいったい何なのか、なんで隠しているのか、なんで相談してくれないのか。ということはいくら考えても分からなかった。
 別にいい。私に話さないということは私が知るべきではない事なのだ。自分の口からでは言いづらい事もあるだろう。だから、こちらから詰め寄って問い質してほしいと思うこともあるかもしれない。
 けど、私はそれでも待つ。それが私の中の正しさだから。私の信頼はこの信念に基づく。
 私は踵を返し、朝食を作るため厨房に向かうことにした。ディナーともなれば専属のシェフに任せることもあるが、朝食は基本的に私が作っている。庭師やメイド、運転手など、住み込みで働いてもらう機会がないので人手が必要ないからだ。
 それに料理は私の密かな楽しみでもある。
 今日作る献立を厨房に向かうまでにあらかた決めておいて、食材を見て実際に作る料理を決める。
 普段であればお嬢様がまだお目覚めではないので、ここまで早い時間に作ることはないのだが、これがいつもの朝のルーティンだった。
 今朝は洋食、軽いパン料理と決めていた。厨房にあったイングリッシュマフィンが目についたので、エッグベネディクトをつくることに決める。
 鍋にお湯を沸かし、クッキングヒーターに乗せたフライパンを温めているうちに、慣れた手つきで冷蔵庫からベーコン、卵、バターを取り出す。エッグベネディクトの肝は見た目と味を両立したお洒落さにある。沸騰寸前まで加熱したお湯に、酢と塩を適量入れポーチドエッグを作る。
 それと並行してベーコンを焼き始め、その間にイングリッシュマフィンに切れ目を入れる。
(イングリッシュマフィンは少し焼いたほうが香ばしくなって美味しくなりますね。今日は少し焼いてみましょうか)
 なんてことない、いつもと変わらない日常だった。
 今日も何事もなく過ぎていく。
 そう思っていた。
「ねえ、クラマいるの?」
 突然声をかけられる。お嬢様の声だった。
 聴き慣れた声。私の大好きな人の声。それなのに今日は上手く言えないが、胸の辺りがざわつくようなそんな違和感を感じた。
 お嬢様は声をかけてくれた。自室にいない私を求めて厨房まで足を運んでくれたのだ。
 それなのに私はこうして不可解な気持ちを抱いている。別に悪い事をしたわけでもないのに不義理を働いているような、そんな罪悪感が生まれた。
 それはきっと、今日は気分が重いからだ。そう思い込むことにした。
「はい、お嬢様! クラマはここに」
 調理中なので手は離せない。お嬢様には申し訳ないがこちらまで来てもらうしかないだろう。
「いいわ、いるのなら。今日は他に誰もいないわよね?」
「はい。ですが、今日は午後に千寿流ちゃんが遊びに来てくれる予定です。なので、お菓子の材料を午前中に買い出しに行こうと考えています」
「……」
 お嬢様からの返事は返ってこなかった。肯定の合図でもある。別にこれは珍しい事ではない。お嬢様は考え事があると集中してしまう癖があるのだ。きっと、外部との交流などで頭を悩ませることもあるのだろう。
 できれば相談してほしいところではあるのだが、私への負担にならないようにと、基本的にはご自身で解決されている。
「お嬢様、もう少しで朝食が出来上がりますので、食堂でお待ちいただけますでしょうか?」
 考え事をしているお嬢様の妨げにならないように、目線に配慮し機を見計らって声をかける。
「ええ、ありがとう。朝は紅茶じゃなくてコーヒーがいいわね。よろしく、クラマ」
「はい! 畏まりました!」
 ようやくお嬢様とちゃんと目が合った。今朝見かけた理由も今考え事をしていた件に違いない。もしかしたら何か問題ごとを抱えているのかもしれない。だから、いつ相談を持ち掛けられても応えられるようにしよう。
 私に出来ることはそれだけなのだから。